助けられていたら
ツラいと言ったら、誰か助けてくれるの?
苦しいと言ったら、誰か救ってくれるの?
何も無いのならば、どうか私に関わらないで……。誰かの温もりを感じたら、きっと私はもう、1人で立つ事は出来なくなってしまう。
そう言って全てを突っぱねて来たからなのかな、今私が呼吸さえつらくなっているのは。……駄目よ、立ちなさい、私。
ノジコ、ベルメールさん、ゲンさん、ドクター、皆……もう少し、だからね。もう少しで、終わるから。
「おい、聞いてるかナミ」
「五月蝿いわね。聞いてるわよ。アーロンが暴れたのは確認してるんだから〝私の物〟が無事か確認してから行くって言うのに何がおかしいってのよ?」
「アーロンさん、不機嫌なんだよ」
「だから?」
アーロンが不機嫌だろうがご機嫌だろうが私に何も関係ないじゃない。そう思って魚人を睨めばお前も不機嫌なのかよと困ったように言って、諦めたように私に背を向ける。
そして、海に飛び込む直前に妙な言葉を口にした。それには自然と眉が寄ってしまう。
「アーロンさんは、ナミの帰りに間が開くと不機嫌になるんだ。早く宥めろよ」
「アーロンが癇癪持ちだとして、私が何かしてやる必要はないでしょ。契約に盛り込まれてない事は、私、1切致しません。早く消えて」
震えるな、身体。もう少し、耐えなさい。
意識が飛びそうになってる事を自覚しながら、私は魚人にふんっと鼻を鳴らしてやる。それに今度こそ途方に暮れた様子で海に飛び込んだのを見て、私はその場で崩れ落ちた。
……ごめん、皆。少しだけ、休ませ、て。
悪女を演じるのも、傲慢に振る舞うのも、少し休んだらちゃんとするから……今は、意識さえ保てな……。
「ぉぃ……」
暗い意識の中で、遠くで誰かの声が聞こえたと思ったら、温もりを感じる。揺れる視界の中で、心配そうに顔を覗き込んでる人物の顔を見た瞬間に私はバネ仕掛けの人形のように起きて、そして……身体がそれに対して悲鳴を上げた。
「カハッ……」
声も出せないで妙な咳き込み方をしたのは、流石に情けないけど……。その苦しさから意識は覚醒した。
そのまま情けなくも咳き込む私に、心配そうな声で優しく言葉を向けてくれるけど、なんで……この人がここに居るの?辺りを見てもあの目立つ船は見当たらない。
「……驚かせて悪かったね。お前さん、仲間はいないのかい?」
「私に、仲間なんて居ないわ。……お帰り下さいな。ここはウチの縄張り。四皇だろうが何だろうが、勝手をされては不愉快だわ」
冷たく、傲慢に、高飛車な態度で……。怒るかな、呆れるかなと内心で怯えつつ言い放つ。
どちらでもいいから、早く帰って。誰も、巻き込みたくないのよ。
白髭海賊団はエースの居場所。エースの家族だもの、無事に帰ってもらわなきゃ。
「……お前ェさん、ナミって名前だったりしないかい?」
「え?」
予想外の言葉にその顔を見詰めてから、表情を引き締める。ぼへっとしてる場合じゃないのよ!!
「……私の名前がナミだとして、貴方に関わりは……あ、まさか、エース関連?」
そうよ、もうエースは白髭の所に居て……いや、待って飛び出しちゃったとか?
そうよ、時間軸考えたらもう、サッチさんの件は起きた後の筈。古い記憶だから、すっかり忘れかけていたけれど……。
「まさか……エースが、飛び出したの?なら、サッチさんは死んだの!?イゾウさん、お願いします教え「落ち着け。エースはマルコがふん縛ってるし、サッチは無事だ。それよりもだ……初めまして、青色の手紙の送り主であり、エースの幼馴染さん。俺はね、ナミを助けに来たんだぜ?」」
混乱してたとは言え、何言った私。そして、何を言われたの、私。
思考回路が上手く動かない。そんな私にイゾウさんは艶やかに笑って見せた。
「まァ、今は混乱してる様子だし、少し寝てな。終わらせてきてやるから」
そんな言葉を聞いた気がした直後、首の後ろに衝撃を感じるのと同時に私の意識は完全に途絶えた。目覚めると和室みたいな所にいて、でも、揺れ方的には船の中だと分かる。
どう言う、こと?
