ニュースクーがいつもの様に飛んで来たが、何故か新聞を抱えたままなのに俺の所ではなくナミの元へと向かう。いつもは俺の所に、これでもかと新聞を置いてから行くのにと思えば不思議に思い部屋に向かうと、ニュースクーはいつもの様にナミに愛でられていた。
甘えたくてナミの所へ?と思った直後、机に置かれた箱を見て成程と思う。大切なナミが喜ぶ物を先にって所かねぃ。
その送り元はノジコとあり、小さく笑う。気の強そうな姉が脳裏で笑い、それにナミが抱き着いている姿が見えた気がした。
……想像の中でもこれか。本当にナミは、姉を好きすぎだろぃ。
そう思いながらナミを見つつ、ナミの匂いが染み付いているベッドに座る。それにより少し、心が落ち着いた気がして瞳を閉ざした。
その時不意に唇に何かが触れてどうしたのかと思ったら、ナミが俺の唇に触れて特別よなんて言っている。どうやら今贈られてきた中身を分けてくれたらしい。
そんなナミに礼を告げれば、ナミは少し誇らしげに笑った。……いくら喜ぶ事が分かっていても、ホワイトデーの贈り物に、姉か母親連れて来てって訳にも行かねェよなぃ。
溜息を落とした俺に飲み物を差し出すナミは、特に気負いも無くいつもと変わらない様子だが、寂しいだろうなと思う。そう思わされる位には、母親と姉にナミは弱い。
その翌日、机に置かれていたノジコからの手紙を何の気なしに開くと、ナミの安否を気遣う文言が並んでいて……双方で依存してるのかと少し笑う。仲の良い姉妹だねぃ。
それから俺は倉庫に向かい、いくつか薬草が不足している事に気付く。……困ったな。
取り寄せの難しい物が大半だ。にしても、なんだってこんなに減ってんだ?
「マルコ?何してんだ、こんな所で」
不思議そうにサッチに問われて、俺は振り向きもせずに答える。ンな事より紫蘇が赤と青両方ねェし、レモンバームとバジル、オレガノ……それにパセリがねェ。
「薬草の在庫確認だよぃ。なんか異様な減り方してんだよな」
「……あ、悪い。俺のせいだ」
蕎麦の実も……って、今なんて?視線を向けるとサッチが気まずそうにしている。
どうやらその様子を見るに、自己申告の罪の告白に偽りは無さそうだ。理由を聞く前に怒る事はしねェが、理由は聞かないと話にならねェなぃ。
「詳しく、聞かせろぃ」
聞いてみれば、俺がナミとエースを連れて帰るより先に届けられていたナミの荷物の大半が本だった為に、受け取った隊長や親父が大喜びで勝手に読み漁ったらしい。人の荷物を勝手に漁るなよぃとそこは1応突っ込んでから、だがナミの本は確かに楽しい物や使える物が多い為に気持ちは理解できちまう。
サッチはその中にあった〝美味しく食べよう薬草図鑑〟とか言う料理本に魅入られて、薬草の在庫を使い果たしたらしい。全て喰える薬草だったのだと言われたら、成程と思わされる。
その本も含めて、著者がナミだと知った時の騒ぎは忘れられねェよぃ。混乱を極めたナミがエースに抱き着いて離れなくなったのを、苦々しく思い出す。
「その本にさ、大根とか蜜柑も薬草の1種だとか書いてあって……面白ェなァってなってよ……」
「もういい、分かった。仕方ねェから最低限の所は収穫してくるが、他は料理でも使いてェなら今後はどうにか取り寄せるか何かしてくれ。薬の原料が無くなるのは流石に困るよぃ」
「附子は使ってねェぞ」
「あれは、トリカブトって呼ばれる毒草から作っていてなぃ、単体で使うと毒だから料理には使うなぃ」
トリカブトと言うのは大枠の呼び名で、桜とひと口に言っても多くの種類があるように、トリカブトも多くの種類がある。毒性も1瞬で死に至らしめる物もあれば、腹を壊す程度の物迄様々だ。
今回話しに出ている附子は漢方薬の1種で、漢方薬の風邪薬なんかでは良く使われる。キンポウゲ科、トリカブト、ハナトリカブトまたはオクトリカブトを元に作られるんだが……まァそこは割愛しよう。
「悪かった。余ってるなら良いかと思ってよ」
「薬は必要になってから作るんじゃ間に合わねェ事もある。無闇に薬のコーナーは触るなぃ。元は毒で、薬に使われるような物は案外多いから、扱いには注意が必要なんだよぃ」
サッチはすまなそうな顔で笑うから、本気で反省してると分かる。……この笑顔は、謝る時の顔だからねぃ。
