助けていたら(side)
サッチが殺されるだろう事を、予言した内容の手紙を送って寄越した人間がいるらしい。それによりサッチは1命を取り留めたが、俺はティーチを許す気になんてなれなくて、皆を振り払い飛び出そうとした。
そんな俺は、せめてサッチの意識が戻るまでは傍にいろよぃと言われて、踏み止まっていた。何故ならそれは、サッチが意識を取り戻さない危険性が残されている事を意味していたから。
その為に俺は、恐ろしく苛立っていた。そこにその手紙の話が聞こえて来て、話半分に聞きながら手紙を見てみたいと冗談半分に口にしたのが、大きな分岐点だったんじゃねェかと今は思う。
この時それを無視していたら、俺はサッチの意識が戻るのと同時に飛び出していただろう。だが、俺はその手紙を見る事を選択して、大きな別の波に乗った。
マルコから手渡された手紙に視線を向け、封筒から便箋を取り出した時、中からふわりと香ってきたそれに俺の思考は止まりかけた。……覚えている、これはナミの匂い。
蜜柑に何かハーブを足してるらしく、普通の蜜柑とは少し違った匂いがするから、わかりやすい。そして震える指先で便箋を広げれば、見慣れたナミの文字が並んでいて最後に書かれている俺を気遣う文面に、泣きそうになり必死で耐える。
「ナミだ。これを、書いたのは」
俺の呟きに反応した兄貴達が俺を問い詰めるから、俺は洗いざらい分かる事を全て吐かされ、結果的にナミに逢いに行く事が決まった。向かう途中、皆で色々と調べたらしく空気が少し険悪になっているのが分かる。
「どうしたんだよ」
「エース、落ち着いて聞けよ。お前の幼馴染は、恐らく……奴隷状態にある」
「は?」
イゾウが何を言ってるのか、俺には1瞬理解できなかった。だってよ、ナミが奴隷って、そうしたらあの優しい笑顔も何もかもが失われてるってのかよ!?
奴隷に堕ちた人間が、五体満足である可能性は半分程度だろう。元々美しいナミだから、肉体は損なわれてねェ可能性はあっても、だからこそ何をされているかなんて……考えただけで理性が吹っ飛ぶ。
「エース!モビーを燃やすつもりかよぃ!」
そう言いながら俺に容赦無く海水をぶっ掛けてきたマルコを睨み付け、俺は小さく舌打ちした。ナミ……無事で居てくれ。
そうして叱られつつも到着した島には、船が泊められていた。その船は可愛らしい船首で、何となく見覚えのありそうな海賊旗を掲げている。
……ルフィっぽいな、あの海賊旗。
そう思った直後、見付けた。何か大きな荷物を抱えた、オレンジ色の長い髪の女。
それがふらりと体を揺らした。俺は何も考えられずにその船に飛び移ると倒れるその体を支え、声をかける。
「ゃ……はな、て」
弱々しい声でそう言ってから、女は虚ろな瞳で俺を見て、それから驚愕をその瞳に宿した。その女は明らかにナミの匂いを纏っているし、髪の色も本人である事を主張していて、時間の経過を考えれば見た目だって可笑しくない。
おかしいとするなら、知らない臭いが纏わりついてる事だろうか。だが、女は瞳に輝きを取り戻すと少し幼い顔でまさかと言う。
「エース、なの?」
「……ナミ、なんだな。どうしたんだ、そんなに弱って」
「エース……」
懐かしそうに俺の名を呼び、それから何かを思い出した様子で突然俺の手を振り払い立ち上がる。先程までのふらつきさえなく、凛として毅然なその姿に息を呑む。
……抜き身の日本刀を思わせるような、危うい美しさ。そして、張り詰めすぎて今にも切れそうな弦を思わせる。
「帰りなさい。ここは、エースの……あなたの来るべき場所じゃない」
「あァ、ナミを迎えに来たんだ。1緒に行こう。俺さ、海賊になったんだ、昔話してたように」
「……エース、ここは、他の海賊の縄張りよ。帰りなさい」
冷たい声がナミから発せられる。冷たい眼差しで、そんなもの初めてナミから向けられているから、動揺する。
なのに、何でだろうな。泣いてるように見えるのは。
触れたら、粉々に砕け散るような危うさを感じるのは、どうしてなんだろうな。ナミは自らの左肩を俺に見せ付けて、海賊の幹部だと言う。
それに息を呑む。慟哭が……聞こえた気がしたから。
マルコやイゾウが言ってた。ナミは奴隷だと。
だけどナミは幹部だと言う。そして、体に残る男の臭い……。
そうか……そういう事か……。怒りで目の前が赤く染まるのを感じる。
「分かった。すぐに、な」
