先生が帰ってきた後、俺と匙、ヴァーリは転移魔法陣で兵藤家からとある場所へと飛んだ。
なんでも例の龍王を呼び寄せるために特別な場所を用意したとか。
着いた場所は白い空間だった。
部屋自体には特にこれといって目立ったところは──あった。
大きなドラゴンが佇んでいた。
「先日以来だな、おまえたち」
「タンニーンさん!」
そう、タンニーンさんだった。そうか、ミドガルズオルムを呼びだすために各ドラゴンの力が必要だと言ってたからな。
「……そちらがヴリトラか」
匙を見るタンニーンさん。肝心の匙はビビッて全身を震わせていた。
「ド、ド、ドラゴン……龍王! 最上級悪魔の……!」
緊張と尊敬が混じっている様子だ。
「緊張するなよ。タンニーンさんは強面だけど、いいドラゴンだよ?」
「バ、バカ! 最上級悪魔のタンニーンさまだぞ!」
確かにタンニーンさんはすごいと思うけどさ。
俺に指を突きつけて匙が言う。
「最上級悪魔ってのは、冥界でも選ばれた者しかなれない。もっと言えば、レーティングゲームの現トップ10内のランカーが全員最上級悪魔だ。冥界での貢献度、ゲームでの成績、能力、それらすべて最高ランクの評価をしてもらって初めて得られる、悪魔にとって最上級の位なんだよ」
と、匙が熱弁する。 最上級悪魔ねぇ……。俺も目指してみたいな。しかし、冥界での貢献度って、自分の領土で何ができるかというものじゃなかったかな。ふむ、道は険しいか。
「……白龍皇か。妙な真似をすればその時点で俺は躊躇いなく噛み砕くぞ」
タンニーンさんがヴァーリを睨む。とうのヴァーリは苦笑するだけだった。
アザぜル先生が術式を展開して専用の魔法陣を地面に描いていく。光が走っていき、独特の紋様を形作っていた。
「ところで、そのミドガルズオルムってどんな奴ですかね?」
「あやつは基本的に動かん。世界の終末に動き出すものの一匹だからな。使命が来るその時まで眠りについているのだ。たまに地上へあがってきていたが、そのときですら寝ていた。数百年前、ついに世界の終わりまで深海で過ごすと宣言していたからな」
そ、そんなドラゴンが龍王に……。基準がわからない。
しかし、会いたくても会いにくいのはわかった。深海の底じゃ、さすがに会えないな。
「さて、魔法陣の基礎はできた。あと各員、指定された場所に立ってくれ」
先生たちに促され、俺たちはそれぞれ、見知らぬ紋様が描かれたポイントに立った。
自分たちの下に描かれている紋様がそれぞれ、二天龍、龍王を意味するものらしい。
各自指定ポイントに立ったことを先生が確認すると、手元の小さな魔法陣を操作して、最終調整をしているようだった。
カッ。
淡い光が下の魔法陣を走りだし、俺のところが赤く光り、ヴァーリのところが白く光った。先生のところが金色に、匙のところが黒く、タンニーンさんのところが紫色に光り輝く。
『それぞれが各ドラゴンの特徴を反映した色だ』
と、ドライグが説明してくれる。
『ここにはいないが、ティアマットが青。
へぇ……。
魔法陣が発動した。しかし、何も反応がなく、俺たちは数分間その場で立ち尽くすだけだった。
……本当にそのミドガルズオルムの意識とやらが来てくれるのか?
怪訝に思う俺だが、魔法陣から何かが投影され始めた。立体映像が徐々に俺たちの頭上に作られていくが──。
俺たちの眼前に映しだされたのはこの空間を埋め尽くす勢いの巨大な生物だった。
で、でかいな……。
このドラゴン、グレードレッドさんより断然デカいぞ。
姿はでっかい蛇のようだ。頭部はタンニーンさんみたいなドラゴンだけどな。長い体でとぐろを巻いている様子だった。
体が長細いタイプのドラゴンなのか。そういえば、ドラゴンにはドライグやタンニーンさんみたいに西洋のドラゴン然としたタイプと東洋の長細い蛇みたいなタイプがあると聞いたことがあるな。
俺が驚いているのを察したのか、タンニーンさんが言う。
「ドラゴンのなかで最大の大きさを誇るからな、こいつは。グレードレッドの五、六倍はあるだろう」
じゃ、じゃあ、五、六百メートルですか……? 怪獣の域を超えてるよ!
そして俺の耳に特大にデカい奇っ怪な音が飛び込んできた。
『………………ぐごごごごごごぉぉぉおおおおおおおおん……』
……いびき?
