この作品には、序章があります。
島に着いたのならば、誰かに少し肉の調達でも頼もうかと思い甲板に出る。すると、ナミさんが体を揺らしているのが見えた。
何があったのかと思い慌てて近付くと、測量して来ると譫言のように言う。それから俺の手をすり抜けるようにして、1人で島へと降りてしまう。
猫の異名を持つ彼女だからこそ出来た動きに、感心している場合じゃねェからと船を降りようとした所で静止が入った。その能力は仲間であるからこそ、見慣れている。
「ロビンちゃん……?ナミさんは、今明らかにおかしかったですよ」
「えェ、だからこそ、まだサンジは降りちゃダメよ。ナミが島から攻撃されてしまうわ」
俺はその言葉により、話を冷静に聞く必要があると判断して船縁から離れる。それから細く息を吐き出して、飲み物を用意してきますと言ってから中に戻った。
ナミさん命!みたいなロビンちゃんが追いかけない事を選択した。ならば、ナミさんの安全性には問題が無いだろうとは分かっている。
だが頭で理解出来ても、感情は納得せず飛び出して行きたくなるのを抑えた。心を落ち着けて全員分の飲み物を用意しつつ甲板に戻れば、やはり船を降りようとして止められてる馬鹿共が居る。
そいつらにも飲み物を配り落ち着かせつつ、ロビンちゃんに飲み物を手渡して話を聞く。このままだと抑えておくのが、難しくなるのは明白だ。
曰く、この島はナミさんの愛読書である『
その期間は3日で、愛される為にその女が最も愛する人間に擬態する。ただし、元が植物の為に人間の1歳程度の姿となるらしい。
育つのに必要なのは女からの愛情と、光と水。その為に女が島から離れたり植物から離れたりすると植物の疲弊に合わせて女も疲弊し、場合によっては女が死んでしまうケースもあると言う。
……厄介だな。ナミさんは優し過ぎるから、そんな物と関わったら泣くんじゃねェか?
苛立ちとも焦燥感ともつかないような感情を煙と共に吐き出して、俺はナミさんが無事に帰ってくるのを待つ。待つ事しかできねェ自分が情けないが、下手に動けばナミさんに被害が及ぶのだからと耐えるしか道は無い。
その時森の奥から何かを抱えて歩いて来るナミさんが見えて、俺は意識せずにホッと息を吐き出していた。良かった……無事だ。
「ナミすァーん!」
「サンジ君、皆!」
俺の声に驚いた様子で顔を上げてから、ナミさんはそう言って笑ってくれる。そうして戻って来たナミさんは、大切そうに布に包まれた何かを抱いていた。
ロビンちゃんの話に間違いが無いのであれば、あれはナミさんの最愛の人物に擬態した植物という事になる。俺は少し緊張しつつ、そっとその抱いてるものに手を伸ばす。
するとそれに気付いたナミさんが困ったような顔で、その抱いているモノの布を取り……。中から金髪の、片目を隠した少年が出て来た。
頭の上には双葉が生えていて、それが無ければ多分どう言い訳しても俺の子だと思われるだろう容姿の……。これが金髪でなければ、
顔が、赤くなるのがわかる。こんなにも、嬉しい事ってあるか!?
