助けられていたら
おかしい、わ。薬……効いてないのかしら?
恐ろしい程の倦怠感と、無駄に熱い身体、それにより私の意志を無視して震える四肢によって、情けなくなって泣きたくなる。私は……弱過ぎる。
強くならなきゃ。護りたい……いいえ、護らなくてはいけない人達がいるのだから。
ふらつく足で何とかそれでも村に帰ろうと足を進めるけれど、身体が言う事をきかなくて足が縺れて甲板に倒れそうになった時、知らない腕が私を支えた。その瞬間視界の端に映ったのは青い炎で……まさかと思う。
「不死鳥、マル……コ?どうして、
何がどうなっているのかと思って声を掛けたのに、不死鳥マルコは私の身体を抱き上げると勝手に船内に入って行く。そこで無言のまま私をベッドに降ろすと、少し休めよぃとか言ってくる。
だけど、そんな場合じゃない。そう思って身体を無理に起こして、言葉を告げた。
「時間が、無いので……お気遣いには、感謝しますが、ほっといてください」
「そんな身体でどうしようってんだよぃ」
「……慣れてますから、お気になさらず」
流石に慣れちゃ居ないけど、こうでも言わないときっと引き下がらない。初対面の女に、どうしてこの人はこんなにも親切なのか。
それにより、随分と久しぶりに笑えた気がした。〝読んでいた〟時に憧れていた、優しい青い光だからというのもあるとは思うけれど。
それから少し強いのは分かっていて、鎮痛剤の神様に手を伸ばす。これは呼吸も出来ないような痛みの時にしか、骨が溶けるからと言う理由により使わないようにしてたけど、今は構っていられない。
それを注射器に流し込もうとした時、手首を掴まれた。何事かと思ったら怒りを讃える瞳が私を貫いていて……。
「流石にモルヒネは看過できねェよぃ」
何故、これがモルヒネだと分かったのか。何処にも、明記して無いと言うのに。
そう思った直後、私はベッドに肩を押さえ付けられるように沈められていて……何が起きているのか分からない。混乱する私に不死鳥マルコは、確信を持った声音で問い掛けてくる。
「お前ェ、ナミだろぃ?」
「どうして、名前……」
「エースが話していてねィ。様子見と、必要なら迎えとして来たんだよぃ」
その言葉に成程と思う。けれどもこの状況は頂けない。
「エースの事、大切にしてくれてありがとうございます。無鉄砲だけど、いい子なんです。これからもよろしくお願いします」
それでも、嬉しい。エースは、白髭の元に……白髭海賊団に居てくれてる。
生きてくれてる。良かった……これなら、あの悲劇としか呼べない戦争は起きない。
「エースが飛び出したと言ったら、どうするよぃ」
「どういう事?サッチ隊長が死んだの!?」
思わず掴みかかろうとする私の腕を軽くいなして、不死鳥マルコは悪どい笑みを浮かべた。それに身体がビクリと震える。
何か地雷的なものを踏んでしまったような、そんな雰囲気さえ感じて本能的に逃げ出したくなる。でも押さえられてる肩が、まともに動かせない体が、それらをすべて阻害する。
「成程ねィ。いつも手紙をありがとなぃ、ナミ」
何故私だとバレた!?
冷や汗が吹き出す。そんな私に、不死鳥マルコは顔を近付けて耳元で囁く。
「サッチが襲われた事は何処にももれてねェし、サッチは生きてるから政府も何も掴めてねェ。それなのに、死んだのかと来ればわかるよィ」
「ゃ……それ、は」
声が、上手く出せない。怒ってる風ではないし、悪い事もしてないけど、怖い。
どうしよう。どうしたらいいの?
ベックにこんな時の対処法は教えられてない。シャンクスから、こんな時にどう戦えば良いのかを指導されてないわ。
「まァ、そういう事なら助けてやるから大人しくしとけよぃ。抵抗しようとするなら、抵抗出来なくして行くよぃ?」
「え?」
縛られる程度なら、縄抜け出来るけど……?
