思い返してみれば、バレンタインは少し不安にさせられたけど幸せな日だった。実は今もホンの1欠片、あの時貰ったチョコが残ってる。
食べるのが勿体なくて残してあるが……ルフィやチョッパーに見つかると食われそうだから後で食べよう。まァ、いつもそう思いつつ、食えないでいるヘタレなんだけどな。
そして、ホワイトデーにはそのお礼にと食事を提供したが……さて、今回はどうしたものか。オレンジデーなんて物があったなら、分かっていたならホワイトデーは何か身に付けられる物を贈ったんだけど、それの存在を知ったのは今なのだから困ったものだ。
船は現在海上にある為ナミさんが部屋にいないならお風呂か、はたまた蜜柑の木を世話しているかだろうと分かっている。なので、机に飲み物とケーキを置いて少しだけベッドに座らせてもらう。
座ってみると体が妙に重く感じて、立ちっぱなしで体が疲れていたのだと実感する。動いてる時は、案外疲れてても動けちまうもんなんだよな。
同じシャンプー等をロビンちゃんも使ってる筈なのに、体に纏う香りが二人共少し違うんだよな。……とベッドからする香りに首を傾げて、そのまま少しだけ体を伸ばす。
普段寝る場所はフランキーのおかげで俺達もベッドになったが、それでもいつ壊れても簡単に直せる簡易的なそれである。その為、女部屋のベッドの質の良さに体が幸せだと言う。
腰が地味に痛ェ……。そんな事を考えていたらそのまま寝てしまっていたらしく、ナミさんの細い指先が優しく俺を撫でてくれた事で意識が浮上した。
直ぐに起きようかと思ったけど、ナミさんが囁くように〝愛してるわ〟なんて言うから、起きるのが勿体なく感じてしまった。俺が寝てる時、ナミさんはどんな感じで俺を見てるんだろう。
そっと薄目を開けて様子を見れば、風に乗って舞い込んできた花弁に優しい顔を向けていて……。俺は花弁にさえ嫉妬して、そんな自分に情けなくなる。
その後額にそっとキスして来たナミさんは、まるでそれが自然であるかのように俺に抱き着いてきた。ベッドに残る香りも良いけど、本人の香りの方が俺は好きだな。
そんな事を考えている俺に、ナミさんは甘えるように擦り寄って来る。そして、お休みなんて囁いてから本当に眠ってしまった。
いつも中々眠らなくて困るのよ……なんて言っていたロビンちゃんを思い出せば、このままベッドか抱き枕を演じているのも悪くはないと思える。けれど……駄目だ、そろそろ仕込みしないと。
でも、俺が部屋から出たらナミさん起きちゃうよななんて考えたら、このままで良いかなんて1瞬思ってしまう。それくらい安心した顔で、寝ているんだよなァ。
そっとその頭を撫でて、髪にキスを落としてから俺の上着をナミさんにかける。このままネクタイで縛って襲いたくなる程には可愛いけど、そんな睡眠妨害も出来ない程に、安らいだ顔をしている。
「あら、珍しい。ナミ寝てるのね」
「ロビンちゃん」
「1度寝たら中々起きないから大丈夫よ。まァ、部屋から誰もいなくなると起きちゃうけど……交代するわ」
ロビンちゃんからの申し出に頷きつつ、ナミさんの前髪を少しズラして顔色を確認すれば、少し青白い上に隈が出来始めている。先日も夜中にサイクロンが来たからなと思えば、それも仕方ない事だが……どうしても心配になって離れ難いと思う。
それでも、他のクルーがどうでもいい訳でもないから、役割は果たさねェとなと軽く頭を撫でてナミさんをベッドに寝かせる。体からナミさんが離れるだけで、寂しく感じるとかダメだよなァ。
「ありがとうございます。少し隈も出来てますから、食事の頃まで寝かせてあげてください」
「サンジは、ナミの事を本当に大切なのね」
ロビンちゃんの言葉にメロリンと返そうと思っていたのに、何故か俺は笑う事しか出来なかった。眠っているナミさんが俺の上着を掴んで小さく俺の名を呼んだから……幸せ過ぎて、悶える事さえ既に出来ない。
