朝目覚めると、腕の中で安心しきった様子で眠る愛しい体温がある。この温もりを取り戻せて、本当に良かったと思う。
沢山の傷を負い、それでも甘いこの性格は直らなかったのだから、天性のもので最早修正は叶わないだろう。まァ……それでも、構わねェさ。
それなら汚い事も、非道な事も、必要ならば俺達がやればいい。元々俺達は、望んでこの世界に生きているのだから。
半覚醒になったナミが俺の体温を求めて擦り寄るのを、本当に愛しく思う。寒い時だけは、素直に甘えてくれるんだよなァ。
少し布団の隙間に冷気を入れてやれば、イヤイヤと俺にしがみつく。その愛らしさは筆舌に尽くし難い。
もう駄目だと、理性を総動員させてなお抑えきれなかった激情をナミの唇を奪う事で耐える。恐らく1度でも手を出せば、その後は毎日のように貪るだろうと自分でわかっては居るんだ。
だから耐える。傷付けない為に、壊さない為に。
「ふっ……ぁ……シャンク、ス……」
「なんだってナミは、こんなにもすべてが甘いんだろうな?」
このまま貪りたい。余す所なく愛してやりたいが……まだナミは俺をそういう意味で受け入れてねェよなと思う。
俺の言葉に真っ赤になって、ナミは布団の中に潜る。亀が甲羅の中に身を隠すような勢いだが、普通に考えて猫がタオルケットに籠城してるのと変わりない。
それでも、いや、だからこそ手は出せないんだがな。……惚れた弱味ってのは、これだろうか。
そんな時ノックの音が聞こえて顔を上げれば、それと同時に開かれるドア。それから俺を見て、丸く膨らんでるそれを見て、溜息を落とす相棒。
「……今日も寒がりな猫は布団の中か。お頭、甘やかすな」
「俺が悪戯したから、拗ねてんのさ」
普段ならとっくに起きて活動してるから、気温を元に簡単過ぎる推察をして迎えに来たのだろう。何だかんだと言いつつ、結局ベックはナミに甘い。
「……次にその言い訳したら、冬島の海域で1緒に寝る事を今後は、断固阻止するからそのつもりでいろよ」
「ベック!?」
だと言うのに、俺には厳しい。ナミは寒い時しか素直に甘えてくれないというのに、なんと言う非道!!
そう思って名を呼べば、嫌そうにその顔を歪めた。どうやらこの男、本気で言ってたらしい。
素直に酷ェ。俺が、船長なのに……。
「……何をしたのかは、だいたい想像がつく。後で少しナミには俺からも話をしておく」
「お手柔らかに頼む」
鬼かと思った直後、膨らみを見て優しく笑ったベックが妥協案を出してくるから、俺はそれに苦笑しつつ返す。結局、俺の気持ちの前にナミがどう判断するか見極めて、その結果ナミの幸福に繋がる道を選択するつもりなのだろう。
そういう奴だよな。これでナミが他の男を選べば、生命をかける覚悟でも無けりゃナミに触れる事をベックは許さないだろう。
その時、モゾモゾと頭を出したナミをベックが撫でる。明らかに甘えてる顔をするナミに、そういう顔は俺に向けろと文句を言ったが、まだ半覚醒なナミには届いていないらしい。
そんな時ルーが朝食だと呼びに来たから、どうせ後でナミだけ別で食べるのだからと置いて行く。飯もまともに食えなくされた怒りは、今も俺の中で根深い。
「お頭、顔が怖いぞ。そんな顔してて、ナミに嫌われても知らねェぞー」
揶揄うようなそれに、俺はおっとしまったなんぞと笑い、表情を緩める。そんな俺にルーは、肉を齧りながら笑うばかりだ。
「まァ……俺が誰を殺しても、ナミは結局俺を嫌えねェさ」
「家族でもか?」
「あァ……嫌えなくて、憎めなくて、そんな自分を許せなくて……壊れるだけだ」
どれ程残酷に、残虐に痛め付けてから殺そうともそれは変わらないだろう。ナミは1度懐に入れた奴の全てを受け入れる。
つまりは、逆が起きても同じ事だ。まァ……あの家族が俺に何がする事は考えられねェし、俺もまた手を出すつもりはねェけどな。
「……だからお頭のストッパーになれんのか。やり過ぎた時、壊れるのはナミって事で」
「そういう事だな。それに……」
「ん?」
「ナミは基本的には俺に逆らわねェから、余程大切な相手の他は、俺が拷問しても、犯しても、殺しても……文句のひとつも言わねェよ」
俺の言葉にルーは低く笑う。その顔こそ、ナミに見られたく無いだろうに。
「ナミは、大切な人の全てを受け入れちまうからな。……基本的に甘いくせに〝俺のする事なら〟何でも容認してくれるってなりゃ……お頭位の海賊には手放せ無くもなる……か」
「そういうこった」
いつもは昼行灯してても、ルーはこれで案外海賊らしい海賊だ。ナミには激甘だが、その分ナミに何かあった時、厄介なのはルーだろう。
海賊らしい己を見せたくなくて、ルーはナミの前ではのほほんとしてる。だが……恐らくナミは全て知っているだろう。
知った上でナミはルーを慕っているのだ。だからこそ、ルーは〝ルウ〟ではなく〝ルー〟なのだろうが。
「これだから、手放せねェんだよなァ……」
「ん?……この肉はやんないぞ。ナミが作ってくれたんだ」
