その日、猫が脱走した。行先は分かっているが、流石に幻までセットしてカムフラージュした上に、武器なしでの外出は頂けねェなと溜息を落としつつ船を動かさせる。
縄張りじゃねェ島には、あまり無闇に近付かねェようにしてるが、これは緊急事態だ。悪いな、島民達。
船の到着と同時に猫を探せば、何時もとは姿を変えた猫が呑気に買い物した物を抱えて歩いているのを発見した。楽しそうな様子に、1瞬頬が緩みそうになるがそれで許しちゃまずかろう。
全力で俺を愛してくれてる可愛い猫は、優し過ぎる。愛情や優しさで人が死ぬなら、ナミ程簡単に人を殺せる奴も居ないだろう。
これだけの変装技術と幻を生み出す力があれば、本気でナミが逃げ出せば中々に見つけるのは、常人には困難だろうなと思わされる。それでも、その香りもある上に覇気を使える者にはその限りでは無い為に、当然迷う事なく迎えに行く。
無意味に逃げようとしてみた猫は、叱られるのが分かっては居たらしい。困った猫だと思いながら、連れ帰った猫を1応叱って部屋に閉じ込めれば、俺が部屋から出るのを少し寂しそうに見送る。
叱られた事よりも、1人になる方が堪えてそうな様子に、俺も寂しいと言って戻りたくなるがマルコとイゾウの手前そうもいかねェ。深い溜息を落として、名目上謹慎させているが……後で様子を見に行くか。
いつも強がってはいるが、守ってくれる相手が傍に居ない時は、何かをしていないと不安になるのだと気付いている。本人は眠れないだけだと思ってるんだろうが、1人になる事自体が既に無理だと言うのは、俺から見ればわかりやすい。
だが夜部屋に戻ればやれる事があったらしく問題なく過ごしていた様子に内心で安堵の息を漏らして、それならばもう少し怒ってるという体裁だけとるかと決める。そうとは知らない筈のナミは、俺が手招けば素直に頷いて俺の胸で寝るのだから大したものだと思う。
「俺が怒ってるのは、分かってるよな?」
「……分かってるけど、謝る気はないし、悪い事したとも思ってないわ。ただ……」
「ん?」
「心配掛けてしまった事は、反省してるし、何よりニューゲートが近くに居ないと寂しい」
「……本当に可愛いな、お前は」
思わず呟いた俺にナミは嬉しそうに頬を染めて、そっと俺に身を預けたと思ったら小さくありがとうと言って……寝た。……この流れで寝るのか、そうだな、それがナミだ。
それから2日程は名目上謹慎させ、正確には単なる休日にしてやればナミも気付いたようでありがとうと言って笑う。だがその事実に気付かない息子達は、そろそろ許してやって欲しいと何故かマルコ達に言いに行っていた。
その為に折れたのはマルコとイゾウで、反省している様子かと聞くので2人を手招き小声で告げる。……嘘は言ってねェから、まァ許されるだろう。
「ナミは、1人で居るとそれだけで何も考えられなくなる。1人だと眠れないのと、同じ理由だ」
俺の言葉に2人は顔色を無くして、すぐに解放してやってくれと口々に言い始める。お前らが何より怒っていたんだろうがと笑えば、困ったように顔を見合わせる2人に、ナミを大切にしてくれてありがとなと言えば小さく頷かれた。
本当に俺は、息子に恵まれている。そんな訳で解放されたナミは、翌日からサッチの元へ入り浸り、楽しそうに何かを作っていた。
そして、特になんでもない日常の中にある1日だと思っていたその日の朝、ナミが俺に箱を差し出して来た。それを俺が受け取ると同時に逃げ出した猫は、少し顔が赤かったように見えたが……。
なんだいったいと思いながら箱を開ければ、中からはチョコレート菓子が出て来た。それにより今日は何の日だったかと少し考える。
