こんなもんか?
ナミさんの出してくれた本を見て、料理の様子を見る。いつもの事だが、初めて作るナミさんのレシピ料理は、発展途上の作品だ。
色の塗られていない線だけの絵に、コックが各自自由に色を乗せろと言われているかのようなソレ。その為に書いてあるレシピ通りにまず1度少量を作り、その完成品を試食してから手を加える事となる。
その為にナミさんから貰ったレシピには、世界各地の料理人が色々と書き込んで行く。まァ……今渡されてるレシピは、まだ本になってねェけどな。
お正月料理よなんて言ったナミさんは、母親のような顔で皆を見ていたから、近い内に俺の彼女だと思い出させてあげたいと心から思う。いつも周りの人を支えてばかりで、自分が何かをしてもらう事を何処か苦手としている人だから、甘やかしたくなる。
部屋まで迎えに行ったら飛び付いてきてくれて、甘えてくれたのは可愛かったと言うのに、既に今は皆のお母さんとしか呼べない領域で動き回っている。それでいて、俺を蔑ろにしたりもしない。
優しく微笑む俺の女神は、俺の仕事を邪魔しないようにと少し距離を置いて時々口を出して来る。優しい眼差しで、クルーを見詰めるそれは既に聖母の域だろう。
「海老が足りないわね。……なら、仕方ないわね。サンジ君、私の分から海老抜いて、それとルフィとゾロ、フランキーには鳥も用意してあげて」
「ナミさんのを減らす訳……「サンジ君の海老、1口くれたらそれでいいわよ」」
こうやってナミさんは全員を甘やかす。艶やかな笑みを浮かべるナミさんが、実はそういった事を苦手にしているのは知っている。
だからこそ、強くなって2度と他の男に触れさせたりはしないと心に誓う。時間の掛かる物を先に火にかけて、短時間で出来る物は後回しにして行く。
「サンジ君、黒豆だけど……ここで重曹入れると良いわよ。照りが出るの」
「さっき作ったら皺が出来たり割れたりしてしまって、何が原因か分かりますか?」
「それはね……」
黒豆1つで何時までも話をしていたら、ルフィが腹減ったなんて言い出すからさっき食ったばかりだろうと思いながら、割れたり皺が出来たりした黒豆を差し出す。それを大喜びで食べるルフィに、そんなに喜ばれるならもう少し何とかしてやれば良かったかと思わされる。
レバーを煮るのに使った汁を見たナミさんが、貰って良い?なんて聞くからどうぞと言えばそれを使って、迷い無く肉じゃがを作り始めた。生姜とレバーのカスが残らないように丁寧にこした後で、ナミさんは当然のようにそれを使って肉じゃがを完成させると、それぞれの具材を少しずつ皿に乗せて俺とルフィに差し出す。
「2人共試食してくれる?必要なら、砂糖足すから」
ルフィはそれを食べて大喜びしているし、俺としてはこのままでいいと思うが……。チョッパーがいるからな。
「1つまみ、入れてください」
「はぁい」
ナミさんは笑って返事をすると、当然のようにそれを完成させる。本当にいつも働いている人だとそれを眺めて思わされた時に、ルフィの声が俺の耳に届いた。
「サンジー1度ナミの事、ちゃんと寝かせてやってくれよ」
「……どういう意味だ?」
「ナミは、昔から眠り浅かったけど、最近は〝守ってくれる〟存在が傍にいないと起きちまう。ロビンが見張りの時、襲うばっかじゃなくて、たまには寝かせてやってくれ」
「……ルフィ、お前」
「伝えたからな!」
そう言って甲板に飛び出して行った背中を見送り、俺は溜息を落とす。そりゃァナミさんも、クリスマスの日に寝込む筈だ。
俺の責任だったらしいと自嘲していたら、ナミさんが洗い物を済ませてくれていた。少し休んでくださいと言ってソファで寝かせれば、心配症ねなんて言いながらナミさんは素直に眠りに落ちる。
言われるまで気付けなかった自分が情けなくて、そっと上着をその体に掛けてから続きの料理を作って行く。夕飯の頃になっても目覚めないナミさんを見て、けれども誰1人起こそうとはしない。
いつもが激務だと知っているからこそ、そうなるのだと分かる。何よりナミさんは色々な意味で愛されているから、誰もが気遣い、思いやる。
それでも年越し蕎麦の頃になれば起こさない訳にもいかなくて、それぞれが声を掛ける。それでも半覚醒のナミさんはなかなか目覚めないから、俺に起こしてみろと皆が言い出すので素直にそれに従い近付く。すると、その耳元で声をかけた瞬間、ナミさんが俺に抱き着いてきた。
「ん、サンジ……く、ん」
「はい、俺ですよ。起きてください。……起きないと、皆の前でキスしますよ」
耳元で囁くとナミさんは飛び起きて顔を真っ赤にしながら、なんでサンジ君がこんな近くにいるの!?とか言ってる。いや、ナミさんが抱き着いてきたからですよ。
