風がナミの髪を揺らす。カリコリ、カリカリと文字を書き綴るナミは、それに気付いた様子は無いけれど、見ている側としては心配になるような状況だ。
とりあえずサッチと相談して用意したホットミルクと蜜柑を机の端に置いて、仕事を片付ける為に部屋を後にした。そうしなければ、最近熱った顔をする事の多いナミが心配で何も手に付かなくなるのが自分でわかってるからだ。
仕事が片付いて部屋に戻れば、机に潰れるようにして眠っているナミがいた。そっと抱き上げて寝台へと運べば、離れようとした俺の袖を掴み離さなくなっちまう。
「寝てる時は、素直に甘えてくれんのにな」
そんな事を言いつつも、甘えて貰えるならそれだけで十分なのだから俺も素直じゃない。仕方ないと言い訳して、そっと自分も寝台に入り込むと蜜柑の妖精を思わせるナミを抱き締めた。
そのまま俺も眠っちまったのは、ある意味不可抗力だろう。安眠効果のあるナミを、ただ抱き締めていたら眠るのは自然の摂理。
その結果、休みを申請する事を忘れちまったが……まァ良いだろう。文字通り休日にしちまった所で、ナミの場合は部屋で仕事してると思われるだけだ。
バレなきゃいいんだよ、そんなもん。そう思いながら眠っていれば、腕の中でモゾモゾと甘えるように擦り寄るナミに心まで癒されちまう。
結局俺が目覚めたのは明け方になってからで、それもナミの声によるもの。どうやら飛び起きたらしいその様子に、自然と笑みが溢れた。
「うそ!?もう夕方!?」
「朝焼けだ。……眠れたみたいで安心した」
俺の言葉を受けて、慌てて視線を動かしたナミは分かりやすく挙動不審だ。それからふっと笑って朝の挨拶をして来るから、俺もそれに応えた。
「おはよ」
「……ああ、おはよう」
俺の挨拶を受けて、ナミは即座に考え込む。それから突然顔色を変えて首を横に振るから、何か変な事を考えたらしいと分かる。
こうして見ているだけでも飽きないな。まァ……惚れてる相手ってのは何割か増しで可愛く見えるもんだが、ナミの場合は元が誰もが認める美少女であり、このスタイルだ。
中身は単なるお人好しなんだが……。だからこそ、守ってやりたくなる。
「そう言えば、朝ごはんって……」
「食わないって選択肢は無いからな」
上目遣いに尋ねてくるナミは可愛いが、それを許可する訳にはいかない。その理由として、今朝の分を食べなければ四日食事してない事になるのだと伝えれば、笑って誤魔化そうとするのだから困ってしまう。
そんなナミを伴い食事に向かえば、サッチはナミだけ特別メニューにしてやがる。まァ、その気持ちは分かるけどな。
これで少しでも邪な想いがその根底にあるなら鉛玉を贈ってやる所だが……違うのも理解しているので今の所何かをするつもりは無い。そんな俺の思考を遮るように、ナミが声を掛けてきた。
「イゾウ、今日はどうするの?」
「俺もナミも休みだから、逢い引きでもするかね」
「休みの申請……「ナミが寝てる間にしておいたよ」」
そっかぁー……等と言って微笑み、俺の嘘を真実と思い疑わないナミは、寝てる間にと言う言葉に反応してか恥ずかしそうに頬を染める。そんなナミに和装させるか、それともドレスでも着せるかと悩んでいたらナミは俺の手を掴んで立ち上がった。
「は、早く行きましょう」
「早く二人になりたいとは……積極的だな」
クスクスと笑いながらそれに従い、歩き出す。休みの申請なんぞしてねェが、俺が目配せしたのでマルコが休みの申請をしてくれてる筈だ。事後報告でも、報告は報告であり、後からでも申請すれば嘘ではなくなる。
現状が嘘でも、困る事は無いだろう。俺は有事の際しか役立たないのだから、余計にな。
