今日は甲板に居ないのかと、飲み物を片手にいつもの席と蜜柑畑を確認して思った。そうなると後は、女部屋に居るのだろうとは分かるが、そうなると入っていいものか悩ましい。
その時当然のように女部屋に入って行き、少しして本を抱いて出て来たチョッパーを見て、どうやら入室が許されるらしいと知る。それにホッとしたのもあり、俺はチョッパーを揶揄うように呼び止めた。
「おい、チョッパー。女部屋に何堂々と入ってんだよ」
「必要な本がある時は図書室みたいな物なんだから、気にしないで入ってって言われてるぞ?サンジも料理の本とかあるから行ってみたらどうだ?俺、この医学書借りたんだ」
そう言って見せて来たのは宝玉の作品で、成程チョッパーの為にと寝る間を惜しんで編纂していた奴かと思い至る。もう少しで書き上がるのに、頭がボーッとすると言って夜中に海に飛び込もうとしたのを必死で止めたのは、数日前だった。
だから、恐らくこれは今朝届けられた物なのだろう。寝てしまえと思ってジャスミンティーを出したら、飲みもする前に思いっきり睨まれたっけかな。
それでも、入れて貰ったから飲むけど……なんて言って素直に飲んでくれた事を思い出す。そういうところが、本当に可愛い人だと思う。
その飲み物の持つ効果を知りつつ、躊躇いもなく口にした。本気で迷惑に思っていても、それでも自分の為に入れて貰ったからとか、水や茶葉が勿体ないとか、そんな風に考えてくれてるだろう事は簡単に推察出来る。
俺がナミさんに何かをした時の対応が、変化してくれた事も嬉しくて堪らない。余裕のある妖艶な美女を演じてる時でなくともその言葉が〝ごめんなさい〟から〝ありがとう〟に変化してくれただけでも、俺には充分すぎる御褒美だ。
そんな事を回想しつつ女部屋に入れば、机の前に座り忙しなく動くその手を思わず見詰める。ペンが置かれた瞬間に声を掛けようとしたが、振り向いたナミさんの瞳を見て無駄だと悟っちまう。
ペンを置いたのは描いていた海図を干す為であり、それも集中しているナミさんには描くのと同じ流れでしかないのだ。だから、話しかけた所で聞こえてはいないとわかる。
ただ、この飲み物をどうするかと考えた時、ナミさんの左手側に封筒が置かれているのに気が付いた。それに手を伸ばして見れば、俺の名前が封筒に書かれていたので、封筒のあった所に飲み物を置いてから、それの中身を読む。
内容は聞き覚えも見覚えも無いイベントの内容と歴史、それとレシピ等でそれを開催するかを皆で決めて欲しいと書いて〆てある。レシピは南瓜料理に集約されていて、お菓子にしても食事にしても南瓜を使用されている様子だ。
その他、お化け等に見える可愛らしいメニューも多く、ルフィやチョッパーが喜びそうだと思う。ルフィは少年的な物を当然のように好むが、案外可愛い物も嫌いじゃねェんだよな。
納得してその場を去る前に、飲み物を置いて行ってグラスにナミさんがぶつかったりすると、怪我をするのでは無いかと心配になる。なので、忘れない内にとそれを回収しようとした。
その時にナミさんの手がグラスに伸びて、危ないと思ったら普通にそれを飲んでくれた。それから元あった場所にグラスを置いて、また続きを描き続ける。
幻でも見たのかとグラスを見れば、飲んだ分減っていて……様子を伺ってみると集中しているのが分かる。無意識でも飲んでくれるのかと、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走りその場に座り込むと、本を返しに来たらしいチョッパーに心配された。
ついでだからとチョッパーにナミさんの集中力は問題無いのか確認してみれば、チョッパーは事も無げに1種の病気だぞなんて言う。性格とかの分類では無く『過集中』と呼ばれる病気らしい。
その事はナミさんも理解しているらしく、ダイガクキョウジュとかの研究馬鹿に多い病よねとか言われたらしい。なんだその、ダイガクキョウジュって……。