すぐにその海賊団、消し炭にしてきてやる。待ってろよ、ナミ。
弱ってさえいなければ簡単に躱しただろうという俺の当身をモロに受けて、ナミは喘ぐように俺の名を呼びながら意識を失う。そんなナミを抱えてモビーに戻ると、無言でナミを俺の部屋に運び込んだ。
部屋から出ると皆が待っていてくれて、俺が何も言わずに頷いただけで、皆も動き出してくれた。言葉は何も、いらない。
アーロンと言う魚人に親父達が反応して、殺さねェようにしろよと言う。ジンベエ親分の弟分なのだと言われて、俺はギリギリでそれを抑えた。
そうでなけりゃ、骨も残さなかったのにな。
建物に入り、1つだけ妙に頑丈な部屋を見付けた。その部屋には航海士達が喜びそうな海図がこれでもかと置かれていて、その正確性と美しさに俺でさえ溜息が出る。
これの為に、囚われていたのか。でも、それだけならあんなに……待てよ、ナミはマザコンでシスコンだ、その2人が人質にされていれば何でもやるだろう。
それこそ……その身を、差し出しもするだろう。そう思って隣室に足を踏み入れ、俺は声も出せずに立ち尽くした。
マルコがそんな俺を蹴り飛ばしてくれなければ、炎の塊となって島をも燃やし尽くしていたかもしれない程に感情の制御が出来ない。……俺は、どうしていつも守れないんだろうな。
サボを喪い、ナミはズタボロなのに……強がり涙さえ見せて貰えない。俺は……弱い。
「エース、親父がな……お前の部屋に居させるなら、保護しても良いと言ってる。共に連れて行くか?」
「保護ってのはおかしいくらい、ナミは強いぜ?」
思わず返した俺の言葉にビスタは呆れたように髭を弄り、俺に拳を落とした。予想外の事に頭を抱えつつ、ビスタを凝視すると愚かしいなと言われる。
「何が、愚かだって……!」
「幼馴染は、戦う事を望む性格なのか?この高過ぎる能力故に、奴隷だったのだろう。それを残して行ってどうなるか、考える事も出来ないのか……!」
俺はその言葉に動きを止める。ナミは、昔から強くならないと生きられないのよなんて言ってたけど、そういう事か……。
分かっていたのか、その高過ぎる能力を求める者が悪人だろうと。……サッチの為に、ティーチを追い掛けたい。
だけど俺は、ナミの事を守りたい。どうしたら、良い……?
その時親父が近付いてくるのが見えて、視線を向ければその腕にはナミがいた。そして、俺の傍に降ろされたナミは親父と少し会話をしてから、俺に向き直り優しく抱き締めてくれる。
違うだろう、ここは、俺が抱きしめてやらないとと思うのに、ナミは俺を優しく包み込むように抱き締めると、囁くように言う。時が……戻ったような錯覚に襲われる。
「相変わらず乱暴なんだから。助けてくれたのに、お礼を言い損ねそうだったわ。……エース、ありがとう。私は大丈夫だから、エースはエースの望むように生きなさい」
「なら、俺は……ナミが欲しい」
「え?」
「俺の望みは、ナミだ」
何も考えずに口にしたのは、嘘偽りのない裸の心。俺は、ナミが欲しい。
戸惑うナミを抱き締め返して、そのまま唇を重ねれば、動揺し過ぎて抵抗もしないナミを堪能する。何度もこれ迄に奪って来た唇は、けれども大人になったからかそれだけでは終われそうもない。
唇を離すとナミが泣きそうな顔で俺を見て、少し、混乱してるなんて言う。分かってる、だからこのまま貰おうと思う。
考えさせても多分恋愛に関してはろくな事にならねェから、大人しく俺に喰われて俺のモノになっちまえば良い。もう、他の男には触れさせねェから。
「ナミ、愛してる。俺にナミをくれ」
「エース……私は、でもっ!」
「ナミじゃ無けりゃ、いらねェ。俺は、ナミが手に入らないなら、このまま親父の傍を離れてティーチを追う」
「ダメ!それは駄目よ!」
……やっぱり、そう言うと思っていた。あの手紙を読んだ時から、これを言えばナミは傍に居るだろうと考えていたから、この言葉を吐いたのだから。
「なら、俺の傍に居て、飛び出さないようにしとけよ。俺は、ナミがいるなら飛び出したりしねェ」
笑う俺にナミは小さく頷いて、小さく体を震わせた。今は姉でも良い、すぐに恋人に変えてやる。
忌々しい刺青も別な物に変えないとな、なんて言いながら笑えばナミが静かに涙をこぼして、笑った。その刺青の代わりに、白髭のマークが入る事になるのにそう時間はかからなかった事をここに残しておく。