引きこもったまま部屋から出ないナミの元へと、俺は飯を食わせたくて駆けて行く。様子見て必要ならマルコを呼ばないとと考えていた俺の目に飛び込んできたのは、ニュースクーと戯れる姿。
仕事に集中し過ぎて声が聞こえない状態にはなってないと気付いて、そっと息を吐いた。良かったと、心から思えたから。
酷い時は本当に大変なんだよなとそれを見て思う。水分だけなら取ってくれるけど……基本的に睡眠も食事もしてくれないから。
ニュースクーが飛び立つのを見送ったナミは、机に何かをしまってから歌い出す。聞いた事があるなと思った直後、前にナミが歌声もなく演奏していた曲だなと思い出せば、完成したのなら何故売りに出さないんだろうかと思う。
綺麗な歌声が終わると、俺に気付いたナミが振り向き、悲しげな瞳をしてるのに気付く。だから手を広げて来いよとの言葉の代わりに笑えば、ナミは無言で駆け出し俺の胸に飛び込んできた。
「どうした?怖い夢でも見たか?」
「ふふ、そうじゃないのよ。海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
笑いながら話し始めたのに、言葉が続くと次第に落ち込んで行くその様子にどうにかしないとと思わされる。俺はモビーの経済状態とかわかんねェけど、確かにいつも火の車だってのはマルコが時々ボヤくから知ってるんだ。
でも、宴の1つくらいなら出来るだろ。そう思ってナミを慰めるようにその頭を撫でると、驚いた様子で俺を見たからそれがなんか嬉しくて笑っちまう。
「花見、いいと思うぜ!親父に相談してやるよ。俺も隊長なんだし、俺が言えば問題ねェだろ?」
「でも、良いのかな。こんな我儘……」
「寧ろ親父は喜ぶと思うぞ」
俺の言葉に首を傾げたナミは、お酒呑めるから?なんて言っている様子から見ても、本気でわかってない感じだ。でも嬉しそうに頬を緩ませてから、俺の胸に顔を埋めたから、俺も顔が緩む。
このままもう少しだけ、こうしていよう。色々落ち着いたら、親父に相談すればいいよな。
そんな事を考える俺達の元に、窓から桜の花弁が舞い込んで来ていた。それはまるで、俺達に懐くようにも見える程。
それから少しして、ナミに風呂入って来いよと声をかけると、数日篭ってたのを思い出したのか真っ赤になって俺から離れたナミが、脱兎のごとく消え去った。それを寂しく思いながら見送り、サッチの所へ顔を出す。
「よっ!ナミの事風呂に追いやったから、後頼む」
「おう!任せとけ!蜜柑のデザート作ると匂いに釣られて顔出すから、なんか食わせといてやるよ」
成程、俺が肉に釣られるのと同じかと思いながら笑えば、他にもいた兄貴達が笑う。そんな場所から親父の元へと移動して、親父に花見をしたいと言えば毎年花見るだけじゃつまらねェってのが出るんだよなと、困った様子を見せる。
だが、確かにナース達女性陣の他は皆花より団子だ。だとすると、確かに困っちまうよな。
「なんかやるとなると金かかるから、無理かな?ナミが桜の花弁見て、寂しそうにしててさ……お花見したいけど、難しいって落ち込んで「やるに決まってんだろ。よし、なんか金のかからねェ催し物の案を出せ」」
俺の言葉を遮って不可能としか思えない事を言う親父に、イゾウがケラケラと笑う。どうやら娘馬鹿な親父が、イゾウにはツボらしい。
「なら、隠し芸大会とかどうだね?」
「あ!確かに!女装とかイゾウ似合いそうだ「親父、エースが女装するってよ。流石だよな。恋人の為ならなんでもする、そういう所俺は好きだぜ?」」
にっこりとしたそれを見て、遮られた言葉の先を紡げる筈も、断れる筈も無かった。そこへ食事を終えたらしいナミがひょこっと顔を出せば、ハルタが妙な事を言い出す。
その間は勿論俺はただ、イゾウの無言の圧力に屈して声も出せずにいる。いや、てか、笑顔が般若に見えるってどう言う事だよ。
「なら、ナミには男装して貰えば?その方が楽しいって」
「何の話?」
首を傾げつつ話に入って来たナミにイゾウが笑う。そして、明らかに間違った事を言い出した。
「花見だけだとつまらねェって話になって、花見が流れそうになったらよ、エースが〝俺が女装して楽しませてやるから、花見をやろう!〟って言うんでな。その話をしてたんだよ」
「エースが……」
驚いた様子を見せるナミに、疑えと念じるが通じねェ。イゾウの冷気を感じる微笑みに声も出せない哀れな俺は、俯き黙ってる事しか許されてはいない。
「ナミが花見でもしたいって言ったんじゃねェか?エースの心意気は大したもんだよな。俺は……感動したぜ?なァ、皆?」
「それで、私も男装って事になったのね。分かった。やるわ」
やるな。何故信じる。
疑え。そして拒めよナミ!!
