他の誰かに横から掻っ拐われちまう前に、俺の女だって言える立場になりたい。そう願うのに、それを口に出せないまま俺は今も部屋の入口からナミの後姿を眺めている。
今も恋人と呼べる関係であり、それは間違いでも勘違いでもない。双方理解してる事でもあるが……ナミを狙う馬の骨が多過ぎる。
いや、馬の骨って言うには厄介過ぎるのが多いんだよなァ。ナミの血の繋がらない兄と弟は、揃いも揃って大物で、その大半が女としてしか見てねェんだからな。
ニュースクーと戯れる姿は何処か幼くて、まだまだ大人と呼ぶには早い少女だと漸く思い出す。……頼り過ぎな上に、散々傷つけといてどの口で言えると言うのか。
「クーちゃんありがとう。温泉も桜も大好きだから、本当に嬉しい。楽しんでくるわね」
聞こえて来た言葉に顔を上げるとナミは、悲しそうにその瞳を揺らしている。それに騙されたらしいニュースクーが飛び立つのを見つめていれば、成程俺はどうやらナミの嘘が見抜けるようにはなっていたらしいと気付かされた。
そりゃ、基本的にいつも見詰めてんだから当然か。そんな事を考えていたら、何かを呟きながら机に封筒をしまうのを見て、後で確認しようと決めた。
そのまま声を掛けようとしたが、それよりも早く歌い出したナミに声を失う。ナミが歌うのは基本的に好きだが、今回のは何だか物悲しいねぃ。
風に舞う髪に絡んだ1枚の花弁を見て、歌声で呼び込んだのかと思う。それと同時に、俺の女に勝手に懐くなよと花弁に思う己の余裕の無さと浅ましさに苦笑する。
歌い終えたナミが俺の存在に気付き、何故か泣きそうな顔をしていたから、安心させたくて笑いかける。そのまま手を広げれば、迷子の子供が親を見つけたかのように駆け出して飛び付いてきた。
俺の不安が伝染したのかねぃ。支えてやるべきは俺だろうに、いつも甘えてるのは俺だなんて、本当に情けねェよなぃ。
「どうした?ハルタに悪戯でもされたかよぃ?」
そんな俺に首を震って笑顔を見せたナミは、俺に抱き着いたまま離れようとしない。その姿は愛らしく、その温もりが俺を許してくれてるような気がしちまう。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
あれは、当たるものなのか。俺も長い事応募したが、当たった事ねェよぃ。
そんな事をふと思ったが、そんな事よりもナミに笑って貰うにはどうしたらいいかと頭を悩ませる。考えながらナミの頭を撫でれば、驚いた顔を向けてくるので笑顔で頷く。
「花見なら皆喜ぶだろぃ。……その重箱は、俺とナミの分だけ作ってくれたら嬉しいねぃ」
「食べてくれる?」
「……勿論だ」
重箱の中身も、作り手も俺が食うに決まってると思い頷けばナミは嬉しそうに頬を緩ませて、それから再び強く抱き着いてきた。そのまま俺の胸で顔を隠すから、満足するまで好きにさせるかとその頭を撫で続けた。
そんな穏やかな時を過ごしてから、だいたいの計画を脳内で組み立てた後で各隊の隊長を集める。そして桜が舞い込んで来ていた事を伝えれば、花見のそれに反対の声は上がらなかった。
そうして俺が空から花弁の飛んで来た場所を確認し、そこへ向かう道すがら若者達に海王類の狩りでも行わせれば、四番隊が調理してくれる事になる。人数が多いという事は、何もしなくても食費等の最低固定費がそれなりにかかるという事になるんだから、安く楽しませてやるのもまた俺達の仕事だ。
海王類や猛獣は、俺達にとってみれば動く食料であり、調理は四番隊の仕事ではある。そこに加えて、ナミの本があるので種類が増えたので、俺達の生活は安定していると思う。
花見の準備が整い、花見の宴が開かれたのはそれから数日後の事だった。そうして迎えた当日、大喜びでモビーから飛び出す弟達を眺めながら、重箱を抱えて佇むナミに声を掛ける。
