やっと俺の担当してる場所の掃除を終えて部屋に帰れば、ドアを開けた瞬間にナミが飛び付いてきた。慌てて受け止めた俺に、力の抜けた顔でやっと終わったのと言うナミに、お疲れさんと頭を撫でてやる。
こんなふうに抱き締めた時に、お互い成長したよなと身長とかについて思う。同時に妙に小さくも感じるナミに、俺が成長し過ぎたのかとも考える。
この細い体で、頼りなげな肩で、俺達を背に庇い幼い頃ずっと護ってくれていた。その後は、1つの村を1人で守り抜いていたのだと思えば、甘やかしてやりたくもなる。
「ナミ、好きだ」
「私も、エースを好きよ」
優しく微笑むナミに、違うんだよなァと思う。確かに、昔とはその好きがお互いに変わっている事に、俺は幸福を噛み締めるように笑う。
それと同時に抱き着いてくれているナミに、だが、肉体は双方大人なんだと何度教えても理解しない事には、多少困っている。俺はまだまだ若いんだって、頼むからよナミー……とは、内心でしか言えねェが。
胸が、俺にギュウギュウとだな……わかるか?
頼む、分かってくれ。俺の息子さん起きそうだから、離れてくれ。
……でも、離れないでも欲しいという矛盾した状態にいたら、救いの神のようにマルコが俺を呼んだ。だがそれは、地獄の門番でも有るのだという事を俺は失念していた。
「エース!ここ計算が間違って……ナミ!丁度いい所に!サッチが探してたよぃ。それと、この後書類の事で話があるから、時間作ってくれ」
「えぇわか「いやだ!ナミは俺と過ごすんだ!なんだって年末年始迄ナミを働かせようとするんだ!仕事の鬼!」」
思わず叫んだ俺にマルコは、お手本のように綺麗な笑顔でにっこりと笑い……俺の耳を掴むとナミから引き離す。そして、書類にミスが1番多いのが俺で、その為にナミの仕事が増えてんだと説教される事となった。
話半分に聞きながらボーッとしていたら、腹がグーと盛大に鳴り、その場で項垂れた俺を見てマルコが呆れた顔をした。その直後、マルコの部屋をノックする音が聞こえて、マルコがドアを開ければそこには申し訳無さそうな顔をしたナミがいた。
「遅くなってごめんなさい。サッチさんの件は落ち着いたから、書類片付けてしまいましょう。……それと、雑炊と焙じ茶をマルコさんに、エースにはお正月料理を全種類味見って事で貰ってきたから、2人とも食べちゃってください」
俺はその瞬間ナミが救いの女神に見えた。正月料理は本当に種類が多くて、なんだこれはと思うような物もあったが、何でマルコには雑炊?
「何でマルコは雑炊なんだよ?試食なら、マルコのが色々意見言えるだろ?」
疑問を口にすると、書類に視線を向けたまま眼鏡をかけたナミが唇を動かした。その唇に触りたいとか言ったら、怒るかな。
「マルコさんにさっき会った時の顔色、話し方、諸々から3日は寝ずに食事もしてないと判断したのよ。雑炊って言ってもお粥に限りなく近いし、消化に優しいものだけで作ってあるの。焙じ茶は水より胃に負担がかからないのよ」
「5日の時はパン粥だったねぃ?」
「胃を保護してくれるし、体温あげないと倒れちゃうもの。物を食べないと体温は1気に低下するのよ」
「それ、サッチが作ってんのか?」
妙に詳しいと思いながら問い掛け、エビを頭からバリバリと食う。うん、美味い。
そんな俺にやはり視線を向けずに書類にペンを走らせながら、ナミは言う。知的な横顔も好きだけど、俺を見てほしい。
「病人食は基本私が作ってるわ。サッチさん達は中華とかフレンチに強いみたいで、すぐチーズとかハーブとか使いたがるのよ。それに、皆さんの食事も作らなきゃだから、忙しいでしょ」
「マルコ、ズリぃ」
「そこでその反応されるとは思わなかったよぃ」
マルコは胃を押さえつつ俺の言葉に呆れを隠さないで言うが、ナミの手料理とか本気で狡ィ。俺、病気になってみてェな。
黒い物体に手を伸ばして食ってみたら、それぞれ中身が違う魚で、それぞれ美味い。黒いからワカメかと思ったけど違うな。
「エースが食べてるその料理、私のレシピを元にしてあるから、ある意味私の料理よ。だからマルコさんを困らせないで。……はい、これで全て終わったと思うので、マルコさんは確認したら少し休んでてください。夜中にまた誰かが起こしに来ますから、それ迄ちゃんと寝ててくださいよ?」
「ナミには言われたくねェなぃ」
そんな雑談のように気軽な調子で爆弾投下して、俺を喜ばせるナミに俺が文句を言える筈もない。ナミがおいでと手招き、俺はそれに続く。
ザザっと残りを食ってから、マルコにまたなと言って部屋を出ると、くすくすと笑われた。
「お説教、そろそろ抜け出したかったでしょ?まだ年越し蕎麦まで時間もあるし、少し部屋でのんびりしましょ」
どうやら確信犯的に助けに来てくれたらしい。ナミのこんなところが、相変わらず姉貴っぽいんだよな。
そう思った時、服の下に隠すように身に付けている物に気付けば、自然と顔がニヤける。だってよ、ナミは身に付けてる意味があるのかって問いたくなるくらい見えないようにネックレスを隠して身に付けているんだから。
それを外すのは、寝る時と風呂の時だけ。俺がクリスマスの時にプレゼントした、ネックレスだ。
何で隠してんだと言ったら、何かに引っ掛けて切れたりしたら泣きそうだからなんて言われたんだぞ、わかるか?
