先日から海軍への報告義務を全うする為に嫌々ながらも人のいる島にいたが……耐えきれなくなり今朝早くに船を出した。それに対してナミは可笑しそうに笑い、何やら中で食事やら菓子やらを作り、飾り付けまで楽しそうにしている。
先日から行っていた執筆作品の中にあったイベントに乗っ取ったものだろうと当たりを付ける。ならば人の居ない島で少しゆっくりと過ごすのも……そこまで考えて、そう言えば近場にナミが好きそうな現象の起きる島があったな、と思い出す。
「ミホーク?」
中でやる事を終えたのか、ナミがひょっこりと顔を覗かせたので向かうべき島を示せば笑顔で頷かれた。愛らしいその顔に、1瞬言葉を見失う。
俺を翻弄出来る希少な生き物は、ただ俺の為だけに船を動かす。その先に待つ島で何が起きるのかも知らずに。
その信頼が嬉しく、その素直さが眩しい。今宵はナミを喜ばせてやりたいと思えればこそ、俺は珍しくも早く島に着く事を願っていた。
島に到着するとナミは俺を呼び、間違いがないかを確認して来るので頷く事で応えればホッとしたような顔で笑う。それからペンと紙を手に、当然のように船を降りようとするその腕を掴み止める。
「何処へ行く」
「新しい島だから、測量したくて……ダメだった?」
雪の積もった島に、春島の衣服で降りようとする阿呆に溜息を落として、予備のマントを羽織らせるとお揃いねなんて笑う。……この島に来た目的を忘れて、食いつきそうになったその笑顔は、俺には猛毒である気がした。
それから俺が先に降りて、手を差し出せば笑顔で手を取る華奢なそれに、砕かぬようにと力の込め方に憂慮する。船を降りてから辺りを見ているその顔は、無邪気な子供ではなく既に玄人の雰囲気で、これでは目的地に着くのは夜かと小さく笑う。
雪は既に降り止んで居るようだが、つもりに積もったその雪のおかげでナミは随分と歩きにくそうにしている。仕方なくその体を抱き上げれば、恥ずかしそうに顔を赤らめるのだから不思議なものだ。
他に人がいる訳でも無し。夜にはもっと激しい事もしていると言うのに、何故この初心さを失わぬのか。
「幾度も抱いたと思っていたが……この程度で赤くなるとは初心なものだな」
「な……慣れない、のよ。その、ミホークとの経験が、私の肉体経験としては、全てみたいなものだし……。こんな、子供じゃ、迷惑?」
「寧ろ子供であれば、手塩にかけて育てるだけで済んだのだが……今は、主を他の誰にも見せる事さえ嫌だと思っている」
「ミホーク……。期待ばかりさせて、酷い人。落されて、1人では立つ事も出来なくなりそうだわ」
名を呼んで、俺の体に抱き着いてきたナミ。続いた言葉に落とす筈が無かろうと笑いながら運ぶ。
こうしていても、俺の手が塞がっている事を気にしていて、更にはしっかりと測量もしているのだ。だからこそ、ナミから理性を奪うのはなかなかに難しいと痛感する。
目的地迄の道は雪深く、けれども人の居ないこういった場所では己より強いと分かるものに、野生動物は近付かぬ。故に安全なのだと言う事をナミは知らぬようで、時折不安げに俺を見てくる。
「ミホーク、重くない?」
「主が重いと言う男に、男たる資格は無い」
阿呆な事を言うなと視線で言えば、小さく最近太った気がするのよなんて言い出す。……太ったのではなく、胸が成長したのだと気付け。
全て原因は俺だろうがな。そう思えば笑えて来て、そっと赤くなっているその鼻に口付けを落とせば、顔の全てを赤くしていじけたような視線を向けて来る。
「どうした?」
「どうせなら……唇が、いいわ」
……そうか、この場で抱いて欲しいか。そう言いかけて辞める。
恐らくこれでも精一杯の言葉なのであろうし、何よりも、このような所ではナミが病になるだろう。ナミはそういった意味で脆弱だ。
希望に添ってやろうと唇を合わせれば、ナミが小さく声をもらす。俺のマントを握り、小さく体を震わせるナミに、少し濃厚なそれを贈り暫し堪能する。
どちらのものとも分からぬ銀糸が、唇を離した時に見えればナミはぽやんとした顔で俺を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。そして、自ら俺のマントの中に潜り込み俺の体に強く抱き着いてきた。
