焦げ付いたガソリンの白煙が鼻を突く。
キューポラのすぐ真後ろに判定装置の白旗が揺れている。
今日も、負けた。
理由は分かっている。私は囮だ。豹の檻に放たれた鼠役。
それが私、逸見エリカの任務である。
だが窮鼠猫を噛むと言う通り、鼠ならもっとましな一手返す手段があったろう。
今の私は両生類の籠に放り込まれる蟋蟀。
捕食されるだけが目的の、ただの餌でしかない。
前線で先頭に立ち、さも偵察任務であるかの様に装い攻撃を受ければ逃げるふりをし、敵が後退すれば追いかける。
陽動と遅滞戦闘で敵の意識をこちらに集中させるためのデコイ。
だが餌に飛び付いた蛙を狩る蛇役は後方に控える〝上級生〟連中の仕事だ。
「……また……私は」
爪を手のひらに食い込まさせて、出来上がった拳をそのまま倉庫の壁にぶつける。
心の痛みを和らげるための行為が、身体への自傷だなんて馬鹿らしいと冷静な自分もいたが。
今はただ、それよりもこの右手が憎かった。
腕ごと、もげたとしてもそれはそれで良いとさえ思えた。
そうなればもう、握手をしないで済むからだ。
「今回もよく働いてくれたわね、1年」
そうしてあいつは笑いながら手を差し伸べてくる。それを拒絶する地位も実績も、勇気もなかった。
戦車道の名門、ここ黒森峰では実力がすべて。
ランニング中に嘔吐した回数を自慢し合うような、文字通り血反吐を吐いてでも選んだこの道だ。志に伴う実力に自負もある。
だが上には上がいて…ただ生まれた日が早いだけのやつらも少なくなかったが、全国中学戦車道大会で名を上げて他県から乗り込んで来る転校組には力負けすることも多かった。
それでも純粋に、戦車道という一つの道で黒森峰という名をさらに高めるために集い学ぶ仲間ならば。
勝利に胸震え、喜びを分かち合えたことだろう。
だが、あいつらは仲間ではなかった。
理由は派閥争いという単純なものである。あいつらにとって中高一貫組は疎ましい存在なのだ。
曰く、一貫組は優遇されている。その最たるものが今の新隊長様だ、などと。
自分の実力を客観視出来ないやつらが、羨望と願望を履き違えて他人を貶す。
自己愛性も甚だしい。
他人を腐したところで、お前達の価値が上がるわけではない。
そもそも中学から黒森峰の戦車に乗っていたなら。
今頃は自分も隊長になっているなどとお前達は本気で考えているのか?
もちろん撃破数自己ベストを更新してのぼせ上がり、思ったことを大して隠しもせず口に出した自分も馬鹿だ。
そして私の発言は転校組上級生に御注進され彼女達の目の敵となるという、結果はさらにくだらないものとなった。
最初は気付かない程度の微細なものだった。逸見の小隊は偵察に向かえ、と。そんなただの任務のはずだった。
私はⅢ号戦車を駆り、敵に肉薄し足止めして、時には追い返すこともあった。
だがそんな奮闘も虚しく日が経つに連れ、随伴車両が3両から2両に、ここ最近は単独行動を命じられている。
1両でその場を死守せよ、と。
命令の中身に戦術などない。そこで撃破されろを言い換えただけだ。
こうして私は模擬戦闘のたびに車両を損傷し、スコアだけ見れば技能を疑われる劣等生となった。
だから訂正しよう。
囮ならまだ役割がある。
これはただの児戯だ。出来の悪い台本で、私は擦り切れるまで踊る道化の役目。
連中がほくそ笑みながら、いつか告げる台詞もきっとこんな程度の陳腐なものだろう。
――戦車道、向いてないからやめた方がいいわ
「……私が……もっと上手く」
元々こんな性格だ。
好かれて付き合いを増やして、携帯に来るメールの数に有効命中弾も比例するならば、もっと真面目に友達探している。
本気でそんなことを考えていたのが私だ。今にして思えば本当に愚かだった。
Ⅲ号戦車の搭乗員は5名。愚かな私の愚かな意地のせいで、4人の同級生にも被害が及んでいるのだから。