寝てますか、このドラゴンさんは……。
「案の定、寝ているな。おい、起きろ、ミドガルズオルム」
タンニーンさんが話しかけると、巨大なドラゴンはゆっくりと目を開いていく。
『…………懐かしい龍の波動だなぁ。ふああああああああああっ……』
大きなあくびをひとつ。でかい口だな。 タンニーンさんを余裕で丸呑みにできる大きさだよ。
『おぉ、タンニーンじゃないかぁ。久しぶりだねぇ』
なんともゆったりした口調だな。
そのドラゴンが俺たちを見渡す。
『……ドライグとアルビオンまでいる。……ファーブニルと……ヴリトラも……? なんだろう、世界の終末なのかい?』
「いや、違う。今日はおまえに訊きたいことがあってこの場に意識のみを呼び寄せた」
タンニーンさんがそう言うが……。
『…………ぐ、ぐごごごごん……』
ミドガルズオルムは再びいびきをかき始めた。ダメだ! このドラゴン、話している途中で寝ちゃうじゃん!
「寝るな! まったく、おまえと玉龍だけは怠け癖がついていて敵わん!」
怒るタンニーンさん。ミドガルズオルムも大きな目を再び開けていた。
『…………タンニーンはいつも怒っているなぁ……。それで僕に訊きたいことってなんなのぉ?』
「おまえの兄弟と父について訊きたい」
タンニーンさんがそう訊く。
「……兄弟と父ですか。つまりは……」
俺は先生に問う。
「ミドガルズオルムは元来、ロキが作りだしたドラゴンでな。強大な力を持っていながら、その巨体と怠け癖から北欧の神々も使い道が見いだせず、海で眠るよう促したんだ。せめて、世界の終末が来たときだけ何かしろと言ってな」
「それで『終末の大龍』なのか……。まさにスリーピングなデカい龍だ」
タンニーンさんの質問にミドガルズオルムは答える。
『ダディとワンワンのことかぁ。いいよぉ。どうせ、ダディもワンワンも僕にとってどうでもいい存在だし……。あ、でも、タンニーン。ひとつだけ聞かせてよぉ』
「なんだ?」
『ドライグとアルビオンの戦いはやらないのぉ?』
俺と──ヴァーリを交互に大きな目で見ていた。
「ああ、やらん。今回は共同戦線でロキとフェンリルを打倒する予定だ」
タンニーンさんの言葉にミドガルズオルムは笑ったように見えた。
『へぇ、おもしろいねぇ……。二人が戦いもせずに並んでいるから不思議だったよぉ』
そう言ったあと、改めて質問に答えだした。
『ワンワンはダディよりも厄介だよぉ。牙で噛まれたら死んじゃうことが多いからねぇ。でも、弱点もあるんだぁ。ドワーフが作った魔法の鎖、グレイプニルで捕らえることができるよぉ。それで足は止められるねぇ』
ワンワンね。まあ、この大きさのドラゴンから見たら、小さなワンワンだよな。
「それはすでに認識済みだ。だが、北からの報告ではグレイプニルが効かなかったようでな。それでおまえからさらなる秘策を得ようと思っていたのだ」
『……うーん、ダディったら、ワンワンを強化したのかなぁ。それなら、北欧のとある地方に住むダークエルフに相談してみなよぉ。確かあそこの長老がドワーフの加工品に宿った魔法を強化する術を知っているはずぅ。長老が住む場所はドライグかアルビオンの神器に転送するからねぇ』
先生がヴァーリのほうを指さす。
『白龍皇に送ってくれ。イッセーでもいいんだがこの手の類のことはヴァーリの方が詳しい」
『はいは~い』
ヴァーリが情報を捉え、口にする。
「────把握した。アザゼル、立体映像で世界地図を展開してくれ」
先生がケータイを開いて操作すると、画面から世界地図が宙へ立体的に映写される。ヴァーリは一部を指していた。先生は素早く、その情報を仲間に送りだしていた。
「──で、ロキ対策はどうだ?」
タンニーンさんは次にロキについて訊く。
『そうだねぇ。ダディはミョルニルでも撃ち込めばなんとかなるんじゃないかなぁ』
ミドガルズオルムの話を聞いて、先生はあごに手をやった。
「つまり、基本、普通に攻撃するしかないわけだな。オーディンのクソジジイが雷神トールに頼めばミョルニルを貸してくれるだろうか……」
「トールが貸すとは思えないが。あれは神族が使用する武器のひとつだからな」
先生の意見にヴァーリがそう言う。
『それなら、さっき言ったドワーフとダークエルフに頼んでごらんよぉ。ミョルミルのレプリカをオーディンから預かっていたはずぅ』
「物知りで助かるよ、ミドガルズオルム」
先生は苦笑しながら礼を口にした。
『いやいや。たまにはこういうおしゃべりも楽しいよ。さーて、そろそろいいかな。僕はまた寝るよ。ふあああああっ』
大きなあくびをするミドガルズオルム。少しずつ映像が途切れてきた。
「ああ、すまんな」
『いいさ。また何かあったら起こして』
それだけ言い残すと、映像がぶれていき、ついには消えていった。
ミドガルズオルム。デカくて変な龍王。また会うことはあるのかな?
