「ようこそ映像研に!乾杯!」
乾杯の音頭と共にジョッキやグラスが打ち合わされる音が鳴り渡った。
大学生とみられる若い男女が居酒屋の奥まった座敷に集まっており、今まさに飲み会が開始されたところであった。
参加者の中に、隣の男性に料理を取り分けている女性がいた。
ショートカットの黒髪の小柄な女性で、ややゆったりとした淡いグレーのボーダー柄の長袖カットソーに、くるぶしが見える短い丈のジーンズに身を包んだシンプルだが女性的なコーデに身を包んでいた。
この女性の名前は
逢が料理を取り分けた隣の男性は2年生の
青いストライプ柄の長袖シャツにグレーのチノパン、アクセサリーは皆無という簡素で清潔感のあるファッションが本人の真面目な性格を表しているようだった。
優しげなほほえみを浮かべた女性的な顔立ちと中背だが細身の体が、若干頼りない印象を与えていた。
純一と逢は同じ高校の先輩後輩で、高校時代に恋人の関係となっていた。
1年先輩の純一は昨年高校を卒業して東京の大学に進学。
逢は恋人と一緒の大学に入るため猛勉強をし、晴れて同じ大学に合格、今年から同じ学校に通うことになったのである。
入学式が終わりサークルの勧誘が始まると、純一は逢を自分の所属するサークルに連れて行った。
純一としては逢をサークルに勧誘するつもりはなく、逢が自分でやりたいサークルを選べばいいと思っていた。
逢を連れて行ったのは、単純にサークルメンバーに自分の彼女を紹介してさりげなく自慢するためであった。
ところが、逢はその場で純一のサークルに入ることを決めてしまった。
逢は、去年1年恋人とロクに会えず勉強漬けだったことが不満で、恋人と一緒に過ごせる時間を増やしたいと思っていたのだ。
純一が所属し、逢が入ったサークルは映像研究会という名前のサークルで、自主制作映画を作って発表する活動を行っていた。
大学には映像研究会ができる以前から映画研究会というサークルが存在していたが、映画研究会は映画を見ては感想を言い合う批評会のような状態になっており、学祭でも映画の感想をまとめた同人誌を発行するだけで、映画を撮るような活動は久しく行われていなかった。
2人が入った映像研究会は、そういった活動ではなく映画を作りたいという今時珍しい情熱を持った人間が新たに作ったサークルであった。
しかし、映画を作る事に興味を持つ人間はそれほど多くなく、また、メンバー同士の人間関係の問題で辞めていったメンバーも少なからずいて、現存するメンバーはこの場にいる6名だけであった。
そんな中、待望の新人、しかも女性が新たに加わるということで、入学式の数日後には早々に逢の歓迎会が開かれたのである。
「いやー、話には聞いていたが、あの橘にほんとに恋人がいたなんてなぁ」
「今年も映像研の主演女優はアタシだから。厳しいようだけど、1年は下積みからやんな」
「橘よりもオレのほうがイケメンだと思わない?ね、逢ちゃん?」
飲み会が始まってある程度料理が胃袋に放り込まれると、逢と純一の周りに3人の男女が集まり、銘々話しかけはじめた。
最初の台詞は映像研究会の会長で4年の片倉雄介。
昭和の青春ドラマや青春映画が好きで、自分もそういった作品が作りたいと映像研究会を作った男である。
長身でがっしりした体格に日焼けした肌、短く刈り込んだ髪がいかにも体育会系のイメージを作っていた。
次の台詞は3年の姫野
明るく染めた茶髪に黒革のタイトミニスカート、きらびやかにネイルされた爪が特徴の、きつめの印象を受ける美人である。
自己中心的な性格で、映像研では女王のように振る舞っていた。
映像研の作品では毎回主演女優を演じている。
モデル雑誌に載ったこともあり、将来は芸能界入りを目論んでいる。ここ最近は就職活動の一環として芸能事務所とのコネ作りに躍起になっている。
最後の台詞は3年の宮沢
長い茶髪を首の後ろで束ね、金のネックレスを着けたチャラそうな男だ。
可愛い子を撮影したいからサークルに入ったと公言して憚らず、自他共に認める女好きである。
両親が医者で羽振りが良く、口もうまいので女性受けは良いが、その軽薄さと浮気癖から交際まで発展する相手は少なく、交際してもすぐに別れるのが常であった。
