書類の分類作業を終えて軽く伸びをしたタイミングで、ナミもまたうーんなんて言いながら伸びをした。それがなんだかおかしくて笑っていると、ナミは騒然のように描き上げた海図を干して窓を開ける。
そこで動きを止めたナミが、カレンダーを見て微笑む。その様子を眺めていたが、突如その空気を変えたナミが外へと駆け出せば俺も1枚羽織って追い掛けるのが当然だろう。
サイクロンの時とは様子が違うな。サイクロンならばドアを開けるのと同時に声を張り上げるが、今回はそれが無い。
天候を簡単に読み取るそれは、どんな時でも言い当てるから中々に落ち着いて二人の時間を過ごせない。愛を育んでいても、何かあれば表に飛び出してしまうのだから空恐ろしい。
そんなナミが、霧の中で苦しそうにしていれば支えるのは当然だろう。何事かと辺りに警戒するが、多少鬱陶しい霧であるという認識でしかない。
「大丈夫、よ。めいわく、かけたくな……から、はなし、て……」
支えただけで迷惑とか有り得る筈もない。愛しい女を放置する趣味は、持ち合わせていないと言うのに。
ナミはいつになったら、俺を頼ってくれるのだろうか。やはりあの時、ジンベエに配慮せずに始末してやれば良かっただろうか。
「この程度、甘えには入らない」
ナミはいつになったら、素直に甘えてくれるのか。俺ではまだ、ナミには足りないのかい?
その問い掛けは口に出来ず、だが本当は分かっている。甘え方を知らないだけなのだと。
甘える事が、頼る事が許されない環境で生きてきたのだ。そんな事は分かりきっているのに……寂しい、と言ったらどんな顔をするだろうかね?
抱き上げて部屋に運ぶ間、申し訳無さそうな顔で俺を見ている眼差しが、妙に痛かった。そんな顔を、させたい訳じゃねェのに上手くいかねェな。
ベッドに降ろして、いい子に休んでるように言ってから子電伝虫に手を伸ばしてナミの容体を伝える。それにより船は陸地を目指す事になったが、それに即座に反応したナミが妙な事を言う。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってのはなんだね?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「……との事だが、反対意見は?」
繋がったままの子電伝虫に問い掛けると、子電伝虫が器用に顔真似しつつ返事をくれる。昔からこの生き物は本当によく分からねェ。
ナミは通話料金の代わりが餌代なのねとか言ってたが、時に意味のわからない事を言う他は基本頭も良いよなと歳若い恋人を眺めちまう。
「反対意見以前にイベントの概要が分からねェよぃ。後でまとめて持って来い。検討する」
マルコの真似をする子電伝虫に笑いつつ頷けば、ナミが嬉しそうに笑った。どうやらこれは、金のかからないイベントらしい。
親父の為にというのもあってか、ナミは金のかからないイベントを考える事が多い。人数が多いから、寧ろ1人単価を下げられると言ってはいたがな。
「マルコ、また連絡する」
「あァ、無理はさせるなよぃ」
「当然だろ」
そう言って電話を終えると、ニコニコしているお人好しな恋人のいるベッドに腰を降ろす。自分のせいで進路を変えたなら何か返さなければとか、そんな事考えて発売前の情報を開示したと分かるから、もう少し自分の価値をわかって欲しいと思う。
まァ、それができるならこんなに不器用な生き方してねェだろうがな。そうわかっていても、願っちまう事は仕方ないだろう。
そっと肩を抱き寄せて頭を撫でると、いつもは無いもふもふとした感触に慌てて手を退ける。髪飾りでもつけていたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
ナミも驚いた様子ではあるが、状況は把握していないのが分かる。直後にピョコンと生えてきたそれは俺の妄想による幻覚かと思う程に、よく似合っていた。
「頭の上にあるものは……目の錯覚かねェ?」
俺の言葉を受けてベッドから抜け出すと、当然のように鏡に向かい駆け出す。そう言えば、ナミがサッチを庇い大怪我した後で、回復を待ちあの鏡の前でお仕置きしてやったなとか思い出している間にナミは耳を触り、尻尾を見てフルフルと震え出した。
「なに、これ?」
「うさ耳と尻尾のようだね」
「何コレー!!こんな、変なの知らない!!」
「変とは思わないがね。寧ろナミに、よく似合っているよ」
「似合うとか似合わないの問題じゃないのー!!」
叫ぶナミに可愛い可愛いと言いながら様子を調べて、親父とマルコに報告を入れつつイベントの詳細を伝えれば、ナース達も同じ状態にあると分かりとりあえず原因を調べる。その結果海域的な問題とわかり、倒れた理由もそれだと分かれば後はイベントを楽しむだけだ。
発案者であるナミは兎の耳と尻尾があるからと言って、部屋に閉じ込めイベントの前日まで部屋の中に押し込めておいた。ナース達も念の為に船内に留められていたので、状況は同じだろう。
流石に珍しい人種だと思われて攫われるなんて事になりかねない内は、大人しくして貰うしかないだろう。ナミは勿論ナース達も何かあれば、俺達は理性なんてものは平然と投げ捨てる。
家族に手を出す事は許さない。その中でも女達に対しては恐ろしく過保護なんだと言う現実を知らない奴は、その命を長らえさせる事は無いのだ。
イベント前日にはそれぞれ卵のペイントや卵隠し等に別れてナース達が動き回る事になった。そんな中で、ナミには飾り付けが言い渡される。
「ナミ1人にそんな事やらせて、怪我でもしたらどうするんだね。俺も付き添う。その許可が出ないなら、何もやらせないよ」
「イゾウ、お前ェには隊長である自覚があるか?」
「まァ、それなりにはあるがね。親父殿、俺はナミが怪我をしたら何をするか分からないよ?」
本気だと言うのは伝わったらしい。呆れを隠さないその眼差しに、ニヤリと笑えば溜息が落とされた。
「……自分の所の指示出しは怠るなよ」
「勿論さね」
俺が笑えば親父は諦めたように頷き、俺の指示を受けた弟達は即座に動き出した。俺はそれを見送ってから、中身のない卵を吊るしたり、兎のあみぐるみとやらをソファに置いたりするのを手伝っていく。
高い所に登ろうとするのを俺が代わりにやると言えば、戸惑った顔をするので仕方ないかとその体を抱き上げる。するとナミがひゃぁ!とか言いながら抱き着いてきたから、これはこれで良かったかもなと思う。
「イゾウ!?」
「俺が登るのは嫌みたいだからね。だが、不安定な台に乗られるよりは、俺が支えた方がいい。結果がこれだよ」
笑いかければナミが湯だる。兎の釜茹でかと内心思いながら、啄むように口付けをすれば通りがかったハルタに嫌そうな顔をされたが気にならねェな。
誰が嫌そうな顔をしようとも、ナミの可愛さを堪能する方が俺には重要だ。俺の大切な、愛しいお姫さんなんだからね。
「ほら、飾り付けしちまいな」
そう言いつつ、尻尾を刺激したりして遊ぶ俺にナミが涙目で抗議してくるのはある意味当然で、中々作業の進まない俺とナミにジョズが辞めてやれと言いに来た程だ。飾り付けを半分程終えた所で、サッチが休憩しろよと声をかけてきたのでナミを伴い休憩に向かう。
Happy Easter……。残りの飾り付けはやるから、今日の残りの時間は兎を食べたいものだと笑う男に、兎が船内を逃げ回るのは当然だろうか。
兎を追い回すそれを見て、イベントは明日からだぞと笑う家族に、そうじゃないと兎は叫ぶが無意味と言って間違いはないだろう。今日もモビーは平和である。