こうして俺たちは龍王からの情報を得て、動きだすこととなった。
翌日の朝、朝食を済ませた新逹は再び地下の大広間に集合していた。
俺たちもシトリー眷属も今日は学校に出ない。俺たちを模した使い魔たちに代わりに学校生活を送ってもらう予定だ。
ロキとの決戦が近づいているので、休まないといけない。学園生活を楽しみにしていた眷属の面々は残念がっていた。皆、学校好きだもんな。俺も大好きだよ。
ソーナは自分が学園に行けないことのもどかしさを感じているようだ。生徒会長ゆえか、「自分がいない間に何か起こるのではないか?」とそわそわするらしい。
と、先生が小声でつぶやきながら現れた。
顔は不機嫌極まりない様子だ。
「オーディンの爺さんからのプレゼントだとよ。──ミョルニルのレプリカだ。ったく、クソジジイ、マジでこれを隠してやがった。しかし、ミドガルズオルムの野郎、よくこんな細かいことまで知っていたな」
「すごいものなんですよね?」
俺が訊くと再度言い直してくれる。
「北欧の雷神トールが持つ伝説の武器のレプリカだ。それには神の雷が宿っているのさ」
ふむ、すごそうだな。
「はい、オーディンさまはこのミョルニルのレプリカを赤龍帝さんにお貸しするそうです。ど、どうぞ」
ロスヴァイセさんから渡されたのは──普通のハンマーだった。
これか……。 見た目は日曜大工で使うハンマーみたいだ。何やら豪華な装飾やら紋様が刻まれているけどさ。
「オーラを流してみてください」
ロスヴァイセさんに言われて、俺は力強く魔力をハンマーに流す。
カッ! 一瞬の閃光。そのあと、ハンマーがぐんぐん大きくなって──おお、デカくなった。俺の身の丈を越す巨大なハンマーとなって、持つところはともかく、頭の部分がすごくデカくなった!
ふむ、これなら振り回せるか。
「おいおいおい。オーラ纏わせすぎだ。抑えろ抑えろ」
先生が嘆息しながら言う。その通りに魔力のオーラを抑えて見たら、縮小して、両手で振るうにはちょうどいいサイズになった。
「とりあえず、いったん止めろ」
先生に言われて、ハンマーから手を離す。すると、元のサイズに戻った。
「レプリカっていってもかなり本物に近い力を持っている。本来、神しか使えないんだが、バラキエルの協力でこいつの使用を悪魔でも扱えるように一時的に変更した。無闇に振るうなよ? 高エネルギーの雷撃でこの辺一帯が消え去るぞ」
「マジですか……恐ろしいな」
先生の言葉を聞いて、軽く戦慄した。そんなトンでもない武器を俺に持たせるのか。
しかしこれに増加したパワーを譲渡したらと考えると…………確かにロキ対策にはもってこいだな。
「そうだ、ヴァーリ、おまえもオーディンの爺さんにねだってみたらどうだ? いまなら特別に何かくれるかもしれない」
先生が愉快そうにそう言う。
とうのヴァーリは不適に笑いながら首を横に振った。
「いらないさ。俺は天龍の元々の力のみ極めるつもりなんでな。追加装備はいらない。俺が欲しいものは他にあるんでね」
……あらあら。
「美猴、ちょうどいい。おまえに伝えておいてくれと伝言をもらっていたんだった」
先生は美猴へ視線を向ける。
「あん? 俺っちに? 誰からだい?」
美猴は自分に指をさして、怪訝そうにしていた。
「『バカモノ。貴様は見つけしだいお仕置きだ』――だそうだ。初代からだ。
「あ、あのクソジジイか……。俺がテロやってんのがバレたんか。しかも玉龍もかよ!」
先生の言葉に美猴は顔中汗をダラダラ出して、青ざめていた。
あらら、いつものカラカラ笑っているこいつがこんな風に焦るなんてな。
うん? 初代? もしかして、初代孫悟空とかそういう方ですか……?
