俺の勘違いで散々に傷付けたのに、まともな告白だって出来なかったのに、ナミは俺に微笑みかける。だから……だから俺は、それに甘えてばかりいる自分が許せねェんだ。
俺にと言ってナミが手編みで用意してくれたマフラーとセーターを、冬島ではいつも身に付けるようになった。それにより、マルコ達から見てて寒そうじゃなくなったよぃと言われて笑われている。
それでもナミがそれを見る度に、少し気恥しそうに、同時に嬉しそうに笑う。なら、それ以上に望む事なんてある筈も無い。
「なァに、黄昏てんだ?」
「次の島は冬島だったかなって……」
「いや、秋の筈だぜ?美味い物が大量にある島だから……って、本当にどうしたんだよ」
俺の顔を覗き込むようにして、サッチが心配そうに言う。それに俺は幸せだなと思えるんだ。
前はそれが苦しかったけど、ナミが愛情から逃げなくていいと教えてくれたから……俺は受け止められるようになった。そうなると、自然とその心が有難いなと思えるようになったんだよな。
「サッチ、ありがとう」
「……本当にどうした?何か拾い食いでもしたか?」
「んー……?ナミにさ、色々教えて貰っただけだ。それなのに俺はナミから奪って、傷付けて、与えられてばかりだなって思っちまってさ」
俺の言葉に、サッチは髪をグシャグシャに掻き乱すように撫でて来る。それに辞めろの言葉の代わりに手を振り払うと、優しい眼差しが俺に向けられている事に気付いちまって動きを止めさせられた。
「エース、ナミはエースが笑ってりゃ幸せとか言う阿呆だけどよ」
「人の女を阿呆とか言うな」
「ちゃんと好きなもんあるじゃねェか」
「人の話、無視すんなよ」
「まず蜜柑だろ、風呂だろ、それと……綺麗な自然だ」
「んな事知ってる」
「船に居ると、海はいつでも見れる。でもよ、次の島には綺麗な滝と見事な紅葉を〝見下ろせる〟場所があるらしいぜ?」
そこに来て漸く、俺はサッチの言ってる事の意味に気付く。それに少し顔が赤くなるのを自覚しつつ、ありがとうと言葉にするとほらよと地図まで差し出されては、初めからそれを話す為に来てくれたのだと分かる。
滝は本来見上げる物だが、だからこそ見下ろせる場所なんてのは中々に珍しい。そうなると紅葉も重なれば、相当に綺麗だろうと簡単に想像がついてナミの喜ぶ姿が見えた気がした。
「……サッチあのさ」
「ん?」
「……ナミの誕生日ケーキ、頼んでいいか?」
「おうっ!任せ……誕生日?」
「へ?知ってて、これ教えてくれたんじゃねェの?明日なんだけど」
「……何故、ナミは何も言わないんだろうなァ?」
突然怒り出したサッチを不思議に思いながらも、俺は何となくその気持ちがわかる気がして苦笑しちまう。産まれた事が罪なんだと思ってて、産まれてから1度も祝われた事が無ければ、教えなければならないなんて思う筈も無い。
俺達は祝われて来た。そんな中で、俺達はナミの誕生日さえ長い事知らなかったんだ。
その上、大切な存在を生かす為だけに生きて来た事を考えれば……。彼等を大切な存在であると気付かせない為、ナミをそれ以上苦しめぬ為、そうして双方の想いが重なり祝われる事無く18年間迄生きて来たナミ。
そうなれば、誰かに誕生日を教えるなんて考えもしねェだろう。俺だってナミが突然祝ってくれなきゃ、誰にも教えたりしなかっただろうなと思うからな。
……あれ?
「なんで、ナミは俺達の誕生日知ってたんだ?」
「エース、頼むからお兄さんにも分かる言語を使ってくれねェかな?」
「俺達、教えた事ねェのに、俺達でさえ1度も互いに教え合う前だったのに、ナミはなんで……俺達の誕生日知ってたんだ?」
「エース君?聞いてますか?お兄ちゃんの話」
「爺ィとも会った事はねェ筈だし、そうなったらどうやって俺達の事を……?ナミは、何を隠してる?」
「聞けよ!人の話を!!」
突然サッチに卍固めをされた俺は、ギャーっと悲鳴を上げる事となる。そんな事に覇気を使ってんじゃねェとマルコがサッチを蹴り飛ばしてくれる迄、俺はギブギブと言うだけで甲板を叩く余裕さえ与えては貰えなかった。
その騒ぎでナミは姿を見せたけど、仲良しねと笑うばかりだった。その笑顔の影で涙を枯らしちまったんだって事を、ふと思い出す。
それでも、笑ってくれるようになったもんな。もう少し話してくれるのを待ってみるかと、その笑顔で思わされた。
だが俺は助かってからナミにタックルかまして、助けろよ!とつのっておくのを忘れなかった。恋人が卍固めされてるのを、微笑んで眺めてるってなんだよ!?
