「お、そろそろ終わりの時間じゃーん」
智也が逢を犯している間に服を着た一輝が、腕時計を見て現場の後始末を促した。
智也は春香からカメラを取り上げると撮影された映像を確認しはじめた。
春香は散らばったままの逢の服を拾い集めると、体を守るように膝を抱えて茫然としている逢の元に近寄り、無言のまま体についた精液をティッシュで拭い始めた。
しばらくして逢の体についていた精液を拭い終わると、春香は裸の逢に服を着始めさせた。
一輝は逢が無言のまま春香のなすがままになっている様子を見届けると、座敷を離れて見張りの成美と合流し首尾を報告した。
一輝が会計を済ませ、見張りをしていた成美と一緒に戻ってくると、座敷席は静まり返っていた。
カメラと三脚を片付け、荷物をまとめた智也。
膝を抱えて涙で汚れた顔を隠している服を着た逢。
大の字になって寝息を立てている純一。
所在なさげに立ちすくむ春香。
言葉を発する人間は誰もいなかった。
成美は逢の様子を見て軽くうなずくと、会のお開きを宣言した。
「じゃ、今日の歓迎会はこれでおしまいね。七咲もしっかり”歓迎”されたみたいだし」
その言葉からは成美もグルであったことが推測された。
その可能性に思い至った逢は、膝に押し付けた顔を上げることができなかった。
この場に味方がいないことにショックを受けた逢には、もはや成美の顔を見る勇気はなかった。
「橘は一輝と智也が送っていきな。七咲はあたしと春香が送っていくから」
成美の口から純一の名前が出たことで、恋人の存在を思い出したかのように逢は顔を上げた。
すると、一輝と智也が眠っている純一を両脇から抱えて無理やり起き上がらせる光景が逢の目に入ってきた。
純一に何か声をかけようと思った逢だったが、何を言えばよいのか言葉が見つからなかった。
逡巡する逢を無視して一輝と智也は純一を座敷から連れ出していった。
男たちが退場すると、成美は座ったままの逢に近づき、逢の右手を引っ張って無理やり立たせようとした。
しかし、逢は座ったまま立ち上がろうとせず成美を苛立たせた。
「いつまでそうしてるつもり?いい加減立ちな!」
成美は春香に命じて逢の左手を掴ませると、2人がかりで逢の手を引っ張り、無理やり立たせた。
成美と春香は逢を女性用トイレに連れ込むと、涙で汚れた顔を洗わせた。
その後、春香が化粧道具を取り出し、逢のメイクを軽く整えていった。
「分かってると思うけど、今日のことは誰にも言うんじゃないよ」
トイレに他に誰もいないことを確認すると、成美は逢に念押しした。
「誰かに言ったら、あんたはAV女優として全国デビューすることになるんだからね」
撮影されたことを思い出した逢はうなずくしかなかった。
メイクを整えられた逢が成美と春香に連れられて店の外に出ると、一輝たちが店の前でタクシーを2台呼び止めたところだった。
一輝たちは1台目のタクシーに乗り込むと、成美たちに挨拶をしてそのまま走り去っていった。
成美と春香は残りの1台の後部座席に逢が真ん中になる形で乗り込んだ。
「ほら、あんたんちの住所」
成美に促さた逢が自分のアパートの住所を告げると、運転手は目的地に向かって車を発進させた。
逢のアパートに向かう車中は静かだった。
成美は無言で携帯電話を操作しており、逢と春香は一言も発しなかった。
途中、成美が思い出したように春香に言った。
「春香。あんたこの後、七咲にちゃんと説明しときなよ」
「……はい」
春香が返事をすると、車中を再び沈黙が支配した。
やがて、タクシーは逢が住んでいるアパートの前に到着した。
タクシーは逢と春香を下ろすと、成美を乗せて走り去っていった。
逢は1階にある自分の部屋の前まで移動すると、ジーンズのポケットから鍵を取り出して玄関のドアを開け、中に入っていった。
春香は無言で逢の後に続き玄関まで足を踏み入れたが、部屋には上がれず立ちすくんでいた。
そんな春香の様子をしばらく黙って見ていた逢であったが、成美が春香に何か説明をしろと言っていたことを思い出し、部屋に招き入れることにした。
逢の部屋は寝室とキッチンで構成されたフローリングの1Kで、大学から電車で1時間弱、駅からも徒歩15分以上という条件から、広さの割に安い物件だった。
エアコンもあり、バスとトイレも別で、立地にさえ目をつぶれば学生が住むには十分すぎる設備だった。
逢の両親は、逢をオートロックのあるマンションに住まわせたかったが、その条件では家賃が跳ね上がることから逢が拒否したのだ。
