空気の入れ替えをする為にと浮上して、今回泊める予定の島が見える辺りに停泊している。夜ならば動かす訳でもないのと、人の目に触れる事が少ないので海上に出ている事が本当によくあるのだ。
潜水艦はその機能的な意味から、どうしても暑くなりやすい。熱を放出する為にも夜海面に出て空気を入れ替えるのは、ある意味理にかなっている。
問題は、ドフラミンゴから見つからない為に行われている行為であると言う部分が大半である所だろう。クルーには悪い事をしちまってると思うが、俺としてはこれだけは譲れねェのだから耐えてもらうしかない。
前の島はナミから猫の耳と尻尾が消えるのを待って出発したものの、実際出航後にも何度か突然生えてきたりして騒ぎになった。それも驚いた時等、大きく感情が動いた時に生えるようで本人は困っていたらしいが、その関係で下着と服に変化があった事にこそ問題があると俺は思う。
俺の愛猫は、それでも漸くその症状から解放されて下着を戻せた事に胸を撫で下ろしているらしい。それを分かっていて、あの耳と尻尾は夜だけは残っても良かったかもしれないと考えちまうのは、俺の身勝手さだろう。
寒くない海域だとは言え、流石に起きるには早すぎる時間帯に動き出す存在がいれば、意識が浮上するのは当然の事。何処へ、行こうってんだかな。
枕を差し込んで、俺が起きないように気を付けて、その上で愛おしそうに頭を撫でてくれる優しい手。父様、母様……シスターやラミを思い出しちまう。
部屋から出て行かれて、それでも残るのはナミの香り。それが妙な切なさを呼ぶから、俺はベッドを抜け出した。
甲板に出る前に、机の引出しにしまってある指輪を懐に移動させておくのは忘れない。ナミを抱き潰して寝かせている間に、クルー全員で相談して取りに行った鉱物を加工して作られた指輪だ。
その鉱物から取り出した宝石は、アレキサンドライトだった。成功に導く魔除けの石でもあるこれは、クルーの意見を合わせた所是非にもナミが身につけるべきとの事になったのだ。
成功に導くのは、航海士として、参謀としてのナミの役割を思えばそれを持たせたいのは当然だ。それと同時に、魔除けが重要だった。
魔除けとは本来オカルト的な内容ではなく、小さな変化を察知してトラブルを事前回避できるような意味合いで使われる事が多い。まァ……オカルト的な意味でも、ナミは喜ぶだろうし、ドフラミンゴなんぞは既に魔物枠で良いだろう事を思えば、石の効果に期待したくもなる。
魔除けの中で意外と多いのが、マイナス感情を抑える物でもある。だからこそ、自分に厳し過ぎるナミに身に付けて欲しいと願うクルーの気持ちはよく分かってしまう。
問題は、これをいつどうやって渡すか……だな。ドフラミンゴと鷹の目屋にされた事を気にしているから、普通のプロポーズでは受けて貰えるか微妙なんだよな。
だからといって遠回しに言ったのでは、確実に伝わらない。他はなんでも1言えば10伝わるが、恋愛事に関しては100言って1伝わるのが精々だ。
……なんだ、何故こんな事を悩む事になったんだ。雰囲気を作るとか、サプライズがどうとかより、どうしたら伝わって、尚且つ逃げられずに済むかが問題だなんて……普通あるか?
深い溜息を落として、甲板に顔を出せば妙に楽しそうに島を見詰めるナミがいた。視線を島に向ければ、春島らしい植物と、風が強過ぎるだろう現実が見えて来る。
そんな時少し強めの風が吹き抜けて、ナミの肩にあったショールが舞い上がる。そのまま海に向かって飛ぶそれを見て、甲板にあった貝殻を手にして入れ替えてやれば、驚いた様子で俺を見るナミがいた。
珍しく礼も言わずに立ち尽くすナミの肩にショールを巻き付けてやれば、ハートが帽子を被ってる刺繍がされてる事に気付く。……この帽子、俺が被ってるのと似てる……か?
