助けられていたら
何でもない様子を装い、村を見てから帰ると魚人には伝えたけど……体が、上手く動かせない。無理に暴かれた体は疲弊して熱を持っている。
筋肉がもう無理だと、休めと訴えるように震えていて、力を入れるのが難しい。それでも……これが最期。
どう転んでも、村は……家族は助けてみせる。その為なら、後少し位どうにでもしてみせる。
決意を胸に立ち上がると、お金を抱えてメリーから降りようとした。その瞬間、初めて見るのによく知ってる巨大な船が真横を通り陸へと繋がれるのを見る。
何が起きたのかと、巨大なその船をメリーの上で呆然と見つめていれば、その船に見合う大きな人影が動いたのが見えた。ずっと憧れてきた人だから、すぐにそれが誰なのかは分かる。
分かるけど、そうじゃない。なんだってこんな
「しろ、ひげ……」
声が掠れて上手く出ない。宝を強く抱きしめて、私はその場で崩れ落ちる。
その瞬間、誰かが私の事を背後から支えたのが分かり、けれども嫌悪感は無い。慣れないその温もりに、誰!?と思ってそれに視線を向ければ、それは記憶にあるより随分と育ってはいるけど、間違いなくエースで……。
「エース?」
「……やっぱナミか。10年ぶりか?」
「そう、なるわね。……でも、どうしてここに?」
理由によっては仕方ないけど、少しでも早くここから出て行ってもらわないと。エースを巻き込むつもりなんて、私にはないのよ。
愛しい弟を、こんなリスクしかない事に巻き込めないわ。それにしても、モビーディック号に何かあったのだろうか。
「そんな事より、ナミお前体熱くねェか?」
「五月蝿いわね。これが私の平熱よ。ほっといて……ちょうだい」
そう言った直後、エースの手が私の腰に触れた。それは支える為だったのかもしれないし、何かを確認する為だったのかも知れない。
けれどもどんな理由であれ、私の体は恐ろしく敏感になっていたし、慢性的な痛みもあったしで……。声だけは何とか抑えたものの私の体はそれだけで力が抜けて、宝をその場に落として前に向かって倒れようとする。
それをエースが支えてくれて、それでも既に力の入らない体はぐったりとしてしまう。まるで干された布団のようになって動けない私を、エースはひょいと抱き上げると勝手にモビーディック号へと移動してしまう。
運ばれた私に視線が突き刺さるのが分かるけど、指1本動かすのだって今はつらい。その時、声が聞こえて来た。
「小娘、そんな状態で強がるんじゃねェ。少し休んでから話でも……「そんな時間は、無いんです」」
白髭の声に、私は必死で答える。早くアーロンの所へ行かないと……村が、家族がどうなるか。
考えるまでもない。間違いなく嬲り殺しにされる。
「エース、お願いだから、用事がないなら出て行って。ここは他の海賊の縄張りよ」
「ナミも1緒なら出て行く」
エースは当然のように言うから、その時痛みも怠さも熱もすべてを凌駕する想いが、私を突き動かす。エースの手を振り払い、立ち上がるとエースを睨み付ける。
頭が妙に冷静に活動しているのを感じる。エースはそんな私を驚いた様子で見ているのは分かるけど、説明する余裕なんて無い。
「帰りなさい。ここはウチの縄張り。他所の海賊団に立ち入られるのは不愉快だわ」
「ウチって……」
「……見て、分からないの?私の左肩」
言いながらアーロン1味の証を見せ付けるようにして、微笑む。そう、私はアーロン1味の幹部。
……ベルメールさんも、ノジコも、村の人達も、守れるのは私だけ。もう少しで解放できるのよ、だから……お願い、邪魔……しないで。
「彼岸を見ている様な眼をしているな。小娘……生き急ぐこたァねェだろう」
白髭の言葉に私は視線を向ける。その時、エースが息を飲んだのが何故かわかった。
見ていないのに、泣きそうな顔をしているのが分かり、どうしたのかと心配になる。エースを泣かせるつもりなんて無いのに。
「……もう、時間が無いんです。だから、どうかお帰り下さい。今ならば船長にも上手く言い含めて、この船を襲わないように言えますから」
船長、だなんて……呼びたくは無いけど、今はそれが必要だから。ベルメールさん、ノジコ、必ず守るから……。
真っ直ぐに白髭に視線を向けて、微笑む。それくらいは慣れてるのよ。
「……エースを、弟を、宜しくお願いします。貴方にならば、任せられる。どうか……よしなに」
「ナミ……俺は……」
「エース、周りの人の話は良く聞いて、皆に止められたら自分の感情がどうあれ止まる事を覚えなさい。私は大丈夫。……エースも私も同じように海で生きる事を選んだのよ、乗った船が違うだけ。だからエースはエースの場所で生きて、笑ってなさい」
「ナミっ!」
エースの声を振り切りメリーに戻ろうとした所で、アーロンの姿が見えて小さく舌打ちがもれる。この体調で演じきるのはキツいものがあるけど、我儘を言える状況じゃない。
エースを、白髭の人達を守らないと。巻き込む訳にはいかない……!
