消えた過去からこんにちは 作:雪解けの宵王
────身を焦がすような炎の熱さは、いつまでも残っていた。夢に住み着いた業火は、僕を蝕む何かの象徴だ。
「ん……」
「光明君っ」
目が覚める。真っ先に見えたのは心配そうに僕を呼ぶ祈ちゃんだった。何かを忘れている気がする。
「あれ、ここは……?」
「保健室だよ」
私が運んだの、と祈ちゃんはキョロキョロ視線を動かす僕に優しく教えてくれる。よく見れば、確かに中学──と言っても最終学年の半分ぐらいしか行けてないけど──の時によくお世話になっていた場所と雰囲気が似ていた。
「もう授業は始まってる?」
「うん、六限がそろそろ終わるよ」
返ってきた答えに僕は嘆息する。授業ブッチとはやらかしてしまった。転校二日目から随分と破天荒だ。テンコウだけに。実は結構元気かもしれない。
「大丈夫、光明君が保健室にいることは山下先生に伝えておいたから」
「そっか、ありがと祈ちゃん」
僕が馬鹿なことを考えていると、祈ちゃんは僕の懸念を払拭してくれる。彼女の気遣いに、僕はにこにこしている祈ちゃんにお礼を口にした。山下先生も心配していたらしいし、後で無事を伝えに行こう。
「あっ、チャイム……」
「一先ず、教室まで行こっか」
「うん、そうだね」
そこへ響く終了の鐘。どうやら今日の授業はここまでのようだ。残るホームルームには出るために、僕は祈ちゃんを連れ立って保健室を後にした。
「光、倒れたって聞いたけど大丈夫だったか?」
「うん、今は大丈夫だよ」
教室に戻ると、色んな人が僕のことを心配してくれた。皆の優しさに涙が出そうだ。何で通りがかりに頭を撫でられるかは結局分からなかったけど。
席に着けば隣の遊君も心配そうに話しかけてくる。たっぷり二時間近く休ませてもらったので体調面は万全だ。
「あ、そうだ。光、玖音先輩って分かるか?」
「玖音先輩……あ、彩乃さん? それなら昼休みに会ったけど……」
引き出しの中にしまっておいた教材を鞄へと戻す最中、何かを思い出した遊君はそう言葉にする。突然昼休みに会っていた相手の名前を出されて驚きつつも、僕はそれを肯定した。
「いや、その人が放課後に部室に来て欲しいって言ってて」
「部室?」
そして、遊君は少し気まずそうに僕に伝言する。何の部活だろうか。というより、そもそも何故彩乃さんは遊君に伝言を頼んだのだろう。接点が分からないけど、もしかして同じ部活にでも所属しているのだろうか。
「幽霊部って言うんだけど……まぁ、とりあえず俺が案内するよ」
「あ、うん、分かった」
何だろう、物凄い不穏なワードが聞こえたけど気のせいかな。ある意味で親近感のある名前に、僕は内心不安になるのであった。
「よし、光」
「光明君」
ホームルームが終わるや否や、左右から同時に名前を呼ばれる。どちらを向けばいいのか悩んでどちらも交互に見ていると、祈ちゃんと遊君の視線がかち合った。祈ちゃんはいつの間に入ってきたんだ。
「帰りますよ、光明君」
「待てよ、誰だか知らないけど光は用事があるんだ」
バチリと何かが間で弾ける。そう思ったのも束の間、祈ちゃんはすぐに視線を外して僕の手を取った。対抗する気満々の遊君も反対の手を取ってきたけど。
「そうなの?」
「あ、うん。彩乃さんが呼んでるらしくて」
「そうなんだ……」
そうして、祈ちゃんは何故か遊君ではなく僕の方にその真偽を尋ねてくる。まぁ、僕が言うか遊君が言うかの違いしかないので、僕は祈ちゃんに真実を伝えた。
「じゃあ、私も着いてく」
「えっと……大丈夫? 遊君」
「え? あー……どうだろう?」
