船内に戻ると俺の為に用意したであろう食事と共に、封筒が置かれている事に気付く。封筒を手にすれば、明日からイベントがあるので、興味があれば準備を頼みたいと書かれており、続いて食事は用意したので陸に着くまで海図を描かせて欲しいとある。
数日ほぼ寝かせぬ勢いで抱き潰し、その後暫く動けなくさせたばかりである手前それを拒否する事も出来ずに溜息を落とす。だが、ナミがそもそも原因だったのだ。
赤髪に懐き、あまつさえ弟だと言って火拳を甘やかし、俺の事を蔑ろにしていたのはナミなのだから。幼い顔で赤髪に甘え、穏やかな優しい顔で火拳を甘やかすのならば、俺には女の顔を見せるくらいはして貰いたいと思って何がおかしいと言うのか。
そんな事をつらつらと考えていた俺に、ナミの背中は何も応える事が無い。用意されている食事に仕方なく手を伸ばせば、俺の好みに合わせて作られていて何とも言い難い擽ったさを覚える。
見る度に姿を変えるそれはまるで万華鏡のようだと思うが、やはり真剣な顔をしている時のナミが1番美しいと思う。それは触れる事を躊躇わせる何かがあり、邪魔する事は出来そうにない。
食事を終えて甲板へと出れば、何からという事も無いがナミが害されぬようにと入口を塞ぐ形で座る。日が落ちる頃陸についたので、中を覗いたがどうやら真剣に描き続けていると分かり、外から鍵を掛けて出掛けた。
1人でナミが外に出るとろくな事が無い故に致し方なき手段だと、誰にとも無く言い訳を脳内で繰り返しつつだが。そうして幾つかの店舗を見て回れば、舞台衣装やら仮装衣装やらを取り扱うものを幾つか見付け立ち寄る。
俺の姿を見た店員が牙があれば完璧な吸血鬼ですねと言うので、牙のそれを購入して己の分は終わらせたがナミはどうするかと店内を見て、1着のソレに視線を奪われる。どうなんだと思わなくもないが、ヒラヒラとしたソレを見て、衝動的に購入していたのだから仕方あるまい。
その帰り道に南瓜を見付けて、幾つか購入すると船へと帰ろうかと踵を返す。その時に見知らぬ雑魚に囲まれ始末し、その意味のわからぬ苛立ちから近くの酒場で酒を呑み、のんびりと過ごす事で気持ちの昇華をはかる。
それが仕事だと分かっていても擦り寄る女達は邪魔で、つい言葉が口から滑り落ちた。絡む腕の感触がいつもとは異なり、その身を包む香りも当然異なる。
「主程度の女に興味は持てぬ」
体型も賢さも、美しさも、何を見てもナミには遠く及ぶまい。当然のように見知らぬ者にさえ、その温もりを迷わずに分け与えるあれの心根の美しさが、その姿の美しさに拍車を掛けているのだと思わされる女なのだ。
だからこそ俺は、この衣装を選んだのやも知れぬな。酒の金をカウンターに置いて立ち上がれば、女と店主が何故か照れたような顔でお熱い事でと言い出す。
「……どうした?」
「愛しいお方がいらっしゃるのでしょう?随分とお優しい顔をなってましたよ」
言われた言葉の意味を理解すると、そんな筈は無いと言い捨ててその場を後にしたが……有り得るやも知れぬな。アレに溺れている自覚はある。
船に帰り着く頃には空は色づき始めており、閉じ込めた事で怒ってはいまいかとそっと開けてみる。すると、中はまるで時が止まっているかのように同じ姿勢でペンを動かし続けているナミの姿が見えた。
……よもや、ずっと描いていたのか?
見れば近くには何枚もの海図が干されており、どうやら描き始めたら止まらなくなったようだと分かる。これだから目を離せぬのだ。
そう思った時、俺の視線にビクリと肩を揺らして怖々と振り向いたナミを見て、笑いそうになるのを堪えた。意識して眼光を鋭くすれば、叱られる事を怯えるような様子で、俺の顔を怯えた視線で見詰めてくる。
叱られると分かっていても、辞められぬのは分からなくも無いのだがな。それでも許していては、そう遠くないうちに倒れてしまう事もまた明白。
「徹夜はするなと言っているだろう。出来ぬように体力を奪われたいか?」
「ごめんなさい!あの、つい……。それに、気付いたら、朝で……」
「……そのようだな。だが、無理はするな」
俺の心臓が持たぬ。とは、口に出せぬが、そんな想いを込めて頭を撫でればナミははにかむように笑い、ありがとうと言う。
俺はそれ程表情に大きな変化のある方ではないと思うのだが、何故かナミにはいつも通じる。とりあえず衣装を用意したと言って買った物を押し付ければ、驚いたような顔をされた。
「何か違ったか?」
「イベントとかやらないかと思ってて」
「ナミがやりたい事は、大概なんでもやらせるつもりでいる」
「ミホークって、優しいわよね」
しみじみとした様子で言われては、笑うしかない。ナミにはどうして、他人の良い所しか見えぬのか。
穏やかで優しいその気性に、いつも心が満たされるような気がする。その癖単なる弱者でも無く、何かあった時の気高さは尋常では無い。
……だからこそ欲してしまうのだろうか。自分には無いものだから。
「少し寝る。ナミも少し休め」
言いながらベッドに連れ込めば、抵抗せずにその身を預けて来るのだから、守ってやらねばと思う。この愛しい温もりだけは、恐らくは2度と手放せはせぬだろう。
仮眠と呼ぶには随分と深く眠ってから、温もりが去ったのを確認して様子を伺う。俺が買ってきた食材で何かを作り始めたのを眺めていたら、南瓜相手に苦戦し始めたので、仕方なく体を起こす。
「それをどうしたい?」
「おはよう。くり抜きたいの。こうお尻を切って、中身はお菓子にでもして、周りはランタンにと思ったんだけど」
説明の為に言葉を紡ぐナミの身体は、俺に差異なく伝えたいとでも言うように忙しなく動いている。それに従い切ったり、くり抜いたりを手伝えば、小さめの2つの南瓜を手にして、この2つを使ってグラタンにしましょうと笑いだした。
ナミが望むのならばなんでも良いと、それに従うように動けば嬉しそうにありがとうと口にする。そんな無邪気な笑顔に心が潤うのを感じてしまえば、妙な居心地の悪さを覚えた。
どうせ今作っている物も俺の為だろうにと思えば、礼を言うべきは俺の方だろうとも思う。作業が終わり少しすると、お茶を入れてからナミは風呂に向かうので、やはり俺の休憩の為に入れたのかと、お茶請けとして用意されているクッキーを眺める。
どうしてこうナミは全てにおいて甘いのか。自分の為に何かをする事の殆ど無いナミを、どうしたら喜ばせられるのか今ひとつ把握出来ぬ。
風呂から出て来たナミは俺の用意した天使の衣装を着ていて、俺はそれに声を掛けた。そのまま天使の羽を用いて、ナミが天へと帰らぬように。
「Trick or Treat?」
「クッキーを用意して置いたじゃない」
そう言って笑うナミに小さく足りぬと言えば、困ったように笑われる。その衣装を用意したのは己であるのに、ナミがそのままどこかへ飛んで行くのではないかと不安になり抱き締めれば、細腕で俺を抱き締めてくれた。
どんな菓子よりも甘く、何よりも愛しい温もりを抱くこの腕を離すつもりは無い。この菓子は既に俺のものだ。