それを1つ摘めば、中からは恐ろしく上質な酒が出て来て素直に美味いと思う。だがそれよりもその下に何かが書かれていて、そっと中身を取り出して箱の底を見れば、何とも可愛い事が書いてあった。
『私の全てはニューゲートのものだと決めているの。だからもし、チョコを食べ終わっても元気があったら、朝日を共に眺めたいと思っているわ。……残さず食べてね』
どっちも残すか。俺が酔える程の酒の量じゃねェのは明らかで、だからこそ逃げ出したのだろうと思えば笑みも浮かぼうというもの。
表へ出ればナミから配られたであろうチョコを手に笑う息子達と、娘達。その上サッチを筆頭に4番隊が何かをしでかそうとしているのが分かれば楽しくなり、動向を見守る。
そんな俺にマルコ達が酒を持って来る。だから、珍しい事もあるもんだと様子を見ていれば、ナミからチョコじゃなくても大切な相手に贈り物をして良いんだと教えられたと言う。
……成程な、俺が息子達に潰されなければと言う意味も込めてやがったか。少し離れた所で顔を赤らめたナミが俺から隠れるようにして、俺の様子を見ているのが本当に可愛い。
経験が無い所か、傷付ける事を恐れて手を引っ込めようとする俺に対して、ナミの方がリードするような勢いで、あの日は進んだと記憶してるんだがな?
視線でそれを伝えれば、爆発したように湯だったナミが何も無いところで転んだ。そういう所が、危なっかしい。
さて、ナミが勝手に焼兎になってくれているのだから、この挑戦は受けて尚且つ勝てば、夜は蒸気の上がるお前を食っていいんだろう?
言葉にせずに息子達からの挑戦を受けて酒を呑み始めれば、既にバレンタインでは無く単なる酒盛りへと様子は変わる。可愛い兎は、酒を呑んでもいねェのに赤くなってる上に、酒ではあんなに赤くならねェと知っているからこそ、嬉しくもなろうというものだ。
「ナミ、こっちへ来い」
「ぅー……」
意味の無い唸り声を上げながらも近付くナミをひょいと抱き上げれば、俺に素直にその身を預けて来た。だからそっとその耳元に囁いてやる。
「今夜は寝れねェんだから、今の内に寝とけ」
真っ赤になったナミが俺の胸に顔を埋め、それから少し経つと本当に眠ってしまう。その様子に、流石の息子達も楽しそうに笑い出す。
それくらいには、穏やかな時間だ。それから暫くの時が過ぎて、ナミを部屋に運んでいればその揺れで目覚めたらしいナミに、そっと口付ける。
「んっ……ニュー、ゲート?」
「寝ぼけてるな。だが俺はまだ〝元気〟なもんでな。……どうする?ナミが無理そうなら、またにしてやっても良いぞ」
俺の言葉にナミは覚醒したような顔をして、それから決意を込めた顔で俺を見る。それは戦に臨む戦士のようで、甘さを感じねェ。
「ニューゲートは、私を抱き枕かぬいぐるみだと思ってない?私、ニューゲートの女のつもりなんだけど」
「俺も、そのつもりだが?」
「なら、なんで……その、あんまり……」
後半は声が小さかったが、成程俺にもっと可愛がられたかったと言う事か。悪い事をしたな。
「ナミ、愛してる。チョコよりも俺は、ナミが欲しい」
「な、何を、突然……!」
「ナミの方が、チョコよりも甘ェのは知ってるつもりだぜ?」
言いながらベッドに下ろして、小さな体にそっと触れる。壊したく無くて大切にしていたのが、不安にさせていたなら俺の落ち度だ。
弱い所に舌を這わせれば、驚く程に素直な反応をする体にナミが恥ずかしそうにする。だがな、ナミ……恥ずかしがる余裕なんざ、残すつもりはねェぞ。
甘やかな体液と甘やかな声を振りまきながら、ナミはその身を震わせる。俺はそんなナミに魅せられて、溺れて行く。
Happy Valentine……恋人達の想いは、いつもと変わらず甘いばかり。優し過ぎる2人の恋路が長く続くようにと、空では星が煌めいている。