戦争を終えて、その傷もだいぶ癒えたと思う。……表面的には、な。
結果的には俺達が失ったものは殆ど無い。ただ、ナミは自らの平穏を含めた多くのものを失った。
それでも恐らくナミに後悔は無いのだろう。ただ、その結果俺達にナミが甘えようとする事が極端に減った。
罪悪感からだろう。傷付いた仲間を思って、1人泣いているのを気付けない程に鈍くはなれないのが現実だ。
そんな事を考えていたら突然霧に包まれた。その直後にナミが慌てた様子で飛び出してくれば、甲板にいた全員が緊張する。
天候を読む事に長けたナミの、その能力を疑う奴は俺のクルーには居ないからな。だが霧相手に苦しそうに暴れる姿を見れば、何かがおかしいと嫌でも気付く。
駆け寄り倒れるナミを支えてやれば、ナミはそれを拒むように手を払う。そのまま踞ろうとする身体を抱き締めたのは、無意識の事だ。
「やめ、あまやか、さな……ぃで」
「この程度、甘えには入らない」
俺の言葉にナミは切なそうに瞳を揺らす。確かに、今回の戦争で俺達は誰も失わなかった訳じゃねェ。
だからと言って、それの責任をナミ1人が背負う必要は無い。それは、違うだろう。
皆を納得させて、ナミを喪いたくなくて俺達は共に行ったのだ。その結果散ったとして、それは本人の寿命や実力不足だ。
そっと抱き上げて部屋に運べば、その様子を見ていたクルーがホッとした顔した。ナミが最近ろくに寝てねェのを知っていたから、いつこうなってもおかしくなかったのもあるだろう。
何人かが駆け出したのを横目に部屋に入りベッドに寝かせると、船が動きを変えた。航海士のナミにも、船長である俺にも確認しないそれに苦笑すればナミも似たような顔をしているのに気付く。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
「馬鹿か。誰も迷惑になんか思ってねェよ。……少しゆっくり出来そうな島に行こう。心が、疲弊してるだろ」
「それなら、私その時にやりたい事があるの」
「ん?珍しいな。なんだ?」
やりたい事が危険な事でも無いなら、何でもやらせてやるぞと思って笑えばナミが儚く微笑んだ。という事は、皆の喜ぶ姿が見たいとかそんな感じのやつだな。
自分からやりたいと言い出したのに、誰かの為ってんだから……困るよな。ナミは、いつになったら自分を許すのだろうか。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなんだ?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
次々に出て来る謎の言語に、だがナミだからなと思い頷く。兎と卵って事は食べる系のイベントだろうなと当たりをつけて、兎だけ島でとっ捕まえて来て調理すれば良いんだろうと思えば不可能は無い。
卵と兎だと、どんな料理になるかは知らないが、それ用のメニューを提供されるコック達は狂喜乱舞してナミをもみくちゃにするだろうな。それだけ宝玉のレシピは重要なんだと、いい加減認識して欲しいところだ。
そっとナミを抱き締めて、その艶やかな髪を指に絡めると口付けを贈る。それだけで赤くなったナミの頭を撫でていたら、何やら柔らかな感触に驚く。
手を退けてその正体を確認しようとすれば、ピョコンと生えてきたのは今話題に上がっていた動物のもの。それが恐ろしくよく似合っていて、だからこそ混乱する。
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
俺の声は何処か掠れていて、情けない感じになっていただろう。そんな俺の腕から抜け出したナミは鏡の方へと駆け出して、そっと自らに生えた耳に触れたり、身体の向きを変えて尻にあるらしい尻尾に触れたりする。
「ひゃっ!!」
どうやら尻尾は相当弱いらしい。自分で触った癖にそれに驚き、半泣きになっている。
生えてきた理由は分からないが、落ち込ませたくないなと考えて対応を決める。そんな俺にナミが、潤んだ眼差しを向けて来た。
「シャンクス……私、変なの!!」
「ナミは可愛いぞ。変な訳があるか」
「何言ってんの!?この耳と尻尾が見えないの!?」
この意見は譲らないぞとナミを見れば、首を横に振り怒り出す。……泣かれるより、怒ってる方が良いなと素直に思う。