そしてついに今日、次弾装填中に直撃弾を受け、その振動で抱えた砲弾が足に滑り落ちて装填手が怪我を負った。
「いってえ……チキショーあのクソ女! 何がよくやったなだ!」
「……ちょっと……ツバ飛んだんだけど」
「だだだ大丈夫なの? 痣ってこここんな紫色になるの? 骨折れてるんじゃないよね!?」
「アドレナリンのせいで平気なのかな? しばらくしたらもっと痛くなるかもね」
「ごめんなさい……私が……私のせいで」
「うるせえ!いまさら謝るんじゃねえ逸見!」
「……耳元でうるさいんだけど」
「それより手術、じゃなくて病院!」
「まずは保健室じゃない?」
先述の通り、これは派閥争いだ。
そして最大派閥は機甲科隊長を神輿に担ぐ中高一貫組である。
(隊長は2年生なので、実際には3年が実権を握っているとも聞く)
だから転校組も怪我人に我慢して歩けなどとは言わず、表向きは心配している体で立ち回っている。
装填手と付き添いで砲手、お前も落ち着けとばかりに奥の席に押し込められる通信手。
3人を乗せた車が校舎に向かって走り去って行った。
自発的な履修変更に追い込みたいのだから、直接手を出して来たことは1度もない。
目に見える、痕に残るものは連中も好まざるところなのだろう。とりあえず怪我の処置は公平に望めそうだ。
「砲弾を落とすなんて練度不足もいいところだわ……あぁ、なるほど貴方が車長のところの、ね」
などという置き土産はあったが。
「それにしても許せないわね」
残された操縦手が呟いた。私は何も答えられなかった。
原因は私にあるし、標的も私なのだ。他の4人はただ同じ戦車に乗り合わせただけで。
だから……。
私に付き合う必要なんてない。
Ⅲ号チームのメンバーにとって現状打破する方法は簡単である。
私に戦車道を辞めるよう促す。それだけでよかった。
なのに彼女達はそれをしない。逆に私を気遣ってくれている。
馬鹿な性格が招いた罰を、配られたプリントを席順のまま後ろに回すかのごとく、一部の非もない彼女達に、罰を配り歩く私を庇うのだ。
「まっ、次は何がなんでも弾は避けてやるわ。味方の到着まで車体が持てばいいのよ」
もう、やめて。
私のせいで。
なんで私の尻拭いを貴方達が頑張る必要があるのよ。
「とりあえずⅢ号は車庫まで引っ張ってって貰わないとね」
下手な演技だなと自覚するくらい抑揚なく乾いた声で「そうね」としか言えなかった。
車体修理が完了しても、置かれた状況が終わるわけではない。
戦車が直ったらまた乗らなければならない。
だから本当は、もう終わりにしようと言いたかった。
言えばよかった。
だがもう乾ききった喉からは、曇天の空と同じ色を移し替えたような頭の中からは、言葉は何も出なかった。
次は頑張りましょうと背中越しに声がした。
私は何も言えず、振り返ることも出来ず、ただ背を向けたまま手を挙げてみせるだけで精一杯だった。
次戦への決意でもない、もういいという諦観でもない。
ただ聞こえたと、意思表示で肘を軽く曲げてみせただけのハンドサイン。
そうして操縦手とも別れ、 宿舎の方へと足を向ける。
けれど、戻りたくなどなかった。
心も体も汚泥が堆積し、これ以上動くことは億劫ではあったが休息より何よりも、自分の部屋には帰りたくなかった。
いや、正確には自分達の部屋だ。
その代わりに修理される自分達の乗ったⅢ号戦車の様子を途中までは確認するつもりではあったが、今はもうその気も失せて。
――人目を避けて彷徨う内に辿り着いたのが倉庫裏だった。
もう動きたくなかった。Ⅲ号もきっとそうだろう。直ってもお前はまた標的に戻るだけだ。
地面の湿気も汚れも確認せずにその場に座り込む。
……どうして、あの人はあんなに強いのだろう?
