優しい温もり
宴の途中、ノジコの歌が終わってすぐにルフィが私を連れてメリーへと戻ろうとしたのをサンジ君が呼び止めた。どうやら私に相談しておきたい事や、確認したい事があるらしい。
私がそれに頷くと、ルフィは仕方ねェかと言って解放してくれて、サンジ君と共にメリーへと戻った。私が宝玉である事や今まで全員同室だった事等を話して、メリーの模様替えについて話を進めていく事となる。
話合うべき内容は多岐に渡り、中々に尽きる事はない。その途中で様子を見に来たルフィがムヅカシイこと話してんなァとか言って去っていったので、どうやら任されたらしいと理解する。
サンジ君との話し合いに区切りがついた頃には、夜中と言うべきか明け方と言うべきかと悩ましいような時間帯。なので……とりあえずそろそろ寝た方がいいかしらと首を傾げた。
そんな私にサンジ君が突然手を伸ばして来て、髪に触れるからどうしたのかとその動きを視線で追う。器用に人の髪で遊ぶ指先に、長い髪が珍しいのかなと内心で首を傾げていた。
「ナミさん、あのままルフィに連れて帰られていたら、どうなってたか理解出来てますか?」
よく分からなくて首を傾げれば、そうですよねなんて言葉が返る。それと同時に腰を強く抱き寄せられて、へ?っと声を出すのと同時に唇が重なった。
「ふっ……ぅ!んんっ!?……やっ!」
慌てて抵抗してみても、サンジ君が私を拘束する事を辞める気配はなくて、どうしてと思って視線を向けるけど……即座にアップになり過ぎるその顔から、逃れられない。押し付けられた体は、サンジ君の昂りをも伝えて来ている。
でも、私は仲間とそんな事になるつもりなんて……!
そう思うのに、抵抗しても勝てるような相手でもなくて、同時に大切だから傷付ける事が出来なくて、私はサンジ君にされるがままとなる。いつの間にか抱き上げられていた私は、船内へと運び込まれてベッドへと押し倒されていた。
「やだ!サンジ君、辞め……」
唇が離れたその瞬間に言葉を口にすると、サンジ君が私の上で小さく笑った。それは切なそうで……苦しそうで……。
「ルフィに連れ帰られていたら、恐らくルフィにこうされてましたよ。もう少し、警戒心を持ってください。……この船に女はナミさんだけですし、ルフィも俺も……ナミさんに本気ですから」
何を、言っているのかわからない。だって、ルフィの事は断ったんだもの、もう何もある筈ない。
でも、サンジ君、が?
ナミちゃんならともかく、その身代わりでしか無い、私を?
思考は空回りして、何も言葉を口に出来ない。嘘だと言う事はサンジ君では無い私には出来ないけど、その言葉を素直に信じる事も出来なくて……。
「……私、は」
何を、言おうとしたのかさえ、私にはわからない。それでも……ゆっくりと唇は動いて言葉を紡ぎ出す。
「サンジ君の事を仲間としてしか、見てないわ。ルフィの事だって、断ったもの。私の意思を無視して、無理矢理なんて事がある筈「ナミさんは……男ってものを分かってない!」」
遮られた言葉に重ねられたそれは、悲痛な色を私に見せている。だから私は、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。
悲しませたくないし、苦しませたくないとは思う。だけど、サンジ君がどうしてそんな顔をするのか、私には理解出来て居ない。
「サンジ君?」
「……俺は、ナミさんに初めて会ったあの日、ルフィを慈しむ貴女に惹かれた。そして、身を呈して仲間を逃がして、仲間を守って、それを驕らない貴女に囚われた」
サンジ君が語りだしたのは……だって私は巻き込みたくなかったから。私は誰にも、傷ついて欲しくなかったからで、全ては私のエゴでしかないのに。
「トラウマもあったでしょうし、貧血も起こしていたのに……ナミさんはルフィを信じて戦い続けた。俺達が来るずっと前から、独りで戦って来た……そんな貴女を守りたいと、思ったんです」
「私のそれは、単なるエゴで……私が勝手に……!」
「なら、俺がナミさんを勝手に守って戦えばいいんですか?……そうなったら、それで俺が怪我をすれば……ナミさんは自分を責めるでしょう?」
サンジ君の言葉に、体が震える。サンジ君が傷付くなんてのは、望んでない。
そんな私を気遣うように、優しくサンジ君が言葉を続ける。その表情や瞳を見るに、嘘はついていないと分かってしまう。
「俺は確かに女の人なら誰でも好きですし、守りますよ。でもね、愛しさから守りたいと思ったのは……愛しているのは、ナミさんだけです」
