甲板で新聞を読んでいたらニュースクーが飛んで来た。つまり号外かと思ったが、どうやらそうではなくナミに用事があるらしいと気付く。何だろうかと様子を見にいけば、ニュースクーから何かを受取り楽しそうにしているナミがいた。
可愛く笑うナミに見惚れていたが、その瞳が泣いている事に気付けばどうしたのかと思う。泣くなら、俺の胸で泣けよと思うのは、心が狭いんだろうか。
甘やかされてるのはいつも俺の方で、だが、甘やかして、大切にしたいと心から願っているのだ。
傷付いて、苦しんで、なのにそれを犠牲だとは認めない強さ。だが……疲弊してない筈はないと言うのに、周りを甘やかして幸せそうに微笑むんだから、それを守りたいと願う事の何がおかしいだろうか。
その時風に乗り花弁が舞い込むのを見たが、その直後にナミが泣く代わりとでも言うように歌い出したのを聞いて肩から力が抜ける。そうやっていつも、感情を解き放っていたのかと気が付いちまったから。
歌が終わると同時に俺の存在に気づき、慌てた様子で振り向くそれに小さく笑う。そして、手を広げてやれば半泣きで飛び付いてくるその小さな身体。
その温もりが異様に愛しい。まだプロポーズさえ出来てねェんだなとそんな事をふと思い出して、それを誤魔化すように言葉を口にする。
「どうした?誰かに虐められたのか?」
「私を虐めるのは、この世でシャンクスだけよ」
「俺は虐めた記憶なんてねェぞ。ただ、いつも、愛しているだけだ」
俺の言葉にバカバカと小さく罵り、けれどもその頭を預けてくる甘ったれモードなナミが本当に珍しい。こりゃ、自分から話したくなるのを待つしかねェかな。
そう思った時、ナミは無理して笑う。それにより、こいつは全くと思わされたのは不可抗力だろう。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
言葉を漸く口にしたと思ったらそれか。だが確かに……時期が悪いな。
白髭の残党達が、ティーチ……黒髭と戦うのが分かりきっているこの時期に……。だがそれに俺が参戦するのは、お門違いだ。
それでも、ナミの悲しむ顔は見たくねェよなァ……。俺はもう、手遅れでしたってのは、嫌なんだよ。
だからといって、俺の身勝手でクルーや傘下を巻き込めねェ。どれ程ナミが大切で愛しくても、俺の言葉1つで消え行く命の数を考えれば、簡単にそれを実行する気にはなれねェよ。
そう考えつつナミの頭を撫でると、驚いたような顔をして俺を見上げる無垢な瞳。なら、仕方ねェな。
「いいぜ、花見をやろう」
「……え、でも、難しい、でしょ」
「これから起きる事は俺達に無関係だ」
「シャンクス!!」
瞬時にその言葉の意味を理解して、哀しみに彩られたその顔を覗き込む。だからこそ俺はナミに、真剣に問い掛ける。
覚悟を見せてみろと、強く思って。それが出来ないなら、俺の隣に居させられなくなる。
好きだからって理由だけで、隣に並べる世界じゃねェ。どれ程愛していても、その能力と素質、覚悟が無ければ俺はナミを隣に立たせる事が許されねェ。
「クルー全員を、危険に晒す。当然、傘下もだ。それも、ナミ1人の為に。その覚悟があるなら……花見の席で俺達を唸らせる何かをして見せろ。俺達を本気にさせてみろ」
俺の言葉にナミは泣きそうにその瞳を揺らして、けれども泣く事無く静かに眼を伏せた。そのままそっと震える手で俺に抱き着くと、小さくありがとうと言ってその顔を隠す。
そんなナミを俺も抱き締めて、震えそうになる己を諌める。覚悟を決める事も難しいと分かっていて言ったそれに、感謝された事が胸を苦しくさせたのだろう。
弟を、その家族を守りたいなら、1人で突っ込むなんてのは許されない以上……俺達を巻込む覚悟を決めろ。1人で行こうとするならば、縛り上げてでも阻止する。
だが……その覚悟を決めても、ナミがそれを示せなければ結果は同じだ。俺だけなら、泣き落としでも色仕掛けでも出来るだろうが……俺の1存で、全員に無意味に死ねとは言えねェだろうがよ。
ナミは愛しいし大切だが、俺は仲間達を喪うつもりはねェんだ。それも、本来ならば関わる必要も、権利も、義務も無い事で……。
静かに肩を震わせる愛しい女の背中を撫でながら、自力で答えを導き出せる女だと知ってるからこそ、声はかけない。今俺が出来るのは、ここまでだ。
それから暫くそうしていたが、ナミがそっと顔を上げて、穏やかに微笑んだのを見て風呂に入って来いと追い出す。全てを諦めたようにも、全てを受け入れたようにも見えたその顔を見るのが、俺にはつらかった。
「シャンクス、花見はいつにする?」
「聞いてたのか」
「……窓は、開いてるからな。皆、聞いてた」
言いながら煙を吐き出したベックに、俺は苦笑する。今回は俺もナミも孤立無援だと自覚したから。
だが、俺がそれを見せる訳にはいかねェ。……船長なら、こんな時どうしただろうか。
楽し気に笑いながら、仲間を全員守りつつ、惚れた女の願いを叶えるという無茶を平然としてしまいそうなそれを思い浮かべて、笑う。あァ……まだ、遠いなァ……。
「……準備が整い次第だ。急げよ?宴は早い方がいい」
「珍しく厳しいな」
「命が、かかってるからな」
世論の評価では白髭の残党達が勝つと見ているだろうが、実際は勝ち目なんてねェ事は明白。つまり……ナミは俺達を
