※この作品はR-18です。

性的経験表   作:灰の熊猫

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酒場にて(前編)

「――で? なんだってこんな状況になってるんだい?」

「…………」

 

 街の一角の喧騒に包まれた酒場、そこより天井と床を一つ挟んだ二階の個室にて、ベッドに座る筋肉質の青年の前に、栗色の長髪を後頭部のリボンで纏めた少女が向かい合っている。

 ばつが悪そうに目を逸らす少女――アイシャは、ただ軽く握った拳を口に当てて言葉を躊躇うばかりで、男の質問に答えようとしない。しかし男は、当人が口を噤んでいる理由について、既に半分は聞き及んでいた。

 だからこそ、残りの半分を本人から聞く必要があった。

 

「一応確認しとくよ。あの女からは『あの子をなるべく気持ち良く抱いてやって欲しい』、って聞いてる。金はキミに払えとは聞いたけど、娼婦の真似にしちゃ提示された金額は安すぎだ。……どういうつもりだい?」

「……むっ……ぬ、うぅ……」

 

 青年は暗殺者ギルドに属する一人の冒険者だった。アイシャの属する盗賊ギルドとは近い派閥故にギルド間の関係・交流は友好的なモノではあったが、しかし構成員同士が直接会う事は少ない。

 男はアイシャとは今この場で初対面であり、出会った理由は両ギルドに属する知り合いの女からの依頼――男が金銭を払う以上、要望に近かったのだが――によるモノだった。

 『ちょっと一発ヤって欲しい子いるんだけど。あ、コレその子は了解済みだから。娼婦買うより安いし、良いでしょ?』そんな軽く意味不明な言葉(いらい)の真偽を確かめるべく、男は今ここにいる。

 

「とりあえず、一応いくつか確認しとくね。キミは俺に何か恨みがあるかい?」

「――へっ?」

「あぁ気にしないで、職業柄必ず最初に聞く事にしてるんだ。今まで俺が抱いきた女の中には、俺を枕の上で殺そうとする奴もいてねぇ。ま、そいつらはお礼として首をへし折って寝かせてやったんだけどさ」

「ヒエッ」

 

 両手を組んで、男は優しい笑顔でアイシャにそんな事を告げる。軽く放たれた重い内容に、アイシャは思わずビビって自身の首を手で庇った。

 暗殺者は恨みを買い、そして自分に対する暗殺者も呼び寄せる。中でも女の暗殺者というのは厄介で、美人というのは美貌と身体という男を殺す刃を持っている。

 そういう点において、目の前の少女は八十点だ。あどけなくも整った顔、小柄な身体、服の上からでもわかる程に豊かな胸、なだらかな流線を見せる腰回り。

 さらに、目の前の少女には驚異が感じられない。腕や脚の締まり具合を見る限り最低限は鍛えている様だが、男(じぶん)からすれば誤差でしかない。はっきり言って、見るからに弱いのだ。

 そして、弱いからこそ女は恐ろしい。弱々しさは男の警戒という鎧を剥がし、ベッドの上で淫らに喚いていたと思った直後に刃を喉笛へ突き立てようとするのだから。

 

「けど、キミの反応を見るにそんなんじゃあ無い。これでも人を見る目には自信があってね、キミが今本気で俺に怯えて何もする気が無いのはわかる。『ちょっと相手を間違えたかな』って、こっちを見計らってるのもね」

「うえっ……!?」

 

 しかし、暗殺者としては目の前の少女は芝居力不足だ。軽い脅し一つで丁度本心を悟らせる程度のリアルな反応を返し、態度と視線から感情が透けて見えている。

 娼婦の様にこちらにすり寄る姿勢も見せなければ、個人的な感情をこちらに抱いている訳でも無い。不可思議な人種ではあるものの、アイシャが自分に害を齎そうという存在で無い事は、この短いやり取りの中だけで男は十分察していた。

 

「ま、そんなビビんないでいいよ。ほら、こっち座って。キミとは仲(・)良(・)く(・)出来るって事がわかったからね」

「……は、ははっ……し、失礼、しまーす……」

 