映像研では主にカメラでの撮影を担当しており、脚本によっては役者としてカメラに映る側に回ることもあった。
そんな5人の様子を三脚に設置したハンディカメラで撮影しているのは3年の
黒縁の眼鏡をかけた小太りの男で、映像研では映像編集から小道具の用意まで裏方全般を担当していた。
セクハラ気味の発言が多く、容姿と相まって女性には嫌われていた。
歓迎会でカメラを回しているのは、サークル活動の一環として映像を残すというのが表向きの理由だ。
そこから少し離れて、春らしい黄色のカーディガンと膝丈のピンクのフレアスカートに身を包んだ女性が1人でウーロン茶を飲んでいた。
彼女は2年の糸井
肩まで伸びた亜麻色のストレートヘアにカーディガンを盛り上げるやや大きめの胸を持つ可愛らしい女性だが、その表情は冴えなかった。
歓迎会の前に成美からとある指示を受けており、その指示に従う事に罪悪感を持っていたからだ。
映像研ではアシスタントとして雑用全般をこなしているが、一番の仕事は成美のマネージャー役として成美のわがままの犠牲になることだった。
会長である雄介と去年から参加した男性である純一は知らなかったが、実は、映像研にはヤリサーとしての裏の顔があった。
まだ右も左も分からない新入生の女を酔わせては強引に性行為に及ぶのである。
その様子はカメラに収められ、被害にあった女は映像を盾に脅され、以降は奴隷のように扱われていた。
映像研は設立当初は真面目にサークル活動をしていたが、成美がサークルに入ってから密かにヤリサーとしての活動が始まった。
成美は、会長である雄介が比較的単純な性格で操りやすい事に目をつけ、このサークルを利用することを思い付いたのだ。
学内でのカーストトップクラスの女として君臨するために、1年から主演として出演することで知名度を上げ、自らの価値を高めようとしたのである。
そのために他の女性メンバーを蹴落とすことにしたのだが、その手段が女性メンバーの弱みを握り、脅迫することであった。
成美は軽薄で女好きの一輝を焚き付け、女にモテない智也に被害者の女性をあてがうことで2人を協力者に仕立て上げると、他の男性メンバーに気づかれないように他の女性を次々に毒牙にかけ、サークル内での支配権を確立したのである。
被害にあった女性は成美に金品を上納させられたり、一輝と智也の性処理に使われたりしたため、次第に精神を病み、退学して姿を消していった。
今も映像研に残っているのは、成美、一輝、智也のヤリサー組、裏の活動を知らない雄介と、去年サークルに入った純一と春香だけであった。
春香は去年の歓迎会で一輝と智也に暴行され、それ以降3人の奴隷として映像研内で最下層の扱いを受けていた。
春香は成美から、この飲み会で新たな生贄を嵌めるための手伝いを命じられていた。
そう、成美、一輝、智也の3人は、この歓迎会で逢を狙っていたのだ。
歓迎会は穏やかに進み、1時間あまりが経過した。
逢と純一は未成年ということもあり最初はウーロン茶を飲んでいたが、場の雰囲気に流され、途中からカシスオレンジなどの甘くて飲みやすい酒を口にし始めていた。
その途中、逢の自己紹介のターンもあった。
出身は純一と同じ輝日東高校、高校時代は水泳部で、兄弟は弟が1人、好きな食べ物はラーメンといった具合に逢が簡単に自己紹介すると、今度は先輩達から質問が飛んだ。
「橘と付き合い始めたきっかけは?」
「えっと、部活で大会の選手に選ばれなくて落ち込んでる時に励ましてもらって……」
「彼氏以外の男に興味持つことはある?」
「ありません」
「映画には興味ある?」
「あ、はいっ、あります」
「例えばだけど、出演するときにいじめる方といじめられる方だったらどっちがやりたい?」
「……うーん、いじめられる方ですかね?」
「逢ちゃんはSとMどっち?」
「……分かりません」
「あ、あのっ、ファーストキスの相手は橘くんですか?」
「それは……秘密です」
「スリーサイズは?」
「えっ?」
「先輩、そういった質問はやめてください」
セクハラ気味の質問がエスカレートしそうだったので、純一が咎めて質問タイムは終わりにされた。