直接話した事は片手で足りるほどしかない。
内容は緊張でそれどころではなかったし、調子はどうだくらいの上級生が下級生に対する挨拶以上の言葉を交わしたことはないだろう。
しかし、あの人の後ろ姿の凛々しさ美しさは、張り付いているかごとく常に鮮明に瞼の裏にある。
弱冠2年にして栄光ある黒森峰女学園機甲科を率いる新隊長。
西住流戦車道の次期後継者。皆、口を開けばすごいと言う。
しかしそれは賞賛などではない。続く言葉には必ずコネや親の七光りといった侮蔑を伴っていた。
確かに卒業を控え、ここまでの努力が最後に花開く予定だった最上級生にとってみれば面白くない存在だろう。
だがあの人は決して屈せず、錆もせず、戦うたびに周りを支配下に置いていく。
ティーガーⅠを操り、戦場を蹂躙する様はまさに獰猛な虎だった。
だから私も頑張ろうと決心をした。
1年2年でレギュラーなどという甘い考えは入部して3日後には木っ端微塵に粉砕されたけれど。
壁を登ろうと決めたなら、ホールドは指1本かかればそれでいい。
食らいつくことが、抗うことが生であると言える。
そんな火花のような生き方をすると誓ったのだ。
だが所詮、輝く炎も燃焼する先がなければ燻り、近くして灰となるのが摂理。
西住まほは戦いで存在を証明していた。
だが私は戦うたびに摩耗して、魂の灯火はそよ風にすら危うく揺らぐ状態である。
もう逃げ出してしまいたい。
涙は見せないとの決意も、これで破ったのは何度目だろうか。
かろうじて自分以外の誰にも見せていないことだけは成功している。
だが、そんな事実を咀嚼したところで慰めにはならない。
物事が自分に優しく進まないからと泣いても惨めさが募るだけだから。
今日もまた抱えた膝に隠すように顔を埋め、感情の高ぶりが治まるのを待つ。
決して嗚咽が漏れぬように、奥歯を噛むことだけに意識を集中する。
どうして、こんなことに。
一度戦場に出れば、誰よりも速くそして確実に敵を屠る自信があった。
それ故の驕りもあったのだろう。組織において戦場は砲火交わる前線だけではない。
黒森峰の1軍。
火薬と鉄の匂いに惹かれて、この学舎に来た者なら、この名誉を欲しがらぬ者などいない。
だが、触れることは叶っても手に入れることは容易ではない、限られた者にしか掴めない栄光。
ならばどうするか?
――つまり、そういうことだ。
居座る者を押し出し、登り来る者は蹴落とす。獣は血骨を競争で育むからこそ常勝不敗なのだ。
現に私自身も今に至るまで、他人から何かを奪わずには生きて来れなかった。
その順番が私に巡って来ただけなのか?
だからと言って納得などしたくなかった。強者の愉悦に浸りたいわけではない。
誰にも負けたくない、ただそれだけだったのに。
私は強いはずなのに。
頬を袖口で拭いながら自分に問いかけても、もしかしたら欺瞞だったのではないか。虚勢に過ぎなかったのではないか。
本当の私は逆境に泣き伏す弱い人間だったのではないか。
嫌だ、嫌だ、そんなはずない。そんな訳がない。
そうだ、操縦手の言う通り、弾にさえ当たらなければ、本隊が来るまで車体が持てば。
無理矢理自分を納得させる。
どうせ寮の門限までには帰らなければならない。
重い足を再起動させるには根拠のない未来に縋るしかなかった。
真っ赤な目のまま部屋に帰るわけにもいかない。
立ち上がれ、立ち上がってくれ。
「……よっと」
地面から腰を上げ、膝関節を思い切り押して、いじけて地面を眺める自分から、いつもの目線の自分へ。
だが、立ち上がる瞬間に灰青の髪に微かな重みを感じた。
虫か?
徹甲弾飛び交う戦場で、敵意と暴力を剥き出しにした敵車両の砲塔がこちらに向いたとしても決して臆さぬのが戦車長である。
蜂の類だとしても、刺されたら面倒だな。それ以上の感想は浮かばない。
羽音は聞こえないから虻や蜂ではなさそうだ。そっと髪の上で潰さぬよう手で掴み取る。
並大抵の事に動じない冷静さあってこそ、務まるのが車長である。
私も寮に帰るのだから、お前も野に帰りなさい。そっと指を開き、さよならを告げる相手を覗き込む……。
「……うぉわああっ!!」
発声より数秒早いか、反射的に思い切り手を振り払う。
竈馬、またの名をベンジョコウロギと呼ばれる虫がそこにいた。
いやいやいや、これはさすがに気持ち悪いから。冷静とか無理だから。
どこに放り投げたか。今度は服に貼り付いているんじゃないか?