今度、前髪少し切らせないと目に入りそうだなとナミさんの髪を弄りながら思う。でも、髪でさえ他の男に触れさせたくねェから、俺が切るかな……。
「……行ってきます。ナミさんを、お願いします」
俺の言葉にロビンちゃんは驚いたような顔をしてから、えェと言って笑ってくれた。それから数日後、船はナミさんの言う通り1つの島に到着した。
流石にナミさんへの贈物をマリモやルフィに相談は出来ず、消去法でウソップに白羽の矢を立てた俺はウソップを伴い島へと降りた。色々ウソップと話したが、ウソップの言葉で俺は結局デザートを作る事にした。
「……形あるものは壊れるだろ。いる場所は船だしさ。そうなったらナミ泣くだろうから、消え物のが良くねェかな。布だって劣化するぞ」
「ウソップ、お前……」
「メリーと別れた時、それに気付いたんだ。メリーはカヤから貰ったから……だから、多分最後まで1緒に行って、カヤにありがとうって言いたかったんだと……今なら冷静にそう思える。あんなに強くて優しくて、立派だったメリーでさえ別れたんだ。それを思えば何でも壊れちまうのは嫌でも分かるだろ」
ウソップは俺の他愛ないような相談に真剣に答えてくれて、それに感謝する。見た事はねェが、カヤちゃんと言うのは儚げな優しい美少女だと聞いている。
病弱ってのが違うが、他は何処かナミさんと通じる所があるよななんて思う。涙を見せずに笑顔で送り出してくれたと言うその彼女から、無事を祈りつつ贈られた船か。
「ありがとう。そうだな、それに最近ナミさん少し細くなったもんなァ。カロリー高い物食わせないと」
「え?ナミの奴、体重が増えたからダイエットしたいとか言ってたぞ?その為にトレーニングの時間増やすとか」
何だと!?
体重が増えたなら筋肉が増したか、胸が成長したかだろうな。腰は恐ろしく細くなっている。
ストイックに柔軟体操や筋トレを行い、日常的には砂袋を四肢に装着して居るのを知っている。出会った頃よりも明らかに胸が大きくなっている上に、あれだけ鍛えたりしていれば筋肉もついてる筈だ。
ん?待てよ。
そうなると1般的な貴族のような生活していたらナミさんの胸って、今の倍近いサイズなんじゃねェか?
駄目だ、鼻血出そう。あの可愛い顔にそんな凶悪な物を育てて、世界をナミさん争奪戦で破滅させたいのかよ!?
そんな事を本気で考えていた時に、ウチの蜜柑は世界一で種類も豊富だよ!なんて掛け声で呼び込む5歳くらいの看板娘が見えた。……他も見てから行ってみるかとその場を通り過ぎて、オレンジや蜜柑を選んで回るけど俺の求める質の物はなかなか無くて思わずウソップに声を掛ける。
とは言え他の物は色々買えたので、荷物持ちを手伝ってくれているウソップの顔は既にほぼ見えないんだけどな。そこは気にしない方向で行こう。
「さっきの蜜柑売ってた子供いたろ?」
「あァいたな」
「あの子の所へ行こうか」
「……確かにあの子のならサンジも納得出来るか」
「あァ……香りも良かったから、楽しみだ」
そうして歩き出した時、ナミさんの姿が確認出来た。ただ、何があったかは知らねェが今にも泣きそうな顔で、落ち込んだ様子で俺を見て、背を向けて駆け出して行っちまう。
買った食材投げ捨てる訳にも行かなくて、船で話を聞こうなんて呑気に考えた俺は子供の所で蜜柑を購入してからサニーへと帰る。食事をしている皆を見られる位置にある窓辺に置かれたメリーの模型は、ナミさんが毎日埃を落としているので綺麗な状態を保っていた。
メリーの模型の所に蜜柑の花が1つ置かれていて、ナミさんが咲いたからと持ってきたのかそれともナミさんに花が着いてきていて、勝手に落ちたのか。どちらにしても、蜜柑の花はナミさんを連想させる。
やる事を終えてナミさんの様子を見に行くけど、明らかにナミさんに避けられていて会えない。頭のいい人だから、多分俺以外には偶然に見えるだろう躱し方をされてしまえば話を聞く事も出来ない。
何があったのか。避けているというより、逃げているような……?
