放課後。桐山は図書室の本棚の前に立ち尽くしていた。
(何を読めばいいのかわからん……)
桐山が図書室にいる理由は新しい趣味を見つけるためだ。
一之瀬率いる1年B組はSシステムの仕組みに気付き始めており、ポイントを無駄遣いしないよう周知されていた。
ポイントがかからない趣味を見つけようと桐山が思い付いたのが読書だった。
(漫画と絵本しか詳しくないんだよな)
読書とは無縁の生活を送っており、作家も映画化された有名な人物しか知らない桐山にとって、数多くの中から一冊を選ぶのは難易度が高かった。
(とりあえずハリーポッターでも読もうかな)
映画はすべて鑑賞しており、イメージしやすいと思い、桐山はハリーポッターと賢者の石を選択した。
(だ、だめだぁ……)
30分後。早くも挫折した桐山はうなだれていた。
有名作品だし、映像化もされているので、自分でも読めるだろう。
そう思っていた桐山だったが、海外小説は彼にとってハードルが高かった。
「うーん」
桐山がハリーポッターと賢者の石を本棚に戻し、再び頭を悩ませていると、「あの」と後ろから声をかけられた。
掘り向くと、銀髪ロングの美少女が立っていた。
(か、可愛い!?)
目の前に立っているのが、柴田が以前に言っていた美少女と評判の椎名ひよりなのだが、一之瀬しか興味がない桐山は彼女のことを知らなかった。
「な、なんでしょう?」
なぜか敬語で応対する桐山。
「もしかして、借りる本を探しているのでしょうか?」
「そうだけど、あまり詳しくなくて何を読めばいいのかわからなくて……」
「そうですか!」
無表情だった椎名の目に輝きのようなものが宿る。
「私でよろしければ教えましょうか?」
「え……?」
突然の展開に困惑した桐山は、どう答えたものかと考えてしまう。
「あ、紹介が遅れました。私はCクラスの椎名ひよりと申します」
「えっと、Bクラスの桐山一馬です」
「桐山くんですね。……もしかして、ありがた迷惑だったでしょうか?」
相手が男子だったら桐山は断っていたかもしれない。
だが椎名ひよりは美少女だ。
青春を謳歌したい桐山に断る余地はなかった。
「それじゃお願いしようかな」
「はい」
椎名は凄く嬉しそうな顔をしてから目を細めた。
それから桐山は素直に読書初心者であることを告げた。
椎名は桐山に興味があるジャンルを訊き、何冊かみくつろった。
どれも読書初心者にとっておすすめの読みやすい小説だった。
「Cクラスには小説を好む人がいなくて、話し相手がいないんです」
受付で手続きを済ませた桐山は、椎名に誘われて雑談をしていた。
「確かにあのクラスって不良ばっかりだもんな」
「はい。国立の学校なので、最初は驚きました」
「まさか不良がいるとは思わないもんな」
桐山はCクラスの生徒とは何度も廊下ですれ違っている。
中には真面目そうな生徒もいるが、半数以上は不良やとても賢そうには見えない連中だった。
「椎名さんは大丈夫なの?」
「はい、特にいじめられたりはしていませんので」
「ならよかった」
「心配してくれたんですね。ありがとうございます」
「っ……」
嬉しそうに手のひらを合わせ、椎名が笑う。
(か、かわええぇぇぇぇ! やっぱこの学校の女子はレベルが高い!)
椎名ひよりは顔だけなら一之瀬に匹敵する美少女だ。
そんな彼女に笑顔を向けられ、桐山はドキドキと動悸が早くなってしまう。
「椎名さんって小説詳しいんだね」
「いえ。私なんてまだまだです」
「謙遜しなくていいのに。俺なんか漫画しか詳しくないからな」
「漫画ですか?」
「うん」
「……あの、よかったら私におすすめの漫画を教えてもらえませんか?」
「漫画を?」
「はい。以前から興味がありまして、中学の時にクラスメイトの女子に教えてもらったのですが……」
「合わなかったんだ?」
「……はい」
桐山は少女漫画を勧められたのだと推理した。
先ほどまでの雑談で、椎名はミステリー小説が好きで、恋愛ものはあまり読まないと言っていた。
つまり恋愛どろどろの少女漫画を勧められ、挫折したのだろうと桐山は推測した。
「わかった。小説を教えてもらった代わりに、おすすめの漫画を教えるよ」
「ありがとうございますっ」
「でも図書室に置いてないよね」
「はい。なのでレンタルショップで借りようかと思います」
「なるほど」
敷地内のレンタルショップはDVDやCDはもちろん、コミックも充実している。
有名作品なら間違いなく置いてあるだろうと思えるほど品揃えは豊富だ。
「よかったらこのまま付き合えって頂けますか?」
「いいよ」
こうして思わぬ形で女子と外出することになった桐山であった。
☆☆☆
「桐山! お前いつ椎名ひよりと仲良くなったんだよ!?」
翌朝。桐山が教室に入るとすぐに柴田が突っかかってきた。
「……何のことかな?」
「しらばっくれんな! お前らが仲良く二人で歩いてるのを目撃した生徒がいるんだ!」
椎名ひよりは男子に人気の女子である。
そんな美少女が男子と二人で歩けば嫌でも目立ってしまう。
「俺が部活で頑張ってる間に女子とイチャイチャしやがって!」