そんな俺にナミさんは心配そうな顔をする。でも俺は、それよりも世界のすべてに今だけは感謝したい程。
「サンジ君?凄く似てるし、女の人好きだから何処かでって思ったけど……それ以前に、熱でもある?」
「ナミさんに愛されてて俺は幸せです」
「……全く答えになってないんだけど?」
声に明らかなる呆れが宿っているのを感じる。それでもナミさんが俺を愛してくれている事実が嬉しくて、何も考えずにその唇に触れようとした所で……子供が殴りかかって来た。
痛くはない。ベシベシと殴るそれは力は子供とはこんなにも力があったかと言いたくなる程の威力だが、普通よりは頑丈な俺には効果は無い。
だが……邪魔するなよな。ナミさんの胸に抱かれていいのは、本来俺だけなんだからな。
ギロりと俺を睨み付けてうー!と何かを訴えるように言う子供と、訳が分からないと言う顔をしながらも俺に、喧嘩しないでよと言うナミさん。そこへロビンちゃんが本を見せつつ簡単に説明すると、ナミさんは嗚呼と納得した様子を見せた。
「だから似てたのね。良かった……。サンジ君の子ならどうしようかと思ってたのよ。……サンジ君が嫌がらなければ、ルフィの許可を貰って育てたいとは、思ってたけど」
「……妬いては、くれないんですか?」
「この子に?」
キョトンと首を傾げるナミさんに、違うと叫びそうになる。そんな仕草も可愛いですけどね、少しズレてるんだよなァ。
「子供の、母親に……」
「……サンジ君が宿ってるの知ってて見捨てる筈ないから、産んだとするならそれは、その人の覚悟の表れでしょ。それなのに手放さないといけなかったって考えたら……妬く以前に保護を検討したいわ」
……そうだ。こういう人だった。
そして、まかり間違って俺がその女に想いを寄せたら、涙を堪えて去って行く。ルフィの為にとここに残りはしても、俺との事は無かったかのように優しく微笑みかけるだろう事が分かっているんだ。
「うぅア!」
俺とナミさんの間で俺を殴り続けながら唸る子供に、俺はこんなだったか?と思う。会話の邪魔すんなってのに。
そんな事を考えながらも思い返して……くそジジイに初めて会った時の自分と、確かに似通ってると気付き頭が痛くなる。そうか、気に入らない相手に俺はこんなか。
「飲み物をお持ちします。……寒くはありませんか?」
「日射しが痛いくらいに強いから大丈夫よ」
「パラソルを用意します。白い物なら、熱を弱めるだけで植物の成長は阻害しませんから」
「……ありがとう。そうね、冷たい飲み物を何かお願いしてもいい?」
「喜んで」
先にパラソルを用意して日差しを遮ると、少しホッとした顔をするナミさんに、折角〝動けない〟状態にある今の内に休んで貰おうと考える。よく見れば玉のような汗が少しあって、体調も良くなさそうだとわかるから余計に。
蜜柑と檸檬を搾り蜂蜜を少し加えたドリンクと、薄手のタオルケットを持ってナミさんの元へと戻ると、俺と良く似た物体が幸せそうな顔で甘えているのが見えた。俺も、母親にあんな顔を見せていたんだろうか。
脳裏に、笑いながら俺の作ったクソ不味い料理を〝美味しい〟と言いながら食べる笑顔と声が蘇る。そして、視線を向ければナミさんがその顔と良く似た笑顔で、子供を見ているのが視界に飛び込んで来て……1瞬、泣きそうになった。
俺は、ナミさんに母親の面影をを求めているのだろうかと考える程に、良く似た笑顔だったから。サマーベッドで体を休めつつ、けれどもその手も、眼差しも、植物への慈愛に満ち溢れている。
暖かくて、可愛くて、何処か無邪気な……。それでいて、いざとなった時の頑として譲らないその精神力に、俺はどうしようもなく魅せられている。
「ナミさん、飲み物とタオルケットをお持ちしました。ナミさんまで、太陽光の餌食になる必要はありませんよ」
「餌食って……サンジ君は私に対して過保護が過ぎるわ」
「ナミさんは、俺の全てですから」
「うぅーあー!」
「五月蝿ェぞクソガキ!3枚におろしてやろうか?」
俺とナミさんの会話を尽く邪魔しやがって!だがそんな俺を見てナミさんは、ふぅんと言ってニンマリと笑った。
そして、俺と良く似たガキの額にそっとキスをして、優しく笑いかける。先程俺に向けたのとは、随分と落差のある笑顔だ。
「パパは貴方の事大好きみたいよ」
「ナミさん!?」
「あら?サンジ君気付いてないの?サンジ君が男相手に〝クソ〟って言うのは、大概大切な相手に向けてなのよ。〝クソ野郎〟の時だけは違う事もあるけど、ね?」
楽しそうに優しく笑うナミさんに、少しばかり胸が痛む。それにしても、そんな事意識した事も無かったな。
だが思い返してみれば確かにと思わなくもねェ……。そんな時、ガキがナミさんに手を伸ばしてお礼とでも言うように、その頬にキスをする。
俺のナミさんに何してやがると1歩足を踏み出すものの、ナミさんがそれに対して嬉しそうにしているからその先の行動が取れなくなる。そして、ふと思い出す。
さっきナミさん、そのガキに〝パパは〟って言いました!?