恐らく恥ずかしくなったのだろう。俺のマントの中で、俺の胸に顔を擦り付けて甘えるそれは、明らかに小動物のそれだ。
愛し温もりを抱いて先へ進み、目的地に到着した時声をかける。それにより腕から降ろせば、その温もりが離れる事が何処か物寂しく思えてしまう。
胸にはナミの温もりと共に、その香りが残されている。残されているが故に、寂しく思えるのだろうか。
いつものナミの匂いである蜜柑の香りと同時に、恐らくは俺の為に用意していたであろう甘い菓子の匂いがする。ケーキもあるのかと、その匂いで分かれば甘やかされているのは俺の方かと自嘲の1つもしたくなるというもの。
「ここは……?」
目の前の光景に驚きそれ以降声を失っているナミは、巨大な輝く木を見上げている。それでも崖の上から見下ろしているので、随分と見やすい筈だろうとは思うが。
「クリスマス、ツリー?」
「主の書いた物に出て来た、輝く木と似ているのがあったと思い出した故に連れてきたが……どうだ?」
「……ありがとう、ミホーク。想像も、して無かったわ。だって……クリスマスツリーなんて、普通なら」
「……主の作品にしか無い物なのであろうな。だが、似たような物は偉大なる航路には点在している。それ故に、そう言った現象を元に書いていると思っていたのだが……違ったのだな」
俺の言葉にナミは何も答えずに、ただ、静かに涙を落とした。2度と帰れぬ故郷を想うかのような顔で、静かに木を見つめるその瞳に、だが……もう初めて歌っている姿を見た時とは違い、彼岸は宿っていない。
どれ程の時をそうしていたのか、ナミは涙を拭うと手荷物を突然漁り始めその勢いのままにくるりと俺に向き直った。そして紙に包まれた何かを差し出して来る。
それを無言で受け取り、そっと開けて見れば中から毛糸で作られた衣服が出て来て、そう言えば時折何かを作っていたのを見掛けたと思い出す。あれは、俺の為に作っていたのか。
「主は……本当に可愛い事をする」
「この顔が可愛いのは、知ってるけど、行動としては同居人なら普通だと思うわよ?」
「主は全てが愛らしい」
「……っ!それは、私にはいつも、ミホークが……その、何時でもかっこよく見えるのと、同じ……だったら、嬉しいけど、ね」
そう言って背を向けたナミの耳まで赤いのを見れば、これは俺をどうしたいのかと考えさせられる。それにしてもそうか、俺はナミにはかっこよく見えるのか。
悪い気はせぬなと笑いながら、ナミが首から掛けているカモメを呼ぶ為の笛と共にしておけるような、小さなナイフを手渡す。それを笛と共にしておけと言えば、素直に取付けるナミ。
素直な様子に、その柄の中に勝手に作ったナミのビブルカードを仕込んであるとは言えそうもない。喪いたくないが故に、勝手に用意したそれをナミは寒さからか、震える指先で撫でている。
「プレゼント、用意してくれてたのね」
「……主が喜ぶかと思ってな」
実際は貰ったタイミングだから渡しただけだ。この俺が安心する為のお守代わりのナイフは、渡すタイミングを測っていたため常に持っていた物。
それでも、イベントの為に用意してくれたのかと喜ぶ姿を見れば、そんな真実は口には出せぬ。ナミは素直に喜び、俺に微笑むから。
そして、ありがとうと言うから……俺が先に貰ったのだから気にするなと言って、笑い返す。その時ふと触れたナミの体が冷たかったのを言い訳として、胸から離れて寂しくなっていたそれを取り戻そうと抱き寄せる。
「体が冷えては、良くなかろう。こうして、眺めていれば良い」
言い訳をいくら重ねたところで、俺がナミを離したくないだけなのは、恐らく変えようのない真実。だがナミはそれに対して嬉しそうに微笑むから、それもまた正解なのであろうと、俺は静かに笑った。
光り輝く星々も、煌めく木々も、ナミを前にすればその輝きなど無に等しい。全てが引き立て役に変えられてしまうと言うのに、変えている筈のナミが喜び笑う。
Merry Christmas……主と2人で居られるならば、いつどんな時であろうとも、聖なる日だと思わされる。愛する温もりは、常にこの腕の中に隠して誰にも見せずにおきたいと願いつつ、そっとマントの中に仕舞い込む。