どうして俺の女神の背中には、羽根が生えているのだろうか。どれ程俺が心配したと思っているのだろうか。
いや、きっと女神は分かってない。それも、全くもって分かってない。
変装しても無駄な事だよ、女神。君はいつも、美味しそうな香りがするからね。
そう言って連れ戻して、叱って部屋に閉じ込めて見ても、今現在でさえ中で楽しそうに過ごしている。でも、俺を見ると寂しそうに声をかけてくるのだ……部屋から出たいと言って。
まるで子猫が甘えるように、俺に甘えてくる。それは嬉しいし、可愛いんだけど……駄目だ、許したら駄目だ!
「ねぇ、サンジ君……お願い、私サンジ君とキッチンに行きたいの」
「ナミさんが反省したなら、出しますよ?」
「心配かけたのは悪かったと思うけど、行った事に後悔は無いわ」
凛とした表情で言い切るナミさんは綺麗だけれど……俺はそれだと許せないかな。人買いも多く居るあの島で、武器も無いナミさんが無事で居られたのは奇跡に近い。
それも……大金持ち歩いて、いつもの様に多くの部位を露出していたのだから。俺の気持ちも、わかって欲しい。
「サンジ君……お願い……」
潤んだ瞳で上目遣いとか……何この人、俺が勝てる筈……。ふらりとよろめく俺に、心配そうな瞳を向けて……トドメの1撃。
「サンジ君の傍に、いたいの……」
「グハッ!」
「サンジ君!?」
「わ、分かりました。俺の傍に、居てください」
もう1生傍に居てください。居てくれると言うなら、俺は下僕でも構わない……!
「うん、物凄く心配だから傍に居るわ」
「あァ……麗しの女神……!」
「サンジ君!?ちょっと、大丈夫!?ねぇ!?」
崩れ落ちた俺を抱き起こして本当に心配そうにしてくれるナミさんに、そっとキスをしてみる。そうしたら、心配して損したなんて言いながらその頬を赤らめるのだから、可愛いの他に何と言えば良いのか。
そうしてナミさん閉じ込め計画は、開始から僅か半日で終了した。俺が女神に勝てる筈なんて、無いんだよ。
そんな事もあったからか、俺に文字通りくっついていてくれるナミさんは本当に可愛い。ちまちまと手伝いをしてくれたり、真剣に俺が作業してる間は自分のやる事を進めているナミさんは、けれども本当に傍に居続けてくれる。
そして、俺の手が空いた瞬間にナミさんがお願いがあるのと言うので、何だろうと思う。いつも俺が気にかけて必要そうな所を手伝う他は、自力で全てやってしまうナミさんにしては珍しい。
「チョコの作り方、教えて欲しいの」
「勿論ですよ!」
俺用のチョコの作り方教えて欲しいんですね!分かりました!
お任せ下さいこのサンジ、命にかえましても!と浮かれた俺に、チョコに似顔絵をマキアートみたいにやりたいのなんて可愛い事を言う。
それを聞いて、やり方を教えつつ共に作れば何故か完成したのはウソップで。……ウソップ?
「ナミさん、これ、間違えたんですか?」
「なんで?似てない?」
「いや、明らかにウソップが何かガラクタ相手にしてる様子に見えますけど……」
「良かった!絵心無いから心配だったのよ!ウソップ喜んでくれるかしら?」
「いや、だからなんでウソップ?」
俺の声は半分以上届いてないのか、次に骨……いや、ブルックがバイオリンを弾いてる姿を描き出したナミさんに、まさか全員分作るつもりかと気付く。でも、それがまたナミさんらしいとも思えるから、俺はそれを見守りつつ次の食事を何にするかと考える。
そんな俺の思考に気付いたのか、ナミさんはサラリと食事の案を提示してくる。それは実際の所、本当にありがたい。
「サンジ君、ご飯だけどお好み焼きとかどう?」
「え?」
「傷みかけてる野菜あったでしょ?それ刻んで全て使えるし、良いかなって」
「……そうですね。それなら野菜を、ルフィにも食べさせられるか」
俺の言葉にナミさんは笑って、ウィンナー作るのは手伝うわねなんて言ってくれる。ここで心から言おう。
ウィンナーは1般家庭の主婦が作る、料理のレベルを超えてますよ。料理人名乗れる自覚持ってください。
言ったところでどうせ。〝調理師免許持ってないもの〟とか言うんだ、この人は!
それから毎日、俺がキッチンに立たない時はナミさんが立ってチョコを作り、時にはそれにロビンちゃんが加わると言う時間を過ごす。ロビンちゃんが加われば俺は邪魔しちゃまずいかと外に出て、いつ俺の分作ってくれるのかなと待つ。
……俺の分、忘れてるとか、無いですよね?
直接は聞けない俺のヘタレっぷりと来たら、泣けそうな程だ。でもなァ俺の世界の中心は、ナミさんだからなァ……。
ロビンちゃんが世界が滅んでも俺達に生きて欲しいと願ったように、俺もそれを願っている。その中でも特別なのは、やはりナミさんだ。
そういう意味では、ロビンちゃんと俺は同士だと思う。ロビンちゃんもフランキーとナミさんのどちらをと言われたら多分ナミさんを選ぶだろう。
ただ、それがもしルフィだったとしたら、俺もロビンちゃんも悩むだろうな……。ルフィは、ナミさんとは違った意味で特別だから。
それにしても、俺のチョコは!?ねェナミさァーん!
