それに気付いたのは本当に偶然だった。送られて来た手紙に微かなインクの滲みを見付けて、それだけならば多少濡れる事もあるだろうで済ませられるような物だった筈だ。
しかし、気になってしまえば細かい所も気になり始めるもので、少し唸りつつ、手紙を太陽に透かして見たりしていたらベックに何してるんだと呆れたような声を出されてしまった。
「なんか、ナミからの手紙が気になってな」
「……それなら4年前の滲みで気にしておけよ。あれは明らかに血痕だったってのに」
「……は?どの手紙だよ、それ」
「血痕のついた手紙なら全て保管してある。見るか?」
そう言って取り出されたのは8年前の物が1番多く、次いで7年前の物。そして4年前、その他に血痕は無いが、震える文字で書かれているのは半年程前の物だ。
震える文字には、断っても諦めてくれない求婚者がいて困ってるのよと書かれていて、その〝苛立ち〟からだろうと無視していたが、こうして並べてみると明らかに何かがおかしい。そうだ、考えてみれば感情を表に出す事を苦手としているふしのあったナミが、文字の震えている手紙を出す事自体がおかしい。
他の手紙より〝マシ〟な物や、何とかでも〝読める物〟が書けた事でそれを送ってきたのだとしたら納得出来る。だとするならば『今日も蜜柑は元気に育っています。流石に手紙に蜜柑つけられないから、食べてもらえないのが残念』とか書かれているのは嘘である可能性も高いか。
「……ベック、ナミについて調べてくれないか」
「ある程度既に情報は纏めてある」
「……なんで、教えなかったんだ」
「ナミが四皇になると言ってくれていたからな。四皇となり、色々安定するまではあんたに聞かれるまでは、答えないと決めていただけだ」
あんなに可愛がっていた癖に、良くもまァそんな事が言える。その言葉が真実ならば、心底俺が聞くのをずっと、待ち続けていたんだろうに。
深い溜息をついて、ベックの肩を軽く叩く。それだけでベックも今ナミに何が起きているのかについて、
恐らくは海賊の奴隷となっている事、拷問等を受けているだろう事。そして……あの性格のナミが死を選んでいない事から、何かまたは誰かを〝守る〟為に犠牲になっているだろう事を話してくれた。
それを分かっていたと言うのならば、恐らくは……。ベックこそ、助けに飛び出したかっただろうと分かる。
ベックは恋愛感情ではないとしても、明らかにナミを溺愛しているのだから。どれ程の葛藤と衝動を抑え込んで来たのかと思えば、震えそうになる拳を抑えるくらい出来なくてどうするのか。
ナミが頑なに教えなかった実家についても、手紙に書かれている気候の島で、東の海にある事を考慮して、蜜柑栽培が盛んな地域となれば限られるとベックは言う。その中で〝海難事故〟が多い地域は1つ。
コノミ諸島近海。ベックがそれをしめせば、誰が言うでもなく、ナミと関わった事のある者達が1斉に動き出す。
正確な情報では無いが、あの時の言葉を思い出してみても可能性は高過ぎる。1方的な蹂躙を受けなくて済む代わりに、ナミだけが犠牲になっている可能性は……恐ろしく高い。
アレは超がつく程のマザコンでシスコンだった。母親と姉を愛し過ぎて溺れている勢いだった事を思えば、その2人の為ならば、なんでも従っているのでは無いかと思えてしまう。
諸島の中にある小さな村を見付けて立ち寄ると、アーロンパークと呼ばれる物が2つ程奥の島にあるらしいと知る。そして、そこにいるのはアーロンと言う名の魚人と、それに付き従う大勢の魚人。
幹部は4人、内1人は唯一の人間で女なのだそうだ。オレンジ色の長い髪のその女幹部は、身内も村人もどうでも良く、大切なのは金だけだと冷たく笑う魔女のような女であると言う。
それならばその女だけでも攻撃してみてはどうかと言えば、それをやる位ならば、他の魚人に玉砕覚悟で挑む方がマシだと言う。他の魚人のいない所では、ただの儚い美少女である事から、何か訳があるのではないかと考えている者も少なくないらしい。
その上で、その女幹部に何かあるとアーロンが非道の限りを、残虐の限りを尽くすのだと言う。明らかにそのアーロンと女幹部は良い仲に見える上に、アーロンはその女幹部をいたく可愛がっているのだと言うから思考が纏まらなくなる。
それも、人間を殺す事や苦しめる事を楽しむ魚人達が、その女幹部がいる時だけは、その攻撃性を少し落とすのだと言うから訳が分からなくなるのも当然だろう。これ迄に集まった情報にある特徴だけ聞けば、その女幹部がナミだろうと思う。