生活費はアルバイトで稼ぎ、学費と家賃のみを親の仕送りに頼ることにした逢は、なるべく親の負担が少なくなるように安い家賃の部屋を選択したのである。
逢は寝室のベッドに腰掛けると、目で春香に座るように促した。
寝室に招き入れられた春香は、ベッドの横に置かれた四角いローテブルの1辺におずおずと座った。
しばらく沈黙が続いたが、意を決したように春香が口を開いた。
「ご、ごめんなさい……」
春香の口から出てきたのは謝罪の言葉だった。
「姫野先輩に言われて、どうしても逆らえなくて……」
春香は堰を切ったかのように話し始めた
成美がサークルの女王であること、一輝と智也はその仲間であること、去年自分も暴行されたこと、処女だったこと、自分も映像を撮られたこと、成美はサークルに新しい女性が入ってくることが気に入らないこと、言うことをきかないと映像をばらまくと脅されていること……。
内容は整理されておらず、脈絡はバラバラで、逢は状況を把握するのに少し時間がかかった。
逢は春香も被害者であることを理解したが、同情する気にはならなかった。
「事情は分かりました。それで?」
逢の質問に、春香はこれからの事を答えた。
「映像は、たぶん、七咲さんが合意してああいうことをした風に編集されちゃうと思う。だから、警察に訴えても証拠にはならないかもしれない」
逢は歓迎会の最初にカメラを回していた智也の顔を思い浮かべた。
「それに、映像をネットに流されたら家族が悲しむだろうし……。七咲さんだって家族や橘くんには知られたくないでしょ?」
逢は純一のことに思いを馳せた。
純一がこの事を知ったら、自分以上に傷つくだろう。
他人のために怒ると意外と好戦的になる人だ。
場合によっては3人に何をするかわからない。
自分が傷つくことよりも、純一が傷つくことが逢には耐えられなかった。
「じゃあ泣き寝入りするしかないんですか?」
「ううん。映像を取り戻せば……。どうやったら取り戻せるかは条件次第だけど……」
歯切れの悪い春香の言葉に、逢は詳しい話を尋ねた。
「条件って何ですか?」
「条件って言うか取引って言うか……。3人が望むものを提供して、代わりに映像を破棄してもらうの」
「糸井先輩は取引したんですか?」
「……うん、今もしてる。今日七咲さんを撮影したのも、その条件の1つだったから……」
「糸井先輩はどんな条件で取引したんですか?」
「……ごめんなさい。それは言えないの……」
その後もいろいろな質問をしてみたが、春香は3人から直接話を聞くように答えるだけだった。
これ以上質問しても仕方ないと思った逢が会話を切り上げると、春香は成美からの伝言を伝えた。
「姫野先輩から、明日、4限が終わったら1310教室に1人で来るようにって。来なかったらAVデビューだからなって」
そこで先程の条件が話されるだろうと、春香は自分の推測を付け加えた。
2人の間に会話がなくなると、春香は立ち上がった。
「……それじゃあ、帰ります」
玄関で靴を履いた春香は、逢に向かって頭を下げると、それ以上一言も話さず部屋から出て行った。
春香がいなくなると、逢は重い身体を引きずってバスルームに入り、精液をひっかけられた胸元から腹部、背中とお尻を中心に全身をボディーソープで入念に洗い流した。
望まぬ相手を受け入れた女陰も何度も何度も入念に洗ったが、あまりの惨めさにまた涙が出そうだった。
バスルームから出た逢はパジャマに着替えてベッドの倒れこんだ。
携帯電話を取り出して発信履歴を開き、連続で並んでいる純一の名前を確認する。
(先輩、今どうしてます?私、汚されちゃいました……)
誰かに相談したいと思ったが、恋人である純一はもちろん、親友である紗江や美也にもこんな事は話せない。
発信履歴に表示されている純一の名前を眺めていた逢は、純一に電話するかどうか何度か逡巡したが、結局電話はかけなかった。
今、純一の声を聞いたら泣き出してしまう予感がしたからである。
泣いてしまえば純一に理由を聞かれてしまう。今の逢にはその質問をうまくはぐらかす自信はなかった。
逢は純一から電話がかかってきても出ないように携帯の電源を落として充電スタンドに立てかけた。
逢は枕元の時計のアラームをセットすると部屋の明かりを消し、ベッドに潜りこんだ。
しかし、睡魔はなかなか訪れなかった。
原作のEDから2年後の設定ですが、この時代はまだスマホやSNSはありません。