私の体調が落ち着くと、まず最初に白髭さんにご挨拶に行く事になった。これは体調が落ち着く以前から、私が騒ぎ続けていたのが理由だけど。
体調が落ち着く以前は、イゾウさんが私を拾ったからと言う事でイゾウさんの部屋に押し込められていた。そこへマルコさんが、往診に来てくれていたのだ。
敵かもしれない状態では確かにその対応は正しいけど、でも、やっぱり申し訳なく思う。そんな風に思う原因は、マルコさんの往診だけが理由では無い。
イゾウさんはできる限り近くに居て、いつも色々と気遣ってくれてたのだ。隊長としての激務の隙間に、と言うよりは、無理矢理隙間を作り、可能な限り仕事を室内で行い、傍に居てくれた。
だからこそ、申し訳なくて……。早く挨拶を済ませて敵ではないと分かってもらい、イゾウさんに、休んで貰いたかったの。
そう言えば『エースに会うのは、体調が落ち着かないと危ない』とイゾウさんとマルコさんの2人に声を揃えて言われていたけど、意味がわからずに首を傾げた。あれは、まだ1人では立つ事も出来なかった時だったかな。
1人で部屋にいる時も、持ち込まれていた原稿や楽器もあったので特に困る事は無かった。暇潰しにもなったし、窓からクーちゃんとやり取りできて原稿を落とす事もなかったのだもの。
そうして漸く白髭さんにご挨拶していた時、エースが飛び込んで来てイゾウさんとマルコさんが言っていた言葉の意味を知る。その姿は大きくなっていたし、懐かしくも愛しい弟だもの、逢えたのは間違いなく嬉しい。
だけどね、火を纏い会いたかったと突撃されては、体調が悪ければ丸焦げにされるわ。怪我はさせたくないけど、火を纏ってるのは頂けない。
そう思って咄嗟に覇気を纏った足でエースを蹴り飛ばしたら、それを見ていた白髭さんに大爆笑されてしまったけれども。それから話をして、私もクルーとして迎え入れて貰える事に決まれば、呼び方を改めなくてはと決意して、白髭さんとこの面談に付き添ってくれていたイゾウさんに向き直った。
「船長様、隊長様、これ迄の御無礼「「その呼び方、辞めてくれ」」」
それから話し合いをした結果〝親父様〟と〝イゾウさん〟で何とか落ち着いた。自分の配属される隊の隊長だけは、隊長と呼びたいと言ったのに、その隊長本人であるイゾウさんがそれを拒絶したのだ。
そうなれば、他の隊の隊長を隊長と呼ぶ訳にもいかなくて……。でも、私、銃はそんなに得意な方じゃ無いのに。
「イゾウの隊には入れたが、ナミは戦闘員としてじゃねェ。この船においては、女を戦闘員として乗せる事は認めてねェ。……各隊にある程度事務方系の奴等が居てな、ナミはそこに組込まれる」
親父様の言葉に、それならばと思って納得しかけた所で、だが……とイゾウさんが言葉を続けた。それは、何とも言えない気分にさせられるもの。
「ナミは基本的に、俺の部屋に居たらいいさね」
「……どう言う、意味?私、荷物になるくらいなら降りるわ。……小舟を下さい。帰りま」
その瞬間腹部にめり込んだ拳に、どうしてと犯人を見れば、既に何も聞こえなくなっている状態の私でも読める唇の動きで、告げられる。逃がさねェ……と。
目を覚ました時、身体に違和感は無くて、イゾウさんは当身が本当に上手いな……とか考えてから、そうじゃない!と自分に突っ込む。そしてドアを開けようとして、開かない事に驚かされた。
……外から、施錠されてる?どういう事?
