蜜柑の花を象ったピアスと、雫を逆向きにしたようなピアスを左右バラバラで身に付けるようになったのは、最近だ。たかだかピアスだが、それ迄していなかった物をするようになると周りが勝手に騒ぎ出す。
俺の方は分かっちゃいたが……同じ物を身に付けているナミも注目される可能性が高いな。ベックに相談してみるかと思いながら、俺は甲板に置かれたサマーベッドで寝に入る。
すぐ近くで紅茶を飲みながら優雅に読書をしているナミは、けれどもその本が何処で手に入れたのか問い質したくなるような内容の物である為、ベックから早く読み終わらせて貸してくれと言われているのを知っている。つまりは現状この船には、ベックが2人居るようなものだ。
俺が完全に眠ったと思ったのか、パラソルを俺の近くに立ててくれたナミに、優しいなと思う。それから少しするとナミが再びそっと近付いてきて、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「愛してるわ」
起きている時はこの髭男とかそんな悪態ついて顔を赤く染めるのにと思えば、俺が寝ていればこんなにも優しいのかと新たな発見だ。とは言え、常日頃から甘いのは間違いないんだがな。
そっと額に触れるナミの唇。いつも俺から攻めて、俺が戸惑うと導くような感じだから何だか新鮮だ。
まァ、俺が戸惑うのはやり過ぎて傷付けないかが不安だからなんだけどな。小柄なナミだからこそ、壊しはしないか、触れても大丈夫なのかと……不安になる。
だと言うのに、ナミは大丈夫だからと微笑み、俺を受け入れる。受け入れ、受け止め、寧ろ抱かれているのは俺かも知れないと思わされる程に優しく甘く包んでくれるから、それに溺れて行く。
そのまま俺に抱き着いてきたナミは、甘えるように擦り寄るとお休みなんて呟くから、それを強く抱き締める。誰にもお前の眠は妨げさせねェから、俺の傍にずっといろよとの言葉の代わりに。
眠るナミを眺めつつベックが当然のように紫煙を空気に散らして、声を掛けてきた。視線が俺じゃなくナミに向けられている辺りが、既に兄馬鹿レベルが限界超えて、何処かに突き抜けてる事を周り中に教えている。
「お頭、オレンジデーって聞いたか?」
「いや、知らねェ。何だそれ」
「ナミが捨てた紙の束に入っていてな。誤字がある訳でも、インクの滲みがある訳でもねェから何だろうと思って読んだんだが、中々に可愛いイベントだぞ」
そう言いながらナミが捨てた筈のそれを差し出してくるのだから、怖い男だよなと思う。ベックは時々ナミを、天界から落ちてきたんじゃねェかななんて言うんだが、それ普通天使とか言わねェか?
俺がそう言うとお使いなんかナミがやるかと言われて、抜けてる所があるから誰か庇って落ちて来たって所だろなんて笑うのだ。だからこそ、守ってやらないとまた、更に堕ちて行きそうだよなとその瞳を揺らす。
ベックがどんな想いを抱いているかは正直分からねェが、ベックはナミの味方で有り続けるだろう。そう分かるから、ナミを連れて動く事に不安はない。
俺1人ならいつかその白い羽根を失わせそうな気がしても、仲間がいて、ベックが居るなら全てから守れるだろうと思える。愛しいナミに、オレンジデーには何をしてやろうかと考えながら抱く腕に少し力を込めて、眠りを妨げない程度にその耳にそっとキスを贈った。
それから数日後、俺はナミと共に買物に出て居る。ナミは俺の存在を忘れているのか、リボンや布を見て居たかと思うと食器を睨み付けたりと様々だ。
いつもは紙とインクとペン先位しか見ようとしないのに、珍しいと思った直後にナミが手にする物が全てオレンジ色だと気付く。そうなればそれがオレンジデーの為だと分かるので、1緒に見てやるかと思う。
誰か特定の相手用には思えないそれにより、全員分お揃いでとか考えてるんだろうなと苦笑しちまう。まァ、幹部は別だろうが。
「銃を入れとくケース、革製品でオレンジ色の物があったな」
「ホント!?何処に!?」
「そこの棚」
示してやるとありがとうと笑って見に行くナミに、やっぱりかと思う。そして纏めてそれを購入したナミが、届けてもらう前に焼いて欲しい物があると紙に何かを描いているのを見て、本当に可愛い奴だと思う。
ベリーを支払い、他の所に意識を向け始めたのを確認してから店主に焼くものってなんだろうかと確認したら、赤髪のマークで……。だから野郎共を無意味に甘やかすなってと少し思う。
それから煙草ケースと眼鏡ケース、他にも幾つかの物をやはり革製品のこの店で買っているのを眺める。それにも当然のように赤髪のマークを焼いて貰う予定のようで、ナミの選ぶ姿は可愛いけど、俺の分はどうするんだろうなと考えながら眺めていた。
