見えない気持ち
酒場で絡まれて居るのに遭遇した時、どうしたらいいかと暫く様子を見ていた。それによりどうやら困ってるらしい、と気付いて近付いたのが多分私がゾロを意識をした切っ掛けだったと思う。
女相手にすると急に弱くなるのは、双璧の特性なのだろうか。それはまぁ、いい所でもあるんだろうから、責めるつもりはないけど。
「……私の男に、なんの用?」
「え?あ……つ、連れは居ないって!」
「今来たのよ、連れは居なかったでしょ?用が無いなら退いてくれる?……それと、その薬、コイツに飲ませてないでしょうね?」
最安値の媚薬だ。頭痛と吐き気を伴うのに、体が熱を帯びるという意味のわからないこの薬はオススメ出来ない。
ゾロの目の前に置かれた酒の香りを嗅いで、ゾロにそっと耳打ちする。女が答えるのを待つよりその方が早い。
「呑んでないでしょうね?」
「あァ、まだ呑んでねェ」
即座に返されたそれにホッとして、ゾロの腕に絡み付く。こういう事ばかり、得意になった自分が少し悲しい。
勿論、ナミちゃんの肉体だからできるんだけどさ。このプロポーションと愛らしい顔が無ければ、こんな事は出来ない。
「早く、帰りましょ。それとも……部屋でも取る?」
「お前の宿で良い。行くぞ」
ゾロのその言葉に私は微笑み、酒場を揃って出て行く。支払いは薬を盛ろうとした女にと、店員に笑顔で言えば頷かれたので、私はそそくさと人の少ないところへゾロを連れ出した。
「……無事で良かったわ。あの薬良くないのよ」
「ナミは飲んだ事があるのか?」
「何度もね。あれを使う奴の気が知れないわ」
笑って答えれば微妙な顔をするゾロに、優しいなと思う。だから笑って言う。
なんでもない事なんだと伝える為に。実際、なんでもないような物だったし。
「10歳の頃よ、飲んだのは。今のアンタが飲むよりずっと良いし、そんなに心配いらないから……そんな顔しないの」
「……ナミを疑った俺に、こんな事言う権利ねェと思ってたが」
ゾロの返事がおかしい事に気付いて振り向けば、ゾロは真剣な顔で私を見ていて、んん?っと思ってその顔を見上げる。
「……ナミ、俺と付き合え。あー、酒とか買い物とかじゃなく、俺の女になれって意味だ。分かるか?」
「ゾロ、やっぱり何か盛られて「ねェよ!」」
即座に返して来たゾロに、ならどうしてと思う。どうして、ゾロは突然そんな事を言い出したのだろうかと。
「……本気、なの?」
「あァ、ナミを他の男に渡したくねェし……ナミが嘘でも私の男って言ってくれた時、嬉しかったんだよ」
ゾロの言葉に、私は息が詰まるような気持ちになる。こんなにも真っ直ぐな眼差しで、想いを伝えられた事はこれ迄1度も無かった。
だけど私は……。ミホークさんやドフラミンゴに……。
「……ゾロになら、他にもいい女が沢山群がるわよ。適当に近場の女で済ませようとしないでよね」
それからとりあえず私の取っている宿へと足を向けると、ゾロはそれに無言でついてくる。その沈黙がいつもとは違って少し怖く感じるなんて……そんな事、どうして言えるだろう。
ゾロは、ルフィが弟の枠を超えて襲ってこようとする度に、察知して庇ってくれていた。アーロンパークを破壊した後、メリーへと連れて行かれそうになった私をゾロが助けてくれなければ、どうなっていたか。
私はルフィに甘い。それだけは間違いなく言える。
だけど……それが恋愛かと問われたら、答えはノーなのだ。
ルフィは可愛い弟で、時には息子にさえ感じられる程で……。それに対してゾロはどうだろう。
宿に到着した私は受付でキーを見せて奥へと進む。個室を取れなかったから、ツインでも仕方ないと1人優雅に執筆しようと考えていたから、部屋には資料になりそうな物が散乱している。
それを避けながら進み、机の前に座ると無意識の内に手が編纂する為に動くのに、体もその為に動くのに、心は先程の問いの答えを出せなくて足掻いている。この時既に、後から続いて歩いていたゾロの存在は失念していた。
ゾロの事を私はどう思っているのか。好きか嫌いかなら、間違いなく好きだと思う。
簡単なようで難しい問いだわ。仲間だとは思ってるし、何かあれば確実に命懸けで守りたいと思う。
でも、それは他の仲間にも同じで、特別とは思えない。だけど……。
その時先程の、見知らぬ女に絡まれていたゾロを思い出したら、不快感でいっぱいになる。今なら胃液を嘔吐してしまえるんじゃないかってくらい。
……あれ?
最後に食事したの、いつだっけ?
「おい、ナミ」
確か昨日の夜は食べた。その後お酒飲んで笑って、サンジ君はそんな私を見て安心した様子だったから、サンジ君が居なくなってから勝手にお茶入れて部屋に運んで飲みながら航海日誌書いたりして……。
今朝は忙しかったから、サンジ君に朝食断って、お昼は宿選びとスリに精を出して、夕方ここに来たのよ。それでお茶飲んで、少し気分変えようと思って外に出たらゾロが絡まれてて……。
胃液しか、出ないわ。これじゃ。
「っとに、おい!ナミ!」
突然肩を掴まれて顔を上げると、ゾロが心配そうに私を見ている。視線が絡み合うとゾロがホッとしたように息を吐き出して、私を強く抱きしめてきた。
「考え事してたり、机に向かってるナミは、本当に天候以外で気付きやしねェ……」
「ゾロ……?」
声を掛ければ困ったように眉間に皺を寄せるから、私は笑ってしまう。何だかその顔が妙に愛しい。
老けて見えるけど、これでも彼はまだ十代の筈。なのに、こんなにも優しくて懐も広い。
「お前な、笑い事じゃねェんだよ。机に向かってるナミが横に揺れてたって事は、食事してねェだろ」
「な、何それ。どういう基準よ!?」
「いつも見てるから分かる。茶だけですませんな」
……何故酒じゃないと分かるのか。この体はお酒強いけど、私がお茶好きでお茶ばかり飲んでるのよね……でも、サンジ君にも知られないよう気を付けてるのに、どうしてゾロが知ってるの?
