最近ナミの様子が明らかにおかしい。熱った顔は情事を思い起こさせる程に色気はあるが、それが続いているとなると少しばかり心配になる。
体調不良か、新たな生命が宿ったか……。どちらの可能性も高い。
体調不良ならば、疲労性の物ならば何になってもおかしくないのは明らかなる事実で、だからこそ俺は不安になる。せめて少しでも楽になればと、サッチと相談して持って来た物を机の横に置いて少し部屋を出た。
親父に裁決して貰う必要のある物が多いのと、指示を出す必要があるから仕方ないのだが……。困っちまうな、ナミが気になって注意力散漫になってやがる。
「マルコ、妙なミスが多過ぎるから、少し休んで来なよ。配るのとかなら、俺でもできるからさ」
そう言って笑ってくれたのは、ハルタだ。それに甘えさせて貰う事にして、ありがとうと頷いて部屋に戻れば、ナミが机に潰れている姿がある。
そっと頭を撫でるが、起きる気配がないのでそのまま抱き上げると甘えるように頭を預けて来る。当初の事を考えれば、これ程甘えてくれるようになった今は奇跡だなと思う。
そもそも俺が悪かったと言うか、間違っていた。初めからナミは俺を深く愛してくれていたのに、見えない敵と、存在しない相手を切り刻もうとしていたのだから。
そっとベッドに寝かせて、その額に軽く口付けを落とす。それに合わせたかのように、ふにゃりと笑うナミが愛しくてつい笑っちまう。
起きたら、少し傷物にしてやろうかねぃ。まだ……先日のデートで手に入れたピアスを渡せてないからなぃ。
そんなナミを横目に机に向かい、書類を纏めていれば光陰矢の如しとでも言わんばかりに時は過ぎていく。そんな時ノックの音が聞こえて顔を上げれば、サッチが困った顔でドアの前に立っていた。
「どうしたよぃ?」
「二人揃って、飯、食いに来てないよい」
「だから、真似するなっていつも言ってんだろぃ」
可笑しそうに笑って、差し出されたトレイには雑炊の入った土鍋と、小皿が二つある。だが、相方が寝ているのを見れば小声で1人でも食いきれるだろと笑うのだから敵わない。
「ありがとう」
「ちゃんと寝てるの、珍しいから起こさない方が良いだろ。明日はちゃんと食いに来いよ。ナミちゃんなんて、もう四日近く食ってねェぞ。……あ、医学的にはどうでも俺は蜜柑を食事に含まねェからな」
「わかってるよぃ」
面倒見のいい兄弟であり親友を見送って、俺は薄く笑う。用意された物を食ってから書類の続きに取り掛かれば、それを見ていたら騒ぐだろう兄弟が脳裏に浮かんで仕方なくペンを置く。
とりあえず、今はナミと寝とくかねぃ。まだ、眠るにも十分過ぎる時間があるのだから。
それでも朝日が登る頃には目が覚めちまって、すよすよと眠るナミに小さく笑ってからベッドを降りる。その直後ナミの声が聞こえれば起こしちまったかと思うが、まァ……そろそろ起こしてもいい頃合かと気付く。
「うそ!?もう夕方!?」
「朝焼けだ。……眠れたみたいで安心した」
これだけ長い時間眠っていたのは、きっと初めてだろう。大怪我や病気の時は、寝ている内に入らねェからなぃ。
目を白黒させるナミに笑い掛ければ、カレンダーを見詰めて首を傾げ、それから1人で頷き出すのを眺める。そんな姿だけを見れば、年相応に見えるのにねぃ。
「おはよ」
「……ああ、おはよう」
何処か上の空で挨拶をして来るナミに返すように言葉を口にして見れば、また何か考え始める。だが、突然小さく震えて首を横に振るから、何か変な事考えたらしいと分かり笑っちまう。
その直後、ハッとした様子で俺を見て、また何か考える。その様子から、何となく考えてる事が読めちまうのが可愛い。
「そう言えば、朝ごはんって……」
「食わないって選択肢は無いからな」
オドオドした様子で言うそれに、呆れちまったのは当然だろう。サッチが嘆くから、素直に食って欲しいのは勿論、ナミの体調考えると医者としても本気で食って欲しい所だよぃ。
そう思って言葉を口にすれば、困ったように笑って誤魔化すのだからそういう所は問題だ。逃げられないようにその細い身体を抱き上げて、囁くように言葉を告げる。
「食事はして貰うよぃ。逃げられないように、食堂まで降ろさないから、覚悟しろぃ」
「羞恥プレイって訳ね?」
「お望みなら、してやっても良いけどなぃ?」
「ごめんなさい。冗談です。謹んで遠慮させて頂きます」
「今度ナース服貰って来てやるよぃ」
ククッと喉で笑えば、ナミは焦った声を出すが、さてどうしてやろうか。ナミに着せると言えば、写真撮らせろと言いながら貸してくれそうなのは何人かいるからねぃ。
……手をワキワキと動かしながら血走った視線を向けて来るのは、何とも恐怖心を煽るがな。まぁ、実害は無い。
「辞めて!そもそも私は、お姉様達と違って可愛い系だから似合わないと思うの」
「着てる時間は短いから安心しろぃ」
「そうなの?」
小首を傾げるナミに、笑っちまう。当然のことだろうになぃ?