 男は自身の座るベッドの枕側を二・三度叩き、アイシャを招く。それにおっかなびっくりとばかりにアイシャは寄っていき、下手な愛想笑いを浮かべながら男の隣に座り込んだ。

 思えばここまで無害そうな少女は男の人生の中では珍しく、微笑ましい程に新鮮だ。そういう意味で仲良くなれそうと素直な気持ちを込めたのだが、どうやら脅し文句としてしか取られていないらしい。

 奴隷(ペット)を飼っている人種の気持ちが少しわかるな。ちらちらとこちらに視線を送って機嫌を伺っているアイシャに対し、男は小動物を見る様な愛嬌を見出していた。

 

「……で。改めて聞くんだけど、なんでキミは俺にヤられに来たの? 売春(ウリ)たいなら、キミはもっと高く売り込めそうなモンだけど」

「あー……えーっ、と……ど、どう言った、ものですかねー……」

 

 改めて、最初の問いに戻る。接点も動機も無い、そんな初対面の目の前の少女は仲介を経てまで自分に抱かれたいと言っている。一般的な娼婦から半額程の、男からすれば端金のみで。

 そして仲介してきた知り合いの言い方も気になる。身体を売ろうとする人間に対し、『なるべく気持ち良くしてやって欲しい』と配慮を求めるのは違和感があった。

 頬を掻いて恥じ入っているアイシャが口を開くのを、男は待つ。

 

「……そのー……は、恥ずかしながら、あたしはその、弱っちくって……」

「うん、まぁ見ればわかるよ。つい思わず縊り殺したくなっちゃうぐらいだね」

「ひぃぃ殺さないで下さい後生ですので! あたし死にたくないです!」

「ハハハ、ジョークだよジョーク。場を和ませる、殺し文句ってヤツだね」

「ハートじゃなくて心臓を止めるのは殺し文句と言わないんじゃないですかね」

 

 あまりにも口が重いのを見兼ねて、男はジョークを飛ばしてアイシャの反応を引き出す。男は自分で言うのもなんだが腕利きの暗殺者であり、このジョークで笑わない者はいないという程に鉄板のネタだった。

 それで得られるのは大抵は乾いた笑いばかりだったが、今回は予想外にウケて男は気を良くする。当のアイシャからすれば生きた心地がしない言葉ではあったが、ともかく口の滑りは良くなった。

 こほん。一度咳払いを挟んでから、アイシャは話を続けた。

 

「それで、その。先輩に、『楽に仕事出来る秘訣とか無いですかねー、努力ナシで覚えられる必殺技とかー』って酒の席でちょっと愚痴ったんですよ」

「結構図太い根性してるねキミ」

「で、それ聞いた先輩が『ならカラダ使えばいいじゃん、男なんて下半身握りゃそりゃもう必殺(イチコロ)よ必殺』、って……」

「あー、あの女なら言うねー、うん」

 

 思った以上に愉快な中身の会話が明かされ、男は苦笑いする。

 今回の場を取り持った女は、まさに男の天敵とも言える暗殺者だった。”女”を最大限に活用し、娼婦の真似事をして暗殺から諜報までを幅広くこなす、青年とは真逆の方向に凄腕と言える存在。

 まだ素性がお互いに割れていない頃に一度抱いた事があったが、男が最も死を覚悟したのもその時だった。殺し損ねてその女が逃げた翌日、『いやーメンゴメンゴ、同業者だったなんてねー。お詫びとしてもっかい寝る? 良い夜過ごそうよー』と、いけしゃあしゃあと笑いかけてきた事は今でも記憶に新しい。

 互いに殺し合おうとしたにも関わらず、その女は友好的だった。友(・)好(・)的(・)と(・)思(・)い(・)込(・)ま(・)さ(・)れ(・)た(・)。その洗脳にも近い”女”の使い方に、当時はぞっとしたものだ。

 

「……それで……その。『そういうの、まだわかんなくって』って言ったら……」

「あ、なんだ処女なのキミ――あーわかった、教(・)育(・)して欲しいって事かー」

「ぬぐっ」

 

 その一を聞いて、男は十(ぜんぶ)を知る。要は、アイシャは性技を覚えたいのだ。

 確かにアイシャは、容姿だけで言えば十人中九人の男の好みに当てはまるだろうだけの美少女と言える。しかし腕っ節に自信の無い冒険者など、結局出来る事は限られているのだ。

