俺の愛しい恋人は、どうやらアマゾネスだったらしいと思い知った。ナース達に出てくるなと告げるその姿は恐ろしく気高く、男達に指示を飛ばす姿は雨に濡れて尚美しい。
思わず見惚れていれば、働いてくださいよォ~……なんて情けない声が聞こえて来た。その声を聞きながら、人間、上に立つと自堕落になるものなのかも知れないと最近気付かされ始めている。
俺も昔はこうやって泣き付いていた側だったのに、不思議なもんだ。そう思って笑う俺は、弟達から怯えたような視線を向けられちまってたけどな。
サイクロンもこれだけ連続すれば、通常ならば生き抜ける状況ではないだろう。水没で済めば御の字。
本来ならば難破して、海の藻屑となるのが当然と言える状態だ。それにも関わらず、誰一人不安にならないのはナミの存在が大きい。
サイクロンなんてのは、通常ひとつでも遭遇した時点で命懸けだ。それが連続で発生した上に、合体してコンボしてきやがった。
それをナミは、特別な事など何も無いと言わんばかりに乗り越えてみせる。仲間になってくれて良かった……そう、家族の誰もが思うような成果を叩き出しておきながら偉ぶる事も無い。
「尊いね……」
「エースを育てたと言うのが、わかる気がするな」
頭上から降ってくる優しい声。それに俺は視線さえ向けずに言葉を返す。
「……親父がエースを二番隊にって言い出すとは、正直思ってなかった」
「それを言うなら、イゾウがそれを受け入れるとは思わなかったぜ?その上、その姉貴を手篭めにするなんてなァ?」
「人聞きの悪い……。俺が、奪われたのさ。ナミの気高さと儚さに、魂がね」
正直な気持ちを告げたのに、鼻で笑った親父に付き合いきれるかと言われちまう。だが、俺の言葉を聞いてる暇も無いナミはサイクロンの連続コンボを超えてからも働き続けていて、そろそろ休ませるかねと動き出す。
強制的に休ませる為にマルコとサッチに視線を向ければ、マルコがその先は取り仕切ってくれてサッチがホット蜜柑飲まないかと誘い出す。それに対してサッチに弱いナミが逆らえる筈もなく、俺に縋るような視線を向けつつ歩き出すから、俺もそれに笑いながら続いた。
二人で並んで座り、俺は緑茶を飲み、ナミにはホットレモンの蜜柑バージョンが渡される。ハフハフとそれを飲むナミが可愛くて、つい眺めていれば時は自然と過ぎていく。
穏やかで優しい時間の中で、ナミが俺に視線を向けた。不思議そうに俺を見詰めるその表情が、少し幼い。
「イゾウ……何か、あった?」
「ん?」
「ずっと見てるから……」
「俺のお姫さんが可愛くて、視線が吸い寄せられてるだけさね」
「イゾウ……」
「ナミ……」
「アツクルシイワ!もう辞めてっ!!」
突然割って入ったのは、ナミの為にと蜜柑のパイを持って来たサッチだ。ガタイのいい男が、妙なシナを作るのを寧ろ辞めて欲しいと切に願う。
そうこうしてる内に入って来た情報は、食料とインク不足。それにより近くの島へ向かう事になれば、ナミはそれの手伝いに向かっちまった。
「俺のお姫さんが優秀過ぎて、ツラい」
「真面目だしな」
断れよとか、サボれよと思うのに……なんでも1人で抱えようとするのだから、俺のお姫さんにも困ったものである。ナミは、優しいを超えて頭に馬鹿がつくタイプのお人好しだ。
だが、そんなナミが可愛くて仕方ない時点で、俺も相当に愚か何だろうがね。それから暫くすると、島が見えて来たと言う声が響く。
それにつられるようにして甲板へと出れば、港を凝視するナミがいた。いつもなら島全体を見ているのだが……と、視線を辿れば笑っちまうのも当然だろう。
にゃんにゃんにゃんと鳴く可愛い猫は、俺のお姫さんがいれば充分だと思うが、どうやら仲間に会いたくて仕方ないらしい。だが、俺が声をかけるより早く1人で飛び出すその姿には焦らされる。
「買物に行くわ!!」
「買物なら、後で二人で出掛ければ良いだろう!!待て!こら!この、馬鹿猫っ!!」
「聞こえてないねぃ……」
「イゾウがナミを馬鹿猫って呼んだの初めて聞いた」
マルコとハルタの声ではたと正気に返る。それによりそっと息を吐き出して、ダメもとで確認してみた。
「俺も、初めて言ったよ。……ハルタ、護衛とか……つけられたりしないかい?」
「誰もあのナミには追い付けないよ。それに、今モビーは到着した所なんだよ?ムリムリ」
マルコとハルタの呆れたような視線に、そうだろうなと思う。これが他人事なら、俺もそんな顔をするだろう。
俺の愛しきお姫さんは、自分の価値を欠片も理解しておらず、過小評価する。航海士と測量士としての能力以外は、特筆すべき点のない凡人だと思っているようだが、とんでもない。
俺のお姫さんの価値は、身分や容姿よりも中身にこそある。泥中に咲く蓮のように、どんな環境でも凛と咲き誇る姿はなによりも美しい。
よく切れるナイフを手に入れても、見せびらかすでも振り回すでもなく、鞘付きのまま大事に胸元に抱き締めて仕舞うような女だからこそ、俺の手綱を握れる。結局の所、俺はナミの甘さを気に入っているのだ。
しかし、その後荷物だけが届けられ、ナミ本人が帰らなければ苛立ちと不安は最高潮に達する。そんな俺を見兼ねたのか、フォッサから探しに行けと言われる始末だ。
「親父達には、俺が報告しといてやる。……何かトラブルに巻き込まれた可能性もあるだろ」
