俺は駅前で待っている。
目の前をせわしげに人々が通り過ぎていく。
北口前広場、ここで10時の待ち合わせ。
今は9時半、遅刻せず時雨さんが万が一早く来ても待たせないベストな時間。
服装もカリスマコーディネイターに選んで貰った服。俺がいつも着ている服に比べて○が多い所為なのか、たまに此方に視線を向けてくる人がいるような気がする。下ろし立ての着慣れていない服、気合いが入っているのが見れば分かってしまうのだろう。
デートに気合いを入れてきた田舎者。
まあそう思われてもしょうが無い、事実でもある。
逆に言えばこれで時雨さんに俺の誠意は伝わるだろう。それなら食費を削った甲斐があるというもの。
俺は時雨さんとの再会までの時間を潰すべくポケットから文庫を取り出した。内容はミステリー、ここで恋愛物なんか読み出したら時雨さんとの再開待ち遠しい気持ちと合わさって顔がドロドロになって、近寄りがたい不審人物になってしまうので冷静になれるようにとのチョイスだ。
30分後、視界を本より離して周りを見渡すが時雨さんはいない。
俺にとってはどうでもいい人が右から左へと流れて行くのみ。
「まあ、多少は待つものさ」
俺は待ち合わせの時間に遅れたことはないが、普通の人の感覚なら一時間まで許容範囲なのだろう。っと言う話をたまに聞く。それが男の度量とも。
惚れたら負け、一時間くらい待たされたところで諦められるような想いじゃ無い。
俺は再び本を読み出す。
読書に没頭する中、俺に話しかけてくる者はいない。
30分後、再び当たりを見渡すが時雨さんはいない。
「本さえあれば俺は幾らでも待てる」
そうして読書をしては周りを見渡すを繰り返していく。
字の世界と現実を行ったり来たり、その内感覚が溶けてきて自分がどっちの世界の住人か分からなくなっていく。
しかし丁度章の切れ目で現実に戻って時間を見れば、12時だった。
二時間。
これは世間一般的に見れば、すっぽかされたと思うべきなのか?
「ふう、愚問だな」
彼女は心を閉ざしていた俺が出会った美しい人。
そんな人が嫌だからぶっちするとかからかっただけとか気が変わったとか、そんな事をする人じゃ無い。
幾ら嫌いな俺との約束でも、した以上は守る。
そういう人だと俺は思った。
来れないのなら何か事情があるのであろう。もし俺と携帯の番号の交換とかしていたら、きっと連絡の一つも寄越していただろう。
だが俺達は番号の交換はしていない。時雨さんがその気になれば俺と時雨さんの縁はあっさりと切れてしまう。
それでも無理に番号を聞かなかったのは、連絡できないのなら絶対に来る人だと信じた俺の策略でもある。
携帯やメールでお断りされてしまうより、絶対に会える方がいい。
なら、答えは決まっている。
元々今日一日は時雨さんに捧げる気だったんだ。
今日という日が終わるまで待とう。
本を仕舞い、時計を外す。
俺は時雨さんをただ待つことにした。