「俺達も花見を楽しもうかねぃ?」
「それは良いけど、サッチの作ったものの方が美味しいと思うのに、本当に良いの?」
「俺はナミが良いよぃ」
俺の言葉に頷いたナミは少し照れた様子でモビーの端に向かうので、それを引き止めて鳥に変ずればその瞳を輝かせ戻って来た。そして嬉しそうに俺に抱き着くとモフモフーとか言ってるので、背中に乗るように指示する。
素直に従ったナミを乗せて飛び立てば、エースが狡いだの返せだのと騒いでいたが、ナミは俺の女だってんだよぃ。空から桜を見下ろせば、ナミは凄い凄いと語彙力を無くして喜ぶから、労力とも言えないそれが報われた気がした。
……何より、空ならナミを誰にも奪われないからねぃ。このままずっと飛んでいても良いが、それではナミと食事を出来ないので仕方無く雲の上へと移動する。
座れる雲は1万メートル上空へ行かないと無いと思われがちだが、小さな物はたまにあるのだ。そこは見聞色の覇気で確認出来るので、二人で座れるのに充分程度の雲を選んで降りる。
その場所からも桜を見下ろせたので、ナミは贅沢ねと笑うがどうしたって高い位置は風も強く寒い。持って来ていた上着をナミに掛けながら、俺達は重箱を広げて行く。
「パイナップルを入れたくて、メニュー悩んだのよ?」
「デザートにあれば十分とは考えなかったのかよぃ?」
「考えなかったわ。そんな訳で1つは酢豚にしました!」
他にはフルーツサンドが入っているのもあり、本気でパイナップルを基準に考えているのが分かれば、俺仕様だなと痛感する。フルーツサンドには蜜柑も入っているので、俺だけが得するというのでもないのが唯一の救いか。
卵焼きを指でつまめば、箸があるのにとお手拭きを差し出しながら言うナミ。そんな口に、次の卵焼きを摘み押し込めば、当然静かになる。
卵焼きを口に押し込んでも指を離さずにいれば、ナミは少しむくれた顔で俺の指を舐めて来たので、その指を漸く離してやる。卵焼きを咀嚼しながらジト目で見てくるそれが可愛くて、舐められた指にそっとキスして見せればいつももっとすごい事を散々してるのに、真っ赤になって声を失うナミがいて劣情を刺激されちまう。
本当に、もう、誰にも渡したくはねェなぃ。こんな所じゃなく、もっと雰囲気のある所でと思いはしたが……2人きりであるだけマシと言えるかもと思い直す。
「ナミ」
「……なによ。ハッ!……私は食べさせないからね!?」
照れてぞんざいな言い方をした後で、斜め上の考えを口にしたナミに笑ってから、そっとポケットに忍ばせていた箱を差し出す。それに首を傾げたナミに中身を見せれば、驚きに染まったその表情。
そのまま泣きそうに瞳を潤ませるから、今しかないと言葉を口にする。……ずっと、伝えたかった俺の気持ちだ。
「ナミ、俺と、結婚して下さい」
「マルコ……」
「俺は、ナミが欲しい。幸せに、するよぃ」
「……馬鹿ね、マルコは」
そう言われた時、断られるのかと怖くて見れずにいたナミの顔。そんな俺にナミは言った。
「私がマルコを幸せにするのよ。マルコは皆のお兄ちゃんなんだから、模範として幸せにならなきゃダメでしょ」
その言葉に顔を上げると、掠めるように唇が俺の唇に触れて、離れる。はにかんだ笑顔が、桜なんかよりずっと綺麗で、俺は愛しい蜜柑の花を抱き締めた。
「花より団子な俺で、良いのかよぃ」
「あら、私、花のつもりだったのに」
「ナミは、蜜柑団子だろぃ。大人しく、俺に食われとけ」
俺の言葉にまだお弁当がとか、外だからとか言うその唇をそっと己の唇で塞ぐ。ここなら誰にも、姿も見えず声も届かないからと、桜を見下ろしながら雲の中で幸せを噛み締めた。