だが他にその場にいた誰もが否定しなかった。……というよりも、出来なかった為にその場の流れはイゾウにより決められて行く。
なのでやりたくないという俺の願いも虚しく、花見の宴の日、俺は漢気溢れる気持ちで女装すると言い出した彼氏として、強制的に女装すると決まった。ナミと2人になってからも落ち込んでる俺に、ちゃんと美女にしてあげるからと笑うナミは、どうやら俺から言ったはいいけど、どうしたらいいか分からないと思ってるらしい。
本当に、妙な所で素直なんだよな。兄貴達が騙す筈無いと信じてる様子のそれに、少し切なくなる。
花見の日の当日。俺は朝からナミに磨き上げられ、何処かからナミが持って来たコルセットで腰と腹を締めあげられている。
「く、るしぃ……ナミ、まっ……ぁ……!」
「大丈夫、ゆっくり息を吐いて……そう、いい子」
「んっ……ゃ……!ナミ!!もう、む……っ!!」
「すぐになれるから、そうなれば快感になる」
「やぁ……!ナミの、うそ、つきぃ……!」
こんなのが快感になって溜まるか!そんな思いから叫ぶように言う俺にナミはふっと笑うと頭を撫でて来る。その手は優しくて、涙の滲む俺の瞳を覗き込んでそっと唇でそれを拭うと優しい声で言う。
「はい、よく頑張りました」
「もう、終わった……?」
「ちゃんと綺麗に収まったよ、頑張ったね、エース」
「ナミっ!」
「声だけ聞いてると襲われてるエースと、襲ってるナミだねぃ」
いつの間にか姿を見せていたマルコがそんな事を言うけど、助けてくれるつもりは無いらしい。その証拠に、その手には何やら箱を持っている。
中身に関しては、触れたくない。嫌な予感しかしねェもんよ。
「何かおかしかった?」
「声だけなら、エースがエロかったよぃ。ほら、いらないっての集めて来た」
「ありがとう。これだけあれば出来るわね」
マルコから受け取った箱の中身を確認して、満足そうに頷いたナミは、完成は宴の席でねと笑ってマルコを追い出すと、満面の笑みで俺に襲いかかって来た。普段なら嬉しいが、今日のそれは嬉しくなくて……俺の情けない悲鳴が谺響していく。
動くなとか、喋るなとか、目を閉じろとか言われてそれに従う。するとその直後に明らかにナミのだろうドレスを着せられて、頭に何か付けられちまう。
「案外しっかり肩幅があるから、ロン毛にして隠さないと男だって分かっちゃうのよ。普段男らしく見える人も、男の衣服を着ると女特有の丸みある身体が逆に女らしさを示すのと同じね」
「別に、俺なんだから男だって分かっても……」
「何言ってるの。やるなら完璧な美女にするって言ったでしょ。私に任せなさい」
「いやぁぁぁ!!」
化粧品持って迫って来るナミに悲鳴を上げようとも、誰一人助けには来てくれなかった。普段ナミが、泣いて辞めてと言うのを聞かない俺への罰なんだろうか。
ぐったりとした俺の目の前で、ナミが着替えて行く。そして、見る間にイゾウが霞む程の美形男子が目の前に現れると、流石に驚いて凝視しちまう。
「……行こうか、エース。……いや、アンちゃん?」
「なんで、アンなんだよ」
「女の子だったら、アンって名前になる所だったと決まってたのを知ってるから。さぁ、行こう」
そう言って俺の手を取るナミは、妙にエスコートし馴れていて、歩きやすい。それに嘘だろと思いながら付いて行くが、宴の会場が近付けば足が震える。
何故こんな事になったんだ。意味がわからねェ。
