少しばかり無理をさせちまったのか、いつもなら起きる時間になっても目を覚まさないナミに苦笑する。素肌が空気に触れないように毛布を掛けてやれば、モゾモゾと俺に近付く柔らかな体温。
これは俺だからなのか、温かいからなのか、その判断が難しい所だ。何せナミは寒がりである。
可愛い新妻だが、恋人と呼ばれていた頃と何が違うのかと言われても判断に困る。その時何かの破壊音が聞こえて、俺はナミを起こさないようにそっとベッドを降りると、その髪にキスを残して部屋を出た。
肌に突き刺さるような寒さが冬島が近い事を知らせるが、それより先に破壊音がの元を確認しに向かう。するとサッチが仁王立ちしていて、どうやら誰かが摘み食いしたらしいと分かる。
「今日はどっちだぃ?」
「まさかの……ビスタだ」
「珍しいなぃ。どうした?」
「いやはや……部屋のチーズが尽きていたので、こっそり貰ってしまおうとしたら罠にかかってしまってな。これらを掻い潜り盗み食いしていたとは……あの二人、見直したぞ」
悪びれも無く言うそれに、狙いはワインのお供かと肩を竦めればサッチも苦笑した。ちゃんと話してくれたなら問題無くチーズ位渡すとサッチが肩を落とせば、悪かったと笑うビスタにその場はお開きとなる。
勿論その際、あの馬鹿達を褒めないようにとは言っておいたが。ビスタの場合試して失敗したと言いながら、本気で二人を褒めそうで怖いよぃ。
それにより解決したからと部屋に戻れば、ナミの姿が見当たらない。結構本気で遠慮なく襲ったから、動ける筈も無いと思ったんだが……と、視線を動かせば薬の空が落ちていて、溜息が出る。
息するように自然に無理を重ねる愛妻を迎えに行こうと部屋を出て、蜜柑畑を見れば水遣りがされて無いと気付く。ならば風呂かと当たりをつけるが、後の事を考えて水を代わりにやってから向かう。
俺が風呂場に到着した時には、既にその姿は無く、代わりにいたナースに聞けば測量室じゃないかと言われてそちらへ回ってみる事にする。確かに薬飲んでまで何かやるとしたら、航海士としての仕事だろうと思えば納得の意見だからなぃ。
礼を告げてその場を立ち去り向かった測量室には、干されてる海図の山。しかし描いた本人の姿は無い。
……渇いてる……か。なら、今朝描いたものじゃなさそうだねぃ。
仕方ないと溜息を落としつつ、1旦部屋に戻れば窓の外を眺めるその姿。髪が濡れてるから、風呂に入ったのは間違いないらしい。
「やっと見付けた。……探したよぃ」
俺の言葉に小首を傾げて、窓の外と俺を見比べる。その様子に考えてる事が嫌になる程良く伝われば、叱りたくなるのも当然だろう。
特にナミは、俺に会う前に襲われた経験もあるし、そいつらは今もまだナミを狙っているのだから。少しは自覚を持って欲しい。
「早朝部屋に居なかったら何かあったかと思うだろぃ」
「……誰かさんが無理させるから、身体は痛いし、ベタベタしてるしで、シャワー浴びたかったの!!」
昨夜は俺も限界迄腰を使ったから、洗ってやれなかった事を思い出せば声が出せなくなる。それでも、プリプリと怒って見せてるそれが差程本気でもないのはよく分かるので、愛されてる事を自覚して笑っちまう。
笑ったからか声も出せるようになり、謝罪の言葉を口にすれば照れたように目の下を赤く染めたナミは、最強に可愛い。それにナミは、基本的に人を傷付けるような嘘がつけないのだからいくら怒ってみせた所で、俺の心を傷付けるような言葉は口に出せないのだ。
「薬は飲んだし、もう大丈夫よ。所で、忘年会やりたいから協力して」
「忘年会……なら、演し物も何か考えないとだねぃ。各隊から代表最低1人は出させるとして、他にも有志を募る必要があるか」
「……話が早いわね」
「食事はサッチに任せればいいから、俺とナミは大枠を固めて親父に伝えに行かないとなぃ」
俺の言葉にナミは嬉しそうに笑って頷いたが、その笑顔が本当に優しくて……この顔は女にしかできないなと思えばこそ、こそばゆい。それを誤魔化すように溜息を落としたら、首を傾げるナミに素直な心を伝えちまった。
「ナミにだけは、永遠に勝てる気がしない」
「勝てた記憶が、無いんだけど……?」
惚れた方の負け……とはよく言ったもんで、双方勝った記憶のない戦いはこれからも続きそうである。そんな俺の思考を知らずにナミは胸元からペンと紙を取り出して意気込むから、それに笑いが込上げた。
頑張るぞ!……と言葉にしなくても伝えてくるその幼さは、本当に極わずかな親しい人にしか見せないものだと知っているから。そんな俺にナミは不思議そうにしながらも、楽しそうでなによりなんて言うから、良い子だとその頭を撫でてから話合いを開始した。
酒はナミが手に入れたのがあると言うのでそれを確認したら、酒飲み達が大喜びしそうな銘酒ばかりが揃っている。……あ、親父の好きな古酒もあるねぃ。
ならばナミはこれの他に、何か用意する必要は無いだろう。食材調達は戦うしか脳の無い二番隊に任せて、調理を四番帯に任せるのはいつもの事。
他の隊にもそれぞれ役割を持たせつつ、演し物も何かやれと言う事を伝える必要がある。そうして書出した必要事項と経費の概算を手に親父の元へ向かえば、まずは経費を見る親父にナミがクスクスと笑う。
