「く、やっぱり外れないわ……」
魔法を封じられていなければまだ支援魔法で強化出来たかもしれないけれど、使えない以上は純粋な膂力に頼るしかない。でも、レメディオスのような聖騎士と違って、私の貧弱な腕ではこの枷を壊すなんて不可能。自力での脱出は諦める他なかった。
(ああ、こうしている間にも罪無き人々が苦しめられているかもしれないというのに……外は今頃どうなっているの? ケラルトは、レメディオスは……聖王国の民は……)
あれから更に半月が過ぎた。時間の感覚が分からないので感覚──とは言っても排便の回数を数えているだけなのだけれど──多分それくらい経ったと思う。
魔皇の指示でおぞましい実験を行っている事は以前耳にした。けれど、具体的に街がどうなっている、というような聖王国内の詳しい情勢は全く分からない。
他の九色や聖騎士達はどうなったの? 待っていれば助けは来るのかしら。あの場に居たケラルトは無事でいるの? レメディオスは?
(みんなお願い、無事でいて……)
今まさに無辜の民が悪魔達によって地獄の苦しみを味わわせていたとしても、私にはそれを知る術さえない。自力でここを抜け出せない以上、ただただ皆の無事を祈るしか私に出来ることはないのだ。
これまでずっと食事と排泄、睡眠の繰り返しで、私自身は相変わらず特に何も拷問を受ける事はなかった。最初は恥ずかしさで頭が真っ白になっていた排泄も、不本意ながら少し慣れ始めている。勿論恥ずかしくないわけじゃないけれど、世話をしてくれる彼のウブな反応が、最近ではなんだか可愛らしく思える。それくらいの心のゆとりが持てるようになった。
大人の殿方が時折向けてくる様な、嫌悪感を感じる汚らわしい嫌な感じは不思議としない。恥ずかしい思いを共有している事で、親近感のようなものが芽生えているのかもしれない。
少年はとても純情で、初めての時も今も、顔を真っ赤にしながら一生懸命献身的に私のお世話をしてくれる。アソコは暴力的な膨らみを示しているけれど。
(今日も凄く……膨らんでいたわ。……殿方は大変よね。あんなに目立ってしまうんだもの)
まだ結婚どころか
(大きくなったのはきっと自己処理してるのよね?)
殿方は大きくなったモノを自分でシゴいて鎮めるってケラルトが言っていた。私も時々……ごくたまに、自分で
(あ……彼は私で
彼も、私のあられもない排泄姿を思い出しながら、おちんぽをシゴいているに違いないわっ。純情で真面目そうな顔をしいても、やっぱり下半身はケダモノなのね。私、彼の想像の中ではどんなイヤラシイ事をされているのかしら……。きっと、大きく脚を拡げさせられて、逞しく反り返ったおちんぽを私の秘所に乱暴に……。そしてケダモノのように腰を……。
(……ハッ、はしたないわ、私ったらナニを考えてるの……こんな想像してしまうのはきっとケラルトに色々と吹き込まれたせいだわっ。あのコ、何故かそういうことに詳しいのよ、自分だって未経験の癖に……。ヤダどうしよう、なんだか疼いて来ちゃったわ……)
こんな想像をしてイヤラシイ気分になっているだなんて、私ってもしかして変態なのかしら……? そんなことを真剣に考えていると、ドアを開けて誰かが入ってきた。
「さすがに臭うわね……」
突然の来訪者は女悪魔だった。胸元の開いた扇情的な漆黒のドレスに身を包み、ヤルダバオトとよく似た意匠を施した漆黒の仮面で素顔を隠している。腰の辺りからは漆黒の翼を、こめかみの辺りからは曲がりくねった角を生やしている。
彼女は入ってきて鼻をスンスンと鳴らし、失礼なことをハッキリ言ってくれる。何日も湯浴みしていないんだから、汗とか色んなのが匂ってしまうのは仕方がない。私だって出来ることなら湯浴みしたいわよっ。
「あら、そんな目で睨まないで? 折角良い話を持ってきたんだから」
「……っ」
突然そんなことを言い出した女悪魔を警戒する私。悪魔の言う良い話なんて、そのまま意味として受け取れるはずがない。一体何を考えているのかと警戒するのは当然の事だわ。
「警戒しないで良いのよ。別に痛め付けたりしないから。それに、貴女もずっと汗臭いままじゃ嫌でしょ?」
「な、何が狙い……?」
