ミホークが船を寄せたのを振動で感じて、私は船内から顔を覗かせる。ミホークは1人で旅をする事に慣れているから、本来私は必要無いのだろうけど、時折何かあると頼るような事を言ってるくれるのだから、優しいと思う。
つまりは荷物じゃ無いと、暗に告げてくれている訳だ。それが無ければ私は、ミホークへの罪悪感で塞ぎ込んでしまっているだろうと自分でも分かっている。
ミホークに散歩に行ってくるねと声をかけて船を降りると、人の気配を感じて動きを止める。ミホークが無人島以外に船を止めた事は無いから、海賊だろうか。
……引き返した方がいいかな、私武器無いし。相手が海賊なら、戦闘になる可能性がどうしても高い。
こういう時、可愛い顔と良過ぎるスタイルは厄介。でも今の姿そのものは、どうしたって好きなのよね……。
シャンクスとベックに貰った武器は、実家の机の中に置き去りになっている。勿論、ベルメールさんから貰った武器達も。
インペルダウンに送られると思ってたから、笛も含めてすべて置いてきちゃったんだよね。こうなると分かっていたら、持ってきたのに。
その時木の上から人が降りて来て、私は咄嗟にそれを躱す。見知らぬ人だし、海賊かと思って殺気を込めて見ていたら、その身に付けているマークには見覚えがあってまさかと思う。
「え、ここにいるのって、シャンクス……なの?」
「……お頭を、知ってるのか」
「ええ、会える、かしら?」
会えるなら会いたい。泣き別れてから手紙は送ってたけど……それも突然途絶えたのだから、心配かけてるかもしれない。
つまりはそろそろ暴れ出すかもしれない。最近ミホークとの事があって、完全に失念してたわ……!
「だけど、お頭最近不機嫌だからな……大丈夫かな」
「シャンクスが不機嫌?珍しいわね」
「なんでも、可愛い妹分からの連絡が途絶えたんだと」
「……すぐに、案内してください!」
思わずその腕を掴んで言えば、男は動揺しながらも頷いてくれた。後について行けば、懐かしい気配に涙が出そうになって足が止まる。
それを不思議そうに見てくる男に私は笑って手を振ってから、深呼吸して駆け出す。言いたい事は沢山あるけど、まずは……。
「シャンクス!ベック!皆!久しぶり!」
「……ナミ、か?」
シャンクスに真っ直ぐに飛び付けば、受け止めながらも確認してくるシャンクスに私は頷く。そしてシャンクスの頬に手を伸ばして、そっと触れるとシャンクスが息を飲んで固まった。
「……驚くくらい変わってないわね。シャンクスは、ベックは男前になったのに」
「喧嘩売ってるなら買うぞ?」
「やだ、勝てない喧嘩なんか売らないわよ、師匠!」
「……ここにはどうやって来た?1人か?」
私の軽口を遮るようにベックが問い掛けてきたので、私はシャンクスから離れるとベックの方へ移動する。そのままベックに抱きつけば、相変わらず優しく受け止めてくれた後、何故かシャンクスから離された。
「ちょっと色々あって、島の事を解決して貰えたからそのまま船に乗せて貰ってるのよ。でも、その関係でちょっと、その……」
「武器が無いな。ナミが戦わなくても、大丈夫な相手といるのか」
「うん、それに普段は人のいない島にしか寄ってくれないから。ただね……私に蝿が集るのが嫌だって言われるんだけど、ねぇベック!私生ゴミ臭とかしないわよね!?」
ついベックに本気で問かければベックが成程と言って笑った後で、何故か私を背後に移動させる。どうしたのかと思った直後、シャンクスの気配が剣呑なものになっていた。
それにより、何事かとシャンクスに視線を向ける。肌がビリビリするようなそれは、随分珍しい事態だと息を飲んで立ち尽くすしか、私には出来ない。
それに対してベックは見なくていいとか言うけど、あの気配は怖いから見るでしょ!?と視線で言えば笑われてしまった。ベックの笑顔は、狡いと思う。
私、何も言えなくなってしまうもの。ベックに甘えるように擦り寄れば、当然のように抱き締めてくれて、身体から力が抜ける。
その時表が騒がしくなって何があったのかなと思って視線を向けると、エースが姿を見せた。エースは私に気付いていないようで、シャンクスにルフィの手配書を見せながら挨拶をしていて、シャンクスもまたエースを知っていたのか懐かしいなと笑いながら歓迎した。
でも私はそれを見て、血の気が引くような思いになる。エースとシャンクスが初対面じゃないとか、そんな細かい事はどうでも良いのよ!!