首を傾げた私はおかしくないと思う。その時外から音が聞こえて、ドアが開かれればイゾウさんがそこに立っていた。
「イゾウさん、どういうつもりですか?」
「俺から逃げようとするからだ。……俺は、海賊だよ?」
そんなのは知ってる。海賊と聞いてこの世界で今、1番最初に連想されるのはどうしたって四皇で、その中でも1番強いと言われているのが白髭海賊団なのだ。
その白髭海賊団の隊長であるイゾウさんが、海賊以外のなんだと言うのか。そう思って睨めば、私の思考を読んだかのように分かってないなと笑われてしまった。
でも、何が分かってないと言うのか。そう思えば、意識を奪われた事に対する謝罪さえまだ無い今、どうしたって不機嫌にはなる。
「イゾウさんが海賊なのは分かって「ナミは、俺が自分から欲しいと願った希少なお宝だよ」」
「おたから……?」
私、特に価値のある何かを身に付けてたりはしないと思うけどな。髪の色は確かに、この世界基準で見ても珍しいとは思うけど……。
少し考え込んでしまっていた私は、気がついた時にはベッドに座らされていて、イゾウさんに髪を弄られていた。何がしたいのか分からずに、でも動けずにいるとイゾウさんが後ろで笑う。
「ナミは、海賊以前に男を知らないのかね?」
その言葉に思い出す。抵抗する事さえ出来ないで、この身体を傷付けてしまった時の事を。
それにより身体が震えれば、イゾウさんが背後から抱き締めてきた。それなのに、どうして……イゾウさんは、怖くないんだろう。
「悪かった。……望んだ相手とでは、やはり無かったんだな。……いつも大人だから、こういう事だけ鈍いのが演技なのかと思って試しちまった」
「イゾウさん……?」
「ナミが、村がもう大丈夫とわかって泣いた時、俺が泣き所になりたいと思ったんだよ」
「え?」
突然の話に驚いて振り向こうとしたのに、イゾウさんが腕に力を込めるから、少し苦しくなる。振り向くなと、そう言われてる気がして、私はそのまま話を聞く事にした。
「初めはエースの姉代わりで同時に幼馴染。それと同時に、サッチの命の恩人でもある少女を見てみたかっただけだったんだがねェ」
確かにその条件なら、顔くらい見てみたいと思うかもしれない。ノジコが大切に思ってて、村の人の命を救ってくれた人が居ると聞いたら、私も会いに行くと思うもの。
「だが調べてみれば、悪評の多い女で、エースの話や手紙から読み取れる情報とは、明らかに違い過ぎた。だからと思い綿密に調べ直してみたら、見えて来たのは残酷な真実」
その言葉に私はヒュッと息を飲み、声を失ってしまった。身体を固くした私に、イゾウさんはそれでも言葉を続ける。
「助けたいと、その時願ったんだよ。なのに会ってみたら強がるばかりで……これはどうにもならないかと思ったら、エースの名前1つで簡単に仮面が剥がれ落ちて、明らかな姉馬鹿が姿を見せた」
……辞めてください。なんでそうやって私を陥れようとするんですか。
とは、言えないけど。でも、私を背後から抱き締めてくれるその温もりが、どうにも離れがたくて、怒りも悲しみも霧散していくような、そんな気がしている。
真っ赤になっているのも、後ろから抱きしめられているから見えないだろうと言うのが、唯一の救いかな。でも、耳まで、熱い。
「……強がりなナミをやっとの思いで連れ帰って、なのに二言目にはエースと親父で、俺には他人行儀。泣いてくれた時の、幼さも無防備さもあれ以来見せちゃくれないから、どうなんだろうと考えていた」
「えっと……?」
先程までとは少し様子の異なる言葉に、耳の熱が引いて行く。けれども、なんと問いかければ良いのか分からないのだ。
「他の所が成長し過ぎて、そっち方面だけ壊死したんだな。それが理解出来たから、もう虐めたりしねェさ」
「……虐めてたの?」
首だけで振り向いて問い掛けると、イゾウさんが少し腕の力を緩めてくれた。なので腕の中で身体を反転させてイゾウさんの方を向き直り、そっとその頬に触れてみる。
脈の動き、瞳孔の動き、それらで嘘か真実か、動揺しているのかがどんなにポーカーフェイスを気取っている相手でも分かる。だから、さっきから気になってる事を聞いてみようと思ったのだ。
「鈍いって、痛覚とかの事ですか?」
「痛覚も鈍いのか、それとも我慢強いのかは判断に困るが……ナミは、恋愛面が鈍いだろ」
「……それ、鈍いと困りますか?」
痛覚は死に直結するけど、恋愛って賢い人も馬鹿になる恐ろしい病だと思うのよ。そう思って問い掛けたら、イゾウさんの顔が近付いてきて気付いた時には距離がゼロというか、マイナスになっていた。
「んんん!?」
その上で、素直に上手い……!
