バレンタインと呼ばれるその日、ナミは俺に酒入りのチョコをくれた。だが俺はホワイトデーに何も返してはいない。
いや……何もとは言えねェか。1応棚は造ったからな。
だが、息子達からのそれに比べるとどうしても、見劣りするような気がしちまうんだよ。製図台の端には俺が慌ててナミを抱き留めた時の写真が貼られていて、それをしてくれた息子達に対してありがたいなと思う。
……だからと言って、何かを贈る名目が無いのは問題だな。ナミの誕生日は遠く、理由も無く何かを贈る事も難しい。
ナミは俺が金をどうしているのか知っていて……必要に応じて自分の稼ぎを船に注ぎ込んでくれている。それに、ナミにだけ何かってやると気にしそうなんだよな、この甘い兎は。
経済面でも、航海士としても優秀で、皆を守ってくれているナミに、足向けて寝れねェなと思いつつ、どうしたものかと考える。体調が随分と良くなった俺に、それでも息子達は心配するので10日に1度は寝坊の日と言うか、基本的に寝ている日を作らされている。
だが……ナミがいると違う意味で寝る為に、休まらねェと言われてナミだけが連れられた訳で……。傍にナミが居ないだけで、妙に物悲しくなる。
その上暇だ。かと言って起きててもな。
仕方なく部屋のベッドに1人転がれば、サイズとしては居ても居なくても変わらない筈のナミが居ないだけで、妙に広く感じる。潰すリスク等を考えれば、1人の方が安眠出来て然るべきだと言うのにな。
少しでも休もうと眼を閉じれば、ベットにはナミの香りが残っていて……それに誘われるように眠ってしまう。それから暫くの後、風が肌を掠めるような感覚に誰かが窓を開けたらしいと気付く。
それからそっとベッドに腰掛けたらしいその人物は、俺の頭を愛しげに撫でて、優しい声を響かせる。触れられた瞬間、ナミだなと気付いたが、瞼を開けられない程に気持ちよく微睡んでいる自分がいた。
「愛してるわ」
その言葉に起きようと瞼を動かす努力をしたが、体はこの優しい温もりに甘えていたいと言う。小人のような恋人は、いつも俺をこうして甘やかす。
……お前位なもんだぜ?
俺を心配して、労り、甘やかすなんて馬鹿な事するのは。恐れたり、憎まれたりして存在している筈の海賊にナミの甘さはまるで……麻薬のように思える。
だからこそ、狙われる。だからこそ、守りたいと思わされるのだ。
そっと額にキスをしてきたナミは、きっと少しはにかんだように笑っているだろうと見なくても分かる。こんなにも素直に愛されれば、不安に等なる筈もない。
そのまま抱き着いてきたナミは、本当に小さくて……それなのに暖かい。そのまま甘えるように擦り寄ってくるナミは、少し寂しそうな声でお休みと呟いたから、反応してやれば良かったかなんて思う。
そういやァ……兎は寂しいと死んじまうんだったか?
そんな事を思う位には、ナミは兎の領域だろうと思える。俺の上で眠りに入ったその小さな兎をそっと抱き締めて、それから身を起こす。
無防備な寝顔に小さく笑みが零れるのを自覚しながら、そっとその体を抱き直す。俺よりもナミにこそ睡眠の日が必要だろうと少し笑いつつ、抱いたまま移動する俺を咎める息子は居ない。
それどころか、そんなに愛しいのかよぃなんて笑われちまう有様だ。片時も傍から離したくねェと言えば、安心しきった様子で眠るナミを見て、息子達も気持ちは分かるなんぞと言い出す。
「そういやさ、親父はナミから聞いてた?」
「ん?何をだ?」
ハルタからの突然の問い掛けに視線を向ければ、オレンジデーと言う物の存在を教えられた。そのついでとばかりに、ハルタが言葉を口にする。
「俺さ、ナミの中で女友達の枠に居る気がするんだよね」
呟きとしか思えなかったそれに続けて、肩を竦めながらハルタは溜息混じりに言葉を続ける。そんなハルタの前で渦中の人物は、微睡んでいる。
「女友達の枠なら、普通に考えてイゾウだと思うんだよなァ、俺はさ」
その瞬間、鉛玉がハルタの頬を掠め、犯人たるイゾウは舌打ちして見せる。それからもう1度銃を構え直して、にこやかに微笑んだ。
「腕が落ちたな。耳を落としてやるつもりだったのにねェ。……安心しな、次は外さねェから」
「イゾウお前!標準が心臓になってる!俺を殺す気!?」
「女の子が〝俺〟なんて言うもんじゃないさね。そうだろう〝ハルタちゃん〟」
そのまま甲板で争い始めた2人に、程々にしとけよとだけ言って、ナミを起こさねェように部屋へと連れ帰る。物騒な息子達だよ、全く……ナミが起きたらどうしてくれるんだか。
それにしてもオレンジデーか。蜜柑を、ナミは愛していたな。
そう思い出せば即座にマルコを呼んで、俺は頼みがあると言葉を口にした。そんな俺にマルコは、朗らかな笑顔を見せてくれる。
「親父の頼みなら、喜んで聞くよぃ」
「すまねェな。東の海まで飛んで、ここ迄運んで欲しい物があってな」