すっかり母親気分になってるナミさんが、自然な事として俺の子としてソレを扱ってる事が、俺を伴侶として見てる事が幸せで……。なのにガキはクソ気に入らねェと言う状態で感情が乱れる。
飲み物を嬉しそうに飲んでくれるナミさんに、タオルケットをかけながらやる事もあるのでその場を離れた。だが……あのクソガキはずっとああやって甘やかされるのかと思えば、憎しみさえ抱きそうになる。
甲板からはブルックの演奏と、それに合わせたようにしてルフィとウソップが歌う声が聞こえてくる。子守唄のつもりなんだろうが、そんなんで眠れるか馬鹿と言いたくなる程のそれに溜息が落ちた。
「コック、荒れてんな」
「あァ!?」
「ナミは、コックにもあんな顔よく向けてるぜ。……少しは自分が恵まれてると知りやがれ、アホコック」
突然現れて、それだけ言って消えるマリモ剣士はいつの間にか酒をその手にしている。気に入らねェと思った直後に、少しの罪悪感を抱く。
先に出逢って、先に惚れてたんだもんな……。だからと言って譲る気はねェが。
あのガキに向ける愛しそうな優しい笑顔で、俺をナミさんが見てくれてる?
そう認識して思い返せば確かに、俺が料理してる姿を確かにそんなふうに見てくれてる事が何度か……。だとするなら、俺はちゃんとそれに応えられているのだろうか。
無償の愛を向け続けてくれる天使のような彼女に、俺は少しでも返せているのだろうか?
夜になり子供が寝てから、ナミさんがいつものように俺の様子を見に来てくれた。それに対して嬉しくて振り向けば、少しだけ疲れたような顔をしているから、ほうじ茶ラテを用意してそっと差し出す。
隠し味にレモングラスを入れて作ったそれを、ナミさんは躊躇い無く口にする。それからありがとうと微笑んでくれるから、それだけで俺は満たされた気がした。
「ナミさん、飲んだら休んでください。疲れた顔をしていますよ」
「……サンジ君不足と、活字不足が重なって、さらにペンを持てない時間が長くて少しつらいだけよ。でもね、本当に可愛いのよ。サンジ君との間にもし……」
そこまで言って顔を赤く染めたナミさんに、続きは聞かなくてもわかった気がした。未来の疑似体験のような今の状態に、幸せを感じてくれているのだと分かるから。
だからこそ俺は心配になる。ナミさんには、悲しい思いをさせたくないから。
「ナミ、愛してる。もしも、望んでくれるなら……アイツを本当につくる事も俺は厭わねェよ」
驚いたような顔をするナミを抱きしめて、そっと唇を重ねたその瞬間、悲鳴のような泣き声が聞こえて来た。何だよ!?と思ったらナミは母親の顔になって、半分飲みかけのほうじ茶ラテと俺を残して消えて行った。
……別に、寂しくなんか……悔しくなんか……あるさ馬鹿野郎!!
