歌声が聞こえて目を覚ますと、ナミが何かを作りながら歌っているのが見える。それはあの日酒場で初めて聞いたナミの歌声と似ていて、その声が紡ぐ歌詞を聞き、哀しみに沈む男の歌かと気付く。
それ程に大切ならば何故命懸けで守らなかったのか。自分では守れない病等で亡くしたとするならば、致し方ないのやも知れんが……。
妙に苛立つのは、ナミを喪う事を連想させる歌だからか。ナミは優しい歌を人前で歌う事が多いが、こうして突然歌う時は悲しみの色の濃いものを歌う事が多い。
人前で悲しみの色の濃いものを歌うのは、客寄せの為だと前に話していたが……。歌がいつの間にやら終わっていて、気付けばナミが表へ出て行くところだと分かる。
そっと後をつければ、甲板にてただ、立って月を眺めている姿がある。月に照らされるナミはまるで、月に愛されているようにも見えて、我知らず歯軋りをしていた事に気付く。
……月に悋気を起こしてどうなると言うのか。嘆かわしい限りだな。
自嘲しつつナミの隣に立てば、ナミは俺に気付き驚きを顕にする。その無防備さが愛しいと言ったら、恐らくは笑うのだろうが。
「……ワインじゃないけど、月見酒なんて如何?」
俺を認めるのと同時に発せられたそれに頷くと、どちらとも無く甲板に腰を下ろして月を見上げる。手にしていた作られたものは月見団子だと説明するナミが、甘い物が嫌いでなければどうぞと言って差し出して来た。
ここで甘い物は寧ろ好きな方だと言えれば良いのやも知れぬが、何故か言えなかった。言えば事ある毎に、ナミは用意してくれるのだろうに。
それを摘めば成程、安定の美味しさだ。ナミは本当に万能で、戦えないと本人は嘆くが充分に戦える女だと思える。
本来所属していたであろうロロノア達の元にいれば、恐らくは麦藁の小僧と対となれる強さを誇っているだろう。足りないのは筋力と体力だが……東の海で考えるのならば、それは充分すぎる能力だろう。
前半の海辺りならば、充分1人で生き抜ける強さを持っている。それであるにも関わらず、自覚を持たないのは見据えている先が遠すぎるのやも知れんが。
……俺と、並ぼうとするから遠いのだと何故気付かないのか。大人しく守られていれば良いものを。
「ミホーク、はい」
差し出されたお猪口を無意識で受け取ると、ナミは当然のように酒を注ぐ。酒に月が映れば成程、風流ではあると小さく笑う。
「月を手に入れられる、貴重な手段よね」
そんなふうにナミは囁くように言葉を落とすが、はて、誰を想って居るのか。遠い眼差しは誰を見ているのか。
「ねぇミホーク……今夜の月は、綺麗ね」
そう言ったナミの声は微かに震えていて、その言葉の持つもう1つの意味を知らないのかと問い掛けたくなる程だ。……誰を想っている。
赤髪か、その腹心か。初めてのあの日も、助けを求めたからには想う相手はそのどちらかなのだろうか。
「忘れたいのか?」
「……そうね、忘れられるなら」
恋し過ぎて忘れられないと、その横顔は言う。相手は誰なのか。
胸が焼け付くような痛みを感じつつも、それを誤魔化すように酒を喉に流し込む。それでも、焼け付くような痛みは依然として消えぬ。
「それ程に、想うか」
俺の問い掛けにナミは驚いたような顔をしてから、困ったようにはにかむ。その顔が、何故か泣きそうにも思えてしまう。
「……私の事、いつも鈍いって言うけど……ミホークも充分鈍いわ」
「何を……」
「ミホークの隣で見る月は、泣きたくなる程に美しいわ。この想い、忘れられたならば、どれ程楽になれるかしら?」
続いた言葉に俺はただ胸が熱くなるのを感じる。まさか、己に妬いていたとは……な。
俺を見上げるナミを抱きしめると、ナミは妖艶に微笑んだ。月よりも更に美しき者を腕に抱いて、月見も何もあったものでは無い。
「今宵の月は美しかろうが……今の俺には、見る価値も無い」
今見ていたいのは、月よりも光り輝くナミだけだ。その想いを込めて唇を落とせば、ナミは嬉しそうにそれを受け入れた。
今宵は寝かせてやれそうもない。団子よりも甘い果実に、俺の方が溺れてしまいそうだ。
「月が綺麗ね、ミホーク」
「あァ……綺麗だ」
そう言葉を伝え合い、その後は言葉等という無粋なものは不要となる。互いの熱を伝え合うのに、言葉等邪魔なだけだ。