最近ナミは新聞を読む時間が長くなっているが、その理由を語ろうとはしない。夜中に飛び起きては、荒い呼吸を繰り返すようになったし、シャワーの時に嗚咽を押し殺して泣くようになった。
俺が1緒に居て悪夢を見るなんて、何が起きているのかと思う。だが、何をしようとも答えないナミから答えは知り得ない。
ただ、少しは頼れよと思う。まだ、1人で抱え続けるつもりなのか……?
そんな日々の中で、俺の持つ情報網が妙な物を掴む。白髭海賊団に裏切り者が出て、それを隊長の1人が追いかける為に飛び出したと入ったのだ。
その報告を受けた時に傍にいたナミが紙のようその顔色を無くし、震えながらその場に崩れ落ちたのをベックが支えた。その時報告で、飛び出した隊長の名を紡がれるより早く、ナミが確かに呟いた。
掠れて震えるその声は、ナミの心情を如実に示している。泣く事もできない程の絶望を宿して、虚ろな瞳で……。
「エース……」
悪夢の形でナミはこれを見ていたのか、それともその先を見ているのか。そんなナミも心配だが、ナミの事がなくともこれは動くべき案件だろう。
時代が……暴走する。だが今ならば、まだ止められる可能性が残されてはいると即座に理解出来て、準備を進めるよう指示を出した。
そうしてその後に起きた戦争を含む様々な事は別な話として、そんな事があって後、落ち着いた空気の中でナミが力の抜けたような顔で呟いた。嬉しそうに、花が綻ぶように。
「そう言えばルフィはもう18歳になったのね」
「そうなのか?」
「うん、戦争の直後くらいに誕生日が来てる筈だから……数ヶ月だけ、ルフィと私の年齢が重なるのよね」
……て、事はナミの誕生日近いって事だよな。そう思ってナミに視線を向けて、誕生日をベックと二人がかりで聞き出した時には船の酒が底をつく勢いで呑み尽くされていた。
そして、その日まで残り1ヶ月を切っていると分かれば、笑い事では無い。船の上に居ては、何も用意は出来ないからと珍しく人のいる縄張りを目指して船を進めながら、ナミにはその島の測量した事無かったよななんて言って誤魔化す。
人の居る縄張りは、物資の調達と救援要請が無い限り近付かないようにしている。だからどうしても、ナミを連れて行った事の無い島が多くなるのだが、そこの説明は割愛する。
島に長く居る事が多い俺だから、俺がいると知って攻めてくる馬鹿も中にはいる。なので出来るだけ、人のいない島を拠点にしているのだ。
その証拠にルフィと同格として謳われている世代の奴等の1つが、俺達を狙っているなんて話も入って来てはいる。俺と同じ赤髪だって話だから、見てみたいとは思っているが、そんな事を言えばナミとベックに呆れられるだろうな。
二人の他は戦闘だと喜びそうだが、ルフィと同格となると、色々な意味で楽しみにもなる。ルフィは、どの位強くなったんだろうな。
普通の子供より少し強いかもという程度の、我儘で生意気な子供だったルフィを思う。ナミの後をついて回っていたチビ助が、船長と同じ言葉を口にした時の喜びは、きっと中々に理解して貰えないだろう。
「お頭、会場は何処にするつもりだ」
「当日晴れてたら無人島の浜辺で、雨なら食堂だろうな」
ルーからの問い掛けに答えれば、ベックが頷く。そして、少し優しい声で問い掛けてくるのは、ナミに関わる事だからだろう。
「なら、そのつもりで買出しをさせる。……贈る物は決まったのか?」
「ん?俺を「それはナミからお頭が貰うって言うんだ。論外だろ」」
ベックが俺に最近本気で冷たい。何なんだいったい。
そんな風にいじけてみても、ナミへの贈物は決まらねェ。……やっぱりアレかと思い浮かべた物を得る為に机に向えば、ベックがそれを珍しそうに覗き込む。
それから成程と言って勝手に内容を書き加えるから、おい待てと思う。それでもまァ、確かに必要だよなと書き加えられた物を眺める。
贈物の準備も整えば、残るはナミに気付かれないようにする事だが、それは案外簡単だ。今回は人の居る島なのもあり、ベックが好きな本を20冊までなら買っていいと言って連れ出したので、10日程はその本により誤魔化せるだろう。
その他にも航海士としての仕事や執筆もある。何か新曲をと誰かが強請れば、それにかかり切りになるだろうからそれもまた1興だろう。
そうして過ごして居れば、頼んだ物が全て揃い、俺はそれらを見てほくそ笑む。これで喜ばない筈がないと、そう断言できるからだ。
そうして迎えた誕生日当日。歌声に誘われるようにしてナミの元へと向えば、耳に俺と揃いの左右に違うピアスをしているのが見える。
俺からの贈物と、姉からの贈物を身に付けているナミは、それが真実どれ程の牽制となっていのか分かっては居ないだろう。何も知らずに歌うナミのその歌声は優しく、歌詞は可愛らしい。