サンジ君の言葉に、何故か心臓を掴まれたような衝撃を感じて声を出せなくなる。そんな私の目尻にサンジ君が唇を寄せて、そっと微笑んだ。
「……泣いて、良いんですよ。俺には、その弱さを……見せてください」
心の中で何かが壊れたような気がした直後に、私の涙腺は崩壊した。縋るように手を伸ばせば、好きにさせてくれて、そのままサンジ君に抱き着いて涙を流す私を、サンジ君はただ抱き締めてくれる。
泣いても良いなんて、言われた事は無かった。声を出しての泣き方なんて……遠い昔に忘れてしまったから、嗚咽のひとつさえ上げられないけど……。
体が私の意思を無視して小刻みに震えていて、そんな私の後頭部を優しく支えて、シャツが濡れるのも気にせずに抱き締めてくれる。そんなサンジ君の温もりに、私はただ甘えていた。
何がこんなにも涙を流させるのかさえ分からないまま、サンジ君に縋りつくように腕に力を込める。そこにサンジ君の優しい声が落ちてきた。
「俺は、体も欲しいけど……何より心が欲しいから……今夜はこのまま眠ってください。俺が、必ずナミを守りますから」
「サンジ、くんっ……」
「……ナミ愛してます。俺の女神」
その言葉を聞きながら、私はグズグズに甘やかされてる事を自覚しつつも、その熱に包まれながら体力も限界だった事もあり、ふっと意識を手放す。守ってくれると言ってくれる、優しい声に導かれるように。
翌朝目覚めるとあれだけ泣いたのに瞼が腫れてなくて、どういう事かと思っていたら、近くに2本のタオルがあるのを見付けてしまう。まさか、私が寝てから瞼が腫れないようにしてくれたのかと、隣に眠るサンジ君の顔を見る。
私はちゃんとした答えを返していないのに、どうしてこんなにも優しいのか。優しくしてくれるのか……。
……ナミ愛してます。
何度となく泣く私の耳元で囁いてくれたサンジ君の声が、耳に張り付いたように残っている。私の中で明確な答えなんて出ないけど、でも……仲間だからなんて理由で拒む事は、許されない事であり、出来ないだろうと思わされてしまう。
「サンジ君、ありがとう」
そっとその頭を撫でながらそう言って、まだ眠っているサンジ君の腕から抜け出す。とりあえず何か簡単な物を用意しておくかと、サンジ君には遠く及ばないと分かっていて朝食の支度を始めれば、それから間も無くサンジ君が姿を見せた。
「おはよう、ナミ」
「……っ!サンジ君、昨日から〝さん〟が抜けてるわよ?」
笑顔が眩しい。ついでに呼び捨ての破壊力が半端ない。
「2人の時だけは、構わないでしょう?それとも……俺に呼び捨てにされるのは、嫌ですか?」
「……なんか、慣れないから……恥ずかしい」
答えたら何故か、サンジ君が顔を押さえて崩れ落ちた。私……何か変な事言ったかな?
首を傾げていたら、サンジ君が唸るように言う。
「その可愛さは、卑怯ですよ……」
可愛いのはナミちゃんの肉体だものと思って苦笑したら、サンジ君がいつの間にか近付いてきていて私を強く抱き締めていた。それに驚いていたら、サンジ君が囁きを落として来る。
「その言動が可愛いんですよ。勿論顔も可愛いですけど……ナミには表面的じゃない可愛さがあります」
自分でも驚く程、その言葉に衝撃を受ける。だって、可愛いのはナミちゃんの体と顔であって、私にはそんな事言われる理由なんて無いと思ってて……なのに……。
サンジ君は何も知らない筈なのに、私を優しく抱きしめて甘やかすような言葉を口にする。だから私は私の意思で、サンジ君の体に腕を回す。
「甘やかさないで……1人で、立てなくなりそう」
「立てなくなったら、抱えてあげますから……甘やかせてください。俺は、ナミを甘やかしたい」
言って微笑むサンジ君に、私はきっと勝てないだろうと自覚する。優しくて暖かくて、移り気な彼に……私は既に溺れ始めているから。
だから私はゆっくりと唇を動かす。
「サンジ君……朝食と私、どっちにする?」
これが私の精一杯の答えだから。だからどうか……今は顔を見ないでと、サンジ君の胸に顔を埋めればサンジ君が暫く固まって動かなくなった。
そんなサンジ君が動き出すのと同時に、調理器具を片付けさえしないままに部屋へと私を抱き上げて移動したのは、少しだけ驚いたけれど。それでも……私は驚く程素直に笑っていた。
だって私は今、幸せだから。2人の体が重なり、熱を高め合うのは……それからすぐの事だった。