昨夜は飲み物だけ飲んでいた。確か、蜂蜜入りのミルクティだったと思う。
今朝はシャワーを使って蜜柑の世話はしていたが、自分の飲食をしてるのを確認していない。水分補給もしたのか怪しいと思いながら冷蔵庫を開けると、中から蜜柑ジュースが消えていた。
とりあえず水分補給はしたらしい。この蜜柑ジュースはナミさん専用だと口を酸っぱくしてるから、ナミさんもルフィやチョッパーに与えないし、どうしてもの時は俺に許可を取るのだからそれだけは間違いない。
ナミさんの体調管理の為だからと話してあるから、皆も勝手には飲まないのがこの蜜柑ジュースだ。いい加減、果物と飲み物だけで人は生きられない事を学んで欲しい所だけどな。
……そろそろ何か食べさせないと不味いな。放置すると、普通に1日1食さえ食べれば終了とかやり出す人だ。
それも食事は太るからダイエット!とかなら可愛いものだが、本気で忘れてる所が始末に悪い。確かに航海士ってのは船内において何よりも多忙な職業ではあるし、作家や作曲家も兼任し、宴の時は楽士に早変わりするそれは多忙になって当然なんだが……。
1日の睡眠時間がそもそも5時間無いのが問題だ。さて、何だと食べてくれるだろうか。
生クリームたっぷりのフルーツサンドなら、喜ぶかな。飲み物はロイヤルミルクティーにして、胃への負担を減らして……それなら問題なく食べるだろう。
好き嫌いでもなく、毒への警戒でもなく、胃痛で食べられないとか言い出すのは知ってる。だがそれは日常的に食事を抜くのが原因だから、本当に困りものだ。
溜息を落としてから図書室への梯子を登ると、窓を開けたナミさんが外を睨み付けていた。だとするなら、何か指示が飛ぶだろうか。
慌てた様子で表へと飛び出すその背を見送り、製図台の隣にある台に作ってきた物を置いてその背を追い掛けた。その背を追いかけた筈なのに、目の前には妙に濃い霧が立ち込めていて、霧と霞の違いってなんだろうかと1瞬考える。
聞けば、ナミさんなら平然と応えてくれる気がするのが怖いよな。霧、霞、靄の違いを厳密に聞かれた瞬間に答えられる人間はそう多くないと思うが、ナミさんなら知ってるだろう。
そんな事を考えていたら、ナミさんが自分を強く抱き締めてそのまま身体を倒れさせようとした。慌てて抱き留めると、全然大丈夫なんかじゃない癖に俺を振り払い動こうとするその姿に、舌打ちしたくなる。
「この程度、甘えには入らない」
敬語を使うのも忘れて厳しい声を響かせれば、泣きそうな顔をするから……こりゃ弱ってるなとそっと抱き上げる。……また、軽くなってるな。
そのうち消えるんじゃないか。何処かに隠してる羽衣を見付けて、飛び去るんじゃねェかと不安になる軽さ。
女部屋に運び込んでロビンちゃんにチョッパーを呼んできて欲しいと伝えれば、クスクスと笑いながら頷いてくれる。ナミさんから俺が離れたくなかったのもあるけど、実際ナミさんが少し不安そうな顔してるから……多分俺が居ないと今は良くないだろうと思うんだよな。
ロビンちゃんにも甘えられるだろうけど、やっぱり俺にしか見せない顔があるから……。そう思ってチョッパーが診察を始めるまで傍に張り付いていたけど、置き去りにした食べ物を持って来るのもあって少し離れると、そのついでにルフィを引き摺って戻る。
「あら、ルフィ。どうしたの?」
俺が引き摺ってきたルフィを見て驚いた顔をするナミさんは、それでも優しい声で問掛ける。それにルフィはボソボソと言い訳のように言葉を返した。
「ナミが倒れたって……聞いて……」
「サンジ君、大袈裟よ」
メッ!とでも言いそうな様子で俺を見て言うそれに、メッ!はこちらの台詞だと思う。全く、何が大袈裟なのか。
世界が滅亡するよりも、ナミさんが倒れる方が俺としては大事だ。自分の事に対して執着が無さすぎる。
「何処がですか。倒れたのは間違い無いでしょう。食事抜くからですよ」
そんな事を言いながらチョッパーに何か変な病気では無いのかを確認する俺とロビンちゃんに、チョッパーは得意気に頷いた。それによりホッとした空気が流れたけど、念の為少し休ませようとの事で話がまとまると、ロビンちゃんも含めて皆部屋を出て行く。
本来なら俺もキッチンに戻るべきなのは分かるけど、今はナミさんから離れたくないんだよな。この人、小動物と同じで体調悪いの隠すから。
そう思った時、突然言われた言葉に視線を向ける。聞きなれない言葉だったのも、大きな理由だろう。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなんですか?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「分かりました。確認しておきます」
そう言ってどうやら俺を心配して追い出そうとしてる恋人の頭を撫でた時、妙な感触に驚いて手を離す。なんだ、今の?