だからこそ、問い掛けたくてその体を腕に捕らえてやれば、甘えたように擦り寄ってくるナミをそっと撫でる。それに対して嬉しそうに笑うナミは、俺を師匠枠から外そうとはしない事も、その理由も知ってはいるんだが、それが少し気に食わない。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
不思議そうな顔で首を傾げるナミに、可愛いなと思って笑う。幼い表情を見せてくれるのは信頼の証だ。
だが、その表情は信頼している誰にでも見せるものであるとも知っている。だから、俺にだけ見せる顔と、何処へも行かないと言う証拠を寄越せ。
あの時、再会したあの瞬間から、ナミは俺のモノだ。そんな想いで唇を重ねれば、即座に女の顔に変わったのが分かる。
俺を受け入れる為に僅かに開かれた唇に、迷い無く舌を差し込む。クチュリと粘着質な音を響かせながら、1番心地よい重なりを求めて、角度を変えて合わせ方を変えて、漸く良い場所を見つければ互いの舌が大胆に絡み付く。
いつも負けていて悔しいと言っていたナミは、キスだけは対等にとでも思っているのか、挑戦的に挑んで来るが敏感なその体で俺に勝とうと言うのが無理な話だ。口内を甘く舐め回してやれば、腰がかくりと砕けたのが分かる。
すかさず細腰を支える腕に力を入れて、だがそこで辞めてやるつもりは無い。更に激しく奪う為に引き寄せて吐息さえ奪い尽くそうと強く吸うと、ナミの喉が鳴ったのが分かる。
初めて会った時の凍った瞳と、燃えるような気配。幼い少女とは思えない身のこなしと、賢過ぎるその頭脳。
あの頃からずっと、ナミの全てが欲しかったんだ。今更、手放してなるものか。
ねぶるように吸い、唇を甘噛みして、立っている力さえ残すつもりは無い。だが……本当に囚われて堕とされているのは、俺の方だ。
1度味わえば、死ぬまで忘れられないと思わされる。蠱惑の魔性。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
唇の隙間で、立っている事もできない癖にそんな事を言うナミは、俺をどうしたいのか。死んでも放すものかと強く抱き締めると、苦しそうな声が耳元を掠める。
それがまた色っぽくて、損な奴だなと小さく笑う。明らかにそういう事を望まない性格でありながら、体は男に抱かれる事に特化しているのだから。
ナミの首筋に顔を埋めた時、背後から寄ってきたヤソップに頭を銃で殴られて、思わず怨みがましい視線を向けちまった。いつも言うがな、うちのクルーは間違ってる!
銃は鈍器じゃねェってんだよ!ベックもライフルを棒術の棒のように扱うが、間違ってるからな!
そう思うが、実は内のクルーの中で棒術に関してはナミが最強だったりする。……可愛い恋人だよ、本当に。
そうして浜辺に集まっているメンバーと共にナミを祝おうと横抱きで連れて行けば、驚き困惑するナミ。それに、産まれてきた今日を喜ぶまでは、宴を辞めるつもりはねェぞと内心で呟く。
「ナミ、生まれてくれてありがとう。ナミは俺の最愛の女だ」
「シャンクス……」
「今日の宴は、ナミが主役だ」
「私、でも……」
「ナミが、自分を要らないと言うなら、俺に全て寄越せ。ナミの全てが、俺のモノだ」
「え?」
困惑するナミに、俺は笑う。だってそうだろう。
ナミ本人が要らないと言うなら、それを俺が貰って何が悪い。俺はまだナミが6歳だった頃から、変わらずにナミが欲しかったんだ。
「その身も心も、命も魂も、全てが俺のモノだ。俺の許可無く、傷付ける事は許さねェ」
「……っ……!」
「今日は宴だ。ナミ、俺の為に生きろ」
傲慢に命じる俺に、ナミは小さく頷いてそっと抱き着いてくるから、その頭を撫でてやる。その頬が濡れている事に、誰もが気付きながら、誰もが気付かない。
子供の頃から大人過ぎたナミの、大人過ぎる泣き方が切なさを呼び起こす。そこに用意していた贈物を差し出せば、その表情が1瞬で変わった。
「まずは素直に俺からの贈物だ」
そう言って差し出したのは、改良を加えたクリマタクトで鷹の目に色々やって貰う為に書いたのはベックだ。その為恐らくは、相当威力等も上がっているだろう。
嬉しそうに笑ったナミに、続いて差し出した物。それは今日サプライズパーティを行うからと連絡したら即刻贈って寄越された、ナミが自分の全てを捧げた家族からの物。
だが箱を開けた瞬間、その場にいた全員が動きを止めて息を飲んだ。レースのカーテンかと思うようなそれは、けれども広げれば違うと分かる。
「……ベール?」
添えられていたカードには、結婚式には呼びなさいと書かれている。そして、2人でベールを作ったのだと書かれていてはその見事さに、どうにか早くそれを身に付けさせてやらなくてはと思わされた。
Happy Birthday ナミ。蜜柑の花を模した飾りの付いたベールをそっと箱に戻したナミに、他のメンバーからのプレゼント攻撃が待っているのは当然の事だった。