 奇襲・不意討ち・暗殺。そしてベッドの上というのは、女にとってその全てを満たす事の出来る戦場とも言える。しかし、それは学んで会得する必要がある立派な技術なのだ。

 

「ふーん、成程。あの女、大方『いいオトコ知ってるから、そいつで処女捨てちゃいなよ。なぁに女は度胸! 一回ヤっちゃえば自信は後から付いてくるってモンよ!』とか言ったんでしょ」

「……一言一句、同じでございます……」

「はっはっは。あの女は本当に下品だよねぇ、同情するよ」

 

 そしてあの女は、その教育係として男に白羽の矢をぶん投げた。性技に造詣が深く信用出来る男として紹介しつつ、あわよくば処女を抱かせてやったという恩を売ろうというつもりなのだろう。

 もしかしたらこの少女を抱かせ、その隙を突いて暗殺しようと画策しているのではないか。仲介役の女に対してそんな疑念を捨て切れずにいたが、どうやらこれは本当の話らしい。

 状況を完全に理解した男は、同じ女に振り回される者としてアイシャに同情を感じ始めていた。

 

「で、一応最終確認だけど、マジでヤる? 言われたからにはキッチリ『必殺技』を一通り伝授してあげるけど、一晩俺の玩具代わりになるってぐらいの覚悟はいるよ?」

「……お、お手柔らかに、ってワケには……」

「いやぁキミみたいな可愛い娘(こ)相手に加減とか難しいなー。途中で『やっぱナシ』って抵抗されたら、キレてうっかり腕一本ぐらいへし折って黙らせちゃうかも」

「ひえぇぇっ……」

 

 だからこそ、男はアイシャへ脅しをかける。それは最後通牒であり、恩情でもあった。

 目の前の少女は男を知らない、知らないからこそ知りに来た。しかしどうせ交わるのであれば、男の心情としてはしっかり愉しませてもらわなければならない。

 一度ベッドの上で裸になれば、男女の間に『待った』は無い。女の身体は最大の武器であり、同時に男の最大の弱点だ。目の前の少女になまじ愛嬌が湧いているばかりに、男は柄にも無く親切心を出していた。

 この程度でビビっている様では男を絡め取るなど数年早い。自由も尊厳も、身体と一緒に全部を捨てる気でやれ。そう言外に含み、その覚悟が出来ないようであれば男はアイシャを抱くつもりは無かった。

 

「……そのー、あたしも”初めて”に……ちょっとその、そこまで夢とか期待とかは持ってなかったんですよ、正直。あたし、見ての通り弱いんで……山賊とかにとっ捕まっちゃったら、終わりだなーって」

 

 アイシャはそう言いながら、小さく俯いて両手の人差し指の先を合わせつつ言葉を紡ぐ。いじらしく、愛らしく、弱々しい。まさに何も知らない少女として、素顔を晒している。

 人によっては情けないと思わせ、人によっては庇護欲を煽らせる。そんな仕草と吐露の中、アイシャはちらりと男を上目遣いで覗いた。

 

「だからそのー……お兄さんみたいな人に抱かれるなら、ちょっと――じゃなくって、えーと……結構良いかも、なーんて……」

「――……」

 

 怯えと打算が入り交じった、不格好なはにかみ。アイシャはそんな顔で男を、頬を赤らめながら見つめた。

 ――参った。これは、中々にクる。男は目を瞑り、手を額に当てた。

 自分の稼業上、ここまで無害で無力で無垢な女というのは関わりが薄かった。成程、わざわざ手引きしてまで紹介するだけはある。

 か弱く、初心で、愛らしい。それでいて、自分の武器を自覚するだけの強かさも持つ。この少女は、確かにこ(・)ち(・)ら(・)側(・)の素養があった。

 

「あ、そうだ。キミ、名前聞いてなかったや。なんて名前?」

「え? あ、はい。アイシャですけど――」

 

 どん。自己紹介の途中で大きな物音が立ち、アイシャの視界が一変する。

 眼前には男の瞳。唇には男の口。左胸と右腕には男の手。背中には、ベッドの感触。

 ――キス、されている。押し倒されている。胸を触られている。アイシャは自分の状況を理解するのに、ベッドに打ち付けられた物音が鳴ってから数秒を必要とした。

 