そうして迎えたバレンタイン当日。ナミさんとの協力もあり、朝食後はチョコレートフォンデュ大会となっている。
その開始と同時にナミさんはそれぞれに、それぞれの姿を描いたチョコを手渡していて、それに皆が笑ったり喜んだりしている。微笑ましい光景だ。
……ねェ、ナミさん、俺のは……?
そんな俺の様子に、ナミさんが気付かない筈はない。ナミさんは、人の悲しみとかに敏感だ。
「サンジ君、あのね……今夜は、フランキーが見張りだから……その、夜女部屋に来てくれる?」
コソコソと寄ってきたナミさんに言われて、俺は1も2もなく頷いた。良かった、俺にもあったんだ!
絵を描いてるの見られたくなかったのかな。ナミさんは恥ずかしがり屋さんだもんなァ〜!
そんな事を考えつつ、夜ナミさんの部屋に行けば少し不安そうな顔をしたナミさんがいて、それから恐る恐ると言う雰囲気で箱を差し出して来る。それをそっと受け取ると、ソワソワし始めるナミさんに俺が料理人だからかと思えば可愛く思わない筈は無い。
包みを開けると中からはシンプルな何も描かれていないハート型のチョコが出て来て、けれども俺の嗅覚が告げる。これは、まさか……。
カカオとは、大きく分けて3種類存在する。1つがある意味外来種みたいなもので、強い種類だ。
こいつが世界のチョコの元となるカカオで、70~80%を占めている。外来種がいるなら、当然少ない原種もいる。
その原種がクリオロと呼ばれる種で、全体の5%にも満たない普及率だ。弱い種であり、栽培も難しいのが少ない理由だ。
そして残りの%を占めているのが、このふたつの種類の配合種で、此方は強いので少しずつ数を増やしている。そのうちこちらが主流になる日も来るかもしれない。
何故俺がこんな説明をしてるかって?
その貴重なクリオロ種の中でも更に1%位しか育たない種類に、ホワイトカカオと呼ばれる品種があるからだ。そう……恐らくこの匂いは、それだ。
1万本のカカオの木があって、その内5本しかこの種類は無いと言う奇跡のカカオ。その貴重なカカオから、チョコを作ったと言うのか。
捨て猫みたいな顔で俺を見ているナミさんに視線を向けて、俺は少し緊張しながらチョコに口付ける。口に含んだ瞬間、香りと濃厚なその味に、間違いないと思う。
……生きてて、良かった……!
そもそもどうやって手に入れたのか。そしてカカオからチョコ作れるなら俺に教えて貰わなくてもチョコ作れたでしょう!?と、少し思う。
「ナミさん、これ自分でも食べました?」
「……味見程度に舐めたけど……え?まさか、美味しくなかった!?私、作り方間違えた!?」
「合ってます。美味しいです。もう、料理人名乗って大丈夫です」
「それは嘘。褒め過ぎよ」
本音だってのに。信じない愛しい人に、これで後で2人で食べられる物を……いや、それは勿体ない。
これは世界を敵に回したとしても、俺だけのチョコだ。今ならバスターコールがこのチョコにかかっても、1人で乗り切れる自信がある。
「ナミ、ホワイトカカオはまだ残ってる?」
「うん、半分しか使ってないからあるけど?」
「明日、それで何か作るよ。……勿論、貰っていいならだけど」
「是非、お願いするわ。あ、でも、そんなに量が……」
「……2人でって言うと気にしそうだから、ロビンちゃんとチョッパーにも少し分けるって所で妥協して、後は俺と2人で食べよう」
抱き締めて囁けばナミはうんと言って頷いてくれた。その時ナミが動いた事で、髪から蜜柑とかハーブだけじゃなくてカカオの匂いを嗅ぎ取ってしまう。
そうなれば、もう衝動を抑える事は出来ない。首筋に吸い付いて下着に手を入れれば、恥ずかしそうに声を押し殺した。
でも、今夜は辞めてあげられない。俺だけのお姫様。
「カカオには催淫効果も含まれるのは、知ってるだろ?」
「こんな、急に野獣になる程には含まれてないのも知ってるわ!」
「それは仕方無い。ナミ本人に、俺を誘惑する催淫効果があるんだからね」
恥ずかしがって逃げようとするから、背後からナミを抱き締めて立ったままのナミに指を這わせる。それに合わせて体を反応させるナミに、今夜は寝かせないと宣言すればそっと振り向いたナミが小さく答えた。
「……私の事は、残さず食べてね?」
チョコを残してあるからかそんな事を言われては、もう止まれる筈も無い。立ったまま1度指で高めてやろうと指を動かせば、必死で声を抑えながら体を震わせている姿に、もう理性は裸足で逃げ出していた。
Happy Valentine……料理人はどんな時でも、下拵えに余念が無い。可愛い食材は、ただ美味しく食べられるのを待つ事しか許されはしないのだ。