そう思って様子を伺おうと不死鳥マルコに視線を向けると、その手が肩から離れて足を撫でて来た。それに思わず嫌っと声を出したけど、熱と倦怠感でろくに動けはしない。
まるで抵抗しないで受け入れようとするかのように、身動きを取れずにいる私に向かい、不死鳥マルコは海賊らしく残忍に微笑んだ。
「このまま続けて、動けなくしてやっても構わねェが、どうするよぃ?大人しく、ここで待つか?」
断れば犯すと、その気配が伝えて来るから、私は残るから辞めてと言い募る。それに対してそれは残念だと言いながら離れてくれて、ホッと息を吐き出した瞬間に唇が重なった。
混乱してる間に口付けは深まり、身体が勝手に熱くなる。ベッドの上にいると言うのも良くない気がするけど、そこは私にはどうにもできない部分。
「ンンっ!ゃ……だ!……ぁ、んぅ……!」
不死鳥マルコは私の口内を舐るように、犯すように蹂躙していく。それに両手で抵抗しようとするけど、力が上手く入らない。
喉の奥に何かが押し付けられるような感覚があって、苦しくて正体の分からないそれを嚥下すると舌は動きを変えて、歯列をなぞるように動き始める。もうやだ……助けて……!
「シャンクス!ベック!助け……」
僅かな唇の隙間で思わず口にした言葉に、不死鳥マルコは動きを止めて、私を凝視してからそっと離れてくれた。それから随分と厄介そうだと呟いて小さく笑ったかと思うと、私を困ったような顔で見て来る。
「……大人しく、待ってろよぃ。じきに、薬も効く」
「え?」
まさか、今のキスって……。
「何を飲ませ……」
強烈な目眩に、言葉を失う。これ、睡眠薬……!?
なんで、口移しでこのレベルの薬飲ませて、不死鳥マルコには、効かないのよ……!
そう思いながらも目の前が暗くなるのを抑える事も出来ずに、身体は動かせなくなり意識は深く沈んで行く。完全に意識が落ちる前に不死鳥マルコが頭を撫でながら、すぐに終わらせてやるよぃと優しく声を掛けてくれた事だけは分かっているのだけれど。
意識が浮上すると異様な頭の痛さで強すぎる睡眠薬の効果だと理解して、眉が寄る。けれども身体の痛みや倦怠感が何故か無くなっていて、その事に驚き辺りを見れば不死鳥マルコの姿があった。
「目覚めたかよィ」
「不死鳥マルコ……」
「……名前だけに、してくれると嬉しいンだがねぃ」
「……マルコさん?」
問い掛けると頷いて笑ってくれて、それから視線を合わせる為に膝を着いてゆっくりと唇を動かす。それにより紡ぎ出されたのは、アーロンパークの壊滅と、ジンベエ親分が引き取りに来る事、何より村の……諸島の……近海の解放を告げるもので……。
「……なら、私も、インペルダウンに、行かなきゃ。私、幹部で……」
「馬鹿言うなよぃ」
呆然と呟いた私にマルコさんは言う。それも心底呆れた様子で。
「……海賊が、苦労して手にした宝を逃すかよぃ。もう、ナミは俺のものだ」
「へ?」
何を、言って……?
「ナミを苦しめていた奴はもう居ない。晴れてナミは自由になったが、このままここに残れば第2第3のナミを狙う男に、この村は狙われるよぃ。それなら……俺の傍にいろよぃ。……そうするなら村に、誰も手を出せなくしてやる」
「いい、の?」
思わず問い掛けると不思議そうな顔でマルコさんは私を見るから、もう1度良いのかと聞く。村を縄張りに入れて、白髭海賊団は困らないのかと。
「困る理由がねェよぃ。それで、どうす……」
言葉の途中で私はマルコさんに抱き着いた。勝手に零れる涙を拭えもせずに。
だって、白髭海賊団なら皆を苦しめないで安全に守ってくれる。そう信じられるから。
「あり、がと……!私、何もしてな……のに、返せない、かもなのに……」
「先にして貰ってるよぃ」
不思議な言葉に顔を上げると、マルコさんは優しく笑ってくれて、当然のように言葉を口にした。サッチを助けてくれてありがとうと。
でも、私は本当に何もしてない。生きてるとしたらそれは、サッチさんやサッチさんを慕う人達の努力によるもので……。
「ンな事よりナミ、俺はこれから勝手に飛び出したエースを殴りに行こうと思うが、それに付き合っちゃくれねェかい?」
「喜んで付き合うわ!」
落ち込んでいた私を1瞬で正気付かせたマルコさんは笑いながら、なら来いよぃと笑う。それに多少の戸惑いを残しつつ頷けば、マルコさんはそっと私を抱きしめてくれた。
そうしてエースを追い掛ける為に背に乗せて貰い、出発する事になったのである。私の荷物は、白髭海賊団迄先に手紙と共に送られる事となり、早速荷物を纏めた。
こうして私は、この日から白髭海賊団に保護される事となった。優しい人がいて、その人が当然のように助けてくれて……私は少し、甘える事を覚えたと思う。
波間の向こうを目指して、空の上を飛び回る幸せの青い鳥と共に、私は明るい未来へと羽ばたき始める。