「美猴、一度おまえの故郷に行ってみるか? 玉龍と初代孫悟空に会うのは楽しそうだ」
「……止めとけよぅ、ヴァーリ。引退気味の玉龍はともかく、初代のクソジジイは正真正銘のバケモノだぞ。現役って言っても差し支えねぇし。あのジジイ、仙術と妖術を完全に極めてっからマジで強ぇんだ……」
タンニーンさんとあれほど雄々しく戦っていた美猴がこれほどビビるなんてな。タンニーンさんも決戦日に参戦してくれるそうだ。
「あー、作戦の確認だ。まず、会談の会場で奴が来るのを待ち、そこからシトリー眷属の力でおまえたちをロキとフェンリルごと違う場所に転移させる。転移先はとある採石場跡地だ。広く頑丈なので存分に暴れろ。ロキ対策の主軸はイッセーとヴァーリ。二天龍で相対する。フェンリルの相手は他のメンバ───グレモリー眷属と黒歌、加えてヴァーリのチームで鎖を使い、捕縛。そのあと撃破してもらう。絶対にフェンリルをオーディンのもとに行かせるわけにはいかない。あの狼の牙は神を砕く。主神オーディンといえど、あの牙に噛まれれば死ぬ。なんとしても未然に防ぐ」
それが作戦。シトリー眷属が俺たちを敵ごと転移させ、俺とヴァーリでロキの相手。フェンリルは他の人たちに任せる。……プレッシャーだな。俺たちの相手は神さまだからな……。
「さーて、話を戻すぞ。鎖のほうもダークエルフの長老に任せているから、完成を待つとして、あとは……。匙」
先生が匙を呼ぶ。
「なんですか、アザゼル先生」
「おまえも作戦で重要だ。ヴリトラの神器あるしな」
先生の一言に匙は目玉が飛び出るほど驚いていた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!お、俺、兵藤や白龍皇みたいなバカげた力ないっすよ!?とてもじゃないけど、神さまやフェンリル相手に戦うのは! て、てっきり会長たちと一緒にみんなを転移させるだけだと思ってましたよ!」
かなり狼狽している。確かに匙の力は有能だけど、さすがに神さまやフェンリル相手だと辛すぎるだろう。
先生もそれを理解していて、嘆息していた。
「わかってるよ。おまえに前線で戦えとは言わない。──だが、ヴリトラの力で味方のサポートをしてもらう。特に最前線で戦う奴らのサポートにおまえが必要なんだよ」
「サ、サポート」
「そのためにはちょっとばかしトレーニングが必要だな。試したいこともある。ソーナ、こいつを少しの間、借りるぞ」
ソーナに訊く先生。
「よろしいですが、どちらへ?」
「転移魔法陣で冥界の堕天使領──グリゴリの研究施設まで連れて行く」
楽しげな先生の顔。
これはあれだ。地獄のしごきに違いない。
先生があんな風に楽しそうなときは大概関わった奴が地獄を見るだろう。
まだ出会って数ヶ月だけど、先生のその辺はだいぶわかってきたよ。
「匙、先生のしごきは地獄だ。しかも研究施設。おまえ、死んだかも」
俺は友の肩に手を置き、憐憫の眼差しを送った。それを聞き、さらにビビりまくる匙。
「はっはっはー。じゃあ、行くぞ匙」
先生は嫌がる匙の襟首をつかみ、そのまま魔法陣を展開した。
「マジかよ!? た、助けてぇぇぇぇぇっ! 兵藤ぉぉぉぉぉっ! 会長ぉぉぉぉっ!」
魔法陣が光り輝き、泣き叫ぶ匙を包んでいく。
さよなら、匙。おまえのことは忘れない!
まあ、それはいいとして、匙に俺たちのサポート? どうするつもりなんだろうか、先生は……。
『おまえとの一戦であの少年のうちに眠るヴリトラが反応を始めていた。それに関係するのだろうな』
ドライグがそう言う。なるほど。どうなるか楽しみだ。
「そういえば、ドライグ。アルビオンとは話さないのか?」
せっかくの再会だ。何か話すことでもあるかなと思った。
『いや、別に話すこともないが……。なあ、白いの』
ドライグがみんなに聞こえるように話しかけるが──。
『…………少し待て。私の宿敵が色龍帝ということについて考えているのだ……雌を求めるのが悪いとは言わんが……』
アルビオンの反応は微妙なものだった! あらら。
『ま、待て!ご、誤解だ! 色龍帝と呼ばれているのは宿主の兵藤一誠であって!』
……まあ、そうだけど。
感想、評価是非よろしくお願いいたします。