ホワイトデーが迫る中、フランキーに当日何か摘めるものをと頼まれたので真面目に考える。フランキーだけなら適当に残り物でも出してやれば良いが、ロビンちゃんも確実に1緒なのだからちゃんと考えないとな。
女性には等しく優しくする俺に、ナミさんが妬いてくれた事は無い。それが寂しいと言ったら、サンジ君はそういう生き物でしょと笑われてしまうのだから敵わない。
ロビンちゃんがフランキーと食べるのに良さそうな物はと考えると、酒と珈琲のどちらにも合うから生ハムチーズでもどうだろうかと考えている。だが……それよりもホワイトデーにナミさんにはどうしてあげたら喜ぶだろうか。
俺の料理を素直に喜んで警戒しないでくれるのだから、何かフルコースをとは思う。形ある物だと、壊れたりした時、嘆きそうだし島に寄って何かを用意する余裕はねェからな。
何が良いだろうか、和食かフレンチか……中華も有りだよな。そう考えた直後に、駄目だと自分に突っ込みを入れる。
中華だと絶対皆で食べましょうとか絶対言い出す。大切な事なので絶対を何度も使いました!ってな勢いだ。
和食なら2人でとか……言うだろうな。俺と2人でゆっくりなんて、この船では不可能だ。
和食も中華も1人分だと見栄えも良くねェし。だとしたら消去法だが、フランス料理だな。
そうしてフランス料理と決めたが、フルコースと言っても色々ありすぎて悩む。ナミさんが喜ぶ物をと思えば蜜柑だから、デザートは蜜柑で作るとして……他にも蜜柑を使いたいな。
そんな事を考えていたら女部屋にニュースクーが入るのを見て、飲み物の差し入れに向かう。ニュースクーがいるなら、ナミさんも反応するだろう。
飲物を用意してから向かうと、ノックしても反応が無くて、遅かったかと思いながらも部屋のドアを開ける。すると中ではマシュマロの詰まった箱を眺めて、ニマニマしているナミさんがいて成程と思う。
家族からの贈物、それもあのお姉様相手じゃ今のところ俺に勝ち目はねェな。ナミさんの世界の中心は、なんだかんだ言ってまだまだ家族だ。
その時ムニッという感触と共に口の中に何かが押し込まれた。これは、マシュマロか。
犯人に視線を向ければ少し困った様子で俺を見ていて、特別よなんて言う。それに何故か素直にお礼を言いたくなくて、少し嫌味かなと思いながら言葉を返したのにナミさんは得意気に頷くから、これはどう足掻いても俺に勝ち目は無いなと気付かされる。
幾つか聞きたい事もあったけど、後にするかと飲み物だけ置いて部屋を出る俺をナミさんは見送ってくれる。仕方ない、何なら喜んでくれるかもう少し真面目に考えてみるか。
そうして倉庫で唸っていると、ロビンちゃんが顔を覗かせた。どうしたのかと思ったらボトルを1本差し出され、それを受け取るとクスクスと笑われる。
渡された物を見てみると、それはナミさんの生まれた日の白ワインで……。え?