双方顔を見合せた直後、ナミさんの頭上に……俺の願望が生えてきた。いや、そう思わなきゃおかしいだろ。
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
思わず呟いた俺の言葉に、慌てた様子で鏡台に向かい暫し硬直した後で、ナミさんは徐ろにスカートを捲りあげる。何してるんだと止めようとしたら、そこからは耳と同じ毛色の丸い尻尾が生えていて……。
俺は鼻血を噴きそうになるのを耐えて、ナミさんは何コレと繰り返しながら悲鳴をあげる。チョッパーは多分こうなるの分かってて、問題無いと判断したんだろうけど……。
「似合いますよ。可愛いです」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
何言ってるんですか、ナミさんが可愛いのは俺としては最高のご褒美ですよ!と言いかけて言えば怒られるだろうなと辞める。
その悲鳴によってかけてきたロビンちゃんにも同じように耳が生えていて、成程ここは天国かと1人で納得した俺は、この海域において発生する現象でしかないとロビンちゃんとチョッパーに言われちまう。だが、フランキーも喜ぶだろ、これは。
結局チョッパーにロビンちゃんとナミさんを任せて、ナミさんに言われた材料を揃えに出かけた後、帰ると同時に作業を開始する。ナミさんの書いた物によれば、卵をカラフルに彩りそれを元に遊ぶイベントらしいからな。
卵の尻を切り落として中身だけ取り出すと、その殻をフランキーとウソップに託す。大量の卵の殻をコーティングして、壊れにくくしてからその卵の殻にそれぞれが何かを仕込み、それをまた2人が閉めてから、皆で仲良くペイントを始める。
それを眺めつつ、飲み物を提供して、その中からナミさんだけが俺の傍に来るから2人でイベント用の料理に取り掛かる。ロビンちゃんは完成したイースターエッグを能力を使い隠して回ってるらしく、ペイントには参加してないが、男達はそれぞれが趣味丸出しのペイントを施して行く。
先に全て閉めたから、中身が何であるかを柄で判別できないのも楽しいところだろう。ペイントするそれも楽しそうだし、卵の殻は流石に食えないから遊びに使って貰っても構わない。
ゆで卵をペイントするのもありだとあったが、料理人としてはそれは看過できねェ。食べ物で遊ぶな。
「卵が沢山あるから、卵を使った料理やお菓子を作りましょう。それの形がウサギになると尚良し!」
「特にこれといって決まったメニューは無いんですか?」
「これね、宗派によってはメニューが異なるのよ。だから、これが正解!って言えないから、卵と兎を使った料理と、それを象った料理を用意したら正解かな」
兎料理と聞いて隣を見れば、目の前にいるゆで卵を思わせる肌と、米よりも白の似合うその出で立ちと、理性を旅立たせる愛らしい兎の耳と尻尾を持つ女神が微笑んだ。この人を食べればいいって事ですね、分かります。
そう思って手を伸ばしたら、ゆで卵にカマボコで兎の耳を付けて楽しそうに振り向かれる。それにハッとして動きを止めると、ゆで卵を差し出された。
「爪楊枝で止めてあるだけなんだけど、味見してくれる?」
「何か味付けをしたんですか?」
「ゆで卵作る時に、ローズマリーと塩を入れておいたの。だからローズマリーの香りと、塩の味はすると思うんだけど……」
言われるままにそれを口にすると、確かにする。美味いな……。
ただ、何か少し足りないと感じたので、人参を刻んで塩茹でしてからその人参をゆで卵に押し込んで赤い瞳をつけてみる。すると可愛いと喜ぶナミさんに、この程度で喜ぶならいいかと2人で次々とゆで卵兎を作成して行く。
蜜柑のパイを作りながら、それの形が兎になるようにしていくと、ナミさんが嬉しそうに笑ったので、どうやらこういう物が元々好きらしいと気付く。兎の肉を使ったシチューやパイも作り、卵サンドを用意すれば随分と可愛いメニューが大量に完成した。
イベントの準備は完了だろうと横を見れば、ナミさんが林檎を剥いていた。それが兎になってるのを見れば、可愛い人だと思って当然と言えるだろう。
「可愛い兎ですね」
「林檎剥く時、いつも無意識で兎にしてるのよね。癖なのかも?」
「俺も、兎を少し食べても良いですか?」
「兎になってても、味は変わらないわよ」
そう言って笑うナミさんに、分かってないなと思う。兎になっても味は変わらないかも知れないけど、その耳がピクピクと動く度に、理性が手を振りながら遠のいて行くのを自覚してる。
味は変わらなくても、反応は変わる。本当に可愛い俺の兎。
そっとナミさんを抱き寄せてその唇を奪えば、ナミさんは驚きを隠さない。でも、俺に付き合ってくれるつもりなのか、身体からそっと力を抜くからそのまま押し倒そうとした時、ドアががチャリと音を立てて開いた。
「サンジー1緒にペイントしよう!それと、そろそろ飯できた、か……?」
押し倒そうとした時に唇を離していたから、何とか見られずに済んだがナミさんは真っ赤になって硬直している。ルフィは俺とナミさんを見て、首を傾げた。
「また、ナミ具合悪ィのか?熱あるみたいだしよ」
「あ、あの……わた、し……」
「あァ、目眩みたいだ。少し休ませてから参加するから料理先に食べててくれ。全員でだぞ。1人で喰い尽くすなよ」
「おう!あ、これチョッパーが喜びそうだな!」
そんな事を言いながら皆に声を掛けて甲板に運ぶ様子を眺めつつ、俺はナミさんをそっと抱き上げた。慌てた様子で俺に抱き着いたナミさんの耳元で、そっと囁く。
「介抱、しても良いよな?」
拒否権なんて与えるつもりは無いけど、1応問い掛けてみれば兎の姿に良く似合うようにか、目元を赤く染めた俺のナミ。俺も兎を食べる権利が、欲しいと願って居るだけだ。
Happy Easter……。こんなにも素敵なイベントなら、終わらなくても構わないと少し思いながら、コックは最上級の兎を美味しく食べようと部屋の中に閉じ込めた。