耳がフルフルと震えてるので、ちゃんとナミと連動してると理解出来る。体調にも変調はなさそうだな。
「見えてるから言ったんだろ。……うん、ナミ」
「な、なに?」
「よく似合ってる。卵と兎を食べるイベントだったな。……そんなに、俺に食われたかったか」
俺に食われたいから兎になったんだよなと言葉を重ねれば、ナミは首を傾げてから、ハッとした顔で俺を見た。そして真っ赤になりジリジリと後退る。
「へ?……待ってシャンクス!!正気にかえって!」
「俺は正気だ。まァ、いつでもナミの可愛さに溺れてるけどな」
そう言って無意味に逃げようとするナミを腕に捕らえて、そのまま唇を貪る。それだけで力の抜けて行くナミは、その後抵抗らしい抵抗も無いままに俺に美味しく頂かれた訳だ。
その後ナミがぷりぷりと怒りながらシャワーを浴びに行ったのを見送って、ベック達にイベントの詳細が書かれた紙を見せながら話合う。そして料理その物はコック達が行い、ナミには卵のモニュメント作りをしてもらう事にしようと話が決まった。
何人かが交代で近くで作り方を教わりつつ共に作り、そのついでに護衛でもしておけば良いだろう。少しでもナミが自然に笑えるように回復してくれたら、それだけが今の俺達の願いだ。
そうして陸に到着と同時に大量に用意した食材……とは言え殆ど卵だが、それをナミに見せると嬉しそうに笑った。そのままキッチンで、ゆで卵や卵形のチョコに色付けする方法をコック達に指導する姿は完全なる宝玉先生だ。
それを真剣な顔で聞きながら共にチョコに色付けしていく男達の熱気により、俺はその場を追い出されちまう。……自分の船長追い出すって、どうなんだよ?
そんな時前に手に入れたカメラの存在を思い出して部屋に取りに行くと、ベックが紫煙を立ち登らせながら遠くを見ているのが見えた。何か考え事だろうか。
「どうした?」
「お頭?……いや、ナミが笑ってくれて良かったと、そう思ってただけだ。今回の戦争で死んだクルーの中に、ナミと初めて会った時攻撃したけた若いのがいたの、気付いてたか」
「……見てたからな、知ってる」
寧ろ見てなかった奴を探す方が難しいだろう。ナミがその後壊れなかったのは奇跡に近いと思っている。
まァ……修羅化したって意味じゃ壊れたのかも知れねェがな。それでも、赤犬と同等以上に戦って見せたそれは世界を震撼させた事だろう。
「奴は本望だったろうが、ナミにはつらいだけだろうからな。だが、誰も責める事は出来ないだろうなと、そんな事を思っていただけだ。……ナミを喪う事に比べたら、きっと誰でもああしただろうと思うが、それ以来ナミはお頭の前でしか笑ったり泣いたりしなくなったんだぜ?」
「その笑顔も影があったが、今日は楽しそうにしてたぞ」
「そうみたいだな。……宴の料理は期待できそうで、良かったな」
軽く笑って去ろうとするベックの肩を掴み、付き合えと言って甲板で卵の殻をペイントできるよう準備を進めさせる。それにまさかと顔を引き攣らせるから、ペンキ等を並べたその場所にベックを座らせた。
今は嫌がっていても、隣にナミが座れば笑うだろ。そう思ってハケを手渡してやる。
「ナミと頼むな?」
「……自分で画策したんだから、俺に妬いてナミを虐めたりすんなよ」
「善処する」
俺の答えに嫌そうな顔をしてから、了解と頷いたベックの元へコック達から開放されたらしいナミが卵の殻を手にやって来た。そのままその場にいたメンバーで、卵の殻を壊さないように気を付けつつペイントしたりして行く。
ペンキをひっくり返したりして悲鳴が上がる度に、ナミが慌てた様子で助けに行くのを見てカメラを構える。楽しそうに笑い合うクルーとナミの姿をそれに収めて、もっと早くこうしたものを残しておけば良かったかと思う。
そんな時ベックが指にわざとペンキをつけてナミの頬に触れるから、変な模様がつけられちまった。それに驚いた様子を見せたナミは、直後に何するのよと言いつつ笑う。
Happy Easter……。愛しい兎が笑うなら、俺達はそれ以上に望む事なんてきっと存在しない。
明日の宴が楽しみだと言いながら、ペンキ塗れになっていくクルーをカメラに収めるが、これは船大工から後で雷が落ちるだろうと妙に冷静に思う。それでもきっと、兎の笑顔を見れば船大工も許しちまうんだろうけどな。