自己紹介から始まったこの一連の様子も智也がカメラに記録していたが、これも成美達の罠の一部であった。
質問と回答を編集してアダルトビデオの冒頭インタビューのようにしてしまい、あたかも和姦であったかのように装うのだ。
質問が終わる頃には、雄介はだいぶ出来上がっていた。
成美に注がれるがままに酒をあおった結果である。
成美は全員に聞こえるように春香に命じて泥酔した雄介を介抱させ、頃合を見計らってトイレに連れて行かせた。
その裏で、春香にタクシーを呼ぶようにも命じ、雄介をタクシーに押し込むと、運転手に雄介の自宅の住所を伝えて雄介を1人で帰宅させてしまった。
1人で戻ってきた春香には、雄介は飲み過ぎて気持ち悪くなったので先に帰ったと、雄介がいない理由を説明させた。
残る邪魔者の純一もこの場から排除したいところだったが、さすがに恋人を置いて帰るのは不自然なため、逢と一緒に酔い潰してしまうつもりであった。
「はーい、みんなちゅうもーく!」
一輝は立ち上がると、数本の割りばしを握りしめ、ゲームの開催を宣言した。
「宴もたけなわではありますがー、ここいらで席を盛り上げるために王様ゲームをやりたいと思いまっす!逢ちゃん、王様ゲームって知ってる?」
「ルールは知ってますけど……。王様の命令って何でもありなんですか?」
一般的な知識として王様ゲームのルールを知っていた逢ではあったが、性的な命令が出る場合がある事も知っていたため、その場合はゲームへの参加は断ろうと考えていた。
「もっちろん、王様の命令は制限なし!でもだいじょーぶ。特別ルールとして、王様の命令は拒否を認めまーす!」
一輝がそう言って春香に目を向けると、春香がオレンジ色の液体が入った2つのピッチャーと人数分のグラスをテーブルの上に用意した。
「王様の命令を断る場合は、ペナルティとしてこの特製カクテルを一気飲みしてもらいまーす!」
「これってお酒ですか?」
酒に慣れていない逢を心配した純一が確認すると、春香と一輝が答えた。
「う、うん、少しだけお酒が入ってるけど、そんなに強くないから……」
「アルコールなしじゃ白けるし、ペナルティにならないからねー」
アルコールが少しだけというのは嘘であった。
片方のピッチャーの中身はオレンジジュースであり、こちらは逢と純一以外が飲む用として用意していた。
もう1つのピッチャーには、ウォッカやオレンジリキュールをオレンジジュースで割って口当たりを良くしたヤリサーご用達の特製カクテルが入っており、こちらを逢と純一に飲ませる予定であった。
どちらも成美に指示されて春香が準備したものである。
一輝は、更に2人が参加しやすいように条件を追加した。
「じゃあ、逢ちゃんが王様の命令を断る場合は、身代わりに橘が一気飲みするのでもOKってルールでどう?」
「あ、あのっ。私も参加するから……。それに、私が王様になっても無茶な命令はしないから……」
「単なるレクリエーションなんだから、ムキになって場を白けさせないでよね」
事前に成美に指示されていた春香のフォローと、いかにも2人のせいで場の空気が悪くなっているかのような成美の責める口調が2人の退路を断っていった。
「ままま、気楽に行こうよ。さ、みんな、順番にこの割りばしを引いてー」
そう言って一輝はあらかじめ用意していたコーヒーのボトル缶にくじの割りばしを突っ込むと、目の前に差し出した。
当然だが、この缶にも細工がされていた。
缶の一部が正方形にくり抜かれて上下にスライドする窓に加工されており、窓を開けると缶の中が見える仕組みである。
窓にはレンズがはめ込まれており、窓から中のくじの番号が大きく拡大して見えるようになっていた。
窓は缶を持っている一輝の方に向けられており、缶を差し出された逢や純一の目からは巧妙に隠されていた。
この小道具を使って一輝が逢の引いた番号を特定、ブロックサインで他のメンバーに共有する仕組みであった。
逢と純一もこれ以上断って空気が悪くなることを避け、順番にくじを引いていった。
「それじゃー、最初の王様だーれだ?」
こうして、獲物を絡め捕るための王様ゲームが始まった。