「――……ッ!? ん、んんっ、ふっ……!?」

 

 何もわからぬまま、アイシャは男によってベッドに磔にされて覆い被さられていた。反射的に右腕に力を入れると、男は握り潰さんとばかりに握る力を強めてアイシャの意思を挫く。

 襲われている。痛い、怖い、嫌だ。アイシャが初めて感じる”男”への恐怖に目を白黒させている中、呆けるアイシャの口の隙間を潜る様に男の舌が侵入してきた。

 

「んーっ! ん、ちゅ、じゅ、むぅっ……! ちゅ、むっ、じゅる、んんんっ……!」

 

 そのまま男の舌は蛇のようにうねり、口の中で激しく暴れ回る。奥で縮こまるアイシャの舌の根本にまで男の舌先は伸び、上下左右を舐め回しながら唾液を送り込み、その代わりにアイシャの口内から湧き上がる唾液を音を立てて吸い取っていく。

 その上で、アイシャの胸が乱暴に揉みしだかれる。仰向けになりながらも山なりに膨らみを保つ双丘の片側を、男の掌は潰し、指を埋め、鷲掴みながら捏ね回す。

 暴力だった。殴り付けられる様なモノでは無い、腕力と身勝手に基づく恐怖という名の暴力。それに屈する様に、やがてアイシャは両腕から力を抜いて男の口と掌を受け入れた。

 

「……んっ、む……んぁ、む……ちゅ、んぅっ……ちゅるっ、じゅう……」

 

 身体を弛緩させた途端に、男は途端に態度を軟化させた。無遠慮で躙る様に押し付けられた男の舌使いは、まるで愛おしむ様に軽く唇を重ね、舌先を舌先で転がす様な優しいものに変わる。

 アイシャの右腕を握り潰そうとしていた筈の男の左手は、ベッドの上で広がったアイシャの掌に重ねられ、指の隙間に指を差し入れた上で緩く握ってきた。

 胸を鷲掴みにしていた男の右掌は、不快感を与えない程に力を緩め、ソフトに揉んではゆっくりと胸下から脇周りを撫で回す様に動いていく。

 ――まるで、恋人みたいに。アイシャがその優しさに身を委ねようと思った時に、男は身体を起こした。

 

「……とまぁ、この様に。男はヤれると解ったら急にがっつくもんだけど、抵抗しないってわかればある程度は優しくしてもらえる事もあるよ。女に飢えてる連中は残念だけど期待しないで、さっきの乱暴が最後まで続くと覚悟してね」

「――へ……あっ……え……?」

「間抜けな顔してるねえ。多分ファーストキスでしょ、どんな気分?」

「……っ!!」

「ははは! いやー、いい反応だなー!」

 

 あまりの事に我を忘れていたアイシャは、男の質問を受けて慌てて自分の唇を両手で抑える。

 初めてキスした、初めての唇を強引に奪われた。ディープキスの甘美な感覚に一瞬忘れていた、その事実を頭の全てが遅れに遅れてようやく理解する。

 こんな、こんな形で。男に抱かれるつもりで来たのは確かだったが、こうも唐突に襲われるとは思っていなかったアイシャは、ただ恥ずかしさに顔を赤くする事しか出来なかった。

 

「男によっちゃ前戯もナシにいきなりぶち込む様なヤツもいるからさ。少しでもマシに抱かれたいなら自分からキスするとか、ともかくヤられる前に男を喜ばせる事を覚えといた方がいいよ」

「……は、はい……ありがとうございます……?」

 

 そう言いながら男は、まるで何事も無かった様に押し倒したアイシャの上から離れ、ベッドの淵に座り込む姿勢へと戻る。

 アイシャは未だに受けたショックが抜け切らず、仰向けに寝転んだまま目をぱちぱちとするだけだった。初めて感じる男からの恐怖と情愛に、心が鈍らされてしまっている。

 これが、男。これが、大人。アイシャは自分の唇を指でなぞり、先程の感覚を反芻した。

 