「待って、なんで……エース、どうして白髭の所を飛び出して来たのよ!?エースハウス!すぐに、帰りなさい!」
「ハウスって俺は犬かっ!…………まさか、お前ナミか?」
「そうよ?あまり変わってないでしょ?」
「いや、胸が……」
「8歳の時から変わってなかったら、それは問題だから、逆に」
呆れながら言えばシャンクスがまさかあれ以来初めて会うのかなんて言うから、素直に頷く。可愛い弟だけど、海に出た者同士でビブルカードの交換をしてる訳でも無いから、中々会えないのは仕方ないと思うのよね。
そんな内容の言葉を口にすれば、エースは文句を色々言ってくる。弟じゃなくて兄のはずだとかなんだとか。
「エースもサボも私に1度も勝てなかったじゃない」
「そ、それを言われると……」
「まぁ、私が女の子だからって手加減してくれてたんだって分かってるけどね」
「……へ?」
「そうじゃ無かったら、私がクリマタクトをただの棒としてしか使わないで、勝てる筈が無いもの。腕力じゃ絶対勝てないんだから」
「…………そう、だな」
「いや、エース少年。勝てない方が普通だ」
「シャンクスさん!」
何故か目の前で突然友情が芽生えたのが見えた。実際はどうやら前に1度会っていて、酒も酌み交わしてるらしいので、今突然芽生えた友情では無いらしいけど。
その時ベックに頭を撫でられながら、静かな声で言葉を落された。エースとギャーギャー言ってても、私がベックから離れなかったから起きている現象である。
「武器は必要だろう。手紙を家族に書いて準備して貰えば、ニュースクーに届けて貰えるだろう」
「でも、笛もないからクーちゃんが来てくれるとは思えないわ。だから、手紙を届けるのも……」
「やる前に諦めるな。ナミの為なら、ニュースクーは何処からでも飛んで来ると俺は見てる」
「ベック……」
「試してみたらいい」
優しいその声に頷いて、私はペンと紙をを借りるとベルメールさんとノジコに手紙を書く事にした。武器と笛と私の書いた作品達を纏めて送って欲しいと。
そのついでにエースを問い詰めて、サッチ隊長が生きてる事を確認出来たのでマルコにも手紙を書く。書き終えてからどうしようかとそれを手にしていたら、ベックが呼んでみろと言うので、笛はないけどクーちゃんと空に向かって呼び掛けてみた。
きっとベック以外に言われたのなら、私は従わなかったと思う。そう言う意味では、ベックへの信頼度はMAXに近いのだ。
すると驚いた事に、声に誘われるようにしてクーちゃんが飛んで来てくれた。私が思わず抱きしめると、クーちゃんが擽ったそうにしつつも受け入れてくれる。
クーちゃんに暫く連絡出来なくてごめんと謝り、事情を話せば手紙を持って行って、荷物を受け取ってきてくれると言う。それに感謝の気持ちを込めて頬にキスしてから、クーちゃんを見送った所で、慣れ親しんだ殺気を感じて振り向く。
そこには予想通りミホークがいて、何を怒ってるのかと思い首を傾げると、ミホークが殺気を隠さずに近付いて来る。私を見ても殺気を抑えないミホークが不思議で、何かあるのかと駆け寄れば、ミホークの殺気が漸く落ち着いた。
なのでそこに来て、どうやらベックに警戒していたらしいと分かる。ベックは強いし賢いから、ミホークも警戒したのかしら?
