まだ何処か遠慮がちな俺のお姫さんは、漸く最近俺に敬称を付けなくなった所だ。何かある度に〝何も知らない身体じゃないもの……〟なんて言うが……このお姫さんは、俺を妬かせたいのかね?
あァ……それとも、手を出した馬鹿共を始末して欲しいとのオネダリだろうか。それなら叶えてやるのは、いつでも構わねェさね。
そもそも俺の方こそ、これ迄生きてきた中で何人とそういう事をして来たかは不明だ。この船で人生の半分以上を生きて来て、自分の半分も生きてない女を篭絡してんだから責められて然るべきだろう。
そう考えちまえば、寧ろナミが俺に気を遣う理由なぞ有はしない。だがナミは、その心が美し過ぎるのだろう。
1人にすると眠れず、寝たとしても悪夢に魘され、慣れない相手に触れられると悲鳴を上げて怯えるナミが、俺には甘えてくれるようになったのだから大進歩だろう。そんな事を考えながら、眠るナミの頭を軽く撫でて再び布団に潜った直後、起こしちまったのかナミがゆっくりと動き出した。
朝と呼ぶには早すぎる時間な上に、寒い海域では珍しい程に早く起きたナミは、起きてる俺に気付かないまま簡単に身支度を整えると表へと出て行ってしまう。その姿が完全に見えなくなってから、暫し思案するがその理由は皆目見当もつかない。
まず、天候の乱れならば問答無用で俺を叩き起すナミなので、それは無い。だが何より有り得ないのが不貞や密会だろう。
海賊として見れば、ナミは恐ろしい程に身持ちが硬い上に、頭も考え方まで硬い。それが恋人である俺以外と何かとは有り得ないが……この寒さだからな。
少し考えていたら帰ってくる前に熱でも出しそうに思えて来て、怖くなった俺は綿の入った羽織りを肩にかけて飛び出した。自分の体温で多少は羽織ってるこれも暖まるだろうと考えての事だが、それはつまり……ナミに着せる気満々だと遅れて気付けば少しばかり顔が熱を持つ。
……どんだけ、俺はナミに溺れてんだかな。情けねェ。
顔の熱を冷ますのには丁度良過ぎる冷たい空気の中、水平線を見詰めるナミを見付けて俺は足を止める。ナミが何をしたいのか分からなかったから。
海など見慣れている筈だ。この海域は特に寒いと言うのに、何をしたいのか分からない。
視線を動かすこと無く、ナミは昇る朝日を見つめていた。そんな中で白い息を吐き出しながら、ナミが呟く。
「あけましておめでとう。今年も1年、平和でありますように」
「ナミ」
初日の出に願いを込めるのは、そういう宗教があった筈だが恐らくそれとは関係ないのだろう。確かにそんなモノとは関係なく、年初めのこの時間は祈りを捧げたくなるのも不思議では無い。
俺の声に驚き、振り向いた形で硬直したと思った直後、喜びと悲しみを綯い交ぜにしたような顔で俺を見て、駆け出してくる。それをその場で待機しつつ受け止めれば、微かに震える声が鼓膜を揺らす。
「寒かった……」
「こんなに冷えれば寒いだろうさ。ほら、これを羽織りな」
寒いのは本当に身体なのか……?
そんな事を脳裏の隅で考えながら、俺はナミにそっと予定通りに綿の入った上着を羽織らせて、その身体を折らないように気を付けつつ抱き締める。震え続ける身体で、ありがとうと笑うそれは本当に嬉しそうで、俺はこの無垢な生き物には永遠に勝てない事を痛感させられちまう。
その内に震えが落ち着いたと思えば、何故か俺に作った笑みを向けて来るナミに、まだまだ何もわかっちゃいねェらしいと気付く。どうせ心配かけたくないとか、そんな妙な事を考えてんだろうな。
そう分かるからこそ強制的に部屋へと連れ帰るが、何故かナミはそれを拒もうとはしない。素直に部屋まで着いてきて、そこで何が可笑しいのか突然笑うのでつい首を傾げた。
すると俺を見たナミがそっと唇を動かす。それにより音も無く紡がれたのは短い単語だ。
イタズラに〝ナイショ〟と紡いだそれを受けて、そんな悪い子には〝お仕置き〟だと俺も笑う。そうして精一杯の優しさで抱き締めれば、楽しそうに笑うナミに翳りの色は既に無い。
震えも落ち着いていて、ついでだからと擽ってみた俺に笑いながら微かな抵抗をしてみせる様子は年相応だろう。勿論、そんな抵抗では逃がしてやるつもり等皆無だが。
「もう、寒くないか」
「うん、ありがとう」
そう言いつつ破顔したナミに、変わらない日常の有難味を痛感して俺の身体は小さく震えた。情けない顔になってるような気がして、こんな時ばかり歳上の意地から顔を見せたくないと思っちまった俺は、ナミの身体をキツく抱き締める。
そんな俺にナミは、今日はのんびり過ごせるのよね?なんて言いながら全て受け入れてくれるから、それにただ頷く事しかできなかった。甘える俺と、甘やかすナミと言う構図は最近本当に増えた気がする。
1年の計は元旦にありと言うのならば、今年はずっとこんな関係が続くのだろうか。そんな事を思いながら、俺はナミと共に他愛無いじゃれ合いを楽しみつつ明日に備える事とした。
……翌朝、男達は羽織袴で、女達は振袖姿に身を包み、甲板に勢揃いしていた。何せ今日は百人一首大会が行われるのだ。
朝からトーナメント方式で戦い、まずは男女共に半数にする所から始まる。その後、男を更に半分にしてから、男女入り乱れての戦いとなるのだが、これに皆が闘志を燃やすのは景品に問題があるだろう。