頭は動かせるけど、身体がまだ重怠くてクラクラする。それでも、状況把握したくて身体を起こせば見覚えのある書籍や原稿が大量に積まれているのを見付けて、あれ?と思う。
よく見れば点滴が腕に繋がっていて、服装も何時もとは異なる装いだわ。まるで入院患者みたいな……。
「目覚めたのか。良かった……」
「イゾウさん」
声の主に視線を向ければホッとした様子のイゾウさんがいて、どうしたのかと首を傾げる。そんな私の額にそっと指先で触れて、細く息を吐き出した。
「3日、目を覚まさなくてね。肉体が限界超えていたそうだが……眠り続けるのは心臓に負担が掛かりすぎるから、心配していた」
「3日……?そんな!……アーロンの所へ行かなきゃ!ごめんなさい、話は後でしますから!」
慌てて立ち上がろうとした私は、けれども足に力が入らなくてぺたりと床に座り込んでしまう。……嘘、でしょ?
筋力が恐ろしく落ちてるか、脳の伝達が上手くいかないくらい弱ってるか。どちらにしても座ってる時間なんて無いのよっ!
早く、立たなきゃ!早く、アーロンの所へ行かなきゃ、皆が……!
「ナミ!大丈夫だから、動くな!」
言葉と共に抱き締められて、でも行かなきゃ……!皆が……!
死なせられない!私は、その為だけに存在してるんだからっ!
「離して!300人近い人の命が……皆が殺されてしまうのよ!お願い、離して……!」
「もう、大丈夫だ。だから、その荷物……降ろしな」
何を、言ってるの?
意味が分からなくて、呆然とその顔を見上げてしまった。だってその表情は、冗談や嘘を言ってるとは思えなくて、余計に混乱する自分を自覚してしまう。
してはいけないと分かっていて、期待してしまうの。有り得もしない事を……。
「魚人は寝かし付けて、ジンベエ親分……兄貴分の政府関係者に託した。村はもう支配されてねェ。悪夢は、終わったよ」
「ほん、と……に?」
声が掠れて上手く出ない。そんな私にイゾウさんは静かに頷いて、優しく微笑んだ。
本当に、私の妄想とかじゃなくて……?
「あァ、今までよく耐えたな。もう、頑張らなくていい。1人で何もかもを抱えなくて大丈夫だ。……よく、独りで頑張ったね」
目の前が突然見えなくなって、その直後に優し気な声が降って来た。なんで何も見えなくなったのか、その理由を理解するよりも早く、降り注ぐ声が凍り付いていた心を溶かしてしまう。
「そんな、悲しい泣き方するもんじゃねェよ。……村の人達には、話をしてある。ナミは夢を、この船で叶えたらいい」
私の夢も何もかもを、ノジコから聞いたのだと言われた私は抱き締めてくれるその腕の中で、記憶にある中では多分初めて、声を上げて泣いた。そんな私の頭を撫でながら、イゾウさんは無言を貫いてくれる。
同情なんていらない。これは私が選んだ道だもの。
必ず守る。必ず助ける。
だからどうか、死なないで。そして誰も……私の心に踏み入らないで。
ツラいと言ったら、誰か助けてくれるの?
苦しいと言ったら、誰か救ってくれるの?
何も無いのならば、どうか私に関わらないで……。誰かの温もりを感じたら、きっと私はもう、独りで立つ事は出来なくなってしまう。
そう思って生きて来た。でももう、助けられて、救われたのだ。
でも、もう少しだけこの優しい腕の中で甘えていたいと言ったら……叱られてしまうだろうか。そんな事を考えながら、イゾウさんに私の方からもそっと腕を回して、抱き着いていた。
優しく大丈夫だと繰り返してくれるその言葉に縋るように、甘えるように、私はその上等な着物を濡らし続ける。その間イゾウさんが何を考えていたのかを後に聞かされて、赤面する事になるなんて思いもせずに。