だが……大切な姫のような立場にあるように見えると言うならば、何故拷問された形跡のある手紙が届いたのか。……考えられるとするならば、恋人のように見えると言うそれがあの半年程前に届いた手紙にあった、文字が乱れていた原因だと仮定できる……。
ならば共に居る事も含め、合意では無いのだろう。冷たいようだが、どちらも海賊だ。
望んで仲間になっているのだとするならば、女幹部を船長が好きに扱う事等珍しくも無い。だが、もしも……人質を取られて望まぬ地位につけられ、それを強要されているとするならば。
姫のように見えるのが、ナミへの片想いの結果だとするならばどうだ。……寧ろ、そう言われれば納得出来る。
あのマザコンとシスコンの混合体が服着て歩いてるような女が、家族をどうでもいいと扱わねばならない程に、常に弱さを隠すしかない状態にあるとしたら……?
何気無く手にしていた小石が手の中で砂に変わった。それを乱暴に捨て去り、アーロンパークとやらのある島へと船を進める事にしたのは、必然だ。
到着した島には見覚えのある建物があり、その建物を見ただけで人間への憎悪の深さと憧れの強さが垣間見える程だ。ベックを含む情報収集に長けた者と共に船を降りて話を聞きに行けば、村の中にナミから聞いた特徴と合致する男と少女を見付けて息を呑む。
まさか、大当たりか……?
思わずその2人に近付いて、声を掛ける。声を震わせないようにだけ、気を付けながら空気を震わせた。
「ノジコとゲンさん、だったりするか?俺の名はシャンクス。ナミの昔馴染みだ。話を、聞かせてくれ」
「……ナミを、助けに来たのか……?」
恐らくはゲンさんだろう男が声を震わせ、ノジコと思われる少女が深呼吸してから俺を真っ直ぐに見据えた。その動作が、些細な仕草がナミと重なる。
血の繋がりは無いと聞いていたが、それでも家族とは似るものなのか。気の強そうなその瞳が、本当に良く似ている。
「私がノジコで間違いないわ。ナミから、聞いてる名前にアンタの名前があった。そう、貴方が……」
そう言って、薄く笑った少女は、どこから話したら良いのかしらと困ったように言った。それにより、ベックが簡潔に現状のナミの状態だけでいいと言えば、わかったと言って微笑んだ。
「10歳の時からナミは1人で、この村の人達の命を10億ベリーで買い取る為に、アーロン1味の幹部と言う肩書きの奴隷にされてるわ」
凪いだ海を思わせる、静かな声だと思えた。それ程に感情を抑えて紡がれる言葉。
「10億ベリー耳を揃えて用意したら、この村と住民だけは解放するという約束の為に、アーロン達のどんな命令にも従っている筈よ。何も、詳細は話してくれないけど、この村の人達に憎まれてると、思い込んでいても……ナミは私達を守ろうとする事を、辞めないのよ」
「ナミちゃん……」
ノジコの言葉に反応して、他の村人達が泣き出す。この、東の海で10歳の子供が10億を用意しろと言われる絶望を思えば、そうなるのも分かる。
今ナミの手紙に書いてあった事が正しいなら18歳の筈だ。8年で10億を貯められると思う方が、おかしいだろう。
……ならば、後何年だ。どれだけの期間、ナミはそれを続けるつもりなんだ。
「シャンクス……今までありがとう。これで少なくても1方的な蹂躙は受けなくて済む。大切な人達を守れる」
突然、あの日のそんなナミの言葉が耳元で聞こえた気がした。儚くも美しく、幸せそうに微笑んだ8歳の少女。
その少女が感情を爆発させ、血を吐くように思いを吐露した時の涙と慟哭が今、正に目の前にある。その姿を見れば、現状村人は奴隷となっている訳では無いのかも知れない。
だがそれが、村人達から見ても愛しくも幼い1人の少女を犠牲にして成り立っているのだ。そうでなくて、どうして見捨ててくれと願い、涙を流せるというのか。
見捨てられれば、彼等に命は無いだろう。それを分からないような愚かさは、見受けられない。
「馬鹿、言わないでよ。私は家族見殺しにしてまで、叶えたい願いなんか無いのよ!」
愛する家族。その家族の為ならば夢なんていらないのだと、高らかに言い切った幼い子供。
「……島が、海賊に占領されて、全員が奴隷にされる。その中で私だけが、能力の高さに目を付けられる事で、行動を共にする事になる。その占拠される時、母が私と姉を庇って……殺される。母を殺した奴らに忠誠を誓い、協力する事で、村の人達と姉は、殺されないですむ」