知り合いっぽかったから邪険にはされないだろうけど、僕は一応遊君に確認を取ってみる。返ってきた答えは曖昧なものだったけれど。伝言を受け取っただけなのだし、それはそうか。
「あまり遅くなるといけませんし、早く行きましょう」
「あ、おいっ」
でも、うんうんと唸る遊君を無視して、祈ちゃんは僕の手を引っ張って歩いていく。僕を媒介にして遊君とも繋がっているので、必然的に奇妙な電車ごっこが始まってしまった。視線を集めながら、僕らはそのまま昇降口まで移動していく。
「ここが?」
「おう、幽霊部の部室だ」
流石に下駄箱で離散して、僕らは三人で真っ直ぐ件の部室へと向かった。友達の友達という気まずい間柄故に、僕を仲介しないと会話が成立しない状況で。とはいえ、遊君の方は祈ちゃんに話しかける努力はしていたけど。
ちなみに、外に出てから祈ちゃんは何故か僕ともう一度手を繋いできた。
「あれ、まだ来てないのかな」
「いや、多分こっちだ」
それはさておき、状況は進んでいく。部室と言われたプレハブ小屋に彩乃さんの姿はなかった。そのことを訝しんでいると、遊君はずんずんと無人の部室の奥へと進んでいき、休憩スペースみたいなところに敷き詰められた畳に手をかける。
「よっと」
「おおっ」
ガコッと音を立てて畳が外れると、そこには地下へと続いていきそうな空間が現れた。秘密基地みたいな構造に僕の少年心が顔を出す。まさか、学内にこんなものがあるとは。
「かっこいい……」
「そうだろうそうだろう。奥を見たらもっと驚くぞ」
僕の目を輝かせての言葉に、遊君は得意気なまま暗闇へと降りていく。まだ心躍る何かが待っているのだろうか。期待を胸に、僕は祈ちゃんを連れて彼の後を追った。
「あれ、琴吹さん早いね」
「あっ、お疲れ様です花咲先輩」
程なくして、暗がりから光溢れる空間へと辿り着く。金髪の女の子と遊君が親しげに挨拶を交わしているけど、僕は地下に広がるもはや居住スペースと言って差し支えない場所に言葉を失っていた。
色んな物が統一感なく置かれていて、中の様相はハチャメチャだ。でも、何だか懐かしい気配を感じた。
「えっと、そちらの方たちは……?」
「あぁ、ほら、お昼に話に上がった俺の幼馴染……と、知らない人」
「し、知らない人?」
そんな僕を見て、少女──琴吹さんは僕たちへと視線を向ける。確かに遊君にとって祈ちゃんは知らない人だけど、あまりにも紹介がテキトー過ぎるのではなかろうか。それを聞く琴吹さんも動揺していた。
「ふふ、不知火と知らないって似てるね」
「光明君……」
ふと思いついたことを口にすると、祈ちゃんは呆れた視線をこちらに向ける。そんなに面白くなかったかな。
「ん、不知火……? なぁ、お前もしかして────」
「おっ、もう皆集まってるね~」
会話に現れた祈ちゃんの名字に遊君が反応を示す。だけど、それが明確になる前に部屋の奥からご機嫌な彩乃さんが歩いてきた。楽しげな声が遊君の言葉を遮る。
「彩乃さん」
「違う違う、彩乃お、ね、え、ちゃ、ん」
僕に用事があるという彩乃さんは、にこにこと笑ったまま団子になってる僕らの方へと歩いてきた。そんな彼女の名前を呼べば、何やらやたらと姉呼びを強調してくる。お昼もそうだったけど姉ムーヴに拘ってくる人だ。
遊君が先輩って言ってたってことは一つ上なのだろうけど、一つ差でそこまで
「えっと、用事って何ですか? 彩乃さん」
「……」
「彩乃さん?」
恥ずかしくて避けていた姉呼びの強要を無視して話しかけるけど、彩乃さんは何故か笑顔のまま微動だにしない。突然フリーズしてしまったような挙動に、僕は困惑したままもう一度彼女を呼んだ。しかし、動く気配は一向にない。
「…………あ、彩乃、お姉ちゃん?」
「なぁに♡ 光ちゃん♡」
