いつまでも煮え切らないからと言って、俺とナミの双方に黙って家族が準備してくれた結婚式を終えて、俺達は夫婦と呼ばれるものになった。その関係でナミが寝込んだが、こればかりは体力の足りないナミが悪いと責任転嫁して置く。
実際夫婦になったからと言って、何が変わった訳でも無い。仕事は変わらねェし、ナミも相変わらず鈍くて阿呆で……なのに賢いと言う矛盾した生き物だ。
溜息を落としながら、終わった書類をファイリングしていると聞こえて来たピアノの音色。聞き覚えのない旋律にナミの新曲かと気付けば、足は勝手にナミの元へと向かっていた。
途中で会ったフォッサに書類を託して、親父に届けてくれと頼めば嬉しそうに頷かれたので問題は無い。親父の元へ向かう理由があるなら、皆案外喜んでやってくれるのだ。
ピアノの音色に乗って聞こえて来る歌声は、儚い。歌詞そのものはそれ程悲しいものでは無いし、曲も綺麗だが涙を誘うようなものでは無いのによぃ。
ただ、ナミが何を思い歌っているのか、それが伝わるような歌声であるのが問題なのだろう。俺の前では泣けると歌うのに、結婚さえしたと言うのに……どうして、捨てられると信じて疑わないのか。
醜さの証明なんて事は、ナミにだけはどう足掻いても出来ねェとどうしたら教えてやれるのか。俺の新妻は、自己評価が低過ぎるよぃ。
自然と浮かぶ苦笑と、ナミの歌と演奏が終わるのはほぼ同時。それからナミは突然、叫ぶように何やら単語を口にする。
「あ!!防災の日!」
防災?……確かに少しは備えた方が良いだろうが……今はそれよりも歌の感想を伝えて、自己評価を改めさせたいねぃ。
そう思って近付くと、そのタイミングでナミが立ち上がる。それをそっと抱き締めれば、力を抜いたのが分かり頬が自然と緩む。
「必要としてる」
沢山傷付けて、悲しませて、その上俺は勝手にいじけて……ナミが動いてくれなければ、恋人になる事さえ出来なかった。今はもう、俺の妻となっていても、罪悪感は胸の奥に燻っている。
そんな俺の言葉にナミは微笑む。嬉しそうなそれは、俺の心を温かくしてくれた。
「うん、ありがとう。私も防災の日は必要だと思うわ」
……少し、待とうかナミ。とりあえず防災の日から離れちゃくれねェかよぃ?
と言うか、俺の思いは欠片も伝わってねェのかよぃ。……ナミだもんな。
胸中でそれだけ1気に思うが、言葉には出来なかった。声に出しても、嫌われる事は無いだろうがねぃ?
諦めに似た溜息が落ちそうになった時、ナミが小首を傾げたから……無防備なその唇を奪って気分を切り替える事に決めた。まァ、確かに必要な事でもあるけどなぃ。
「それも必要だけどなぃ?」
重ねた唇はいつもと変わらずに甘く、俺の心と身体を縛り付ける。さて……折角だから、少し二人の時間を堪能させて貰おうかねぃ?
甘く深い口付けは、まだもう少し辞めたくない。ナミが俺への愛を歌うなら、俺はナミに惜しみない愛を注いでやるよぃ。
のんびりとした時を過ごした俺は、その後に立っていられなくなったナミを抱えて上機嫌に部屋へと戻ったが、ナミにはポカスカ殴られちまった。まァ……覇気纏ってなかったし、痛くも無かったがなぃ。
そしてまた始まる日常の中で、ナミは穏やかに微笑み親父と何かを話し合っていた。その手元を見れば、縄張り内にある全ての島の地図を広げて話し合いをしていると分かる。
「……見事なもんだねぃ」
「ナミが描いた地図だ」
言われて見れば確かに、先日全ての島を巡った筈だ。実際はナミが島の測量と縄張り内の海図を描く為に、だが表向きは島の人達が安全に過ごしているのか、その確認をする為に。
そこで人の住む島と住まない島を分けて居るのを見れば、何かをやりたいのは分かるが……何を目的としているのか。サッパリわからねェ。
「それで、何がしたいんだよぃ?」
「モビーでは特に防災意識高め無くても、常に気を付けて守り合ってるじゃない?でも、島の人達は生きるのに精一杯だから、避難場所とそのルートに適した物を作ってあげないと、助けに行く迄に死んでしまうかもって話になったのよ」
希少種族の島民や、希少価値の高い島に住む者達は勿論、せめて新世界でさえ無ければ問題が無い程度の武力しか持たない人達が、苦しめられている現実。彼等を保護する形で旗を掲げているが、確かに災害にしろ他の海賊にせよ、俺達の到着前に死なれては何も出来ねェ。
それでも、俺達は海賊であり、海軍では無い。海軍でさえそこまでの事をしちゃいねェのに、ここまでやってやる必要がどこにある。
……そう言って、切り捨てられないのは俺の弱さか。俺も、親父に感化されてんのかねぃ?