長い付き合いだ。新しい料理って事で、楽しくなっちまった姿も目に浮かぶ。
「わかった。悪かったな」
「ちゃんと話した事無かったから、気にするなぃ。ただそうなると……俺は数日帰れねェから、ナミを頼む。本来ならエースに頼みてェが、エースだと襲いそうだからなぃ」
俺が溜息を落したら、サッチは不思議そうに俺を見る。それによりそうか知らないのかと気付く。
ナミは、守ってくれる相手が近くに居ないと眠れねェんだって事。この船では今のところ俺、エース、親父、サッチの前では寝るだろうが……イゾウは試した事ねェし分からねェな。
「サッチの飯は迷わず食ったから、サッチなら多分寝るだろ」
「はァ!?」
「そっちの意味じゃねェよ。ナミはトラウマの影響で、1人だと眠れねェんだよ。信頼出来る自分より強い奴の傍じゃねェとな」
「あァ、そっちかって……そりゃ不味いな。俺っち、意外と夜も部屋にいねェんだよ。……親父に頼んどくわ」
サッチの言葉にそういやそうだったと頷いて、俺は摘んだ物を入れる為の鞄を1つ用意してから飛び立った。親父なら色々な意味で大丈夫だろう。
扱いの難しい物は偉大なる航路の方が多いが、単純に薬草と言う面では妙な癖を持たないで育つから、東の海の物が良い。根菜や甘みの強い食べ物は北の海だと、いつだったかサッチが言っていたのを思い出しながら、それぞれの特性を混ぜている偉大なる航路はある意味危険だなぃと思う。
必要な薬草を無人の島で入手した俺は、ふとナミの実家まで近い事に気付く。……挨拶、しておくかねぃ。
ナミの実家は他のそれとは少し離れていて、周りは見事な蜜柑畑だ。ここで、1人頑張っていたのかと思えば、胸が苦しくなるような気がした。
玄関の前に降り立つと、中から杖をついた女が出て来て……母親の方かと思う。少し、診て行くかねぃ。
「ご無沙汰してます。近くに用事があったもので、ナミは居ませんが挨拶だけでもと寄らせて頂きました」
「……お久しぶりです。ナミは、元気にしてますか?」
「はい、無事に弟とも会えて、楽しそうにしています。ただ、時折寂しそうにしている時がありますので、余程母と姉に逢えないのはつらい様子です」
「ナミはマザコンでシスコンだからねェ。私もノジコも……深く愛されてるから」
そう言って笑う母親のそれは、ナミの笑顔とよく似ていて、血の繋がりは無くても似るもんだなと思う。家に招かれるままに入れば、杖歩行出来るようになったのよと言ってから、それをナミに伝えて欲しいと言うので頷く。
きっとナミは泣いて喜ぶだろう。車椅子だったと聞いていたから、驚いたが……健と筋を痛めたらしいそれに1言断りを入れてから少しの時間炎を当てる。
それだけでも多少は違うだろう。後はリハビリ次第だ。
「ただいまーって、アンタの確か」
声の方を振り向けばマシュマロ……いや、姉のノジコがいた。それにも挨拶をして少し会話をすると、蜜柑を1つとまたも伝言を頼まれた。
「来月ベルメールさんとゲンさんが結婚式あげるから、可能なら顔見せろって、無理なら写真送るって伝えといて」
「それは……連れて来ないと俺が恨まれそうだなぃ」
「なんでアンタが恨まれんのよ。団体で生活してるなら、個人のそんな要望聞けないのが普通でしょ」
「……俺は……」
そこに来て、伝えるべきかと気付く。報告、しておくかねぃ。
「ナミと、先月から付き合い始めて、彼氏になったもんでなぃ。多分ナミも俺には色々言うだろうと思う」
「「え?」」
驚いた様子の2人に、歳が離れているからかと思ったら予想外の言葉が返った。それも、見事なハモリで。
「「なんで付き合うのにそんなにかかったの!?それ迄どうしてたの!?」」
「ナミは、鈍くてなぃ」
俺の言葉足らずだった事と、身体だけ先に得ていた事はこの際伏せておく。だがそれに対して2人は妙に納得した様子で頷いてから、それならゲンさんが来る前に帰りなと言われて追い出されるように飛び立った。
船に帰り着くと、甲板で俺を見上げるナミが居て思わず炎が残る体でナミを抱き締め、そのまま軽いキスをする。それにナミは恥ずかしそうにするが、会いたかったんだ少しは堪能させろ。
「ただいま」
「お、帰り、なさい」