もしやと思い……というより、笑顔の圧に負けて指定された呼び方を真似すると、彩乃さんは笑みを深くして甘い声で返事をする。呼び方一つでこうも機嫌が良くなるなら、呼んであげてもいいかもしれない。やっぱり少し恥ずかしいけど。
「あまり光明君に変なことを吹き込まないでください」
「えぇー、全然変なことじゃないよっ」
にじり寄ってくる彩乃さんから庇うように、祈ちゃんが僕の前へと一歩踏み出す。悪い遊びを教えられている訳でもないのだし、そこまでしてくれなくてもいいのだけれど。
「あ、それとも祈ちゃんも呼びたかった? いいよ、お姉さん可愛い妹も欲しかったんだよね~」
「ちょっ、何をして……っ」
苦情を飛ばす祈ちゃんに何を思ったか、彩乃さんはそんなことを言いながら祈ちゃんへと抱き着き始めた。仲睦まじい……かはちょっと微妙な光景に、それを見る遊君と琴吹さんも困惑顔だ。正直、用事があるはずの僕も置いてけぼりである。絡みつく彩乃さんの頭に祈ちゃんの肘が落ちて、その遣り取りも一旦終わったけど。
「うえーん、光ちゃ~ん……祈ちゃんが虐めるよぉっ」
余程痛かったのか、彩乃さんは涙目で僕の方へと向き直る。この人は何をしたいのだろうか。そう思いながら何となく彼女の痛む頭を撫でてみた。痛いの痛いの飛んでけーっと。
「えへへ、ありがとう光ちゃんっ♡」
「それで、結局用事というのは?」
再び笑顔に戻った彩乃さんに、僕は単刀直入に切り出す。このままのペースだと用事とやらが日没まで終わらない気がしたので。楽しい時間は嫌いじゃないし大好きだけど、それとこれとはまた別の話だ。
「はい、これ。ご馳走様でした」
「……あ、そういえば中庭に置きっぱなしでしたね。ありがとうございます?」
そうして手渡されるのは、空になっている僕の弁当箱だった。何で彩乃さんが持っているのかと思ったのも一瞬、僕は彩乃さんと会ってから話してる途中に気絶してしまったことを思い出す。存在を忘れていた持ち物を受け取りながら、僕は彼女に感謝の意を伝えた。
というか、もしかして全部食べられたのか。食べ始めたばかりだったので、そこそこ量は残ってたはずだけど。
「えっと、用事ってこれだけ……」
用事がこれだけなら、遊君に伝言を頼んだ時に渡せばよかったのでは。そう思って視線を彩乃さんに戻して尋ねようとしたけど、それと同時に僕の腹の虫がそこそこ激しい主張を始める。お弁当を見て自分が全然お昼を食べていないことを思い出したせいだろうか。みっともないところを見られて湧いてくる羞恥心を、そう考えながらどうにか誤魔化した。まぁ、案の定皆にくすくすと笑われていたけれども。
「お弁当はお姉ちゃんが食べちゃったし……えいっ」
「むぐっ」
指で頬を掻いて生温かい視線をやり過ごしていると、半開きになっていた僕の口に何かが突き込まれる。反射的に咀嚼すると、口の中にはほんのりとジャンキーな味が広がった。どうやら、彩乃さんが手にする駄菓子を口に放り込まれたようだ。
「せっかくだし、お菓子食べながら少しお話しよっか」
そう言うと、彩乃さんはソファーの方へと僕たちを促してくる。同行者の祈ちゃんの方を向くと、彼女は仕方ないとばかりに溜め息を吐いた。付き合わせてしまって申し訳ない。
「ほら、早く早くっ」
「あっ、はい」
自分の隣のスペースをぽんぽんと叩きながら、彩乃さんは僕たちを急かす。その誘導に従って僕が腰を下ろすと、それを皮切りに皆もそれぞれ座り始めた。
秘密の部屋でのお茶会が幕を開ける。
光明君を撫でるとご利益があるって噂が広がってる。何のご利益かはよく分かってない。ご利益はもらえないけど、にっこり笑ってくれるので元気はもらえるぞ。