そうしているうちに迎えたオレンジデー当日。ナミさんには、蜜柑のスフレオムレツに蜜柑シャーベットを添えて出そうと決めている。
ロビンちゃんとチョッパーには、蜜柑丸ごとゼリーで、野郎共には蜜柑大福を用意しようと思っている。この2種類はナミさんの分も1応用意しておいて、食後のデザートに出してあげようとは思っているけど、今日のおやつタイムはとりあえずこれだ。
ナミさんはロビンちゃんやチョッパーと甲板に居て、ロビンちゃんがチョッパーに絵本を読んでいる横でナミさんは何やら本を片手に執筆している。それに近付くとナミさんは瞳を揺らして、泣きそうな顔で俺を見るから、何があったのかと本気で心配だ。
「ロビンちゃんとチョッパーにはこれを、ナミさんには此方を。本日はオレンジデーですので、特別バージョンにさせて頂きました!」
「サンジ、これ蜜柑の頭切ってあるだけか?」
「馬鹿か!ロビンちゃんにも出すのにそんな事するか!ゼリーだよ。蜜柑の皮が器に、ヘタが蓋になってるだけだ」
「あら、可愛いだけじゃないのね」
チョッパーに答えていたらロビンちゃんが楽しそうに笑いながらそう言ってくれて、俺はメロリンとしつつナミさんの反応を伺う。蜜柑シャーベットはハート形にしたんだけど、俺の想い通じてますか?
そんな俺にぎこち無く、けれども優しく笑いながらナミさんも言葉を向けてくれる。最近はつらそうにしか笑わねェな。
「……サンジ君、ありがとう」
「飲物はチョッパーにはオレンジジュース、ロビンちゃんには珈琲で、ナミさんにはハニーオレンジティーです」
用意したそれを提供すると、ナミさんはもう1度ありがとうと言って俯いてしまう。何がナミさんを、こんなにも悲しませているのだろうか。
「……また、後程食器を下げに来ますね」
そう言って俺がその場を離れると、その様子を見ていたらしいウソップが蜜柑大福を2~3個手にして俺に小さく言う。コソコソした様子なのは、その手にある蜜柑大福の前にもそれを食べたからだろうか。
「後でこれお礼に少し用意しとけよ。すんげェ美味い。蜜柑の仄かな酸味が白餡とマッチし過ぎて、止まらなくなる。緑茶か梅昆布茶をそれに合わせたい所だ。んで、本題だがよ。ナミには俺様が、少し話をしておいてやるから待ってろ」
「ウソップ?」
「ナミはさ、あの容姿で能力高ェのに自分に自信がねェし、怒るって事がねェからわかりにくいけど……アレは放置したら不味いだろうからな。まァ、ナミの思考は何となく予想もつく。この船では多分、俺様にしか気付けねェだろうけどよ」
「なんでお前は分かるんだよ」
「俺様はネガティブキングだからな!ネガティブクイーンの気持ちは分かる!」
……ウソップが頼もしく見えたのは、何故なのか。てか、ウソップ並にネガティブだったんですか、ナミさんって……。
普通じゃねェぞそれ。だってウソップは、ネガティブホロウをネガティブにさせられるレベルなんですよ?
その日の夜、食事の頃には少しでは無い戸惑いを見せつつも、いつもの様子に限りなく近い状態になったナミさんに、少しホッとする。さり気無くウソップに聞けば、可愛い誤解は解いておいたと言われた。
可愛い誤解……?と聞けば、なんと、浮気していると思われていたらしいと知る。
そこで怒るどころか、涙を堪えて身を引く決断をしようとしていたと知れば慌てるのは俺の方だ。身を引くっていやぁ聞こえは良いが、結局は俺を捨てるって事ですよね!?