そう言って暴れたくなったが、僅かな期間だと自分に言い聞かせて必死で耐える。そうしなければ、ナミが弱ってるのを知りながら襲い掛かりそうだったから。
クルーの全員に甘やかされて、植物は楽しそうにしながらナミさんと共に過ごす。俺の事だけは、気に入らなさそうにしているのがなんだけどな。
「なァ、サンジ。なんだってあの植物がおめェにだけ、敵対するか聞いてるか?」
「あ?知るかンなもん」
「……愛情をくれる筈の人物の、最大級の愛を受けてる相手は敵だと認識して、敵対するらしいぜ?良かったな、小娘に愛されててよ」
「フランキー……てめェ……」
「泣かせるなよ。ナミが泣けば、ロビンがナミにかかりっきりで、俺の方には見向きもしなくなるからな」
「それが本音かよ……ったく」
コーラを飲みながらフランキーは楽しげに去って行き、何だったんだと思わされる。ふと視線を向ければチョッパーと植物の両方に絵本の読み聞かせを行っているのは、どうやらロビンちゃんのようで、よく見ればナミさんはブルックの演奏を聞きながら眠ってしまったらしい。
その寝顔が少しあどけなくて可愛い。そういう意味では、ナミさんとルフィは真逆だ。
ルフィは寝てる時の方が知的だったり大人びて見えるが、ナミさんは寝ている時の方が明らかに幼い。無邪気に煌めくルフィの瞳と、知的に優しく微笑むナミさんの瞳がそれぞれの魅力でもあるが故に、伏せられた時にその印象をガラリと変える。
……変な奴らばっかりだよ、本当に。そう思いながら、優しい空間に食事や飲み物を持って侵入する。
本来ここは俺の居場所だからと、誰にも譲るつもりのないポジションを懸命に守ろうと足掻く自分に苦笑する。そうして長くもあり、変わらないような3日を過ごした俺達は、とうとう別れの日を迎えた。
船を降りる時はまだ誰もが平和そうで、けれどもナミさんだけは暗く沈んだ顔をしている。そして、子供が降りたいとでも言わんばかりに暴れ出す。
それは別れを示唆する合図だろうと皆わかる。だが、離したくないと言わんばかりに、頭に花を咲かせた小さな俺を抱き締めて震えるナミさんのその儚い姿。
それに、やはりこうなったかと思う。最後の最後までその愛情を受けるその植物は、幸せそうに笑いナミさんの顔に触れる。
「まぁま……あー!」
屈託なく笑うそれに、ナミさんは強くその瞳を閉ざして深呼吸を繰り返してから、綺麗に笑った。無理してるなとそれを見て思うが、別れの時に笑顔を見せられるその強さに、深過ぎる愛を感じる。
「ありがとう、楽しかったわ」
「まー」
「えぇ、またいつか、会いましょうね」
子供はそっとナミさんの手を離れて、駆け出す。陽だまりの定住すべき場所を求めて歩き、気に入った場所を見つけたのかそこで飛び跳ねて喜んでからナミさんに視線を向けて笑う。
そんな植物にナミさんは優しく微笑み、子供は安心した様子で頷いてみせる。それを最後に、子供は植物にしか見えないものへと姿を変えた。
泣き崩れるフランキーを、ロビンちゃんがハイハイと言いながら撫でていた。チョッパーとウソップが滂沱の如く涙を流すのをマリモが呆れたように見る。
ルフィは小さく寂しくなっちまうなと呟く。ブルックは表情が読めねェが、少しばかり辛そうだ。
そんな中で誰1人ナミさんに声をかけない。地に膝をついたまま微動だにしないナミさんに、声をかけられずに居る。
「ナミ」
皆が居るのは分かっているが、今はそれどころじゃねェ。名を呼べば虚ろな瞳で振り返るから、そっと手を広げる。
「おいで、ナミ」
その瞬間、ナミは俺の胸に飛び込んできた。その細い体を抱き締めて、よく耐えたなとその頭を撫でながら声をかければ、苦しそうに声を殺して泣き始める。
そんなナミに、こうなるんじゃないかと思っていたんだと……。危惧していた事態になっている事に悔しくなる。
予想出来ていたのに、防げなくてごめんとの思いを込めて震える体を抱き締めながら、別れのないアイツと出逢わせてやるべきかなとルフィへと視線を向けた。それに困ったような顔でルフィが頷くから、了解は得たとしてそのままナミを抱き上げ船へと帰る。
次はきっと、喜びの涙で満たすからと心でそっと約束しながら。俺にはナミの笑顔だけが、生き甲斐だと囁きを落として。
後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。
この先このキャラクターは不定期更新となりますので、予めご了承ください。
このキャラクターにこの先追加される作品は、全てこの作品より手前に挿入されます。