「あのな、ナミ。これだけの大所帯だと経費は馬鹿にならねェんだ。そんな笑うな」
「だって、親父様……内容よりも先に経費見るんだもの」
「……それは、まァ……な」
「経費が何に使われるのかをちゃんと見て、その上で削りたいなら交渉して貰わないと。ね?」
こういう時ナミの交渉術は、恐ろしいものがある。結局演し物の景品を、親父様との写真撮影にしたら経費掛からないわよとの意見等もあり、すんなりと話を通しちまった。
食費がかからないのはいつもの事だが、酒代が今回は無いのもあり必要経費がほぼ無いのも親父がごねなかった理由だろう。いい親父だが、本当にケチなんだよなぃ……。
「肉と魚は狩れば良いし、野菜は山菜や野草、茸に果物を各自収穫したらいいのよ」
そう最初に提案された時は、皆が盛り上がったのは当然だろう。これまでタダ飯食いと揶揄されてきた戦争民族が、食料調達係として1躍ヒーロー枠に躍り出たのだから。
音楽隊はこの機会にとナミから新曲を貰い練習を開始し、当日はバックミュージック宜しく交代で演奏しながらの、エンドレスメドレーとなる予定らしい。そうして準備の様子を手伝ったり見守ったりしながら迎えた当日、朝から姿の見えないナミはどうやらナース達に捕まってるらしいと知った。
キャァキャァと聞こえてくる声は、ナース達の物だろうねぃ。楽しそうなそれを聞きながら、普段男達に囲まれているナミには良い事だろうと思いつつ舞台の設置等を手伝う。
そうして全てが整った時、親父の言葉で始まった宴は酒も十分にあるからと大盛り上がりだ。……だが、ナミの姿が無い。
「どこ行っちまったんだろうねぃ?」
「あァ……お姫さんかい?」
「俺の妻だからねぃ?イゾウは他を当たってくれ」
「俺も気に入ってると言ってるだろうに。……諦めは悪い方でね」
「最悪だよぃ」
九割五分本気で言った俺にイゾウは笑いながら、舞台を示す。視線を向ければ幕が上がる所で、隣から解説よろしくイゾウが語る。
舞だとかそういうのは詳しくないので、何だか不思議な気分になる。……ナミはどうしてこう、なんでも人より上手く出来ちまうんだろうねぃ。
「華やかな演目を頼んだから、早変わりを入れるとは思うが……予算もあるから何を舞うのか……楽しみだ」
「待て。イゾウ……お前……ナミに頼んだのかよぃ!?」
「元々今回の忘年会は、ナミの発案だろ。なら、楽しませるのも義務だろうさね」
単純にイゾウが楽しみたかっただけだと分かるのに、何故かそれ以上文句を言えない。せめてと思い睨めば、見なくていいのかと言われて視線を舞台に戻す事となる。
「ナース達に協力を仰いだから、俺が着替えさせた訳じゃねェし、何を舞うにしろ知らなきゃ棒立ちさね。だが……お姫さんは間違いなく、舞うだろうね」
クスクスと笑うイゾウは、けれども演目が始まれば小さく〝鷺娘〟か……と呟く。知らないそれに視線を向ければ、イゾウは顎でナミを示してから教えてくれた。
とりあえず俺には、大人しくナミを見ていろと言う事らしい。暗い照明の中、白無垢姿のナミが現れたのは見ていたが、動きは緩やかで生きている気がしないような表情を見せる。
「白鷺の精が人間に恋をして、人間に化けて男に近づいたが成就せず、悲しく雪の水辺を彷徨っているシーンだ」
「成程」
そう頷いた直後照明が急に明るくなり、早変わりで町娘の姿になったナミが恋の喜びや駆け引きの楽しさを踊り出す。恐らく回想シーンなのだろう。
だがそれも、音楽が変わるのと同時に動きも変わる。最後は鷺の本性を表し、降りしきる雪の中で狂おしく踊り続けていた。
「さて、どちらのエンディングにしたのか」
「どういう意味だよぃ?」
「この演目はエンディングが二種類ある。片方は諦めきれず見切って終わる古風な物。もうひとつは近代的な物で力尽きて倒れる物だ。どちらも演技力が試される難しいシーンだよ」
その言葉でナミに視線を戻せば、切なそうな顔でゆっくりと倒れて行く所だった。鳥の身で人を愛した鷺は、地獄の責め苦を味わいながらも相手を恨む事なくただ、力尽きて悲しみながら息を引き取るらしい。
なんともナミらしい解釈だ。俺なら呪い殺すか連れて行くがねぃ。
雪の降る中で倒れたナミは、その演技力の高さで涙を誘うが……俺としては冗談ではない。何故、ナミが死ななくてはならないのか。
幕が降りるのと同時に迎えに行けば、白無垢の姿で俺に笑いかける可愛い女がいて……。そう言えば、結婚式の時はドレスだったなと思う。
「その姿も可愛いよぃ」
「本当?嬉しい!本当はマルコが鳥で私が人だけど、逆ならって考えて舞ってみたのよ」
にこにこと笑いながら言うが、それなら取り憑く方の演技をして欲しかったと思いながらもナミを回収して宴に戻る。抱き締めたその身体は暖かくて、それにホッと息を吐き出したのは、その演技が余りにも美しくリアルだったから。
……死なせてたまるかよぃ。俺の、最愛の女なんだ。
そう思って舞台袖で強くナミを抱き締めたまま震えていれば、集まって来た兄弟に酒やら飯やらに誘われちまう。嫌な事や悲しい事を忘れる為の宴だから、その苦しみも酒で流せと促すそれに笑いながら顔を上げた。
大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。