「そうだな。……後は頼む」
「末の妹の事だ。任せておけ」
フォッサの言葉を受けて、俺は何とか笑みを浮かべる。そうしてナミの事を想うが、それは何処か苦々しい。
そろそろ、本気で、自分の価値を理解して欲しい。そう願った俺は、寧ろ正しい筈だ。
そう思いながらもフォッサに後を任せて飛び出した俺は、猫の溜まり場を島民に聞いて足を向ける。すると、先程珍しい毛並みの雌猫を雄猫達が追い回してたなんて聞かされた。
……いくら猫っぽいとはいえ、普通の雄猫には追い回されないだろう。ナミは人間だからな。
「綺麗な毛並みの可愛い猫ちゃんだったわ。飼い猫なのかもしれないわね。初めて見たから」
「その猫の近くに、人間の女は居なかったか?」
そう思うのに問い掛けちまうのは、ナミなら何が起きても不思議はないと知っているからだろう。これ迄にも、有り得ないような事がいくつも起きているからね。
「見てないわね。今は発情期でもないのに、猫達が明らかに発情してたから、見てたら声くらいかけるもの」
「猫の発情は危険なのかい?」
「物凄く、攻撃的になるのよ。雌猫が逃げるのも分かるわ。人間ならDVよ!!」
そんな話を聞いてから、俺は他にナミが行きそうなところは……と考えて、買物は済んだから荷物が届いたんだろうと思い至る。ならば酒場で情報収集しようとして、トラブルに巻き込まれた可能性が高いかと気付く。
そうなれば当然、酒場の多い辺りに足は向かう。有難い事に、この島の酒場はそれ程多くは無い。
「ナミっ!!怒らないから出ておいで!!」
「にゃー……」
幼子に呼びかけるかのように声を出したのは、ナミが勝手に飛び出した事で罪悪感とかで動けなくなってる事を考慮してのものだ。けれども応えたのは猫の声のみ。
本当に、この島は猫が多いな。っとに、俺のお姫さんを誘惑しないで貰いたい。
そう思った時、風に乗って届いたのはナミの香り。間違える筈も無い程に、慣れ親しんだ香りだ。
「どこだ?……近くにいるのはわかるんだが……」
「にゃー……」
「猫……?」
先程から鳴いてるなと視線を向ければ、成程確かに珍しい色合いで可愛い顔立ちだ。綺麗な毛並みで、飼われてるんだろうと思ったと言うのも理解できる。
何よりも、この猫……。なんと言うか……。
「似てるな。……おいで」
呼んでみた所で、来る訳がない。わかっていても、手を差し伸べたくなる位には、可愛い。
連れ帰ったら、ナミは喜ぶだろう。部屋の中で飼うなら問題無いだろうか。
元の飼主に話をつけないとな。……と、そんな事を思ってる間にもスリスリと甘えて来るその猫。
抱き上げても抵抗しないのは、流石に危険だぞと思った時、香りがナミだと気付く。瞳の色も、毛の色も、ナミと同じだ。
「あれ?ナミ?」
「にゃ!」
頷く猫に呆然としちまう。いや、何がどうなると、猫になるんだ。
まァ、猫っぽい所は多々あるけどな?
そして光の中で人の姿に戻ったナミは、自分の身体にある尻尾や耳を不思議そうに撫でる。それから俺に、にこにこしながら話しかけてくるから、事の重大さを理解してないんじゃないかと心から思う。
「わかってくれてありがとう。気付いて名前呼んで貰わないと戻れなかったみたいなのよ」
「……そうか」
耳と尻尾から、視線を外せなくなる。元々猫も弱い所だから、寝所へ連れ込んだ時が楽しみだね。
可愛く鳴いておくれだね?
「この耳とかも暫くあるみたいだから、その間この島に停泊して貰える?安全の為に」
「……わかった」
それは危険だ。俺以外の誰にも、ナミのこの可愛い姿は見せたくない。
……有休はどの程度残っていただろうか。ナミは隔離として、俺もその護衛として部屋に籠るしか無いね。
ん?
反論も異論も受付やしないさね。俺の女を、どうして他人に見せなきゃならねェんだか。
「ありがとう!」
笑う様子に、ナミもどうやら閉じ込めて欲しかったらしいと理解する。二人きりで、楽しい時を過ごさせてやらないとな。
そう思った時、そっと俺の手を握り微笑むナミの姿に、思わず頭を撫でちまう。それに対して気持ちよさそうに瞳を閉じるから、寧ろその先に進めなくなる。
「イゾウ……」
「ん?」
「このまま、島を散策したいな」
「お望みの……ダメだね。少し待ちな」
この姿を見せたくなくて、フード付きのローブを購入してナミに被せる。部屋に戻るまでは絶対に外させはしないよ。
「これ、は?」
「可愛いナミが誘拐されないようにね。勿論……この手は離さないが、用心に越した事はないからな」
「イゾウは私の事を甘やかしすぎよ」
「恋人を甘やかして、何が悪いのか分からないね」
むぅっと膨れたナミに笑いながら返せば、ナミはその瞳を大きく見開き、少し考え始める。そうして導き出された言葉は可愛いもの。
「まぁ、今日は猫の日だから、猫になってる私は甘やかされても許されるかしらね?」
「……猫の日、か」
ならば堂々とナミを甘やかせるかね。大義名分が与えられたのだから。
ナミが海図を描くと言う名目で部屋に閉じ込めたとしても、誰も不審に思わないようにちゃんと測量だけはさせてから連れ帰ろう。だが、その後は部屋から出してやるつもり等ない。
今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?