あの時の言葉が正しいならば、ナミの母親は死んだのだろうか。思わずそれを問い掛けた俺に、歩けなくなったけど生きていると、ナミが1人で魚人に立ち向かい、助けたのだと言われる。
それにより、思い出す。別れ際のナミの言葉達。
「私は、理不尽に母を殺させるつもりも無ければ、皆を奴隷にするつもりもない!刺し違えてでも、守ると決めているのよ!……母を喪い、妹が囚われ、1人で残される姉の気持ちを考えたら、そんな未来は選べない。母だってまだまだこれからなのよ!血の繋がらない子供の為に、簡単に命を落として良いような人じゃないの!」
刺し違えてでも……。そうだ、あの日確かに頑固で融通の利かないナミが、そう口にしたのだ。
こんな事ならば、手放さなければ良かった。泣かれても、暴れられても、閉じ込めてでも傍に残しておくべきだった。
「シャンクス、大好きよ。ありがとう」
そう考えた瞬間に思い出すのは、年齢に見合わない大人びた対応ばかりしていたナミの、幼い笑顔と信頼の篭った言葉。閉じ込めれば確実に壊れて、失われたであろうその姿。
「師匠に勝てるようになりたいわ。……そうしたら、きっとこの海でなら、何も失わなくて済むもの」
切なそうに、けれども何処か諦めたように微笑みながらそんな言葉を口にしていた。あの日に閉じ込めていたら、あの切なそうな諦めたような眼差ししか見せてはくれなくなっていたのだろうか。
もしくは……表情も感情も、なくしてしまっていたかもしれない。狂っていた危険性だってあるのはわかっているのだ……それ程に、家族や村人を愛している事は知っているのだから。
……わかっている。本当はあの日手放さない選択肢は無く、ただ、せめてその10歳のその日に……助けに来てやれていればと……。
変えられる筈もない過去を思い、己への不甲斐なさに絶望しそうになる。それから1言、行くぞと声を掛けて歩き出す。
過去は変えられないが、これ以上ナミを苦しめるつもりは無い。今度こそ、連れて行く。
脳裏にチラつく優しい笑顔と、穏やかな声、そして……その暖かな温もりを取り戻す為に歩き出す。もう、手放すつもりは無い。
少し歩けば宴をしているであろう魚達が見える。それらに声を掛ける事も何もせずに、必要量の数倍切り刻みながら歩き続ける。
どこにいる、ナミ。
その瞬間、視線を感じて視線を上げれば見覚えのある長い髪が見えた。窓の所で驚いたような顔で俺を見るのは、記憶にある幼い姿ではないが……。
……随分と、成長したものだな。いい女になった。
だが……何故、頼らなかった。何故、助けを求めなかったんだ。
あの日何かあれば言えと、俺は確かに伝えた筈だ。……そんなにも、俺を信用出来なかったというのか。
視線が絡まるのを感じた直後、ナミはその場に崩れ落ちた。それを見て、少しばかり怒りを強くぶつけ過ぎたと気付いたが、あの様子ならば動けないだろうとも思う。
建物に入り、迷う事無くナミの居る筈の部屋へと向かう。恐らくは腰を抜かしているだろうからと、逃げられる前にと部屋に入ったが、既に姿は見えない。
明らかに腰が抜けていたと言うのに、相変わらず1筋縄じゃ行かねェな。それでも、逃げ回れる程には動けないだろう。
「確かに目が合った。ナミはこの部屋にいる」
自然と声が低くなる。着いてきていた何人かが、他の部屋へと向かって行った。
そんな中でベックだけは呑気に、部屋にある紙を見ている。それから感嘆の声を出した。
「……ナミは、腕を上げたな。だからこそ、なんだろうが」
ベックにそこまで言わせるとはと俺も1枚手に取り、体が震える程の衝撃を受ける。これを……描いたのか。
何枚も、いや、この部屋にある全てを、8年かけて……描き続けたのか。仇としか呼べない相手の元で、誰にも頼る事さえ出来ずに。
昔から、6歳の頃から海図や地図を描くのが恐ろしく上手いと思ってはいたが、これは既に常人の描く物とは次元が違う。宝玉としての活動も考えれば、世界政府が狙うのも嫌という程に理解出来る。
海図をそっと元の位置に戻して、隣室に繋がるだろうドアを開けようとしたが、鍵がかかっている。……成程、ここに逃げ込んだか。
隣室へのドアを切り裂き開ければそこに広がっていたのは、使い込まれた拷問道具。浅黒い跡はナミの血痕か……?