そうして迎えた翌日。ナミを誘おうと思ったのに、姿が部屋に無くてどうしたんだろうかと思う。
自室にも、図書室にも、マルコの部屋にも、親父の部屋にも居なかった。航海士達の為の執務室にも居なくて、他に何処にと思った時歌声が聞こえて来て蜜柑畑だと漸く分かる。
なのでそっちへと足を向けようとした所に、サッチが顔を出して手招くのでそれに応じる。そうしたら背負えるタイプの鞄を、ほらよと渡された。
「目的地で開けろよ。それと、ケーキは明日用意してやるから、あまり疲れさせんなよ」
「ありがとう。大丈夫だ!俺はいじめるの好きじゃねェから!」
その言葉にサッチは頷いて、自分の事が分かってねェタイプなんだなと呆れたように言われる。それを無視して、俺はナミの元へ向かう。
風が蜜柑の香りを俺に届けてくれる。歌声はまだ続いていて、その声は優しい。
見れば長い髪を風の自由にさせながら、楽しそうに蜜柑の世話をしてるナミが見える。歌声は幼い頃から何度も聞いて来たが、聞く度に声の質を変えるナミのそれは、毎回新鮮な驚きを与えて来るんだが……。
今回は少しではなく焦る。ナミの歌うそれが、明らかに帰郷を願ってると伝わるからだ。
帰らないでくれ。俺の為に傍に居てくれると、そう言ったじゃねェか……!
歌が終わるのと俺がナミを抱き締めたのは、どうやら同時だったらしい。俺は震えては居ないだろうか。
俺はいつもそうだ。何も見ようとも、知ろうともしないで、優しく笑うナミに甘えていた。
どうせ何をしても、ナミは俺を最後には許してくれると知っているが故の傲慢さで。俺はナミの事を本当の意味じゃ、なんも知らねェと気付かされる。
まだ欲しい、まだ足りないと、餓鬼でさえそこまでじゃないのではないかという勢いで、ナミからの愛を求めて来た。そんな俺にナミが甘えるようにそっと擦り寄ってくれた事で、漸く言葉を音に出来る。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
不思議そうに振り向いたその表情が少し幼くて、それに余計不安になる。心が既に、帰ってるんじゃねェかなんて思って。
唇を降らせれば、静かに瞳を閉ざして受け入れてくれるナミに、俺はまた甘やかされる。寂しいから、切ないから、肌が冷たいと感じるから……。
だからこそ、求める。だからこそ、抱き締める。
どうやっても俺は孤独を抱えていて、生きてる事が苦痛に思える事が多くて……。そんな俺に好きに生きろと言って笑ってくれるナミに、甘やかされて、包まれて、そうして漸く呼吸が出来るようになるんだ。
唇で想いを探り、頭皮を探るように動く指先でその熱を感じる。言葉は不器用で、心の全てを見せ合うなんて出来ないから、体だけで伝えようとして空回りしちまう。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
唇の隙間で言われたそれに、ナミの孤独が垣間見えた気がした。俺の孤独ばかりを押し付けてきたけど、ナミの人生の壮絶さと凄惨さは筆舌に尽くし難い。
互いの寂しさか共鳴し合う。だから身の内に宿る温もりを分け合おうと、その体を強く抱き締めて暫くその蜜柑の香りを俺は独り占めしていた。
そうしてナミに痛いと泣きそうな声で言われて、漸く俺は抱き潰す勢いだったと自覚してそっとその体を横抱きに抱き上げる。驚いて首に抱き着いたナミに、そうしてろよと笑って駆け出せば目的地迄俺は足を止める事をしなかった。
地図にあったその場所へ到着すると、そっとナミを下ろして誕生日プレゼントだと笑えばナミが首を傾げて、それから瞳を煌めかせた。その間にサッチから受け取った物を開けてみれば、敷物と膝掛け、そして弁当と水筒が入っていて……。
「ナミ、こっち来いよ」
準備を整えてから声をかければ、驚いた顔をしてから嬉しそうに破顔したナミが俺に抱き着いてきた。そんなナミに俺は、2人で今日はここで過ごそうと囁く。
Happy Birthday ナミ。産まれてくれたその奇跡と、過酷な運命の中で生き残ってくれた命運の強さに感謝してると囁きながら、俺はその体をそっと押し倒した。
ぐったりとしたナミを抱えて帰り、サッチに殴られマルコに蹴り飛ばされ、イゾウに微笑みを向けられたまま叱られるのは、少し先の話。今はただ、椛よりも美しい恋人に男が溺れる時間の幕開けでしかない。