「貰って良いんですか?」
「ナミに何か作るなら、使ってあげて。この間寄った島で見付けて衝動買いしたけど、こういう物を私からあげてもね」
「それでしたらお言葉に甘えて、食前酒のカクテルと食事中のワインとして使わせて貰います」
「きっと喜ぶわよ。それにしてもナミは、どこでテーブルマナーを身につけたのかしらね」
言われてからそれは気になっていたんだよなと思う。俺は物心着く前から躾られていたし、ロビンちゃんはクロコダイルと共に長く過ごしていたからその時だろう。
でも戦災孤児でその後は海賊として生きて来たナミさんに、それを学ぶチャンスなんてなかったんじゃねェのかって少し思う。でも、テーブルマナーだけじゃなくて、いちいち所作が綺麗なんだよな。
貴族だ王族だと言われたら納得出来るような、優雅さと洗練された空気を纏っている。俺はそれでも、ナミさんが話したくなるその時までは無理に聞かねェと決めてる。
「俺には分かりませんが、独学かも知れませんね」
「ナミは本で随分知識得てるものね。とりあえず、これでナミにはお返しが出来たわ」
そう言って楽しそうに去って行ったロビンちゃんを見送り、メニューを決める。他の奴らには適当に残りをボウルにでも入れて出して置けば、勝手に喰ってくれるだろう。
ロビンちゃんは普通に出すとして、男達は質より量だからな。……その癖、変なところに気付きやがるから厄介だがな。
サラダ用のカルパッチョを少し取っておけば、フランキーとロビンちゃんが酒のアテに出来るだろうか。そう思った時ふと、何時だったかナミさんがコンソメは懐かしいけど、作るの手間だからなんて寂しそうにしていたのを思い出したから、スープはコンソメにするとして……。
「おぉーい!サンジー!」
「五月蝿ェな!何だよ!?」
考えながらキッチンで作業していた俺に騒ぎ続ける声に苛立てば、悪びれも無く首を傾げてくる。そして、俺の怒号を気にせずにルフィは笑った。
「何言ってんだよ。俺ずっとサンジを呼んでたんだぞ?腹減った!」
「まだ飯の時間じゃねェよ!どんだけ食えば気が済むんだてめェは!」
ルフィとそんな話をしながら、ふとメインのソースを蜜柑で作ろうと思いつく。その瞬間、ルフィが船長の顔で笑った。
「サンジはナミの事考えてる時と料理の事考えてる時だけ、楽しそうだよな。今回はどっちだ?」
「……両方だよ」
「ナミの料理も美味ェけど、サンジのはもっと美味ェから、その日が楽しみだ!」
「……チッ、忘れなかったら、てめェらの分も用意してやるよ」
「おう!ありがとう!」
作って貰えると疑う事無く満面の笑みを浮かべられては、それ以上俺に何が言えただろうか。そうして迎えたホワイトデー当日。
夜出すと胃に重いかと思ってランチでフルコースを出す事に決めた俺が準備していると、ナミさんがいつもの様に蜜柑を持って来てくれた。ナミさん本人も蜜柑みたいな匂いがするし、見た目も蜜柑の花のよう……いや妖精みたいだけどな。
「サンジ君、どうかした?」
「ナミさんが妖精みたいに愛らしく、いつもと変わらず美味そうだなって考えてました」
「もうっ!冗談ばっかり言って!」
「俺はいつでも本気ですよ。ランチはナミさんだけ特別メニューなので、他の奴らに与えないでくださいね」
怒ってたナミさんのそれを躱して言った俺の言葉に、ナミさんは動物の餌やりじゃないんだからなんて言いながら、困ったような顔をする。その様子が少し幼くて可愛い。
奴らは充分動物ですよと言いそうになるのを飲み込み、そっとその額にキスをする。それから、今夜は2人でゆっくりしましょうと言えば、小首を傾げるナミさんがいた。
「ロビンもフランキーも、今日は見張りじゃないわよ?」
本気で分かってない様子のそれに、まさかと思う。今日が何の日か、忘れてるのかな?
「今日はホワイトデーなので、バーで過ごすと思いますよ。なので、部屋は空いてるでしょう?」
俺の言葉に真っ赤になった愛しい人は、挙動不審になってから小さく頷いた。……今、食べたら駄目ですか?
食事の時間になるのと同時にナミさんには、オードブルとロビンちゃんから貰った白ワインベースの食前酒を出せば、嬉しそうにその瞳を輝かせてくれた。騒ぐ奴らにバレンタインのお返しだ馬鹿と言えば、ブーブー言いながらも引き下がったので良しとする。
ロビンちゃんにはナミさんと同じオードブルを出して、野郎共にはメインの魚を先に山にして出してやる。舌平目のムニエルだ、文句はねェだろ。
勿論、ロビンちゃんとナミさんの分は別にしてある。男達が魚に群がってる時、ナミさんが小首を傾げた。
「この食前酒、初めての味だわ」