そんな事を思いながら、揃って年越し蕎麦を食べ始めれば、俺は先程の会話を思い出してナミさんに海老を差し出す。それを見て顔を赤くして、自分で食べるからなんて言うけど、俺の海老ですからね。
「俺の海老ですから、俺の箸で食べるべきですよね?」
「だって、恥ずかしい……自分で食べたい」
「……俺の海老を食べたいと言ったのは、ナミさんですよ」
にっこり笑ってナミさんに海老を差し出せば、躊躇いながらも、諦めたのか海老を1口食べて見せた。なので俺は満足して、その頭を撫でる。
そうしながら残りの海老に口をつけると、俺に少し恨みがましい視線を向けて来るナミさんがいた。だけど、耳まで赤くしていては俺を喜ばせるだけですよと内心で笑う。
そうして蕎麦を食べ終えた面々。その後いつもの様に俺が後片付けをしている間に、ナミさんがお年玉を配って回る。
それに大喜びで、即座に飛び出して行く数名を横目に見送り、残っている数名と笑い合う。ルフィとゾロのお小遣いは半額しか渡してないのよと、小さく舌を出したナミさんの気持ちが確かにわかる気がした。
「まだまだ、ガキだなァ」
「あら、ならフランキーはお年玉いらないの?」
「いるに決まってんだろ。それでロビンとスーパーなこと、する予定だ」
「まァ、フランキーったら」
はいはい、仲良しですねと小さく笑いながらそれを見る。その時ナミさんが、そのやり取りを母親超えてお婆ちゃんのような顔で見てるのに気付けば、俺も頑張らないとなと思わされた。
そんなナミさんの手を取り、外へと連れ出せば凍てつくような寒さに驚かされる。けれども分かっていたのか、ナミさんは冷静な声で俺に言う。
「何処か行くなら、支度してくるわ」
「そうですね。思ったより寒い」
「すぐ戻るから、サンジ君もコート位着ててよ?」
そう言って駆け出して行くナミさんを見送り、俺も寒空に出る為に支度を済ませる。そして、クリスマスの日に渡せなかったケープを手に表に出れば、ナミさんもちょうど戻ってきたところらしいと知れた。
「ナミさん、これも羽織ってください」
ケープを巻き付ければナミさんは暖かいと言って笑うから、その笑顔で俺まで暖かくなった気がした。そんなナミさんの手をとって、船を降りるとその手を俺のコートのポケットに入れる。
「こうしていると、暖かいでしょう?」
「あ、りがとう」
顔を赤くして俯いたナミさんに、そっと囁きかける。2人きりになれた喜びが、抑えられないかもしれない。
「ナミを独占したかったんだ。買物で悪いけど、付き合ってくれるかい?」
「サンジ君が、狡い。私がサンジ君からの誘いを断る訳、無いのに……」
「本当なら、このまま宿にでも連れ込みたい所なんだけど……それはまた今度、ゆっくりと行こう」
俺の言葉に頷いてくれる愛しい人と共に、正月の買い出しを済ませてしまう。ルフィが思っていたよりも食べてくれるから、色々と足りなくなったんだよな……。
「サンジ君、お餅どうする?追加で完成品買ってく?」
「……いや、もち米炊きましょう」
俺の言葉にナミさんは少し考えるような仕草をしてから、なら餅つきは皆にやってもらう?なんて聞いて来る。確かにそれは名案だと笑えば、杵と臼はフランキーが帰ったら作って貰いましょうなんてナミさんも笑う。
もう少しでサニーに帰り着くと言うところで、ナミさんが足を止めた。どうしたのかと振り向けば、俺に小さな箱を手渡して来る。
無意識的に受け取りそれを開けてみると、中からはオイルライターが出て来てついしげしげとそれを見詰めてしまう。デザインは俺の好みだけど、これはいったい?
「サンジ君、使い捨ての使ってたみたいだから……サンジ君が、その、いつも手にしてくれそうなものって思って……」
「ナミ?」
「クリスマスの時に!……本当は、渡す予定だったんだけど、私、熱出しちゃって……だから……!」
「俺からのケープも、クリスマスプレゼントの予定だったんだ。少し遅くなったけど、渡せて良かった」
俺の言葉にナミは泣き笑いみたいな顔をするから、ここで泣くと凍えちゃうぞなんて言い訳してナミをそっと抱き締める。本当は俺がその震える体を離したくないだけだったのに、言い訳ばかり得意になって本当の言葉を中々伝えられない。
「ナミ、明けましておめでとう。今年も含めて、ずっと俺の傍に居てくれる?」
「……あ、たりまえ、じゃないっ!」
そう言って抱き締め返してくれる愛しい温もりに、俺は心から感謝する。俺の孤独を癒す優しい月明かりのようなナミを、永遠に離しはしないと決めて、いつも不安に震えるその細い体を抱き締める。
Happy new year……君と共にこの先もずっと、歩んで行きたい。俺の全てで、君を愛そう。