「うん、たまには後輩の面倒を見てあげるってのも良いね。今日は男について、しっかりじっくり教えてあげるよ。そのかわいいカラダにね」

「は、はい……」

 

 『カラダに』という所で、男はアイシャの豊かな胸を指差す。アイシャは思わず両腕で胸を抑えて隠すも、少女の身体に似つかわしくない豊かな膨らみはむしろ強調されるだけだった。

 こういった男好みする部分はちゃんと残す様にしないとな。アイシャに対し、劣情と同じ程の考慮を懐きつつ、男はまずどの部分から教えるべきかを考え始めた。

 まっさらな身体を好きに出来る折角の機会とはいえ、あまり乱暴にしては”教育”にならない。そう考えると、娼婦の半額という提示された金額は中々に上手い縛りの価格設定だと思った。

 

「まぁ安心してよ、あんまり変な事はやらせないから。……あぁそうだ、どうせだし乾杯しようか乾杯」

「乾杯、ですか」

「うん、ちょっと待ってね。いい酒用意してくるよ」

 

 ふと思い付いたという風に、男は急に部屋を出て一階の酒場へと降りていく。流れと勢いのまま行為が始まるとばかりに思っていたアイシャは一人取り残され、ぽかんとしながらも身体を起こす。

 押し倒された時に握り込まれた右腕に、未だに男の握力が残っている。わかりきっていたとはいえ、本気の男に対していかに自分が無力か、この痛みが証明していた。

 しかしそれでも、今回の男が信用に値するという事は今の待ちぼうけになっている時が示している。極端に言うと、男はアイシャを”女”として認識していないのだ。

 ただ抱けるだけの子供。一晩限りの娯楽。異性としてでなく、依頼人として認識している。そんなドライな考えを抱いている以上、必要以上に嬲る事はしないだろう。

 

「ただいまー。ほら、いい酒持ってきたよー」

「お、お酒っ……! でもあたし、持ち合わせは――」

「いーよいーよ、折角のキミの記念日だし、こんぐらい奢るって」

「……記念日?」

 

 寝ていても仕方ないとアイシャが起き上がってすぐ、男はすぐに酒瓶を二本抱えて部屋に戻ってきた。

 ラベルにはアイシャの稼ぎでは手が届かない高級な葡萄酒と蒸留酒の銘が刻まれている。小さな依頼を達成しては安酒をちびちびと飲むだけの人種であるアイシャの視線は、酒瓶に吸い寄せられた。

 しかも、そんな高級酒を男はさらりと奢りと言ってのける。一体何の記念日で、何に乾杯するのか。アイシャが聞いた。

 

「”処女(バージン)卒業記念日”さ。ちゃーんと忘れられないぐらい良い日にしてあげるからさ」

「…………」

 

 一瞬でアイシャの目から光が失われる。自分から抱かれに来た身で何か言える訳でも無いが、もう少しデリカシーとか持ってくれないのだろうか。

 自分の先輩の事を男は”下品”と表現したが、男も同類なのではないか。というか、類友だから交友を持っているのではないか。絶対に口にはしないものの、アイシャはそう思った。

 

「……あれ。でもこの部屋、グラスとかありませんけど」

「あーいいよいいよ、ラッパ飲みで。めんどくさいし、必(・)要(・)な(・)い(・)から」

「は、はぁ……?」

 

 男がベッド近くの机に蒸留酒を置き、葡萄酒の方を片手にアイシャの傍へと戻ってくる。

 そもそも個室を借りている身である以上、給仕に求めれば酒とグラスはセットで持ってきて貰える。乾杯をするにも関わらず、グラスは持ってこないというのは不可解な行動だった。

 怪訝に思っているアイシャの横で、男は瓶口のコルクを抜いた。

 

「んじゃ、今から大人になるアイシャちゃんへ、かんぱーい」

「か、かん、ぱい……?」

 

 乾杯と口に出しておきながら、男は一人で瓶に口を付けて酒を飲む。

 互いにグラスも何も握らず、一人だけ一方的に酒を飲む。なんだこれ。アイシャは今の状況に困惑していた。

 

「――んむっ、ん!?」

 