「ミモザ擬きですからね。シャンパンの代わりに、白ワイン使いました」
オレンジジュースの代わりにナミさんの蜜柑で作ったジュースを使っているのもあり、呑んだ事があったら驚きである。ロビンちゃんとフランキー用にはクラレット・パンチを用意してあるから、夜はゆっくり楽しんでくれるだろう。
「成程、ベルメールさんの蜜柑なのは分かったけど、ワインかぁ……」
「食事中のワインは、それの元に使用した物を出させて頂きます。マドモアゼル」
「ふふ、ありがとう」
全員にサラダを用意して、ナミさんの分だけサーモンのカルパッチョを乗せて出したら野郎共に騒がれたが蹴って黙らせた。このカルパッチョの残りもロビンちゃん達の分として酒のアテに出すから、生ハムチーズは辞めたがそれは良いだろう。
メインは先に食べてる奴らは無視して2人のレディに舌平目のムニエルを出して、それを食べている間にナミさんのメイン第二弾を作り上げる。鴨ローストだ。
そのソースにはオレンジジュースを基礎として使うのが1般的だが、そこをナミさんの蜜柑で作ってあるので喜んでくれるだろう。デザートもナミさんの蜜柑で作ったケーキだから、それだけで喜ばれると信じている。
そんな時にナミさんから戸惑いの声が聞こえて、視線を向ければその瞳が揺れている。あァ、気付いたのかとナミさんがボトルと俺を交互に見ているから気付く。
「……サンジ、くん……この、ワイン」
「あァ、ロビンちゃんからナミさんにホワイトデーのお返しだそうですよ。なのでお礼はロビンちゃんに」
「……二人とも、ありがとう」
泣きそうな顔で笑ったナミさんは、何かを与える事は躊躇わないのに、貰う事に不慣れだ。だからこそ俺は、ナミさんを甘やかしたくなるのかもしれない。
「メインの第二弾です。お待たせ致しました」
ナミさんの食べ終わった皿を下げながら肉のメインを出せば、完璧なフルコースねと笑う。そんなナミさんに、飲み物は珈琲と紅茶どちらになさいますかと聞いて見る。
ロビンちゃんは聞かなくても珈琲だからな。実はこの肉のメインは、ナミさんの分しか用意してない。
「悩ましいわね。オススメがあったらそれで」
「畏まりました」
セイロンのオレンジペコに、蜜柑を添えればナミさんはきっと笑うだろう。ちなみにオレンジペコとは茶葉の部位であり、オレンジとは無関係である。
ローズマリーやローズヒップが薔薇と無関係なのとそれは同じ。皆さん、名前に惑わされないようにしましょう。
予想通り喜んでくれたナミさんを見詰めながら、フランキーに酒とツマミは用意してあるからと場所だけ伝えれば、ありがとうと素直に言われた。それに煙を吐き出す事で答えてから、俺は俺の仕事に戻る。
全てを食べ終えたナミさんが食べすぎたわなんて言ってるけど、全体的に量は1般的なそれより少なくしてあるんですよ?
「ナミさん、また食が細くなってますね」
「そうかしら?疲れてるのかな」
「……少し、本でも読んでゆっくりしててください。紅茶のお代わりはありますから、甲板にお持ちします」
「ありがとう。少しのんびり航海日誌でも書いてるわ」
そう言ってから、ご馳走様と笑ってくれるナミさんを見送る。夜ご飯はいらないと言ったナミさんには葛湯を用意して、他には普通に食事を用意すればナミさんが照れたように笑う。
「そんなに甘やかさないで、サンジ君無しだと生きられなくなるわ」
「大歓迎です。是非、そうなってください」
「もうっ!サンジ君のバカ!」
食後それぞれが所定の場所へと消えたのを確認して、やる事を終えてからナミさんの待つ部屋へと向かう。体調が悪そうなら、無理に抱くつもりはねェけど……大丈夫かな。
部屋に入れば優しく笑って手招くナミさんに、無理はしなくて良いと言えば珍しくナミさんから俺にキスしてくれる。それに驚く俺にナミさんは妖艶に微笑む。
「馬鹿ね……私が、サンジ君を欲しいのよ」
そう言われて止まれる筈も無く、俺は愛しい人の肌に手を這わせる。それにピクっと反応しながらも声を押し殺す可愛い反応に、本気にさせられる。
へェ?誘ってきたのに、恥ずかしがるなんて煽ってるって事で良いよな?
「ナミの声が聞きたい。聞かせてくれ」
「狡い……2人モードで、それは狡い……」
先程とは打って代わりウブな少女のように、そんな事を言いながらナミは素直に声を聞かせてくれる。その度に、恥ずかしそうにするのがまた堪らない。
ホワイトデーの夜は、恋人達の夜。甘え甘やかされて、2人はゆっくりと幸せな夜を過ごし始めた。
余談ですが、ベルメールさんが最期に作っていたご馳走がこの鴨ローストの蜜柑ソース掛けだと思われます。