でも、私が赤髪海賊団の皆と仲良しなのは知ってる筈よね。ミホーク自身も、仲良しなんだし、警戒する理由が分からないわ。
「赤髪がいるとは思わなかった。分かっていれば迂回したのだがな」
「あァ、鷹の目が……成程、それなら分かる」
「1人で納得されるのも不快だが、ナミ帰るぞ」
ミホークは不機嫌そうに言うけど、それは困る!私は思わずミホークのマントを掴んで首を横に振る。
「やだ、ミホーク待って!お願い!」
必死になって見上げていたら、ミホークが何故かたじろいだので、抱き着いてもう1度言葉を繰り返すとミホークが動揺を隠さない声を出す。
「ナミ……それは……っ!分かった、とりあえず離れろ」
「ありがとう、ミホーク」
言われるままに数歩離れるとミホークはどういう事だと私では無くベックに問い掛け、ベックが簡潔に話を伝えてくれた。それを聞いたミホークは、船で待てば良いだろうと嫌そうに言うけど、私としてはエースを止める使命もあるし、シャンクスやベックともう少し話もしたい。
ヤソップにウソップの事も話しておきたい。そういった事を必死になって伝えると、ミホークの眉間に皺が深く刻まれた。
「……いくつか看過できぬ話がある。故に却下だ」
「どれが駄目なのよ!シャンクスは師匠だし、ベックはお兄ちゃんだし、エースは可愛い弟なのよ!」
「……赤髪が駄目だ。それに弟とはいえ、既に成人した大人ならば放っておけ」
「……世界が変わるような戦争を引き起こしたいの?」
私が問い掛けるとミホークの纏う空気が変わった。答えによっては、私はミホークの側を離れる覚悟を決めて、返事を待つ。
「どういう意味だ」
「エースは、白髭の2番隊隊長。末っ子を白髭が見殺しにする事は無いわ」
「海軍も阿呆では無い。その程度の事わからぬ筈もあるまい。故に、捕らえはしても、殺したりは「するのよ。エースに限っては」」
ベックは私の後ろで成り行きを見守っているようで、何も言葉を発しない。だから私は、ミホークにのみ意識を集中させる。
だからと言って、エースの父親をここで勝手にバラす訳にはいかないけど、だけどそうなると、言わずにどうやってこれを伝えるべきか。でも……引き下がれない。
「エースは、血筋が問題にされるの。誰の血筋かは、答えるつもりなんて無いけどね」
「ナミ……。いい加減に「その話、俺にも聞かせてくれないか、ねーちゃん?」」
ぞわりとしたのは、恐らくエースの怒りを感じたから。エースに、父親の話は禁句。
「なんでナミが、俺の血筋知ってんだ?……ルフィか?いや、それはねェ。アイツは軽々しく話したりは……するな。ナミ相手なら、特に何も考えずに」
「1応答えとくわ。ルフィじゃないわよ。私がエースに初めて会った時には、もう知ってたもの」
「知ってて……お前俺を殴ったりしてたのかよ!?」
「当然でしょ。サボの親が誰なのかも、ルフィの親が誰なのかも分かってて1緒にいたのよ」
エースは私をじっと見据えて、それからその場にドサリと腰を下ろした。それから捨てられた子犬のような顔で私を見る。
それくらい、エースにとってこの話は禁忌だと分かっていた。分かっていたけど、エースを1人で黒髭の元へ行かせない為には必要な事だと判断して言葉を向けたのだ。
「エース、私はね」
「俺が話す。ナミは鷹の目を説得しとけ」
ベックはそう言って笑顔で請け負ってくれたので、任せてミホークに向き直ると呆れたような顔をされてしまう。……だって、死なせたくないんだもん。
「ミホーク、あのね……」
「もう良い。止めても聞かぬのならば、付き合うしか無かろう」
「ありがとう」
これ迄の話の流れで、全てを理解してくれたらしいと分かれば、笑顔にもなる。本当の意味で、馬鹿ではトップに立つ事も、1人でこの海を生きる事も出来はしない事の証明でもあるだろう。
それでも確認の為に紡がれる言葉は、何処か嫌そう。面倒だと思ってるのかな?
「……そこの小僧が戦争の引き金になるならば、俺は政府に呼び出される。違うか?」
「違わないわ。でも、私は「そうだな、ナミはインペルダウンに1人でも飛び込むか、俺に付いてきて戦争で暴れるかだろう。どちらにしても俺の立場が変わってしまう」」
言葉を遮ってそう言うけど、ミホークって七武海に何か思い入れがあるのかな。ジンベエは魚人島の為、ハンコックも女ヶ島の為、ドフラミンゴは身の安全を確保しつつ海軍に嫌がらせする為だから、それぞれ解るけど……。
まさか、雑魚に追い回されない、煩わしくない日常の為に七武海でいるなんて、誰が想像しただろう。後にそれを聞いた私が思わずミホークを殴ったのは、不可抗力だとあえて言いたい。
「ナミが助けたいのならば、仕方無かろう。俺はナミには、結局勝てぬ」
「……ミホークに勝った事なんて、私無いわよ。いつも私の方が負けてる」