 と、思っていた矢先に男はアイシャに自分の唇を押し付けてきた。

 再度の不意打ちに驚いて開いた口へ、男は自分の口に含んだ酒をアイシャの口へ流し込む。そのまま一人分の酒を口の中で二等分するかの様に、男はアイシャの口内に分けた酒を舌で混ぜ始めた。

 葡萄酒の甘く深い味わいと共に、アイシャの舌に男の舌の蠢く感触が与えられる。美味い酒と、上手い舌使い。アイシャの意識は、一瞬にして男の口に支配された。

 

「……んっ……ちゅる、む……ふ、むぅ……は、あっ……」

 

 『味わえ』。そう言われている様な気がして、アイシャは男の舌の動きに合わせて自分の舌を動かし始める。

 男が絡ませようとする舌に自分の舌を重ね合わせれば、その分の葡萄酒の甘味を感じられる。口にした事も無い美酒と、口にしたばかりの他人の舌の感触を同時に受け、二つの酔いが頭に巡っていく。

 甘く、気持ち良く、蕩けて、混ざる。互いの口の中だけに鳴り響く、舌と酒と唾液が交わされる二人だけの乾杯(グラス)の音。アイシャの知らない味が、男の舌(て)で教え込まれていった。

 

「ぷは。……どうだい、悪くない気分だろう?」

「……は、はい……」

「よし、じゃ実践といこっか。今の、アイシャちゃんの方から俺にやってね」

「え゛」

 

 甘いキスの余韻に頭が朧げとなっているアイシャに、男が要求する。

 ”今の”。酒を口移ししながらの、ディープキス。これを今度は自分の方からやる、そう言われたアイシャは思わず言葉を詰まらせてしまった。

 

「いや当然でしょ、男を悦ばせるテク学ぶんだから。今日は全部、俺が教えた通りにやってもらうよ」

「う、う~……」

「ほら、改めて”乾杯”しよっか。なーに、酒の勢いでどーんとやっちゃえばいいんだよ」

「……わ、わかりました……」

 

 男は手に持つ酒瓶をアイシャへ押し付ける。若干の躊躇を挟むも、確かに自分は男に教えられる立場の人間であり、要求された事を断る事など出来はしない。

 それに、舌を交わす心地良さに若干の興味を持ち始めていた。アイシャは渡された酒瓶に直接口をつけ、そのまま一口分だけ呷る。

 甘い。こんな酒は口にした事は無い、この酒に比べれば今まで呑んできた安酒などカスだ。そんな感慨を持ちながらも、そのままこの酒を呑む訳にはいかない。

 ――やろう。意を決し、アイシャは酒を口に含みながら男へ顔を突き出した。

 

「んむっ……ん、ちゅ……んふ、んぅ……」

 

 初めて自分から捧げる唇が、控えめに男の口と重なる。そのままアイシャは口の中の酒を流し込もうとするが、唇の合わせ目から酒が零れ落ちてベッドを濡らしていく。

 あれ、こんな筈では。そう思いながらアイシャは男へ必死で唇を押し付け、舌で男の唇を舐める。だが、下手に舌を出した事が裏目に出て、アイシャは口内の残りの酒も溢してしまった。

 

「あ、あぁー……」

「ダメだねえ、腰が引けてるよ。ちゃーんと男にご奉仕するって意識で、唇を上から深ーく重ねて押し付けないとダメだって」

「う、すみません……」

「大丈夫だって、出来るまで何度でも付き合うからさ。舌を絡めるよりは、まず少しずつ相手の口に酒を移すのを意識しよう。こういうの、馬鹿っぽい様でちゃんと男が喜ぶ様なキスの練習になるんだから」

「……わかりました、やってみます」

 

 男はアイシャの失敗を優しく窘め、再度アイシャは酒を口に含んで男へキスを試みる。

 指摘された通り、今度は膝立ちになりながら唇を男の上から合わせ、ゆっくりと唇を押し付ける力を強めて深く口付けた上で、唇の先からほんの僅かに隙間を作って男へ酒を贈ろうとする。

 少しずつ丁寧になって自分を喜ばせようとするアイシャのキスを味わいながら、男は今の状況に内心でほくそ笑む。何せ、自分の言う事を従順に聞く無垢な美少女が喜んで奉仕してくれるのだ。想像よりも支配欲を満たされるこの状況に、男は酒気とは異なるぞくぞくとした酔いを感じていた。