それからはルフィを中心にナミさんに教えられたイベントをやるかと聞いてみた。すると案の定やるとの話だった為、ウソップに飾り付け等の指揮を任せて、俺は料理に取り掛かる。
初めて見るレシピに、胸を踊らせるのは料理人の性だろう。レシピを見ればだいたいの味が想像できるので、それに勝手にアレンジを加える。
ナミさんのレシピはそうされる事を考えているとしか思えないから、躊躇いなくそういった判断が出来る。宝玉の新作レシピだと思えば、世界中の料理人から嫉妬されそうだなと思い顔がニヤけるのを抑えられない。
鼻歌交じりに料理をしていれば、匂いにつられたのかルフィとチョッパーが姿を見せる。コイツらはと思わなくもないが、仕方ないかとも思う。
お菓子のうち1部を適当な皿に乗せて、味見してみるかと言って差し出す。それに、うんもすんもなく飛び付いた2人に俺は、それ食って大人しくしていろと言う。
そんな俺の目の前で、2人は美味い美味いと笑いながら食べるから……後で食べる分が無くなるからそこまでだと冷たく言い放ってみる。だが、心が満たされるのはどうにもなりそうにねェ。
船内の飾り付けをするのは2人も楽しんでるのか、いつもよりは絡まれる事も少なく料理はスムーズに進む。その途中で普通の夕飯も作って提供して、イベントの食事が用意出来る頃には朝日が登りきっていた。
徹夜明けだからか太陽が黄色く見える。こりゃ、ナミさんばかり責められないかもな。
朝食の時間まで少し寝るかと思いつつも、食事に姿を見せなかったナミさんの元へ軽食を持って向かう。ドアをノックしても反応は無いので、そっと中を覗き込んでみた。
するとナミさんの肩が小さく揺れたので、どうやら反応できる状態に戻って来てるらしいと知る。そして、叱られるだろう事もちゃんと理解しているらしい。
「ナミさん、食事にしますか?それとも少し寝ますか?」
「サンジ君……」
戸惑いをその瞳に映しているナミさんに、成程と思って口を開く。仮装なんかしなくても、常に女神にしか見えないナミさんの気にしてる所はビビちゃんの事だろう。
「カルーを枕に寝てたから、毛布かけておきましたよ」
調理中に必ず出来る何もしてはいけない時間に、1服しに表に出た時気が付いて掛けておいたから嘘では無い。その言葉にホッとしたように肩から力を抜いたナミさんの顔を見て、まず寝かせるべきだと判断する。
無言でナミさんを抱き上げれば、落ちないようにか俺に素直に抱き着いてくれる。そんなナミさんをベッドに移動させて、布団を掛けようとしたら上着の裾を掴まれた。
どうしたのかと視線を向けると、縋るような眼差しで俺を見ているのがわかり、俺は自分に問い掛ける。……襲わずにいられるか?と。
今は寝かせるべきだ。だが、同じベッドに居て何もしないなんて事が……そこまで考えて、自分も寝る必要があるのだと思い出す。
「他の男に、それを願わなかっただけ良しとしますけど、無防備にも程がありますよ」
添い寝を希望してる可愛い女神の額に俺はそっと唇を落とすと、そのベッドに入り込む。目覚めれば忙しいイベントが待っている。
それが終わったその夜には、この美しい人を俺が心ゆくまで食べ尽くす権利を持っている筈だと思いながら、抱き締める。それに震える手で抱き締め返してくるから、弱っているのだと思い知らされた。
普段は素直に甘えられない人だから、こんな甘え方でも甘えてくれた事に感謝するべきだろうか。愛しく無防備な、俺の女神。
「愛してます」
お休みの代わりに愛を囁く。今はただ、互いの温もりを感じていれば幸せであるかのように、抱きしめ合いながら。
Trick or Treat……愛を囁く王子に幼い女神は頬を染める。その日の夜には、呪いも受けていない王子が自らの意思で野獣になるのだとは知らないままに、無邪気に微笑み束の間の休憩を取った。