だが残念ながら答えは見えない。そして、俺の物として何を買ったのか分からないままに店を出ると、ナミが付き合わせてごめんねと言いながら酒場に俺を連れ込む。
「マスター、この人に何か摘めそうなものと麦酒を「ラム酒にしてくれ。それと、果物の盛合せを頼む」」
「シャンクス……」
「俺としては、1応デートのつもりなんでな。麦酒なんていつもの宴と変わらねェモンじゃなく、せめてこの辺にしとけ」
「……だって、シャンクスの趣味わかんないんだもの」
そう言ってふいっと顔を背けたナミに、少し笑う。変わらねェものと、変わるものがあって……その中でナミのこの仕草は変わらねェものの1つだろうと思う。
少しいじけた時、照れた時、そっと顔を背けるそれが可愛いと言ったら恥ずかしがって俯くだろうか。俯かれると、その顔が髪で見えなくなるからそれはやめて欲しいんだけどな。
「ナミ、愛してる」
「な……にを、突然」
「いつも想ってるから、ついな」
「シャンクスのばーか!」
甘えたようにそんな言葉を口にして、ナミは少し赤い顔で笑顔を見せてくれる。それなら、馬鹿でいいかも知れねェな。
そんな他愛ないデートの日から数日後。オレンジデー当日になると、ナミは全員に用意していた銃ホルダーを配り簡単にオレンジデーの説明をする。
受け取って喜んだ後で、何もお返しがねェと気付き騒ぐ野郎共に、ナミは用意させない為に黙ってたのよなんて言う。それにブーイングの嵐が起きるが、ナミは少しはにかんだ笑顔だけで男達を1瞬にして黙らせてしまった。
静かになったその時を狙ったかのように、ナミは優しい声音を響かせる。……仲間を攻撃したくねェから、惑わせてくれるなよとその様子に無言で頭をかく。
「いつも、大切にして貰ってるから……充分なのよ。受け取って」
そんなナミの言葉に泣き出すむさ苦しい男達を眺めていたら、そんな事を言ったナミはルー達の方へ移動してそれぞれに何かを渡していた。眼鏡ケースはルーの物だったらしいと眺めながら、俺にはなんだろうなと少し期待している事が自分で分かって、苦笑する。
「ナミ、俺のは?」
「……内緒!」
「まさか無いのか!?」
「あるから、黙って。部屋に、置いてあるから後でね」
その言葉に勝手に貰おうと部屋に向かえば背後からナミの悲鳴が追いかけて来たが無視する。くれないなら勝手に貰ってやる。
「待てー!シャンクス、駄目だったら!」
部屋に入れば机の上に置かれた小さな箱。それを手にするとナミが息を切らせて走ってきて、返せー!とか言うのを無視して開ける。
身長差考えろよ。届く筈ねェからな?
ぴょんぴょんと飛び跳ねるそれを仕方ねェなと抱き締める事で押さえて、そのまま唇を重ねれば甘い声をもらしながらもその眼は小箱に向けられている。……余裕そうだな。
手加減はいらねェらしいと判断して深く貪ればナミから闘志が消えて、縋るようなそれに変わる。あえかな声を響かせながら、体から力が抜けて行くのを確認して、少し気分が良くなるのを自覚した。
「んっ……シャン、クス……」
「……俺のモノだろ」
小箱もそうだが、何よりナミが俺のものだ。疑問に思う必要もねェくらいにな。
「それは……そう、だけど……」
「俺のモノなら、好きにしていいよな」
「狡い……」
「あァ、そんな狡い俺を……ナミが〝愛して〟いる事も知ってる。大人しくしてろ」
言いながらその背を指でなぞればビクビクと体を震わせて俺にしがみつくので、その耳に軽く噛み付いてやる。それにピクっと反応したナミは、耳元のピアスがシャラリと音を立てる中で小さく、虐めないで……なんて煽ってくるんだから堪らねェよな。
特別だと言わんばかりに解放してやれば、肩で息をしながらナミが潤んだ瞳を向けて来るので、小箱の中身を確認してから喰ってやるから待ってろと内心で呟く。箱を開けて見れば中からは、革で包まれている懐中時計が出て来た。
懐中時計を守る為の革には表面には、俺のマークが入っている。裏側には、見慣れたナミの肩にあるマークが入っているが、その意味は……。
時計を送る事の意味を、ナミが知らないとは思えず、唇は勝手に笑みを形作る。男である俺から贈るならば〝同じ時を歩みたい〟となるが、女であるナミからの場合は〝貴方の時間を独占したい〟だ。
ならば、独占させてやるよ。俺の全ては、お前のものだ、ナミ。
Happy orange day……2人の視線は、唇は、体は、自然と絡み合い離れる事を拒むように互いの熱を伝え合う。触れた所から想いが伝われば良いと、祈るように願いながら。
男が女の為にと用意していた贈物を渡しそびれていたと気付くのは、数日後になるのだが、それはまた別なお話。