「それとな、ナミは警戒心を持てとこれまでに言われた事は無かったか?」
「……何度かあるわね」
答えた私にあるのかよと呆れた様子を見せるゾロに、つい笑みが浮かぶ。何だかんだ言いながらも、ゾロは面倒見がいいと思う。
肉体の年齢だけなら、ゾロの方が歳上なんだっけ?と思う。初期メンバーの中では、サンジ君と並んで最年長として引っ張ってくれてるから、自然とこんな性格になったのかな?
……いや、元々道場とかにいたから、その関係かも。そんな事を考えながら、取り敢えず部屋について説明を始める。
「放置してごめんね。シングル取れなかったから、この部屋ツインなのよ。だから机から離れてる方使って。私はこれの編纂したくて宿とったから、このまま終わらせ「の前に飯行くぞ」」
言い終わる前に腕を掴まれて、私は引き摺られるようにしてテーブルに移動させられる。そこへメニューを持って来たゾロは、ギロりと睨み付けるように私を見るから料金の心配してるのだとわかる。
「ゾロ、こっちのメニューなら宿泊プランの中にあるから追加料金かからないわよ」
差し出したメニューを受け取ったゾロは、先に手にしたメニューを片付けて、その隣にあるメニューに手を伸ばそうとした。それに私が待ったをかける。
「それ、アダルトメニューだけど、頼むの?」
「……あ!?」
「……大人の玩具とか、契約してるお嬢さんとかの1覧表よ、それ。使うなら私の事は気にしないで勝手に使って構わないけど、巻き込まないでね。私今日中に編纂終えたいから」
言いながらも、何故か胸が微かに痛むのを感じる。何だろうと思うけど、その理由は分からない。
話し掛けられたりしなければ、多分真後ろで何されてても私には聞こえないから構わない。確かにそう思うのに、胸が……苦しいのは、どうしてかな。
「……頼まねェよ。飯、こっちのならどれでも良いのか?」
「えぇ、その筈よ。適当に頼んで。私には……「俺が選ぶ。飲み物とデザートだけで済まそうとする奴に選ばせるか」」
……読まれてた。ゾロの癖に。
それから運ばれてきた料理を取り皿で食べる予定らしいゾロに首を傾げると、何故か頭をワシャワシャと撫で回された。髪を整えている間にゾロがそれぞれを1口ずつ食べて、それから私に食べろと視線で言ってくる。
それだけでわかる。私が外で食事をしたくない事に、ゾロは気付いていたんだって事に。
その理由までも、知られていたのだと。それが何だか嬉しいような切ないような気持ちになって、私は無言で目の前にある料理に手を伸ばす。
「……ナミはアイツの作った物か、自分で作った物しか、安心して食わねェだろ。だから、別な料理頼んでも、口に入れねェと思ってこうした」
「ゾロって、意外とよく見てるわよね。ちょっと驚いたわ」
私の言葉にゾロは溜息を落とすと、無言で食事を続ける。私が先に食事を終えると、ゾロは水道水をくんできて差し出してくるから、この男はと思ってしまう。
「こんなに見てるのは、ナミだけだ。それで、どうだ。俺の女にならないか」
問い掛けながらも食事を続けるゾロに、私は肩を竦める。だってどう考えても私ではゾロに相応しくない。
お綺麗じゃなきゃいけないなんて思いはしないけど、ゾロの目標でもある男と関係を持った事があるとなれば、流石に話は違ってくる。それも、それが最初の男だなんて……。
「……ナミ、お前変な事考えてんだろ。俺は、替えのきく話をしてるつもりはねェぞ」
「ゾロ?」
「ナミが俺を仲間以上に想えるかどうか、それだけだ。過去とか未来とか、んなもんどうでもいい。……ただナミが俺に抱かれる事に対して嫌じゃねェか、嫌かって話だ」
言われて顔が赤くなったのがわかる。そんな聞き方ってある!?
ここで〝抱かれたいか〟と聞かれたらノーと言えたかも知れない。でも〝抱かれるのが嫌じゃないか〟と聞かれたら……多分、嫌じゃない。
罪悪感みたいなものはあるけど……嫌では無い。だから……。
双方の食事が終わるまで少し考える時間を貰った私は、お茶を飲み終えてから言葉を口にする。微かに震える自分の声が、何だか情けないけど。
「……っ!た、試しに、少し……付き合ってみても良いわよ」
「……自分の気持ちが見えてねェって事か?なら、今はそれでいい」
ゾロはそう言うと、その表情を獰猛なものに変えて笑う。今は強敵も居ないのに。
そう思った直後に、私の視界は反転した。見えるのは、天井とゾロの顔だけで……。
「……俺は、まだ喰い足りてねェ。付き合え」
ゾロのその言葉と同時に、頭で、理屈で答えを出そうとしていた私は簡単に追い詰められて……貪られる事になった。私がゾロへの想いを理解して口に出せるようになるまで、後……?