大急ぎでタンクジャケットを脱いで、洗濯物を取り入れるときよりも大げさに叩く。
なおも疑心に駆られ周囲を見渡すと、探し物は蜘蛛の巣に絡まり中空で胴体に比べやけに立派な後ろ足を何度も延ばしては曲げ、逃れようと藻掻いていた。
「……うわっ」
何もそこに飛んでいかなくてもいいのに。
生物的強者とて生殺与奪を軽々しく行使するのは本意ではない。
まぁどこで何食べて生きてるのかなんて調べたくもないけど。
だが私に出会わなければ少なくともここで死ぬこともなかったのだから。
仕方ないが、蜘蛛の巣より救出するのは義務である。
渋面をしながら手を伸ばした刹那、指先が触れるよりも早く、哀れな竈馬を巣の主である蜘蛛が噛み付く。
糸を前後の足で器用に絡め、たちまち白い繭が出来上がった。
眼前で繰り広げられた数十秒の出来事に放心して、目的を無くした手を下ろす。
地上のあらゆる場所で行われているだろう自然の営みがまったく別の物に見える。
これは……鏡だ。
偶然餌にありつけた蜘蛛からしてみれば逸見エリカの手は神の手だろう。だが私は神様なんかじゃない。
施すのではなく、今の私は肉と心を食い散らかされる側なのだ。
ならば私の神はどこだ?
艱難辛苦を薪として燃え滾る釜に、なぜ私は放り込まれたのだ。
「ああ、そうか……結局ここはそういうところなのね」
敢えて気持ちを言葉にする。
蜘蛛に話しかける、なんて、でも今さら気取ることなどあるものか。
さっきまで座り込んで泣いていた私だ。格好いいかどうかなんて今は関係ない。
自分の勝ち気な性格と、日本一厳しい環境であろう黒森峰という2つの元素が運悪く人を蝕む化学反応をしたと。
今まで自分にツキがないからだと勘違いをしていた。
思い出せ、私は何を学んで来たのかを。
装甲と火力、圧倒的な重量で対峙するもの全てを屠るのが黒森峰じゃないか。
運などという不確定要素を一切排除して勝つべくして勝つ。それが西住流ではないか。
「……そうよ、私は勝つためにわざわざここに来たんだわ」
従順と盲従は異なるものだ。
誓おう、今度こそ泣かないと。
今度こそ強くなってみせると。
待っていれば与えられるのではない。待っているだけでは容易く食い滓となるのが、ここで。
それは私が選んで進んだ世界なのだから。
もう迷いはなかった。入学して以来の晴れ晴れしい気分。
先程までの生まれたての子鹿のような弱々しさはもう足腰に感じなかった。私はもうどこへでも歩いて行ける。
さぁ、帰ろう、寮へ。
あまり遅いとアレが要らない心配を始める。
好きでも嫌いでもないが、ただただ余計だなと思う事が多々ある子なのだ。
そうして一歩、歩き出す。
見据えた先の未来、その視線の先に。
……。
なぜかアレがいた。
「あ、あの逸見さん……?」
は?
なんであんたがいるの?
「いや、え? なんで? いつからいたんですか?」
「えぇ……と、あの、1人で倉庫裏に行くのを見かけた……から……」
最初からかよ!
「あっ、でも、その、元気になったみたいだから、うん……よかったかな」
「はぁ、まぁ、そうですね」
とっとと走り去りたかった。
「うん、で、あの……逸見さんは蜘蛛は好きなの?」
寮生活が始まってから、ずっと向かい合って来た顔だ。
故意ではないことは知っている。
だからって触れてはいけない境界線というものを認識して欲しい。
なぜそこを掘り下げてしまうのか!