恥ずかしそうに俯きつつもそう返したナミの額にキスをしてから、親父に報告に向かう。そのついでにサッチを捕まえて、簡単な蜜柑で出来るデザートの作り方を教わる。
俺に負い目があるサッチは、根気よく俺のそれに付き合ってくれたが、本当に難しい。簡単なのって言ったのによぃと思えば、つい恨めしく思ってそれを伝えちまうような声と視線を向けていた。
「……簡単なのって言ったろい?」
「マルコが妙に不器用なのが悪ィだけだ。簡単で見栄えの良い奴選んだつもりだぜ?」
「型にバター塗る意味が分からねェ……」
「塗らないと完成した時型から取り出せなくなるぞ」
そんな事を言いながら、作り進める。指を切ったり火傷したりしつつ、その度に俺から炎が出るのをサッチが呆れたような顔で見ながらも、丁寧に教えてくれていた。
帰り着くのがまさか、ホワイトデー前日になると誰が思うんだよぃ。と言うか……食うだけだったから知らなかったが、菓子作りって……意外と手間だねぃ。
焼きあがったそれを皿に置いてトレイに乗せると、紅茶セットとシルバーをサッチが用意してくれた。それから、日付け変わったぜと笑うから、俺はサッチに礼を言い残し慌てて部屋に向かう事となった。
部屋に入ると月明かりで執筆を続けているナミが居て、休憩しろよぃと声をかけるとナミは振り向いて嬉しそうに笑った。なので応接セットに持ってきた物を置いて手招けば、蜜柑の香りがするとか言いながら腰を下ろす。
「ホワイトデーのお返しに、作ってみたよぃ」
「マルコが?怪我とか、しなかった?」
「……俺は不死鳥だからねぃ」
「怪我したのね。全く」
「治ってるから問題ねェだろぃ」
俺の言葉に、心配そうな顔でナミは俺を見詰める。……今度から気を付けると、怪我をする度に言ってる俺にナミは悲しそうにそうしてと言うのだ。
過去に1度だけ、ナミに〝それなら私が強姦されても死ななければ問題ないわよね〟と言われて〝薬飲んでるから子供は出来ないもの〟と続けられて以降俺も怪我をしないよう気を付けるようになった。俺の怪我とナミの強姦が、何故同じ枠で数えられるのかは今もって不明だが、妙な説得力があったのは確かだ。
そんなナミは俺の作ったパンドジェンヌにナイフとフォークを向けて、1口口に運び……固まった。……どうした、塩と砂糖間違えたとかは無い筈だがねぃ?
「マルコ、これ、この蜜柑……まさか……」
「気付くとは思わなかったがねぃ。……用事のついでに、挨拶してきたんだよィ」
言いながら残った蜜柑の半分を渡すと、懐かしそうにその瞳を細めて笑った。そんなに好きかとナミの態度を見て思う。
「お袋さん、杖歩行出来るようになってたよぃ」
「え?」
「それと、伝言だ。……来月お袋さんとゲンさんが結婚式あげるんだとよ」
「え?」
「……行くか?」
「いい、の?でも、どうやって」
戸惑うナミに、飛んでやると言えばその瞳から大粒の涙を流しつつ笑った。俺の最愛の花は、未だ家族が1番なのだとしても構わねェ。
そう思わされるくらいに、ナミは幸せそうに泣き笑いを続ける。涙を拭ってまた1口パンドジェンヌを口に運んだナミに、俺はそっと口付けてその中身を奪う。
「んんっ……ぁ……マル、コ……」
「味見してなかったからな」
「ばぁか……」
「甘くて、でも、甘過ぎなくて美味いねぃ」
俺の言葉にナミは口をパクパクと動かすが、実際驚く程美味かった。これは俺の手柄じゃねェな。
「パンドジェンヌが美味かったのも確かだが、ナミが美味かったのも理由だろうねぃ。……それぞれ、もう1口ずつ、食べさせろぃ」
言葉と同時にナミの唇を塞ぎ、甘い喘ぎと共にそれを堪能する。苦しそうな息を漏らしつつも抵抗しないのは、想いが通じ合うより前から変わらねェなぃ。
それから1口普通にパンドジェンヌを口にして、確かに美味いが……ナミの方が俺好みのだと認識する。もっと、食わせろぃ。
ナミの頬を伝う涙を唇で拭いながら、残りはゆっくり食べろと囁く。それと同時に、食べ終わったら共に寝ようと声を潜めればナミは真っ赤になって、小さく頷いた。
ホワイトデーに女が喜ぶ物をと考えれば、どうしたって今はまだ愛しい家族が脳裏に浮かぶ。女を大切にしたいと男は願い、愛しい温もりとの時間をゆっくりと楽しみ始めた。
部屋には蜜柑の香りが充満している。