ナミのドレスを身に纏い、ウェッグまでつけて……俺は家族から笑いものにされるのか……。そう絶望した気持ちで壇上に揃って出ると、シン……と静まり返る。
全員が驚いた顔をしていて、息を飲んでいる。笑いさえ起きないそれに、そこまで酷いのかと思った直後、ナースの悲鳴が谺響した。
「やだ!嘘エースなの!?何あれ!あんな美女になるの!?どうやるとなるの!?」
「それより隣の王子は誰!?私のナミちゃんは何処に消えたの!?」
「イゾウ隊長かハルタ隊長がナミのフリしてるのよ!そうとしか思えないわ!!」
「なら、その隣の美女がナミちゃんね!?それなら分かるわ!!」
そんな声にナミは笑うと、当然のように俺の手の甲にキスをして見せる。それに親父までおぉ……とか言ってるから、どうやら見た目が悪いわけじゃねェらしい。
と言うか、確かにナミは相当な美形の王子になってるよな。胸も消えてるし。
「皆様、俺はナミゾウ。隣に居るのはアンです。どうぞ宜しく」
そんなナミの言葉を皮切りに、なんでアレがエースなんだとか、あんないい女そうそういねェと叫び崩れ落ちる兄貴達。数人は泣いていて、既に酔ってたのかと呆れちまう。
そんな中で次の演し物もあるからと壇上を降りれば、イゾウが俺に言う。本気で驚いた様子で。
「……こんな美女になるとはな。驚いた。その上ナミまで。……いい男過ぎて、その技術を学びたくなるよ」
「アンちゃん、綺麗でしょ?頑張ったんだから!あ、胸がないのは気にしてるらしいから言わないであげてね」
悪戯に笑うナミにイゾウは優しい眼差しで笑う。そんな顔、他の誰にも見せねェってのに。
その直後何かに気づいた様子で首を傾げる。そんな仕草さえ、色気のあるイゾウに、本当に女装似合いそうだよなと思う。
「……そういや、お前さんの胸はどこに消えたんだね?」
「そこは変装の達人としては必要に応じて消しますとも。ただし、詳細は企業秘密でございます」
その言葉にそういやナミって変装の達人だったと思い出す。まァ、この変装だと目立ち過ぎだろうけどな。
そんな姿のまま、なんで男なんだと、本当は女なんだよなと縋り付くむさ苦しい奴らを蹴り飛ばし、ナース達が憎い……!とか言って来るのに苦笑しながら親父の元へと向かえば、上機嫌にグララララと笑われる。
「いやァ……楽しませて貰ったぜ?」
「畜生……そんなに変か?」
「なァに言ってやがる。寧ろ似合い過ぎて驚かされてるだけだ。さて、褒美だぞ、エース」
そう言って差し出されたのは1つの封筒。何だろうと思いながらそれに手を伸ばす俺の横で、ナミが小さくまさかと呟く。
「ん?」
「ナミが隠し持ってた宿の宿泊券だ。今夜はそこで2人で楽しんで来い」
その言葉にナミは焦り、俺は笑う。誰よりも良い男になってるナミが、その仮面を捨て去り慌てる姿はいつものナミで、やっぱり可愛い。
花のようなナミもいいけど、この姿見るとナミが男でも俺はナミに惚れたんだろうなと思わされる。だけどまァ、夜は今朝の逆の立場にしてやらねェとな?
そう思ってナミを抱き締めれば、親父が休暇許可証を差し出してくれる。それに礼を言って、俺は愛しい王子を花の宴から連れ去る事にした。
背後から聞こえるひやかしも、今は気にならねェ。ただ、美味そうな蜜柑が茹だっているのを隠そうとする花が、少し疎ましいだけだ。
花より団子が目当てな俺だけど、団子よりも今はナミが欲しい。愛しい俺だけの王子を抱いて、俺は目的地目指して駆けていく。