「ナミさァん!俺を捨てないでェー!!」
「サンジ君!?捨てないわよ!寧ろ、私が捨てられたくなくて、身を引こうと……」
「俺がナミさん以外に、本気になる筈ないじゃないですか!!ナミさんの馬鹿ァ!!」
突然ナミさんに抱き着き、縋るようにすればナミさんは俺を抱き締めながら小さく、勘違いして、酷い態度だったけど怒ってない?なんて可愛い事を言ってくる。
俺が怒る筈無いのに、寧ろ俺はナミさんを心配してただけなのに……。その瞳が余りにも不安に揺れていたからつい、悪戯心で口を開く。
「凄く悲しかったから、今夜は……甘えさせてくれますか?」
「サンジ君が、それで許してくれるなら……」
「なら、たっぷり甘えます。甘えて、恥ずかしがる事を沢山しますから……寝られないのは、覚悟してくださいね」
俺の言葉にナミさんは真っ赤になってから、小さく頷いて自分からKissしてくれた。それに幸せだなと思いつつも、泣きそうになる自分を自覚する。
夜、フランキーが見張りだからと部屋を明け渡してくれたロビンちゃんのおかげで2人になれたので、蜜柑大福を少し持たせて2人でどうぞと言っておいた。誤解を解いてくれたウソップには、ナミさんに作った蜜柑スフレオムレツの残りをこっそり提供しておいたので、大福は不要だろう。
女部屋には二人分の蜜柑大福と、蜜柑丸ごとゼリーを持って行き、それを差し出すとナミさんははにかんだように笑った。それから少し困ったような顔をする。
「美味しそうだし、興味もあったけど……こんな時間に食べたら、太っちゃうわ」
「これから運動しますから、大丈夫ですよ」
「うん、どう……」
茹でダコ状態のナミさんに、慣れないなこの人もなんて思って笑ってしまうけれど、空気を変える為かナミさんは蜜柑ゼリーを口にしてくれた。その直後に動きを止めるから、やっぱり気付いたかと思う。
今夜の分だけ、ナミさんの分だけ、ナミさんの蜜柑で作ったんだと気付いたのだろう。昼間のは、少女の店で買った物を使っていた。
「サンジ君、これ……」
「お気に召しましたか?」
「ありがとう……」
そう言って泣き笑いを見せるナミさんは、儚くも美しい。そんなナミさんはもう1口蜜柑ゼリーを口に入れると俺の唇に自らの唇を合わせて、そのゼリーを移動させてくる。
え?
なんですかこのご褒美!
「サンジ君、大好きよ」
「……あれ?」
「どうしたの?」
なんで〝大好き〟なんだろう。恥ずかしがってるのかな。
それとも言い間違えたのかな。だって、あの時はちゃんと別な言葉をくれただろ?
「ナミさん、間違ってますよ」
「何が?」
「ナミは、俺を〝愛してる〟んだろ?」
寝ていたあの時の言葉をそっと囁けば、ナミは爆発したように赤くなり口篭る。……でももう、駄目だよナミ。
こんなに可愛い君を、食べないなんて出来る筈も無い。1口ずつデザートを口に入れては食べさせ合うと言うそれを強制的に始めた俺に、ナミは瞳を潤ませつつも付き合ってくれる。
それが罪悪感からであっても構わない。こんな美味しいチャンス逃すものか。
「浮気を疑う事が出来ない程に、ナミを愛してみせるから……今日は、好きなだけ啼け」
「サンジ君!待って……!」
「待たない」
待てなくもないけど、待ちたくない。だって今夜は〝甘やかしてくれる〟んだろ?
悲しませたお詫びに作った蜜柑の金太郎飴はナミさんの似顔絵をイメージしてある。それを可愛い硝子瓶に入れてリボン迄掛けてきたが、それをどうやって渡そうか。
そんな事を考えながら、そっとその体に印を付ける。でも、そうだな……俺の似顔絵にしても良かったかな。
ナミがナミを食べるより、俺を食べた方が……。まァ、今夜は俺がナミを美味しく食べさせて貰うけど。
Happy orangeday……蜜柑の香りが部屋に充満する時、2人の想いは絡み合い結ばれる。絡み過ぎたそれは、もうきっと誰にも解く事は出来ないだろう。