準々決勝にて敗退した者には、夕飯のメニューを決める権利が与えられる。勿論1回だけだが、なかなか普段は口にできない物も指定できるので食いしん坊達には堪らない。
準決勝敗退となった者には、3日の有給休暇が与えられる。島についた時、運悪く見張りと決められてもこれを使えば遊びに行けるのだから、若いのには欲しくてたまらない権利だと言えるだろう。
そして準優勝した者には、親父を1日独占できる権利が与えられる。親父は半分冗談で決めたらしいが、これの威力は恐ろしい程に高い。
最後、優勝者には、親父との一泊二日の温泉旅行が許されるのだ。近くに親父の泊まれる温泉宿があるのだが、その宿はそれ程規模は大きくないので親父だけが行く予定だったものを親父からの「1人だと寂しいだろ。誰か着いてこい」と言う言葉により、それこそ血の雨が降りそうになった事が理由で優勝の景品とされたのである。
俺かナミが優勝すれば、三人でその権利を使用する予定でいるので、俺とナミもギラギラしているのは間違いない。……ナミは、親父が好きすぎだと思うけどな。
そうして女は戦う回数が1回少ないのもあり余裕な様子で過ごすナミを眺めながら、俺も目の前にある札を取っていく。俺が弾いた衝撃で壁に札が突き刺さるのは、まァ……当然の事だろう。
「せめて、1枚くらい取れよ……」
「む、無理です。既に手が見えませんでした!!」
「いや、見るべきは俺の手じゃなくて、札だろ?」
そんな事を言いながら、負けたー!とビスタに泣きつきに行く弟を見送れば、ビスタから大人気ないと視線で言われちまう。だが、誰にだって譲れない物はあるんだ。
……親父と、温泉、だぞ。ナミの喜ぶワードだけで構成されてるじゃねェか。
俺の休みの日に合わせてその権利を使って、俺の分は自腹にすれば三人で楽しめる。親父もナミがいれば顔が溶けてんだからちょうどいいだろう……と、勝利を確信しつつ次の戦いが始まるのを待つ。
そうして準々決勝まで順調に勝ち上がったが、そこに残っていたのはナミの他は全員隊長と言う鬼のような結果だ。つまり、誰も手抜きはせずに全力で来たという事になる。
安定のマルコ、知識人のビスタ、抜け目ないハルタ、意外と器用なジョズ、爪を隠してるサッチ、親父信者なフォッサ、そして予定通りの俺とナミ。この先は……楽な戦い等は出来ねェだろう。
因みにだが、エースは初戦敗退だ。札を燃やしやがったんでな。
「ナミー!!俺の為に夕飯の権利頼むー!!」
エースが騒げば、他からはサッチにその権利サッチ隊長だけはいらないでしょう!?とかってのも飛ぶ。何だかんだと、騒がしい。
そうして次のコマに進めたのは、マルコ、フォッサ、俺、ナミの四人。準決勝では、俺とマルコ、ナミとフォッサになるが……俺としては対戦相手を変えて欲しい。
意外とナミって、フォッサの事好きなんだよな。まさか、爺好みなのか?
「宜しくお願いします」
「手は抜かんぞ」
性格的には慈悲深い二人組だが、どちらも弱い訳では無い。つまり、この二人はある意味同族だろう。
俺とマルコはまァ、いつもの事か。どっちもまだガキと言える頃からの付き合いだからこそ、怖いものがある。
互いに手の内は知り尽くしている。明らかに同期と呼べる間柄なのはこんな時痛い。……それでも、負けてやる気は無いがね。
「マルコ、悪いがお前さんにはここで落ちてもらうぜ?」
「はっ!!親父との温泉を楽しみにしてるのは、俺も同じだ。負けてたまるかっ!!」
……そうだ、マルコが親父大好き人間の代表だった。そう思い知らされたのは残りの札が4枚になった時、取り札の数が揃っていたからに他ならない。
どちらも全力。僅かな隙さえ見せない戦いは、声援さえ消え失せる迫力である。
気の緩みが敗北を呼ぶ。互いに落ちる汗さえ気になりはしない程に、白熱した戦いがそこにはあった。
「かっ……た……っ!!」
「百人一首ってのが曲者だよぃ。イゾウが有利だろぃ」
「負け惜しみ言うなよ。俺も久々だったんだぜ?」
「……悔しいよぃ」
珍しく素直なマルコの肩を軽く叩いて慰めるが、恐らくナミが準優勝となればその権利はマルコに譲られるか交換する事だろう。休みの権利なんざ貰っても、マルコは使わないだろうし……親父を見つめて寂しそうにしてる長男をナミは見捨てられない筈だ。
俺としてはそれを咎める予定も無い。ナミには休みが必要だろうからね。
そうして迎えた最後の戦い。俺としてはどちらが勝っても良いと言えるナミとの戦いになったのだが、実際開始してしまえば負けたくは無いと思う。
ナミの札をとる時の動きの速さと、袖の動きを合わせれば間違いなく舞っているとさえ言えるようなもので、それに呑まれそうになる。だからと言って、自国の遊びで負けたんじゃ悔しいでは済まないだろう。
その為に俺とナミは引き分けを三回繰り返し、漸く俺が勝てたのは体力の差と言うしかないだろう。それでも、ナミがその場で崩れ落ちれば慌てて抱きとめたのは当然の事。
それに合わせて即座に駆け寄る兄弟達は、皆ナミを心配している様子で、だが……理由をつけては俺から引き離そうとするのだから頂けねェな。ナミは俺の恋人だと、認識して欲しいところさね。
そうして俺は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい女を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。