「着たままだとやりにくいから、途中で脱がせちまうからねぃ」
「ばかっ!マルコのばかっ!」
「バカだから、ナミの怒ってる理由が分からねェよぃ」
「もうっ!……男と人って、ナース服好きなの?」
俺がケラケラと笑えば、少し呆れたように息を吐き出してからキョトンとした顔で言われた。それは、サッチや親父をイメージでもしているのだろうか。
それとも過去にナミに着て欲しいと言った奴が居たのか?
まさか、ナミに最初に手を出した〝客〟を名乗る強姦魔共がそのイメージにあるのならば看過できねェよぃ。そう思うからか、自然と声が低くなる。
「誰を想像したのか、後でじっくり聞いてみたいところだねぃ」
「……あ!予言してあげるわ」
「ん?」
話を慌てて変えたナミに首を傾げれば、ふふふと笑って言葉を口にする。だが、この内容は……。
「今日は海賊船に襲われて、倒したら傘下に加わって、宴やる為にって案内された島でお宝が見つかるでしょう!」
「ナミの場合、言った事が本当になりそうで聞き流せねェよぃ」
前にナミが四月一日はエイプリルフールと言う嘘をついてもいい日だと言っていたのを思い出せば、悪戯な顔で笑うこれは嘘なのだと分かる。だが、ナミは本当に予言をする事があるのだ。
ティーチの居る島についても、俺は噂なんて聞いた事は無かったし、あの時点で噂になる筈もなかった。その上でエースを捕まえたのも、まるでエースがどのルートを使い何時どこに来るのかを分かっていたかのような動きだったのだ。
そもそもとして、サッチを助けた手紙その物が予言だった。だとしたら……と考えながらナミを食堂に連れ込んだ時モビーが揺れる。
「え?嘘……でしょ?だって、エイプリルフールの嘘として言ったのに……」
「ナミは予言をできるから、嘘が本当になったのかもなぃ?」
「冗談言ってないで、マルコ……早く。お願い……」
潤んだ眼差しでそんな際どい事言ってんじゃねェよと思いながらも、今日はナミュールの所が攻撃隊だったなと思い出す。だからこそ手伝うまでも無いなと思いながら笑い、ナミを椅子に降ろしてその頭を撫でてから飯を用意すればナミに膨れられちまう。
良いからと飯を食わせれば、直後に勝利を告げる声と共に傘下に入りたいと言ってるなんて聞こえて来た。これは……本当に笑うしかない。
「なんでー?」
「予言の巫女として生きてみるかよぃ?」
揶揄うように言えば、半泣きでサラダにフォークを突き立てて首を横に振られちまう。それがサラダで良かったと思うのは、許して欲しい。
前回食事中に揶揄った時は、ウィンナーに突き刺して首を横に振られたから、小さく恐怖を抱いたのを軽く引き摺っているのだ。そんな事を考えている間に船が動き出せば、もう疑う余裕はないだろう。
今日ナミのついた嘘は、現実になると決まっちまってるらしい。ならば……今の内にその耳だけは俺の印を付けて、それから宝探しに向かいたい所だ。
「ナミ、プレゼントがあるから目を閉じてろぃ」
俺の言葉に素直にその瞳を閉ざしたナミは、無邪気で無防備。そっとその耳に触れて、炎で熱を奪えば持っている簡易の医療道具でその耳に穴を空ける。
表情の変化が無い事は、痛みが無かった事に繋がらないナミだから、そっと穴が残るように気を付けつつ、痛みを緩和して穴を残す形で治癒して行く。そしてそこに、先日のデートで手に入れた桜のピアスを装着してやれば完成だ。
「うん、似合うねぃ」
「え?」
「ナミが可愛い」
俺の言葉を受けて、ナミは俺の瞳をじっと見詰める。それから、はにかむように笑った。
「プレゼントなんて、今日の私は嘘をついた悪い女なのに、良いの?」
「ん?」
「マルコの瞳を鏡にさせて貰いました」
器用なもんだと思う。だが確かに、それならば鏡が無くても確認できるねぃ。
俺を見詰めるナミの瞳にも、俺が映っている。互いに見つめ合い、微笑むナミに俺の心は囚われちまう。
「成程、俺の瞳にはナミしか映ってないから可能だろうねぃ」
「もう、馬鹿な事ばっかり言って……」
そう言って笑うナミは、けれども俺の贈り物を拒まない。嬉しそうにピアスに触れて、その瞳を潤ませるのだから俺としては満足だ。
どんな嘘でも、もしもナミが望むなら、それは現実にしてやりたい。俺は嘘偽りなく、どんなナミでも愛していると断言出来るのだから。
だから最後の仕上げにと、ナミの手を取りナミの予言が現実ならばあるだろう宝を探しに行こうと立ち上がる。名目はとりあえず……。
「ナミの知らない島だろぃ。測量しに行こうか」
「ありがとう!」
笑顔を見せてくれるなら、何でも叶えてやるさ。俺はもう、ナミを傷付けないと、傷付けた分を補って余りある程に愛し抜くと決めているからねぃ。