「ナミ!お前が連れて来たのか?!」
「違うわ!弟が私に会いに来ちゃっだけ。もうすぐ帰るから大丈夫よ」
言ってアーロンの元へと降りれば、アーロンは私を簡単に抱き寄せる。それにいつものように、微笑みかければ良いだけ。
弟なんか居たのかと、アーロンが呟くのを耳にしながら悠然と微笑む。エースに興味を抱かせる訳には、いかないわ。
「……小娘、俺とその小僧のどちらの傍にいたい?」
そんな事を考えていたのに、白髭の声に驚いて振り向いてしまえばニヤリと笑う白髭がいて、私は1瞬でその視線に全てが絡め取られたような気持ちになる。それでも……私は……。
その時白髭が息を吐き出して、何故か船を降りて来た。アーロン以外が道を譲るように広がる中、アーロンだけが動きを見せない。
それどころかアーロンの視線と白髭の視線が私から離れない。エースや、他の人達も何故か私を見ている。
何だろうと思った時、白髭は私に手を伸ばして当然のようにアーロンから私を奪い取る。驚いて白髭を見るけど、白髭は何も言わずに私を抱き上げて胸の所に抱くとアーロンに声をかけた。
「貰っても、構わねェな?」
「構うに決まってんだろうが。ウチの幹部だぞ」
「なら、こんな顔をさせんじゃねェよ。ハナッタレがァ!」
そう言って白髭がアーロンを殴り飛ばす。それにより私は遅れて反応する。
そんな事したら、村が……家族が……。
「ナミ……俺に逆らう意味、分かってんだろうな?」
アーロンは吹き飛ばされた先から私を睨み付けてそんな事を言うから、咄嗟に首を横に振る。そんな予定じゃ無かった。
お金で解決するか、私が死んで終わる筈だったのに……!どうして……!
「逆らう筈、無いじゃない。……私は何もしてないわ。……契約のお金は支払うつもりだし、それですべて解決するでしょ」
アーロンは私の言葉に貯まったのか?と呟くように言うから、頷く。
払うから、お願い。もう、家族を苦しめないで……!