 

「ん、む、ちゅむ……じゅる、む、ちゅる、ちゅうぅっ……」

 

 そんな男の内心も知らず、アイシャは真剣に男の教えに忠実に酒を口移しし、続けて男の口に自ら舌を差し入れる。

 酒を零さない様に男の唇を覆い、与えた酒を自ら貪ろうとする。その貪欲に舌を入れて動かすやり方は、自分が酒の味を楽しみながら男を愉しませる為の舌使いとなっている。

 男をその気にさせるには、こういった前戯は重要だ。酒が無くとも、唾液を送り込んで舌を自ら絡めて掻き回し、口を啜り淫らな水音を鳴らして男の感覚を支配する。

 偽りとわかっていても、男へ尽くそうという愛情は男を恍惚とさせる。故にキスとは、女が最初に男の心につけ込む最初の一手となるのだ。

 

「……ぷは。うんうん、そんな感じ。イイね、筋良いじゃん。ほら、いい子いい子」

「やっ……!? や、ちょ、胸……!」

 

 アイシャが舌を離せば、酒混じりの唾液がキスを名残惜しむ様に一筋伸びる。

 出来を褒める代わりに、男はアイシャの右胸を包む様に添えて揉み始める。荒々しさは無く、ただ胸全体を掌で抑えながら柔らかく撫で回す様な手付き。いやらしくも優しい手付きに、思わずアイシャは声を上げる。

 一度乱暴に扱われた胸は、優しくされる事に妙な感覚を覚える。むず痒さに似たその感覚に、アイシャはぴりぴりとした感覚を胸から上がってくるのを感じた。

 

「ん、ん……っ、や、なんか、それ……」

「まだ『なんかヘン』って感じでしょ? ま、その内慣れるよ。とりあえず方針としては上手く出来たらこんな風に優しく、ダメだったらちょっと乱暴する、って感じで。文字通り、身体で覚えてもらうよ。いいね?」

「あっ……はい、よろしくお願いします……ん、や……」

 

 父が娘に説く様に、教師が生徒へ教える様に。あくまでそういう調子で、男はアイシャの胸を揉み上げる。

 しかし男の想像よりも、アイシャは既に艶めかしい声を上げかけている。自慰によく使っているのか、或いは元々の男好きな素養の身体か。どちらにせよ、都合が良い。

 これなら、愉しい夜になりそうだ。男は舌舐めずりし、胸を触られながら子犬の様に震えるアイシャの姿を笑って見据えた。

 

「んじゃ、もっかい行こっか。今度はちょっと辛口めに評価するよ、俺がちょっと『違う』って思ったら強く胸握るから、ヨロシクね」

「うあっ――は、はい……」

 

 ”強め”と言う所で、男は掌に一瞬力を込めて胸を掴む。アイシャの右腕を潰すとすら思えた、シンプルな握力(ぼうりょく)。その一瞬で、アイシャは再度最初の恐怖を思い出した。

 男は恐ろしい、下手に逆らうな。性技と共に教えるべき心構えを、しっかりと刻み付ける。『男なんて気持ち良くしてやればすぐ手玉に取れる』、そんな甘えた考えは最初に根本から摘み取ってやる。

 自分の弱さをしっかり自覚した上で、男に甘えて擦り寄り、夢中にさせる。男は目の前のアイシャに最も向いたやり方を見据えて、自分色に染め上げてやる事にした。

 

「じゃ、改めて――良い夜、過ごそうか」

 

 にっこり。そんな音すら聞こえる程に、男はアイシャに満面の笑顔を向ける。

 しかし心臓を掴まれる様に右胸を掌で揉まれているアイシャには、その男の笑みは自分という獲物に獣が牙を剥いている様にしか感じられなかった。

 




【 昨年のあたり ― 酒場 ― 同業者の男 ― 訓練のため ― ??? 】

(夜の)実戦経験は特に強力なので、初プレイ(意味深)で楽に攻略したいアイシャちゃんに推奨する。
アイシャちゃんシリーズのゲーム構造上、そう無さそうなシチュになります。
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