バサーー、鯨が浮上するが如く時雨の上半身が渦の表面から飛び上がった。
だがこれでは、また渦に飲まれるだけだ。
時雨は両手を伸ばして背を反らし、腹筋を限界まで伸ばし背筋を限界まで縮め弦を引き絞った弓になる。
「はっ」
気合いと共に解放されたバネのごとく渦の表面を両手で叩いた。
高速で叩かれ硬化した水面に支えられ下半身が渦から抜け出し、奇跡とも言える体術で水の上で倒立を果たす。
程よく付いた背筋が盛り上がり、指の先から足の爪先まで美しい弓なりの曲線を描いた時雨の体。
そのまま倒立前転を行っていく。
軟体動物のように滑らかに体がしなやかに動いていき、足が水面に付くと同時に水面を蹴った。
陸上のクラウチングスタイルの如きダッシュ。
渦の螺旋力に逆らい向かうことで相対速度を稼ぎ水面を硬化させ、濡れた半紙の上を破かず走れるほどの足裁き、二つが重なり体術の芸術を描く。
パシャパシャパシャ、まるで水たまりの上を走る鶴のように時雨は渦を駆け上がっていく。
駆け上がりつつ、手品の如く気にする間もなく左手に音叉、右手に小太刀が握られている。
ぶんっ、時雨は羽ばたくように左手を振り空気を叩く。
ブンッ、音叉の振るえに右手の小太刀も応え振るえていく。
タイミングを少しでも間違えれば飲まれてしまう渦の上を駆け上がるだけでも驚異的なのに、時雨は音叉で空気を叩き小太刀を共鳴させる。
時雨は共鳴させた小太刀を羽ばたかせ旋律が紡ぎ出されていく。
「この状態で旋律を奏でるというの?」
余裕綽々だった鵡見の顔に恐怖が浮かび上がってくる。
音叉と小太刀の共振が増してくれば
小太刀を振るい、合わせて体を捻る。
時雨は水上の上ひらりくるりと剣舞を舞い出す。
巨大な渦の上を駆け上がっているんだ、その足下が少しでも躓けばあっという間に渦に呑み込まれてしまう。そして巨大な洗濯機でぐるぐる回され掻き回されて骨を砕かれ内臓を泣き出し、ペラペラの皮だけとなる。
だが時雨は恐怖に呑まれない、逆に旋律に乗って恐怖を振り切って重力など無いように軽やかになって美しく舞う。
少女の美しい舞いと旋律。
夜の世界に幻想が舞い降りてくる。
凍り付く寸前までに硬化し清められた湖。
白く清められ音さえも凍り付いていく静寂の世界。
雪降る中一羽の鶴が湖上に舞い降りる。
そして告げられる天の一声。
「雪月流 湖上の羽ばたき」
時雨は音叉を小太刀を羽ばたかせ、ひときわ高く舞い上がった。
渦から脱出する外じゃ無い、渦の中心に向かって鶴は羽ばたいた。