「……それでも、傘下の海賊団も定期的に見回ってるだろぃ」
「だから、数日凌げる場所が必要なのよ」
そう言ってナミは人の住む島だけの地図を残して、残りをナースに預ける。片付けてくるわーと去って行く彼女達を見て、残された山に嫌な予感がした。
ナース達が何も言わないのは、こうなった親父とナミには、何を言っても無駄と知っているから。これだから俺とナミは、夫婦らしい生活を出来る次官が無いんだよぃ。
その後親父とナミで話し合い、半数程は地図から避難場所に出来そうな場所と、そこまでのルートを見付けるのに成功した様子だった。だが、問題はその他だ。
「マルコ、お願いがあるの」
「……親父の許可取ってから言う辺りが、ナミの狡猾さを物語ってるなぃ」
「えへへ……。褒められちゃった」
……狡猾とは、褒め言葉ではない筈である。だがまァ、女海賊として見れば褒め言葉かもなぃ。
ナミの場合は特に、甘っちょろい奴だから中々言われないだろうし。実際、縄張り内に住む人達の生命を守りたいとナミと親父が願うなら、それに異を唱えるつもりもない。
仕方無く協力すると言って鳥へと変じて見せれば、大喜びで俺に抱き着くナミ。そんなナミを背に乗せて、良い場所見付けて来るわねと手を振るナミに皆が笑った。
家族から長い期間の不在を許された理由が、新婚旅行を兼ねてるのは言われずとも分かる。……ナミは、欠片も気付いてない様子だがなぃ。
自然豊かな島と、観光地として栄える島ばかりが残っているのは、明らかにナミの為だと分かるからなぃ。さて……どうしたものかねぃ?
まずは真面目に回るかと自然豊かな、砂漠とか、火山とかの島を重点的に回って行く。人が住むのに適してるのかと問われた時、首を傾げたくなるような島々だが、火山系には温泉もあるからとナミは喜んでいる。
火山地帯の高山植物を見付けて、ナミが喜びながら薬効を教えてくれるのを聞きながら、サンプルに少し持ち帰ろうと袋を用意した。そんな俺にナミはネットタイプが良いとか、ガーゼを使いましょうとか言って対応してくれる。
勿論目的の避難場所の制定と、その経路を見付けて伝える事も忘れては居ない。……風呂で少し楽しみ過ぎて、ナミに半日程口をきいて貰えなくなった他は特に問題も起きなかった。
森系の所は、植物採取をしに来たのかと言いたくなるような状況だったが、ナミも俺も随分有意義に楽しませて貰った。だが……。
「なんか、皆が居ないと少し、寂しいわね」
「賑やかな生活に慣れちまったんだな」
そんな事を言いながら森の奥へと進み、突然ナミに雨が来ると教えられた俺は近くの洞穴へと避難した。その直後に始まったスコールと呼ぶのが正しいような土砂降りに、ナミがいて良かったと心から思う。
突然のそれは、降やむ気配もない。それでも、雨のおかげでナミと世界に二人だけ取り残されたような……そんな気持ちにさせられる。
「……私ね、雨の日って結構好きなの」
「それは、知らなかったよぃ」
「マルコと二人で、部屋にいられるから。二人だけで、過ごせるから」
可愛い事を言うナミに、互いに多忙だからねぃと笑えば可笑しそうに笑われちまう。確かに、雨で音や視界が遮られるから、普通の雨ならば良いかもしれねェがなぃ。
「……俺は、雨の日は余り好きになれねェよぃ」
「そうなの?」
「……ナミは雨の日になると、甲板に出て指揮をとるだろぃ?……必要なのはわかってるが、俺の妻を他に取られちまってる気がして……寂しい」
俺の言葉に真っ赤になったナミは、防御力が無さ過ぎる。人の心配ばかりしてるから、そうなるんだ。
そっと洞穴の奥へと誘導して、ナミを腕の中に閉じ込める。ナミにとって最悪の災害は、恐らく俺だろう。
防ぎようのない災害に、ナミはどう備えるつもりなのか魅せて貰おうかと……そっと素肌に触れる。そんな俺にナミは抵抗しないから、調子に乗っちまう。
「マルコ、愛してるわ」
そうして俺を甘やかすナミを強く抱き締めて、明日は観光地系の島に行こうかねぃ?と語りかければ、幸せそうな笑顔を向けられた。それにより俺は痛感するのだ。
今日もやっぱり、俺の周りは笑顔と愛で満ちてると。幸福な新婚旅行は、まだ終わりが見えない。