自然と震えそうになる声と体を押さえ込み、最大限に平静を装う。そして、言葉を口にする。
「……ここで、ナミは生活を強いられていた訳か。……探せ。近くにいる筈だ」
ベック以外の全員が弾かれたように飛び出していく。覇気を僅かに含んでいる事は、それを抑えられていない事は、自分が1番よくわかっている。
「シャンクス、逃げられた理由に心当たりはあるか」
「……1つ、ある」
ベックの問いかけに、俺は素直に答えた。それだけで少しばかり心が落ち着くのが分かる。
同じような思いを抱いているだろう相棒がいる事が、こんな時には支えになる。
「……怒りを容赦なくぶつけた」
「は……?」
珍しくベックの気の抜けた声が聞こえて、俺は吹き出しそうなるのを抑える。ここで吹き出せば恐らくは、相当怒られるだろう。
「ナミが手紙で俺に嘘ついてた事がな」
「……まァ、巧妙に隠されてたな。真実混ぜてくる辺りが狡猾だ」
「だろう!?なんで、手紙出せるのに助けを求め無かったんだ。俺が信用出来ないのかと考えたら……な」
多少言葉にしながら落ち込んじまうのは、許して欲しい。……ナミ、お前あの状態で何処に消えたんだよ。
「なら、本人に聞いてみろ」
無理言うなよとは言えないので、呆れを滲ませて別な言葉を返す。
「その為に今探させて……」
だが、その言葉は途中で止まる。ベッドを持ち上げ吹き飛ばしたベックを見ていたが、そこの下から現れたのは紛れも無くナミで。
ベックがナミと何か話しているが、それよりもその姿に息を呑む。絶対美女になるから、強くならないと穴だらけになると宣いていたのを思い出させられる。
見事なプロポーションと、それに見合わぬ幼い顔立ち、それでいて何処か愁いを帯びた瞳。露出の多い服装で、長いスカートには深過ぎるスリットが入っていて、それによりミニスカートよりも色気を孕んで見える。
見惚れていた事を隠す為にベックに文句を言ってみても、見透かすように笑ったベックに簡単にいなされちまう。それからまた少しベックと2人で会話してから、ナミが俺に視線を向けて来る。
叱られるのを待つ子供のような表情で、けれどもその姿は既に子供では有り得ない。そのアンバランスさが……危うい色香と化す。
「嘘ついて、ごめんなさい。……巻き込みたく無かったのよ。四皇と呼ばれる程になったのに、こんな小さな事で、煩わせたくなかったの。私1人で、どうにか出来そうだったし……」
「……8年、奴隷になっているのが、どうにかなりそうな範囲か?」
それまで抑え込んでいたものが、ナミの言葉で再燃する。自然と低くなる声に、ナミが怯えたような眼差しを向けて来るのが分かるのに、言葉を止められねェ。
「10億ベリーは、この東の海で……子供が簡単に稼げる額なのか!!」
俺の声に反応して、周りがビリビリと揺れたのがわかる。ナミは、その身をこれ以上無い程に小さくしている。
「……どうやって、稼ぐつもりだった!後いくらだった?」
「今日、全額貯まったのよ……。アーロンが約束を反故にしなければ、村だけは助けられる予定だったの」
だが、返って来たのは予想だにしない言葉で、幻聴かと思って少し気が抜ける。それ程に現実感の無い言葉だ。
「……10億ベリーだぞ?」
「えぇ、貯めたの。海賊専門の泥棒として、財宝を盗んだりした。カジノにも出入りしたし、スリもしたわ。危ない事は多かったけど……それでも、貯められたの」
その返しに脱力しかけた俺とは逆に、ベックが低く怒りを滲ませた声を出す。……ほらな、ベックもナミが可愛くて仕方ないんだ。