「イチャイチャはしてねえよ!」
「うるさーい! 天誅だこの野郎!」
「この裏切り者!」
「化け物め!」
柴田に続いて、何人かの男子が桐山に理不尽な攻撃をし出した。
もちろん悪ふざけでやっており、クラスポイントが減少するほどのものではない。
(桐山くんが椎名さんと……)
盛り上がる男子とは裏腹に、一之瀬は激しく動揺していた。
(なんで私じゃなくてほかの女子と……)
一之瀬は毎晩桐山を想いながら自分を慰めている。
彼女の想いは日に日に募るばかりだ。
それなのに桐山はほかの女子と親交を深めていた。
「ごめん。お手洗い行ってくるね」
一之瀬は女子たちにそう告げ、トイレの個室に駆け込んだ。
理由は一つ。
涙を誰にも見せたくなかったからだ。
(酷いよ……桐山くん。なんで私を放って、ほかの女子と仲良くしてるの……)
桐山と一之瀬は一度身体を重ねただけで、恋人関係ではない。
桐山が抱きたくなったら、身体を差し出す。
そんなふしだらな関係だった。
なので一之瀬が桐山を束縛する資格はない。
桐山がほかの女子と仲良くしようが、それは桐山の自由だ。
一之瀬もそれはわかっている。
しかし、頭の中でわかっていても、心は別だ。
(やだ……涙が止まらないよ……)
拭っても、拭っても、涙が次々に溢れてくる。
連絡が来ないだけなら我慢は出来た。
けれど桐山が、自分以外の女子と仲良くする事実を突きつけられ、一之瀬の心は崩壊寸前だった。
(苦しい……苦しいよっ……)
ナイフで胸を貫かれたような苦しさが一之瀬を襲う。
こんなに苦しいのは万引きがばれて母親に叩かれた以来だった。
その日。一之瀬は、傷ついてるのがばれたくなくて、無理やりに笑顔を作り、一日を過ごした。
そんな彼女の痛々しい笑顔に気づいたのは、皮肉にも桐山だけだった。
☆☆☆
(一之瀬さん、どうしたんだろう?)
自室で読書をする桐山は、今日の一之瀬を思い返していた。
教室ではあまり彼女を見ないようにしている桐山だが、今日は廊下で一度すれ違った。
友人たちと談笑していたが、その笑みは明らかに偽物だった。
「もしかして……俺の顔を見て、痛みを思い出しちゃったか?」
処女喪失したときの一之瀬の悲鳴が頭の中で再生される。
あんな悲鳴は聴いたことがなかった。
「駄目だ、読書に集中できん……」
新しい趣味に没頭する桐山だったが、彼の中で優先順位が一番高いものは一之瀬だ。
椎名ひよりと親しい仲になっても、それは変わらない。
「結局、一之瀬さんを好きなままなんだよな……」
二年間も片思いをしていたのだ。
いくら彼女を幸せを祈り、身を引いたからといって、募らせた思いがすぐに消えることはなかった。
むしろ彼女を抱いてしまったため、欲情は募るばかりだ。
桐山は妄想で一之瀬を汚しまくっている。
いろんな恰好、場所、シチュエーションで一之瀬は桐山に貫かれていた。
「やべ、お風呂入っちゃおう」
一之瀬の淫らな姿を思い出し息子が反応した桐山は浴室に向かった。
あそこがキングの桐山だが、精液の量もキングだった。
部屋でオナニーをすればティッシュの消費が激しくなるため、桐山は浴室でするようにしていた。
浴室でたっぷり欲望を吐き出し、心身共にリフレッシュした桐山は、動画を鑑賞して暇を潰していた。
施設育ちの桐山はペットが飼えなかったことから、犬や猫の動画を見るのが大好きだった。
嫌なことがあっても、それらを見るだけで、心が癒された。
(駄目だ。一之瀬さんのあの笑顔が消えない……)
読書をしても、妄想で一之瀬を汚しても、犬と猫の動画を見ても、思うのは一之瀬の悲しい笑顔ばかりだ。
(理由を訊くにしても、俺が原因だったら逆効果だしな……)
やはり彼女を抱かなければよかっただろうか。
ひと時の快楽のために、彼女の初めてを奪ってしまった。
彼女は許してくれたが、それは本心なのだろうか。
彼女は優しいから、自分に罪悪感を背負わせないために、嘘をついたのではないだろうか。
桐山に後悔の念が押し寄せてくる。
刹那。インターホンが鳴った。
(こんな遅い時間に誰だよ……って柴田しかいないか)
以前にも深夜にアポなしで来訪されたことがあるため、桐山は柴田が遊びに来たのだろうと確信する。
だがドアの向こう側に立っていたのは柴田ではなかった。
「……一之瀬さん?」
桐山の想い人である一之瀬帆波だった。
「ど、どうしたの……?」
「こ、こんな時間にごめんね……。上がらせてもらっていいかな……?」
不安による緊張で身を震わす一之瀬。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
寒さで震わせてると勘違いした桐山は即座に一之瀬を部屋に迎えた。
(一之瀬さん、こんな夜遅い時間にどうしたんだろう? まさか……)
すぐにあの日の出来事を思い出してしまう。
まさか彼女から抱かれに来たのだろうか。
(まさかね)
そんなわけないだろう。
そう思い桐山が振り返ると……
「一之瀬さんっ!?」
そこには洋服をすべて脱ぎ、下着姿の一之瀬が立っていた。
11.5巻でもひよりは当て馬に使われてましたね……