「そう思っておるのはナミだけだ」
そう言ってミホークは私を抱き寄せると相変わらず巧みすぎる口付けをして来るから、私はミホークにすがり付いて何とか体を起こしているような体勢になる。それを満足そうに見た後で、私の後ろに視線を向けた。
何だろうと思ったら、シャンクスとエースの怒号が響いて、私は身を竦ませて咄嗟にミホークに抱き着いた。それをミホークがマントで覆いながら匿ってくれるので、ホッと息を吐き出せばベックの笑う声が聞こえて来た。
「お頭、諦めろ。ナミの方が鷹の目から離れんだろうさ」
「だが、鷹の目がエースを見離せば!」
「そうと、分かっているから鷹の目は折れた。勝ち目は無い」
そんな会話が聞こえた直後、エースが私を呼ぶ声が聞こえて視線を向ける。そうだ、エースとはちゃんと話さないと。
「エース、黒髭とは戦わないで。戦うなら、私も連れて行って」
「ナミ……俺は、負けるのか」
苦しそうなその声に、私は頷く。エースはロギアだけど、決して最強ではない。
「えぇ、負けるわ。相手は闇。太陽すら飲み込む能力。最弱であるが故に最強の能力。だから……サッチ隊長を殺してでも得ようとしたのよ」
エースは怒りを爆発させたように叫ぶ。それを聞きながら私はミホークから離れて、エースに歩み寄る。
エースはその身を炎に変えているけど、とりあえず……。
「落ち着けこの愚か者!」
武装色の覇気苦手なんだから使わせないでよと内心で思いながら、かかと落としをすれば痛ェとエースが呻く。良かった、ちゃんと覇気を足に纏えたらしい。
それを見ていたミホークは、成程赤髪に習ったかと呟くので、そう言えばミホークの前で私が本気で戦った事は無かったもんねと思う。それから夜だけは船に戻る事を約束させられて、ミホークの側に居る事を条件にシャンクス達と過ごさせて貰える事となった。
ウソップとルフィが1緒に居る事、ウソップには彼女が居る事等を話してヤソップを安心させる。それにシャンクスが反応して、ルフィは泣き虫が治った他は何も変わってないのだと笑えば、そうだろうなと盛り上がる。
エースは考え込んでる様子だったけど、私を見てからミホークの所へ自ら歩み寄ると、頭を下げた。
「……協力してください!お願いします!」
「頼まれずとも」
ミホークは決めているから繰り返すなと言外に告げるけど、エースも引き下がらない。何故と思って見ていたら、エースが私を1瞬見てから言った。
「俺の事なのに、ナミに頼まれて動いてもらったってんじゃ、流石に不味い。それに、俺としては俺が兄のつもりなんで……」
「ナミの兄か。厄介な者が自称兄に多いな」
ミホークはそう言ってベックを睨むけど、ベックはそれを楽しそうに受け流すから、なんだかなぁと思ってしまう。ミホークは何故かシャンクスと直接会話しないでベックを挟んで会話する事が多くて、まるでベックは通訳のようになってるなと眺めていたら、ミホークが説明してくれた。
「アレは人語を解さぬ」
「そうかな?会話普通に出来るけど」
「ナミは幼い頃に会ったが故だろう。子供にまでそのような対応はすまい」
「……なんで、私の疑問分かったの?」
不思議なんだよね。ミホークっていつも、私が聞くより早く答えてくれる。
「ナミは、親しい者には表情が素直に変化する」
……確かに、ミホークは親しい相手だけど!
そう思って俯けば、ミホークは楽しげに喉で笑う。その笑い方も慣れてしまったからか、妙に落ち着く。
そう思っていたらミホークが私の眼を覗き込んでくるから、どうしたのかと首を傾げる。
「……どうしたら、ナミ蝿を集めなくなるのか。俺はナミと城でのんびり過ごしたいと思っていというのに」
「……ミホーク、私そんなに臭いかな?蝿にも気付けないし、弱くなったのかな……」
「……ナミはそのままで良い。俺が蝿はみな切り刻んでくれよう」
「蝿に集られるのは嫌だけど、命を無駄に奪わないで」
そんな事を話しながら、私はクーちゃんが帰るまでの数日を過ごした。夜はミホークが容赦してくれないから、昼すぎまで動けない為に中々シャンクスと話をできないのが残念だけど。
1度シャンクスが船に押し掛けてきて、その結果シャンクスとミホークが島で切り結んで大騒ぎになったけど、それ以外は基本的に平和だった。そうして私はクーちゃんから荷物を受け取る事が出来て、クーちゃんにお礼を伝えた後ベックに抱き着いてお礼を言っていたら、ミホークに引き剥がされた。
それからすったもんだの上で、、エースと共に黒髭を探すという不可思議な旅が始まる事になった。私も武器を手に出来たし、これで足手纏いにはならなくなったのが嬉しくて浮かれきっていた為に、この旅を続けるとアラバスタでルフィと遭遇するのだと言う事をスッカリ忘れていたのだった。