銃弾の在庫を確認し終えた俺が倉庫を出ると、ニュースクーが部屋の窓に止まってるのが見えた。という事はナミの意識が此方に戻ったのだろう。
正体不明の宝玉がナミであると知ってから、俺が全ての書籍を読み漁っていた為にナミの正体が親父にバレた。そんな訳で緊張していた俺達に、親父は困ったように言う。
「元々外に出すのは危険だと思ってたが、それならば尚更外に出せねェだろう。イゾウ……しっかり守ってやれよ」
と言われたのは記憶に新しい。そんな事情と秘密を持ってる上に、何かに集中すると飲食も睡眠さえ忘れて、声をかけても反応しなくなるのだから困りものだ。
だが、天候がおかしくなると航海士や測量士の誰も気付かぬ前に、1人でも動き出して動きつつ皆にそれを報せるのだ。そんなんだから、助かった事は一度や二度じゃねェ。
初めて経験する海でも、波でも海域でも、ナミはそれを真っ直ぐに見据えて、それこそ戦士のように海と対峙する。これではエースの姉でなくとも、皆が大切に隠して守ろうとするのは当然と言えるだろう。
ティーチの奴がいなくなった後での加入で、本当に良かった。そうでなけりゃ、何が起きたかなんて考えたくもねェ。
部屋に様子を見に行けば、ニュースクーと戯れる姿につい笑みが浮かぶ。本当に仲が良いよな。
まだ捕まえて来たばかりの頃、ナミが何度かしようとした脱走劇でニュースクーがナミに協力していたから、良い感情はあまり無い。だが……それでも、こんな姿は良いものだと思う。
そんな俺に気付かぬままに、ナミはそっと封筒を机にしまってから窓辺で歌い出す。その歌の詞は明らかにワノ国を思わせるもので、それにより息を飲まされる。
長く……離れていた故郷を思わせる歌だ。同時に、何故か奥方を思い起こさせる。
……オデン様の事を思い出せば、自然と強く握り締めちまう拳。こんなの……らしく、ねェよな。
そんな俺の心を呼び戻したのは優しくも儚く、温かくも哀しい歌声。窓から入って来るそれは、俺の様に歌に誘われたのだろうかと桜の花弁に視線を向ける。
その時歌が終わればナミに声をかけるかと考えて躊躇うが、そんな僅かな動きで俺の存在に気付いたナミが声を掛けるより早く振り向いた。その瞳が泣いていて……何処かでワノ国の状態を知ったのかもなと思う。
心優しいこの子は、恐らく知れば泣くだろうと分かる。そんな甘さに、溺れてしまいそうだ。
スっと無言で手を広げて微笑んでやれば、飛び付いてくる愛しい温もり。俺はきっとこの先永遠に、この温もりに勝てる日なんて来ないだろう。
「どうしたね?何か悲しい事でもあったのかい?」
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
それが理由での不安定さではないと分かる。それでもそれもまた落ち込ませている要因だろうと分かるから、そっとその頭を撫でてれば驚いた視線が向けられた。
「花見の宴か……趣もあり、いいと思うがね。あァ……俺と2人でなくては嫌か。確かにそれは難しいかもな。ならば少し考え「皆で!2人がいいなんて、私っ!」」
真っ赤になって焦るナミの頭を撫でながら、その様子が可愛くて笑えばナミが泣きそうになってるのに気付いていじめ過ぎたと自覚する。仕方ない子だと思うが、本当に仕方ないのは俺の方だろう事は理解しているのだ。
「2人で、行こうな。他の誰にも、ナミの艶姿なんぞ見せたくもない。2人で花見なら、親父も特に何も言わないさね」
俺の言葉にナミは真っ赤になったそれが戻らないと自覚したらしく、俺の胸に顔を埋める。この小柄な少女は、こうやって俺の理性を試しているのだろうか。