「あ、ありがとう……」
「海に落ちなくて良かった」
流石に俺も、海に落ちられては助けてやれねェ可能性もある。試す気にはなれないから、落ちないでくれるのがありがたいな。
ショールとか帽子何かの為に、ナミが海に落ちて熱でも出されたら俺は何も手につかなくなる。それが分かるから、事前に防ぐのは当然の行為だ。
だと言うのに、何も分かってないのかナミは小さく笑った。それが妙に可愛く見えるのは、惚れた欲目だろうか。
「ん?」
「私、甘ったれになったなぁって思って」
「……足りない」
もっと俺に甘えろ。いつまでも、俺を守ろうとしてんじゃねェよと言いそうになった時、吹き抜ける強風。
それが今度はショールではなく、ナミ本人を連れ去ろうとするから即座にナミを抱き締めたが……そのまま飛ばされちまうそれ。いくら強風とは言え、大人二人を飛ばせる程のものが吹くのはどうなんだよ。
「〝room〟」
「ローちゃ「舌、噛むなよ」」
少し距離はあるが、花びら2枚と場所を交換し到着したのは薄いピンクの花びらが舞い散る場所。その場所でナミは樹を見上げて、泣きそうな顔をするから何かあるのかと同じ物を見つめる。
確か……桜……とか、言ったか。ナミが好きな花だったな。
「どうした?」
「ううん、懐かしくて……」
「そうか」
懐かしいと言うが、ナミの故郷にはこんな樹はなかったと思うが……と言うのは無粋だろう。赤髪海賊団にいた頃に、拠点にしてた所の樹である可能性もある。
だが、ある意味おあつらえ向きだな。ナミにとっては思い出の樹の傍で、花びらの舞い散る幻想的な空間だ。
今だ。いけ、俺。
「ナミ」
「え?……あ、なぁに?」
ただ舞い散るそれを見詰めていたナミの傍に、片方の膝をついて視線を合わせる。少し見上げるような事になったが、それが嫌だと思う事はない。
寧ろ、俺の方こそ懐かしい。昔はこの位の身長差があった。
そっとナミの手を取り、その指先にキスをすればナミが驚愕にその瞳を見開く。そんなナミにそこで終えてたまるかと、キスの場所を変えて行く。
手の甲、掌、そして手首へと。それに動揺を隠せないのは、俺にされる驚きだけではなく意味を理解してる事を示している。
指先へのキスは賞賛。手の甲へのキスは敬愛。
掌へのキスは懇願。手首へのキスは欲望。
そして、仕上げにと唇を落としたのは腕。腕へのキスは恋慕を意味する。
言葉よりも雄弁に、行動が想いを伝えてくれる。鈍すぎるナミには、知識で対応させるしかないのもあるが、この反応は予想以上で胸の高鳴りを抑えるのに腐心してしまう。
「ロー……」
「ナミ、俺と、結婚してくれ」
「……ローちゃ……ん。でも、私……は……「ナミが、誰と経験を持っていても、この先は俺が守る。俺を助けたのは今のナミの延長には無いだろう事も知っていて、感謝や憧れではなく、恋愛感情で大切に想っている」」
その先は言わせねェよ。ナミは、俺の愛しい女だ。
誰に触れられていても、構わない。その時傍に居なかった俺が守れる訳もないから、自分を責めるつもりもねェが、女が男に力で勝てなくて何を責められる。
もしも同意であれ、俺との関係を持つ前の事。生きているんだから、心が変化しておかしい事など何も無い。
断る道は、全て塞ぐ。そんな必死な俺にナミは、その瞳を揺らすばかり。
だからこそ俺は答えを聞く前に、指輪をその手に嵌めちまう。逃がすものかと、所有の証を。
「俺の……家族になってくれ」
「……っ!こんな、私で……宜しければ……」
「馬鹿ナミ。ナミ以外なんて、考えた事もねェよ……」
仲間達の願いと祈りの篭った指輪を。俺の必死な想いを込めて。
この先、俺以外に恋愛感情を向けさせない為に。罪悪感なんて抱かずに、俺を見詰めてくれたらそれだけで構わねェから。
そんな俺に応えるように、ナミは小さく頷いた。それを受けて、冷静を装って紡ぐ声が震えそうで怖い。
「愛してる。もう、引き返せねェぞ」
「幸せに、してみせるわ」
「なら、ナミが幸せになるのが条件だな」
「え?」
本気で驚いた顔をするナミに、立ち上がりながらその細い身体を抱きしめる。本当に、ナミは妙な所で馬鹿だ。
「ナミの幸せが、俺の幸せだ」
だから、ナミが幸せにならなければ、俺も幸せにはなれない。そんな想いを込めてナミの唇を奪えば、それを祝福するように花びらが舞い踊る。
花びらのカーテンは、もし他人がいても何も見せないだろう。そう思える程の、美しい光景の中で……それでも俺はナミしか見えない。
春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないでくれ。
冬から抜け出すには、ナミが必要なんだ。縋るように抱き締める俺に、ナミは泣き笑いの顔で応えてくれるから……皆が迎えに来るまでもう少し、こうしていようと近くの根元にナミを抱き締めたまま腰掛けた。