下手なのは経験が少ないと分からないけど、上手なのは経験が無くても分かるものだと知れたのは良い経験何だろうか。だって……思考が、持っていかれて、身体から勝手に力が抜ける……!
「ん……ぁ……」
「鈍いと、この先に進めないから困る。……俺は、この先に進みたいが、ナミは怖いか?」
「え、あの、え?!」
混乱する私の顔を見て、イゾウさんは笑う。その顔が少年みたいで、意識を全て持っていかれてしまいそうになる自分に、更に混乱する。
だけど、だって、笑顔が、可愛い。いつもの、余裕のある皮肉な笑みじゃない……!
「ナミのペースに合わせられる程度には、大人になっていて良かった。傷付けたい訳じゃねェからな」
「イゾウさん……」
「だが、1つだけ聞かせておくれな」
少し切なそうな声音でそう言ったイゾウさんは、不安そうに瞳を揺らす。表情も、いつもみたいな取り繕った大人の顔じゃない。
多分これが、イゾウさんの素顔だ。そう分かってしまえば、話を聞く他の選択肢を私は持たない。
「俺を、男として……好きかい?」
「私、考えた事、無くて……」
「うん」
急かしはしない。けど、その続きを促して来るその様子に、私は観念してオズオズと言葉を紡ぐ。
結局私は、イゾウさんに弱いのだ。勝ち目が無いなら、素直に伝えた方が誤解で傷つけ合う事も無いもの。
「でも、私、イゾウさんにこうして抱きしめられたりするの、好きです」
「…………そうか。わかった。いいよ、ゆっくりで。……耐えて見せるさね」
そう言ってから、まずはキスに慣れようかなんて言ったイゾウさんの唇が、再び私のそれと重なる。それから慌てて逃げようとしたら、先程の言葉は何だったのかと問いたくなるような言葉を告げられた。
「逃げようとするなら、我慢なんかせずに、身体から離れられなくしてでも、俺のモノにするよ」
蠱惑的な笑みを浮かべて、そう宣言したイゾウさんに、身体が震える。それでも負けてたまるかと、涙が滲む状態で、イゾウさんを睨み上げれば何故か目元を抑えて呻かれてしまう。
どうしたのかと心配した私に、理性の限界を試してるのか?と低い声で問われて、意味が分からないと叫んでしまった。その後、逃げようとしては部屋に閉じ込められるのを繰り返す事となったけど、それは総じてイゾウさんが悪いと思う。
初めて泣き顔を見た時、欲情したのだと、その後も日々魅せられているのだと語るイゾウさんに、私から付き合ってくださいと言ったのは、キスを初めてした日から僅か10日後の事だった。痛い事も怖い事もしないからと言って、大切に愛してくれるイゾウさんに、私は溺れている。
ただ、時々色々耐えられなくなると親父様の所へ逃げて行くのだけど、それをやるとその後に部屋に監禁されるのだけは納得行かない。それでも私は幸せだと断言出来る。
波間の向こうを目指す旅は、まだ始まりに過ぎない。大切な新しい家族と共に、私は未来に期待出来る自分の幸福を涙が出そうな程に痛感している。
ゆっくりで構わない。私達のペースで、2人の想いを育くめたら……それ以上の幸福なんて、私は知らない。