「なんだよぃ?」
「蜜柑の苗木を少し」
その瞬間マルコは腕の中で寝ているナミに視線を向けて、実家の家族に宛てた手紙は親父が書けよぃなんて呆れた様子で言いながら頷いてくれた。それにありがとなと笑えば、それよりそろそろイゾウとハルタを止めてくれと言われちまう。
その時ナミが眼を覚ましたので、それなら連れて行っても大丈夫かと抱いて移動すれば、覚醒したナミが騒ぎ始める。その顔は真っ赤に染まっていて、食べ頃にしか見えねェ。
「ちょっと待って!?何が起きて私はニューゲートに抱かれて移動してるの!?」
「ナミが寝てる間中、親父はナミを抱いて移動してたよぃ」
「何それ!?て言うか、起きたから離して!」
「……起きたんなら、それこそ腕の中に居させねェとな。これからイゾウとハルタのじゃれ合いを止めるから、離れていると危険だぜ」
揶揄うように言えば、肩を竦めながら疲れた様子でマルコが言う。それには俺も流石に溜め息が落ちた。
「あ、親父。それなんだが……エースとサッチが止めに入って、結局巻き込まれて戦線を広げてたよぃ」
「馬鹿じゃないの!?私残してそれならさっさと止めてあげてよ!!隊長4人の喧嘩とか、迷惑以外の何物でもないわ!!」
般若のような顔で怒るナミは、威嚇して毛を逆立てる猫のようで本当に可愛い。愛し過ぎて思わずキスをすれば真っ赤になっていた状態から煙でも出しそうな状態になる。
そのお陰で大人しくなったので、寂しかったのかと違うと分かっていて耳元で囁いておく。このまま食っちまいたくなる程に、愛しい。
放置する訳にも行かずに、四人を止めて拳骨をお見舞してから、ナミの首筋に跡を残せば息子達からイチャつくのは2人の時にしてくれと言われてしまった。その日の内に手紙をしたためてマルコに託せば、マルコは即座に飛び出して行き……ナミはその夜も俺の腕で愛らしく鳴いた。
それから数日後、マルコが帰ったその日が奇しくもオレンジデー当日で、その奇跡にありがとなとマルコに言いつつサッチに頼んでオレンジを使った菓子を全員分用意させてあると伝えれば、マルコは楽しそうに笑った。
「最高のお礼だよぃ。皆喜んでんだろ」
「なァにいってやがる。長男の帰りを涎垂らして待ってるから、早く食堂に行ってやれ」
「そりゃァ、大事だねぃ」
俺に蜜柑の苗木を託したマルコは嬉しそうに皆の元へ向かい、俺も蜜柑苗木を部屋に置いてから食堂に向かう。到着した瞬間に早く食おうと騒ぐ息子達と、作るのを手伝って疲れ果てた様子のナミが居て、俺は笑いながらサッチの作った菓子を食べるようにと子供達に言う。
大切な息子達、娘達と共に食べるには、この日の場合はオレンジやら蜜柑やらを使った物が適しているだろう?
山のように積まれたその菓子は、パウンドケーキらしい。食べてみれば甘すぎる事も無く、しっとりとしていて美味い上に、忙しければ貰うだけ貰って食べながら作業出来るのも魅力だろうか。
「ニューゲート、凄いでしょ。何がって量よ!」
「人数が多いからな。蜜柑で作ったのか?」
「そうよ、だから種がないでしょ?オレンジだと種もあるし……。今回作ったこれは、他の果物でも作れるから季節に合わせて作れる物なのよ」
クスクスと笑うナミに、俺からナミに渡したい物があると言えば、この提案と材料の他に?なんて聞いてきやがる。作ったのはサッチとナミだろうが。
そうなれば、貰ったのは寧ろ俺の方だ。そう思ってナミを抱き上げて部屋に連行すれば、ナミはその瞳を驚きに彩りながらも何処か嬉しそうにしている。
「ニューゲートに抱かれてると、安心するわ」
「なら、今夜も抱いてやるから安心しろ」
「……そ、そっちは、ドキドキするわ」
「知ってる」
そう言って笑い合いつつ部屋に入ると、マルコに用意させた苗木を見せる。箱に入っていたそれを開けた瞬間、ナミは動きを止めて涙を浮かべながら微笑んだ。
「ニューゲート、ありがとう。育てても良いの?」
「勿論だ。甲板にある、俺の椅子の横にでも置いて育てたらいい」
「……嬉しい」
まさかその苗木が八本もあり、その後暫く蜜柑の苗木にナミの時間の大半を取られるとは思ってもみなかったが……まァ、お前が笑うならそれでいいと結局許す事となる。だがその前に今は……。
「可愛い蜜柑を、俺としては今すぐ食いたいんだが……どうだ?食われてくれるか?」
「お、美味しく食べてね……?」
真っ赤に湯だった蜜柑に笑いながら、加熱されたなら糖度は上がってるかなんてそんな軽口を言いながら唇を重ねつつ、その身を重ねる。そんな中でナミは優しく微笑み、気遣わなくて良いなんて言って来るから、余程壊されたいらしいと苦笑してしまう。
Happy orange day……蜜柑の苗木よりも蜜柑の香りを振りまきながら笑う女に、男はいつも白旗をあげる。愛しく可愛い蜜柑は、今日も男の腕の中で歌声を響かせていた。