「何だと!?狡い!!俺はナミの手料理殆ど食った事ねェのに!!」
「……役得?」
「うがァ!!」
そんなこんなで大騒ぎしながら食い始めた朝食に、そっと肉が追加されたのはナミが作ったと言う物だろう。……マジで美味い。
「これ、何で出来てんだ?」
「『肉によっては1cm幅に切ってから、ニンニク、生姜、醤油、蜂蜜、レモンの輪切りを合わせた物に1晩漬け込む。そして焼く前に油が伸びたフライパンでニンニクと玉葱を炒めて香りを出してから酢、醤油、唐辛子を加えて混ぜてソースを作る。ソースを取り分けてから肉を焼いて、火が通ったら作ったソースをかける。』……って言ってたぞ」
「待て、配分は?」
「……さァ?はかってんのかも知らねェ」
料理に慣れてなきゃ作れないだろうレシピに、少し笑っちまう。ナミはどうしてコレで、料理は得意じゃないとか言い張るんだか。
「婆ちゃんの料理かよ。……それも本にすんのか?」
「おー、不味くないか確認しないと、本にできないからって作ったんだし、するんじゃねェか?」
「……本には、色々載ってるよな?そうなると、いつも試作品が作られたりしてるのか?」
「おう!その試作品は、大抵俺達が貰ってる」
「狡ィ!!」
たまにハズレもあるぞ?なんてルーは言うが、たまにハズレなら、基本は美味いんだろうが!!
酷い、俺には作ってくれないのに。今度縋り付いてみるかな。
そんな事を考えつつ過ごしていたら、ベックが顔を出して言う。それは、もう少しだけ待てと言うもの。
そんな事を言いつつ、ベックは何か珍しいもん食ってる。何だそれ。
「ナミは精神が恋愛面だけガキだった。混乱して泣かせる事になりかねねェから、もう少し待て。気持ちが追いつけば、受け入れるだろ」
「……え?」
「恋愛面だけ、壊死してる……と言えばいいか?」
その言葉と表情で、生きる為にそれを捨てた可能性に気付く。他が発達し過ぎた弊害とも言えるだろうが、どうしたってあの魚人共が大きな要因でもあるだろう。
始末しに行くか……と半ば本気で考えた時、髪を弄りながら顔を見せたナミに空気が和らぐ。ナミでも食えそうな軽い朝食を与えて、ルーはご機嫌だ。
「ベックは何食ってんだよ?」
「ナミから感想を頼まれてた試作品だ」
「待て!狡ィだろそれ!!」
「試作品だから、味の保証しないわよ?」
俺が騒ぐとナミは小首を傾げる。ベックはその間に、試作品とやらを俺に1口も寄越さないままに完食しやがった。
「俺にも手料理作れよ!!」
「シャンクスには、美味しいってわかってるのを……」
「おお、作ってく「作ってもらうようにお願いしとくわね」」
「違ァう!!ナミの手料理がいいんだよ!!」
騒ぐ俺にナミは不思議そうに、プロの作った物の方が美味しいのに……とか呟いてて、本気で何も伝わらない事にうちひしがれる。それでも、騒げばその内何か対応するのも知ってるので、騒ぎ続けるつもりだ。
そうして食後に少しの時間を置いてから、いつものように修行をつけてやれば、人と言うより猫のようなその動きに頬が緩む。なかなか居ないその動きに、こちらまでいい稽古になってると気付かされたからと言うのも大きい。
舞うように剣をふるい、風に揺れる植物のようにとらえどころの無い動きで攻撃を躱す。流れる水を掴もうとしても、上手くいかないのと似ている気がしてしまう程だ。
そうしてその日の夜は宴の気分だと言って陸で宴を開始するが、何故か俺達から離れようとするナミを見付けて、そうはさせるかと捕まえる。そんなナミを追い掛けて、離れようとしていたベックも同時に捕らえてしまえば、文句なんて無いだろう。
俺は1度手にした〝宝〟をどんな理由があれど、手放すつもりはねェ。大切な存在を守る為に夜叉になるのが甘さなら、俺もナミと負けず劣らず甘い事になるだろう。
俺の〝仲間〟は俺の〝宝〟だ。手放さなければ壊れるからと手放したら、壊れなかったが傷付いちまった大切な宝を、今度は傷を癒して大切に守りたいと思って何がおかしいというのか。
そんな事を思いながらナミに問い掛ける。どれ位呑めるのか知っておくのも必要と判断したからだが、それにナミはクスクスと笑う。
「ナミ、酒呑めるよな?」
「誰に聞いてんのよ。潰して欲しいの?」
「上等だ!!飲み比べするぞ!!」
俺の言葉に小首を傾げたナミは、挑発してると恐らく気付いていない。当然の事であるかのように、平然と言い放つ。
「……え?本気で?酒が底つくわよ。私だけで」
「……いい根性だ。よし、酒だ酒!持って来い!!」
酒の種類を問わないのか、出された瓶を当然のように空けていく。同じ酒の瓶を二本ずつ差し出されて、それを同時に呑み続ければ、これは確かに酒が底をつきそうだと思う。
……流石に他の誰も酒を呑めなくなるのは不味いかとペースを落とせば、ナミもそれに合わせるからいい子だよなと思う。少しはヤンチャしても……駄目だ。
普通なら可愛い程度のヤンチャだろうが、ナミの場合ヤンチャは核爆弾だ。何をしでかすか、わかったもんじゃねェ!!