もし恥に致死量があったなら、おそらく今頃救急車の厄介になっているに違いない。
「いいえ、別に、好きなわけでは……」
「あ、そっか。そうだよね。で、でも蜘蛛ってドイツではね、夕方に見ると気分を爽やかにしてくれるんだって。諺があるんだよ」
全力で否定したかった。
なぜなら今、この状況は憂鬱以外の何物でもないからだ。
「それにね、私、別に蜘蛛のことそんなに嫌いじゃないんだよ」
「はぁ……」
だから何だ。勘弁して欲しい。もういいだろう? 帰りたい。
「良いも悪いもなくって、ただそういう生き方しか出来なくて。罠張ってるみたいだけど、別にそうじゃないの。そうしないと蜘蛛さんだって生きて行けないから、仕方なくて。それってね、なんか戦車道みたいかなって……」
生きれるところでしか生きられないのは、なんか他人事じゃないみたい。
予定外の場所で会った彼女は、予想外の事を語り始めた。
こんなに自分の気持ちを積極的に伝えてくることなど普段ないのに。
照れ笑いを浮かべながら、しかし言葉には真摯な気持ちが込められているのは十二分に察せられる。
ずっと見ていたと言っていたっけ。
暇だから? そんなわけがないことを私は理解している。
彼女は熱心だった。
英語数学という学生本来の分野はさほど得意ではなく、教師に指名されればその度に吃ってしまうような子だった。
だが戦車道に関しては勤勉だった。
日本一の学校と、それを率いる隊長と同等の作戦指揮能力。
求められる物は今の私などとは比べ物にならない高いものだが、それに健気に答えている。
深夜、同室の自分に気を使っての薄明かりの中、机に向かう彼女を何度も見た。
そもそも彼女は西住流の本家家元の生まれ。
とかく金食い虫である戦車道、それを生業としている家庭の娘だ。
およそ足りぬということを知らずに育って来たとしても不思議ではないが普段の物腰は、よくいる親の力は自分が身に付けた力だと錯誤している輩とは正逆の、驕りから程遠いものだった。
同い年とは言え出生も育ちも違い、ましてや憧れの隊長の妹。
しかし私には分からない彼女なりの苦労があるのだろうか?
偶然同室になった雲上の存在ではなく自分と同じ等身大の彼女を今、初めて見たのかも知れない。
思い返せば、この西住みほという子を正面から洞察しようと試みるのも初めてかも知れない。
何も醜態を晒しまくった今日でなくてもよかったろうに、とは思ったが。
そうだ。
生きるにかっこいいも悪いもずるいも自由もない。
「……言いたいことは分かります。西住さんは鳥は好きですか?」
「えっ、うん。かわいいし好き、かな?」
「私も好きです。かっこいいから、です。空を舞うのを見て、あれをみんな自由だと言いますが鳥だってそこが生活圏だから飛ぶに過ぎません。環境次第で飛ばなくなった鳥だっています。ブロイラーが幸せか不幸かは分かりませんが飛ばなくとも食が保証されているなら、飛ぶ必要はないわけです。多分、自由なんてものは振る舞いではなく、もっと心に近いものだと思います。出来ることを、やる。出来なければ努力をする。そうした先に迷いや悩みが消えたなら、それが自由ではないか、と」
さっきまで目を真っ赤にして蜘蛛に餌を上げてブツブツ言っていた自分にしては、随分と偉そうなことを言ったな。
自分でも不可解である。
みほという、この少女の前ではいつも良い格好をしたい自分がいた。
境遇の違いによる引け目の裏返し?
鈍臭いところもすでに山ほど見ているから優位性を感じて?
違う。
この目だ。
鏡で見飽きた吊り目で無愛想な自分の顔と違って、彼女はまず目が大きい。
そして感情が捉えやすい。
今もそう。
私が宿題を教えてあげたときと同じ、瞳を輝かせて、私の言葉にうんうん!と大げさに首を振って肯定してくれて。
育ちがいいお嬢様だから、何事も斜に構える私とは違って素直なもんだと最初は呆れもしたが。
いつしかそうではないと気付いた。
彼女の真っ直ぐには芯がある。
そんな彼女から尊敬の眼差しを受けるのは……少なくとも嫌な気分はしなかった。
「うんうん!!そうだよね!!逸見さんの言う通りだよ!!すごいよ!!私、決めた!!」
……は?
「えっ?何を、ですか?」
「1年だからって負けてばっかじゃないもん。次は絶対勝とうね」
そのためにちょっとだけズルをします。
確かにそう言った。
うぇっ……?
一体何をする気なんだろう、この子。