それから暫くして俺の傍を離れたナミは、サッチに協力を仰ぎ重箱の中身を作るように話をしていた様子だ。そんな時に俺は机の中から見付けた、ナミが隠していた宿泊券を手に親父に数日の休みを貰いに行く。
親父はたまの我儘はいつもナミ絡みだなと呆れを隠さずに言いながらも認めてくれた。なので弁当が出来たタイミングで、ナミを連れ去るようにモビーを出る。
穏やかで平和な時間が流れ、見えていたその島へ到着し共に弁当を摘みながら歩くそれは確かに楽しいが……物足りないね。仕方ないかとナミを廃屋に連れ込み衣服を奪い去ると、持って来ていた着物を着付けてやる。
仕上げに枝垂れ桜をイメージしたであろう簪をその髪に着けてやれば、俺だけの桜の姫が現れる。だがナミは何処か不満そうだ。
「……脱がせるだけでなく、ちゃんと襲って欲しかったのかい?」
「なんでそうなるのよ!?突然脱がせないでって言ってるのよ!」
「……1応誰もいないのに、建物の中に連れて来てやったろうに。不満なら、後で埋め合わせしてやるさね」
そう言って唇に掠める程度の口付けを落としてから表に出れば、陽はいつの間にやら沈みかけていた。ナミはその様子に立ち止まるとその瞳を眇める。
そしてまた、ワノ国の言葉を口にするのだから、どういう事なのかと考えた俺はおかしくないだろう。ワノ国の書物を読んでるのは、見た事が無いけどな。
「逢魔ヶ刻……ね」
「なら、ナミが拐われないようにしっかりと腕に閉じ込めておかないとならないね」
そう言ってナミを押し倒そうとしたら容赦無く急所を蹴りに来る様子に、悪かったと笑いその攻撃を躱しつつ首筋にそっと跡だけ残す。それに真っ赤になって抗議してくるのを腰を抱いて歩きながら聞き流せば、陽は間もなく沈み代わりに月が空に輝く。
月明かりに照らされた桜に息を飲む俺の傍で、ナミは切なそうにその瞳を揺らす。それから吸い込まれそうねと言い出すから、本当にこの子はと思わされる。
「お気に召したかい?姫君」
「だから、私は姫なんて柄じゃな「ナミは、俺の愛しいお
俺の言葉にもうっと怒ったように……と言うか怒ってるのだろう様子で言って、欠片も信じる気配を見せずに桜の中へ足を進める。そんなナミを見れば、言葉は自然と零れ落ちた。
桜の中を進むナミを見ていれば、何かを考えるよりも早く、言の葉は音となっていた。嘘偽りを口にしては居ないんだが、どうして伝わらねェのか。
「ナミが俺のお姫さんなのは間違いないが、天女のようにも思えて来たよ。もしそうなら、その羽衣は泣かれようとも奪い取り、目の前で引き裂いてから燃やして、その灰を海に捨てるけどな」
「……イゾウって、案外束縛強いタイプ?」
「案外も何も、他の男を見るのも、笑いかけるのも、本来許したくないくらいさね。…… あァ、薄紅色の花の波を行くナミは、本当に雲間を飛ぶ天女に見えるよ」
俺の口説きを適当に聞き流して、ナミは桜と共に月明かりに照らされる。そのあまりにも幻想的な姿に、消えるのではないかと不安になっちまう。
「光の当たり具合で、見え方が変わるのね。陽の光ではなくても、こんなに綺麗だとは思わなかったわ」
「同じ花が、角度次第でまた別の美しさを見せるね。あァ……本当にまるで、桜はナミみたいだね。哀しみながらも剣を振るうナミも、ただ歌を奏でる穏やかで美しいナミも、エース達に見せる穏やかな微笑みも……その全てが魅力的なように」
「……よくそんなに言葉が出てくるわね。何だか、口説かれてるみたい」
いや、だから、口説いてるんだよ。そうは言えずに、俺は可笑しそうに笑うナミに苦笑してその腕を掴む。
とりあえず逃がさない為に、温泉にでも誘おうと思っての事。花より団子なんて無粋な言葉は要らないさね。
ただ俺は、桜さえ引き立て役にしてしまうナミが欲しい。俺はいつでも、ナミに餓えている。