想像した為に目眩がしてきたら、ナミが心配そうに支えてくれる。鼻腔を擽る蜜柑の香りに、飢えてる俺の心が喰っちまえよと囁くが……できるんだったらとっくにやってるってんだよ。
泣かせたくない。これ以上、傷付けたくないんだ。
だからこそ、酔ったフリして倒れればナミは俺の腕の中で困った様な笑みを浮かべる。甘やかすように俺を撫でて、ついでに脈とかをみてるナミに、お前は船医かと内心で突っ込む。
そんな俺に気付いていながら、ベックはナミにだけ毛布を与えて俺はナミを毛布がわりにして眠る事になった。安心した様子で擦り寄る柔らかなそれに、起きそうになる息子を自覚した時、ベックが笑ったのに気付く。
「狸が狼に変わる前に寝ちまえ」
「……?うん、わかった」
絶対わかってない感じで頷いたナミは、俺に向かってお休みと囁くと瞼に軽くキスをして、警戒心の欠片も無いままに眠りに落ちる。寝息が聞こえ始めてから眼を開ければ、ベックが唇だけで満足かと問うので、とりあえず頷いておいた。
「干からびそうだがな」
「ご愁傷さま……とでも言っといてやるよ」
音にして会話しても変わらず眠っているナミに、本当にいつまで俺は〝兄〟の皮を被っていられるだろうかと内心で唸る。絶大なる信頼を向けられて、嬉しい半面苦しくもなるのだから欲深いよな。
そのまま安眠効果の高い兎を落とさないように気を付けつつ眠れば、翌朝待っていたのは酷い頭痛と吐気だ。二日酔いか……。
そんな時にナミが怯えた様子で目を覚ましたので、どうしたのかと問い掛けながらその頭を撫でる。直後、近付く気配に臨戦態勢へと入った俺は、ナミを毛布ですっぽりと覆い隠した。
そうして現れた予想通りの人物は、俺とナミの関わりを知らないのか、悪びれた様子さえ見せない。知っていても、変わらない気もするが……知らないと思っていた方が心が平穏だ。
「……戦闘の意思はない。確認したき事と、伝言があってきた」
「なんだ、それは……?」
「未来への希望とは、コレか?」
問い掛けた俺に見せられたのは、手配書とは思えない明るい笑顔のその姿。ガキの頃から、なんにも変わってないそれに笑みがこぼれる。
その時ナミが震えを大きくして、それを誤魔化す為か離れようとするから、気にするなと、甘えていろとの言葉の代わりに腕に力を込めれば、ナミは逃げようとしなくなった。1人で耐えようとする癖を、直して欲しいもんだ。
手配書を受け取り、鷹の目に意識を向けていればナミの震えも次第に収まってきた。どうやら、俺がいれば大丈夫だと判断されたらしい。
さて、残るは伝言とヤラか。誰からの物だとこいつが伝書鳩の代わりを務めるのかと、少しばかり剣呑な心持ちで鷹の目を見据えて、俺は嗤った。
鷹の目は俺の腕の中に居るナミの正体を気にしつつ、ナミからの伝言を伝える。そんな鷹の目に、俺の理性はぶち切れそうになるのだが、それはまた、次の話になるだろう。
何せ、ナミが硬直して動かなくなっちまったからな。この先に待っているそれを予想していたのは、恐らくベックだけだろう。