普段の装いのままに連れ出したが、ある意味正解だっただろう。何も特別な事は無い状況下でさえ、衆目を集めるナミの美貌は既に凶器。
「美しいってのは、難儀だな」
「……確かに、美人よね」
そう真剣な顔で言って納得した様子で俺を見るナミに、違ェと思いつつもこれでは互いを褒め合うバカップルになると気付いて会話を打ち切る。その材料にと硝子細工を扱う店を示せば、ナミはその瞳を輝かせた。
やはりナミも光り物は好きらしい。硝子で作られた花の連なる簪を見付けて、これならばどちらの髪色でも映えそうだと気付く。
俺とナミは髪の色が違い過ぎるので、揃いで身に付けられる物はそう多くはないが、硝子ならば話も違って来る。本来季節感を大切にするものだが、硝子は透明感の関係で夏仕様として扱われやすい。
それなのに模してる花は桜などが多いのだから、既にその辺は気にしなくとも使えるだろう。材質の事を考えると、揺れる方が良いと判断して藤のそれを手に取る。
もしくは鈴蘭か。他の候補は、枝垂れ桜になるだろう。
いくつかの品を吟味して、花言葉を思い出したのは当然の事。そうなれば選ぶ物は自ずと狭まる。
「……紫の藤が良さそうだね」
「え?」
「花言葉を知ってるか?」
俺が無意識で音にしていた言葉を受けて、ナミが首を傾げる。だから問い掛けたが、ナミは俺が手を伸ばしていた先にある藤の簪を見て小首を傾げた。
他にも商品は並んでるが、紫なのはそう多くない。それも理由で間違えるとは思えないが……。
「藤は確か〝優しさ〟〝歓迎〟〝決して離れない〟〝恋に酔う〟よね」
「それに加えて、紫だけ〝君の愛に酔う〟がある。……俺とナミに似合いだと思わないかい?」
俺の言葉にナミは頬を染めて、溺れてるかも……なんて言うから、その額に軽く口付けてからそれを手に取る。花言葉に怖いものがあると勘違いしている人もいるらしいが、少なくとも藤にはない。
ただ、藤はその名が〝フジ〟である為に〝不治の病〟に通じるとしてお見舞いには向かない物ではあるが、逆を言えば元気な人には〝不死〟の意味があり、長寿を願うアイテムともなるのだ。つまりはタイミングさえ間違わなければ、縁起物となる。
すぐにその身を犠牲にしようとするナミには、是非とも持っていて欲しいところだ。これは別段、贅沢な願いでは無いだろう。
買った簪をナミにつけてやれば、ナミが俺にも付けてくれようとする。それによりその場で膝をついて任せれば、ナミは優しい声を響かせた。
「不死の意味があるから、私を遺して逝かないでくれる気がして……つけててくれたら嬉しいわ」
「……可愛い事を言ってくれる」
このまま宿に連れ込みたくなる位には、可愛い発言だ。近場に良い所は無いかと視線を動かした時、ナミが少し寂しそうに瞳を揺らした。
「ねぇ、イゾウ。お願いがあるの」
「ん?」
膿んだ傷口にナイフを突き立てられているかのような顔で、ナミは言葉を口にする。それは、ナミが身近で死を見続けて来たが故だろう。
「イゾウが〝もう死ぬ〟って思ったら……私を先に殺して」
「ナミ……」
何と答えてやればいいのか。何がこの場合正解なのだろう。
そう思って言い淀んだ俺にナミは表情を変えて、クスクスと笑った。その悪戯な笑顔が少しばかり悲しげに見えたのは、俺の願望だろうか?
「今日は嘘を言っても許される日なのよ。だから、そんなに真剣にならないで」
どちらが嘘なのか。それを今、問い詰めるのは無粋だろう。
どんな嘘でも、もしもナミが望むなら、それは現実にしてやりたい。俺は嘘偽りなく、どんなナミでも愛していると断言出来るのだから。
だからそうさね、どちらが本音かわかったその時は……それを現実にしてやろう。俺もナミを遺して逝くのは……心配でしかないのだから。