やっぱりナミは絶滅危惧種なんだろう。自ら餌食になろうとする為に、種を減らしてる系の絶滅危惧種だ。
「エース、どうしたの?」
「いや、2人で過ごすのも久しぶりな気がしただけだ」
そんな事を言う俺に、ナミは優しく笑ってくれるから、なんか妙な気分だと呟くとナミがその顔を真っ赤にして俯いた。何か変な事を言ったかと視線を向けたら、ナミが囁くような声で言葉を口にした。
「エースは、いつでも何処でも、すぐにキスしたりしてくるから、恥ずかしいだけで……2人の時なら、私だって、側にくっついていたいのよ」
……なんだって?
それなら、今すぐ……。
飛びつこうとした俺を、けれどもナミはその舌の根も乾かぬうちに殴り飛ばした。酷ェ、何でだよ。
「大晦日と元日は駄目なのよ、そういう事したら!」
「なら、期待させんなよー!俺は若くて元気なんだぞ!」
「私はもうお婆ちゃんよ!労わってちょうだい!」
「俺より歳下だろ!?」
そんな他愛ない喧嘩をしながら、深夜には揃って年越し蕎麦を食べて、その勢いで正月料理を食べようとしたら、ナミが箱に1通り詰めたものを持って来た。そして、部屋で食べましょなんて言うから、俺は忠犬よろしく後に続いていく。
食事中に寝て台無しにされたくないからと小皿に取り分けているナミに、ならいっそ食わせてくれと言ってみたら、本当に食わせてくれた。それに調子に乗って餌付けされ続けていたが、これだとナミは食べられねェよな?
「ナミ、あーん」
俺が今度はお返しにと卵を差し出したら、顔を真っ赤にして、首を横に振る。そして掠れた声で、自分で食べるなんて言うから意地でも食べさせたくなった。
「このままだと大きかったか、なら、切ってやるからほら、あーん」
卵焼きを箸で切って1欠片差し出すと、恥ずかしそうに唸りつつ唇を開くナミに、妙にエロいなと思う。1欠片食べるだけでも命懸けみたいな顔をしているから、まだまだ卵焼きが残ってるぞと笑いながらナミを抱き寄せる。
そんな俺にナミが今度はまた別な物を食べさせるから、俺もまたナミに黒豆を差し出す。そうして1口食べるのも必死な様子のナミに癒されながら、俺は正月料理を楽しむ。
「ナミ、あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「こちら、こそ。……あの、ね。エースそろそろ私自分で食べ「俺が料理の上で寝てもいいのか?」」
俺の言葉に声を詰まらせて、酷いなんて言いながらも食べさせ合う事を辞めないナミは、随分と可愛いと思えばこそ顔がにやけちまう。こんな日がずっと続けばいいと、俺は心から思う。
外がどれ程寒かったとしても、ナミが傍にいれば寒さなんて俺には届かない。俺は火だから、ナミを温めてやる事だって出来る。
だからずっとこうしていよう。重箱の中身は無くなったら持ってきてやるから遠慮すんなよと笑う俺に、もう、胸がいっぱいですなんて情けない発言をするナミ。
俺が食わせたりないから付き合わせるぞと心で呟いて、何度でも箸を差し出す。それにおずおずとしながらも口を開けるナミは、本当に可愛い。
「エースは、今日が誕生日だから……」
そう言って取り出されたケーキを見れば、俺の為に焼いてくれたのだとわかる。それに驚きの視線を向ければ、ナミは優しく笑った。
「HappyBirthday、エース」
好きな歌、なんでも、演奏してあげるわなんて笑うナミに、誕生日がどうして1日遅くなかったのかと本気で思う。呪われた日だと思っていた誕生日が、正月以上に目出度く感じたのは、ナミが居るから。
ありがとう、その言葉に最大級の愛を込めて、唇だけは許してくれよとそっと重ねる。照れたように顔を赤く染めながらも、ナミは抵抗しないから、俺は幸せを噛み締める。
Happy new year……お前が傍に居る。そして、笑ってくれる。
それが即ち正月という日だろと笑いかける男に、なんか違うと言いながらも幸せそうに女も笑う。隙間なくくっついている恋人達は、外の寒さ等感じる事は無いだろう。