家族……か。甘く優しいばかりのナミに、この決断を求めるのは、酷だろうな。
優しいを超えて既に甘いとしか言えないその性格と、家族や仲間の為なら平然と死を選ぶ己に対する価値観の低さが、どうにも切ない気持ちにさせられる。そんな俺の元に桜の花弁が1枚、舞い込んで来た。
迎えた宴の当日。その日までは少し距離を置きたいと言われて仕方なくナミを自室に居てもいいと言ったが、さて……何を見せてくれるのか。
何かをナミが見せると知っていたクルーが誂えた舞台の中で、ナミは1人何をしているのだろう。幕の向こうは今は未だ、見えない。
鈴の音が聞こえるのと同時に幕が開いて、俺の良く知らない和服っぽい物を着たナミがその場に現れた。そして舞い始める。
唄いながら舞うそれは、恵みを求める舞い。桜吹雪がまるでナミの動きに合わせるように起きて、より幻想的なものにする。
それには誰もが声を失い、ただ呆然と魅入るように見詰めるばかり。神への祈りだろうそれが終わればナミは引き続き、笛であの時歌っていた桜を思わせる歌を奏でていく。
それで終わるのかと思ったが、演奏が終わると同時にナミは二本の刀を手にして、妖艶に舞う。そんな事が出来たのかと思うのと同時に、ナミの掴みどころの無い動きの正体を漸く掴めた気がした。
「……あれは、女神ちゃんなんてもんじゃねェな。……本物の、戦女神だ」
俺の言葉にヤソップは笑う。そして、確かになと頷いた。
「戦女神がついてるなら、勝てねェと思う方が可笑しい。……あんなもん見せられて、宴1つ蹴るつもりかよ、お頭?」
「前半は天女でしか無かったのになァ……」
「そもそもお頭が惚れたのは、あの抜き身の刀みたいなナミだったろ」
ヤソップの言葉にギョッとして視線を向けると、ニンマリと笑われる。まるで気付いてないのは、当人達だけだとでも言いたげに。
「お頭、1目惚れだったろ。俺達が誰なのか知ってて挑んで来た6歳のナミによ」
「ま、さか……」
「なんだ、無自覚か?そうでなくてなんで、ナミだけは最初から船に乗せようとしたのか説明してみろよ。……ガキは乗せないって、島で懐かれる度に断ってたろ?」
それにより嘘だろうと喘ぐように呟く俺に、ルーとベックが笑う。そして、この賭けはどうやらナミの1人勝ちで決定したようだった。
全ての演目を終えたナミに結果を伝えに行こうと立ち上がると、ナミが苦しそうに表情を歪ませて、言葉を紡ぎ始めた。桜が、そんなナミを包むように舞い始める。
「……私の我儘に皆を巻き込む事、その意味は分かってます。ですが、どうか……弟と、その家族を助ける戦いに力を貸して下さい」
苦しそうに眉を寄せて、微かに声を震わせて、けれども凛とした姿でナミは言葉を口にする。そんなナミを守るように、桜はナミの元へと降り注ぐ。
「……1人で乗り込もうとしたら、きっと皆が本気で私を抑え込むのは分かってる。それに対して、私は絶対に敵わないなんて思ってないけど……」
思ってないのかよ。凄いなお前。
四皇が全力で1人に挑みかかるのを、どうにかできるって考えてる時点で凄ェよ。それも、ナミの自己判断だと言うなら、やれる可能性はあるんだろうって分かる所がまた怖ェ。
「そんな事で無駄に体力使ったら、勝てるものも勝てなくなる。それに、私を追い掛けて、準備しないままに本船の皆だけが戦に巻き込まれるわ」
真剣なナミの言葉に、揃って有り得るなと頷く。上手く逃げ出されて、追いかけた先で戦争なんて笑えねェ。
「だから、あえて言います。私の為に……戦ってください。その願いを込めて、そして、足手纏いにはならないと言う証拠に、舞いました。……後は、皆の判断次第です」
「……戦女神にしか見えなかったと、幹部と大頭が言ってたんだ。充分に見せてもらったと俺は思うぜ?」
その言葉は、ナミがまだ子供だった時ナミと良く共に居た見習いだった男のもの。幼いナミを攻撃して、負けた奴の1人だ。
それを皮切りに皆が賛同の意見を言えば、ナミは涙を落として、ごめんなさいと謝るからそっと舞台に近づいて行く。そのままナミを抱き締めて、その涙が他に見えないようにしてから困った女だと本気で思う。
「……そこは〝ありがとう〟だろう。言い直せ」
「シャンクス……っ!……皆、ありがとう……!!」
ナミの言葉に照れたように笑う野郎共と、微笑ましそうに見る野郎共が居る。それを眺めて俺が笑った時、ベックから封筒が1つ額に叩き付けられた。
「何すんだ!?」
「……準備もある。その間、2人で行ってこい」
その封筒に俺が手を伸ばすとナミがそれを奪う。その早業には、皆がおぉーと歓声をあげる程だ。
そんなナミになんだそれと言うと、ゴニョニョと何かを言ってるが、成程、隠してた何処かの宿泊券って所か。
「場所は?」
「すぐそこの温泉旅館だ。楽しんで来い」
ベックの言葉にあァと笑ってナミを抱き上げると、真っ赤になってるナミが顔を隠す為に俺に抱き着く。いつの間にか2人とも花弁塗れになっているとそこで気付き、早く温泉に入ろうなと囁きを落とした。
花より団子なんて言うが、俺は団子よりずっと甘美な蜜柑が欲しい。先の事は今は考えず、2人でのんびりしようかと囁きながら、荷物に仕込んである紐を恋人に使うかを考えている男は既に脳内まで桜色だ。