「……体も、売ったか」
しかし、ベックの言葉とそのナミ反応から、俺は次第に冷静さを失いそうになる。そうだ、年齢を理由に逃げていただけで、認めなかっただけで、昔からナミは俺の愛しい女でしか無かったんだと、思い知らされる。
床をずって逃げようとするナミの腕を掴み、そのまま引き上げ抱き締める。恐ろしく細いその腰に、その腕に、震える体に……感情が掻き乱される。
こんな体であの村人達全員の命を抱えて、この東の海でそれだけの大金を稼いだと言うのか。怒りとも悲しみともつかない感情が俺を包み、怯えた様子を見せるナミに劣情を刺激される。
髪に触れると、昔と変わらない艶やかなそれに少しばかり時が戻った気がした。昔より随分と身長は近付いたが、それでも変わらな……この、匂いは……。
「鷹の目に、抱かれたな」
思わず呟いた言葉にナミが反応する。それにより、俺は言葉を重ねる。
「……他にも居るだろうが、鷹の目は最近だな。ナミに麝香の移り香が残っている」
「この世は広いのよ。ミホークさんだなんて証拠は何処にも」
「しっかり反応して、何言ってる。それにな……鷹の目の麝香は特別製で、同じ香りは存在しない」
蜜柑の香りでも誤魔化せない程に、髪から漂うアイツの匂い。服からだけならば、アイツの事だ、勝手に持ち物にでも忍ばせたんだろうと思えたが、髪からするのは論外だ。
だが、アイツなら酷い事はしなかっただろう。……恐らく、きっと……たぶん。
「……合意だったんだろうな。金で解決したんなら」
「……ナミの性格を考えれば、客達が無理矢理抑え込んだんだろ。初めて会った時、辱めを受けるくらいなら死ぬと言っていたんだ。守る者があって死ねなかった。結果金が残されたと考えるべきだ」
ベックの言葉に希望は打ち砕かれる。……今度会ったらタダじゃおかねェぞ、鷹の目。
「……シャンクス、あの、ね。……助けてくれて、ありがとう。多分、お金渡しても本当は無駄だっただろうって、分かってたのよ。だけど……信じたかったの」
慌てたように笑いながら、砂糖菓子に蜂蜜でもかけたような事を言い出すナミに、俺は泣きたくなるのをこらえるしか出来なくなる。
「どうしてナミはそう、お人好しの馬鹿なんだ。頭は悪くねェのに」
どうしてこんな状況に、これだけの期間おかれて、そのお人好しが治らねェんだよ!荒む事無く、穏やかな気性を保ってんだよ!
多くの感情を抑える代わりに、ナミの唇を奪う。それにわかりやすく反応するナミの体は、明らかに開発された後だ。
……染め直してやる。俺の色に。
縋るようにシャツを握ってくるナミに、理性を切れさせないようにだけ注意しながらその味を楽しむ。微かにもれる甘い声に、これ以上は不味いかと唇を離せば既にナミの体から力が抜けきっているのがわかった。
何せ俺のやったクリマタクトが床に転がったのだから。そして、あの日からずっと使い続けていたのだと分かれば、嬉しさと愛しさが他の感情を上回り、俺の中を駆け巡る。
「もう、傍から離さねェ。こんな思いは、もう……沢山だ」
情けなくも掠れる己の声に、泣きたいような気持ちにさせられる。それから俺は暫くの間ナミを抱き締めて離せなかった。
これから先の長い海賊人生が終わるその日まで、2度とナミを手放しはしないと決めて、漸くこの手に取り戻せた温もりを堪能するように強く抱き締めていた。それを拒む事なく受け入れていたナミが、まさか俺の想いに欠片も気付いていなかったと知るのは、もう少し先の話だ。