彼女が、魔皇が一体何を考えているのか、まるで分からない。あの時、魔皇は私を文字通り棍棒のように、乱暴に地面に叩き付けた。大地が高速で迫ってくる光景は今でも瞼の裏にこびりついていて、今でも思い出す度に恐怖に身が竦む。
人間の事をただの道具のように乱雑に扱ったかと思えば、今度は傷を癒し、食事や排泄などの世話までする。まるで違う待遇に戸惑いを覚えて、それが逆に得体の知れない恐怖を掻き立てる。
「湯浴みでもさせてあげたいところだけれど、生憎まだお許しは出ていないの。せめて香を焚いてあげるわ。前から殺風景で色気が無いと思っていたのよ。貴女も汗臭い部屋より、甘い香りがした方が気分転換になると思わない?」
「皆は、どうなったの? ケラルトは、レメディオスは? あなた達は聖王国を……どうするつもりなの?」
私は思い切って訊ねてみた。答える義務も義理もないだろうし、期待もしてはいないけれど、もしかしたら。たとえそれを知ったとしても、何も出来はしないけれど。
「それは私も分からないわ。
彼女は香を焚き、去り際にそう言い残して出て行った。捕らえられていると言った神官の特徴には心当たりがある。
(きっとケラルトだわ。ケラルトも生きているのね……良かった。本当に良かった……)
彼女の無事を知り、涙を滲ませながら心から安堵する。こんな気分は捕らえられてから初めててかも知れない。悪魔に対して感謝するのは少し違和感があるけれど、それでも私は彼女に感謝したい気分になった。
(悪魔って本当はそんなに酷い存在ばかりじゃないんじゃないかしら? 私達が勝手にそう決めつけていただけで……いえ、もし仮にそうだとしても、聖王国とは相容れない。ヤルダバオトがいる限り、結局敵対することになるわ)
これまでの期間で判った事だけれど、優しげなあのメイド悪魔も無理矢理従わされているというよりは、自分の意思で従っているようだったわ。ヤルダバオトは力だけでなく、強いカリスマによって配下を従えているのね。
(魔皇を名乗るのは伊達ではないわ……。ん、良い香り……さっきのお香ね)
少し甘ったるい感じの香りが、部屋に充満する。それは嫌なものではなくて、ずっと嗅いでいたくなるような心地よい香り。体の緊張も解けて、不安から来るモヤモヤ感が緩和していくようだわ。
(何だかいい気分だわ。香り一つでこんなに違うものなのね。この香りにはリラックス効果があるのかしら?)
暢気にそんな事を考えていた自分を後悔しても今更遅いと気付いたのは、もっと後になってからだった。
とある別室────
漆黒の仮面を着けた女悪魔が足を踏み入れたそこには、一人の少女が佇んでいた。部屋の構造はカルカと変わらないが、拘束具は用を成しておらず、容易に抜け出せるようになっていた。
既に拘束を逃れた少女は、逃げ出すでもなく、座って手鏡を眺めている。女悪魔の方も特に驚くでもなく、落ち着いた足取りで少女に歩み寄っていく。美しい金糸のような髪と、まだ幼さの残る肢体。しかし青く大きな瞳は光を宿しておらず、濁ったガラス玉のような鈍い色をしている。
「悪い女ですね、私の……を誘惑するだなんて。でも…も…だわ。酷い仕打ちだと思いませんか?これは重大な裏切りですっ。……求められればいつでも私は応えてあげるつもりだったのに……」
「あらあら、不忠なワンちゃんね。こういうときの躾は重要よ。どうするのかしら?」
少女は誘惑だの裏切りだの言っているが、本人達からすれば酷い言い掛かりだろう。嘆く少女に、女悪魔はペットの躾け方をきくような軽い口調で訊ねる。
「もう、お仕置きです。不要なモノは取り除いてしまいましょう!」
「あら……良いの?」
「はい。私は元々、
「ふふ、そうだったわね。それならしっかりこちらで有効活用させて貰うわ。……ああ、この研究が進めば、いつか愛しのあの御方との間にも子を設けられる日が来るかしら?」
「きっと来ますわ、私は心より応援させて頂きます。どうかお役立てください。うふふふっ」
「ありがとう。くふふふっ」
部屋には二人の不気味な声が重なって響いた。
女悪魔と謎の少女は一体誰なんでしょうね(汗)
何だか陰棒、ではなく陰謀の香りがしてきました。