そんな事は言えないから、魔女の顔で笑う。演じ切ってみせるわ。
「耳を揃えて、支払ってあげるわ。だから、すべて返して貰う」
「……シャーハッハッハッハー!本当に貯めるとはな!なら……やはり、手放せねェ」
その言葉に私は白髭の腕から抜け出すと、アーロンの元へと1歩足を踏み出す。……信じていたかったなんて、情けないわね、私も。
でもね、こうなる事も想定はしていた。だから、私は動揺せずにそれ用の対応に移るだけでいい。
「……そう、やっぱり、そう言うのね。そうかなって、思ってはいたのよ……。なら、この契約の1文……こちらが活きる事になる」
胸元から契約書を取り出して見せれば、アーロンの顔色が変わる。奪い返そうとするアーロンを躱して、咄嗟に契約書を白髭に投げ渡せば迷わずに受け取ってくれたので、足から短剣を抜いて自らの首に押し当てた。
「……契約は、守るんでしょ?ね、アーロン」
私はもう、充分に生きた。……今回の人生は、苦労も多かったけど、でも、その分以上に愛して貰ったし、幸せだったわ。
ベルメールさんやノジコ、村の人達が生きてくれるのならば、もう……私に思い残す事なんて何も無い。エース、死ぬ瞬間に立ち会わせてしまって、ごめんね。
「……アーロン、その契約を結んでくれた事だけは、感謝するわ。ありがとう」
迷う事も無く短剣を首に滑らそうとしたその時、恐ろしい程の覇気がその場を包む。シャンクスのそれに慣らされていた筈の私ですら、意識を保てなくなりそうになるようなそれ。
けれども体から力が抜けて崩れ落ちるだけで何とか意識を保てたので、犯人を見上げる。どうして、突然……?
「ど……し、て……?」
「……死なせるつもりはねェよ。少し、休んで貰うつもりだったが……意識を保てるとは、思わなかった」
情けなくも地面に倒れている私に、白髭は何故か優しく笑う。それから意識のない魚人達を見て、深々と溜息を落とした。
「……息子達!事情と状況を調べ上げろ。それから、コイツらを親分に縛り上げて届けろォ!」
その言葉に、私はホッとして体から力が抜けるのを感じる。それと同時に白髭に抱き上げられてしまえば、1切の身動きも取れないままにその身を任せる。
その大きな手に、私はそれでもそっと手を伸ばす。それは意地と根性。
「……契約書、預かってくれて、ありがとうございました。返して、ください。それは、みんなの……」
無理に動いた事で熱が上がったのか、意識が朦朧とする。それでも返して貰おうと手を伸ばしたら、その手を軽く払われて代わりに唇が降って来た。
朦朧とする意識の中でそれを受け止めれば、困ったような笑みが返される。……え、今、何が?
「こりゃ不味いな。……もう少し回復してから、話をしよう。だから今は寝てろナミ」
妙に優しく名を呼ばれて、私は静かに瞼を閉じる。もう、意識を保つ事さえ難しかったから。
それから治療か何かをされたらしい私が、体調を万全に戻したのは数日の時間を要していた。その頃には、白髭海賊団の人達が揃って私の置かれていた状況を理解している様子だったので、何とも情けない。
その上で、エースは何でいつも頼ってくれねェんだと騒ぎ続けている。白髭はそんなエースを適当に追い払ってから、私の話を直接聞きたいと言ってくれたので会話をする事になった。
話を終えた時、白髭は優しく笑った。それには慈愛のような物を感じる。
「それで、ナミはどうしたい?」
「どうって?」
「まだ、死にてェか?」
私はその言葉に首を横に振る。その時白髭がホッとしたように微笑み、私を膝に移動させて来るから、どうしたのかと思う。
「それでだ、ナミに二択を与えようと思うんだが、選ぶな?」
「聞いてみないと何とも……」
「俺の船でこのまま新世界へ向かうか、俺にこのまま拐われるかだ」
……どうやら、私がこの船を降りる事は許されないらしい。そう思ったら少し笑えて来て、クスクスと笑えば白髭が悪戯な笑みを浮かべて来る。
それが妙に可愛く見えて微笑めば、白髭は言葉も無く唇を降らせて来る。それを受け止めれば白髭からの甘やかなそれは、長く長く続けられた。
アーロンの腕の中にいた私が振り向いたあの時、泣いていたのだと知ったのは……。縋るように白髭を見詰めていたのだと知ったのは、それから大分経ってからの事だった。
安心出来る温もりに包まれて、私の部屋は何故か白髭と同じ部屋で、それから先私は白髭と共に生活して行く事になる。そうして私は守られながら、波間の向こうを目指して、進む事となったのだった。